最後なんだけど最初の契約
なんとか年内に更新できました。
年明け早々にもお仕事が待ち構えている状況ですので、次はいつの更新とお約束できないのが申し訳ないったらありゃしません。
ともあれ、皆様、一年おつかれさまでした。よいお年を。
「結果的にオレ相手だからいいようなものの……いや、そもそもオレ相手だったとしても良いわけないし、男の人とか女の人とかも関係もない。はっきりいって初対面かも知れない相手に……いい?ワタル、ひと呼吸おいて考えてから喋るクセをつけるように 」
「だって…… 」
「それと、でも、だって、が多い。たまには人の話をそれもそうかと聞く耳を持つようにして」
同期の転生者ワタルとの久しぶりの再会のあと、オレたち三人は目当ての<蛇姫>の社に向けて、魔法の松明を片手に砂浜を歩き出している。松明はオレが持ち、並行するヴェラの背中にワタルを乗せて。
体長――迷うところだが、ヒトではない魔獣なのであえて身長ではなくこう表記するが、一メートルに満たない彼の三分の二は青菜であり、本体部分は三十センチ程度しかない。
さらにその中で足はどこだといえば、カブのような曲線を描いた寸胴の下にくっついているヒトの人差し指程の長さしかないふたつの突起部分がそれにあたる。そいつが歩くたびに申し訳程度にピコピコと前後するのだが、当然のことながら歩くスピードは亀とどっこいどっこいなのだ。
この歩幅に合わせて歩くと片道十分の距離が何倍にもなってしまう。これはたまらんと、オレは咄嗟に大根へと手を伸ばした。
「あ、あー!まった、まった!髪の毛ひっぱらないで! 」
ワタルがいきなり声を張り上げるものだから、びっくりして差し伸べた手を引っ込めるオレ。
……髪の毛?……もしかして、この青菜部分がそうなの……?
訝しげに眉根を寄せるオレの前で、ワタルは胴体の横にくっついているわずかばかりの突起――恐らくは腕だろう……をぴろぴろと動かして、髪と自称する青菜をなでつけるような仕草をする。
かつてはその姿が似合う似合わないはさておくとしても意味があった行為だろうが、今生の姿では無理がある。というか、今も手を動かしているのだが、まるで青菜に届いていない。何だか可愛いぞ、ちくしょう。ワタルのくせに。
「髪をさ、引っ張られると叫んじゃうんだよね、俺」
数秒の沈黙の後、オレは顔をあげて素早くヴェラと視線を交わした。老女はゆっくりと頷いてみせた。さらっと発した一言だったが、ファンタジーものを好んで得てきたオレの雑学をもってすればその言葉の意味する所とその帰結を正確に想像する事ができる。
今更ではあるが、この歩いてしゃべる根菜類の生前からの名前はワタル。前世でオレと同じ日本人だった彼の今生での姿はマンドレイクといい、ファンタジー世界が好きな人には馴染み深い――事と思うが、一般の方々には十中八九首を傾げられること請け合いのマイナーな魔獣である。まあマイナーといえばスキュラなオレも五十歩百歩なのだが。
マイナー、といっておいてなんだが、黒魔術だの錬金術だのちょいとあぶない方面に傾倒されてらっしゃる向きには必ずしもその限りではない。ただしそれは魔獣やモンスターとしてでなく、怪しげな薬品や儀式に必要な薬剤として有名であるのだが。
このマンドレイクの最大にして唯一の特徴というものは土中から引き抜く際に発せられる金切り声である。どの程度の範囲まで効果を及ぼすものであるかは記憶にある範囲で明記されたものはなかったはずだが、その声を耳にしたものは発狂死する等と結果はいずこを調べても似たりよったりでろくなものがない。
先に述べたが、とある学術方面においては有用な触媒等であったりするため、この声に対処する方法がいくつも提示されていたりはするのだが、だからといって信憑性に太鼓判を押せるほどでもないため危険であることに変わりがないのが現状だと思われる。
――ちなみにだがこのマンドレイク、実在したりもする。ただ、こちらの魔獣とは違い歩いたり言葉を介することなどはないし、言い伝えられるように金切り声をあげるわけでもない純粋な植物であるのでご安心願いたい。
かくしてオレはスムーズに移動するために、この爆発物を丁重に両手でもってヴェラの背中に安置するはめになったのわけだ。
で、ヴェラの背中にワタルを乗せて、<蛇姫>の社までの道すがらに説教をする冒頭のシーンに至るわけなのだが、オレとワタルのやり取りを素知らぬ顔で聞き流していたと思われたヴェラがやおら小さく吹き出した。耐え切れないといった風に、ぷくくくと忍び笑いが続く。
「ワタル、大体……、――なに?ヴェラ?何かおかしいことでもあった? 」
「――いや、なんでもない。気に障ったのであればそいつはすまなかったね。ただ、なんていうか……こう、母子みたいだなと思ってね」
「……からかわないでよ。オレとしては結構、真剣なんだから」
「や、すまないね。しっかりしているようでなによりさ。しかし、ベニグノから聞いていたのとは随分と様子が違うじゃないか。言葉は悪いがもっと幼いと覚悟してたんだけどね」
「あー……そりゃあねぇー……」
ベニグノはあらゆる意味で大人だった。落ち着いた完熟した精神を宿す彼はその物言いも振る舞いも全てが。そんな彼がそばにいてくれるからこそ甘える事ができたわけで――オレが生の感情を表に出そうが、我を通そうが彼と二人だけの時はあまり問題がなかったわけだ。
転生直後のオレはお世辞にも平常運転とはいえない精神状態だった。夜を恐れ、一人になることを恐れ、命を狙われる事を恐れて。凶器を手にした筋骨逞しい冒険者の集団に、一晩追い掛け回されれば誰だってそうなるんじゃないかと思う。
そのストレスから逃れるために、<蛇姫>らしい奔放な性格にココロを委ねたつもりだし、必要以上にはしゃいで明るく努めてみたつもりだ。
だが、精神的に依存できる頼もしいベニグノの姿はここにはなく、代わりに本物の幼さを備えたワタルがいる。彼の精神的未熟さは転生前の<星>のやりとりの中からも見て取れたし、再会直後のヴェラに対する思いやりのない言葉使いや、オレに向けられた奇異と欲望をないまぜにした言動がなによりそれを立証していた。
前世であればそのままでも良かったのかもしれない。知り合った所で友人になれるはずもなく、せいぜいが挨拶を交わして後は顔見知り程度のほぼ他人で済ませられる話なのだから。
しかし、今は条件が違う。転生前に口約束ではあるが明確にひとつのチーム、ゲームでいう所のパーティの一員となっているのである。オレもワタルも。
魔獣とはいえその精神は人間そのもので、泣きもするし笑いもする。つまりは感情を持つ生命なのだ。
この感情を持つと言う事が今は厄介で、もしこのままワタルが精神的になんら成長しないままオレたちとパーティを組んだり、さらにヴェラのグループに参入しようと考えたとき、それが原因で他の誰かとの間に軋轢を生む可能性が高い。
前世の日本などでは平時においてワタルの幼さは見て見ぬふりをしてやり過ごす事もできる。自分には関係のないことだと。だがこの生存競争激しい世界においてはどうだろうか。きちんと教育を受けた人の中で、どれだけの人が彼のワガママを、どこまで我慢する事ができるだろう。
「平和ぼけした日本人の甘ちゃん、まして子守りなんざごめんだね! 」
転生前に頬髭の男が唾を飛ばした主張がオレの耳の中で木霊する。
ワタルは未だそこに気付けていない。どころか、未だどこかこれがゲームの延長線上にあるかのように考えている節がある。なんというか軽いのだ、言質や行動が。
現実問題として、悪感情を与えてヴェラのグループに馴染めなかった場合、オレたちのパーティは選択を迫られることになる。ワタルと心中するか、そうでないかだ。そしてそれ以前にもオレも含めてジョーやヴィクトル――誰でもいいのだが、他の誰かに見限られた場合にも空中分解ないしはそれに類した悲惨な末路をパーティは辿ることになるのだ。
――そうならないためにも、ワタルには少しでも早く大人になってもらう。それがオレたちパーティのためであり、彼自身のためでもある。そのために必要というのなら、オレができる範囲でサポートをしよう。
経験の浅いワタルを見捨てるのは容易いが、それをしてしまえば頬髭の男やその考えに賛同する者たちと同類になる。
袖振り合うも多生の縁、だ。確か仏教から出た言葉だったと思うが、同じ日本人でこんな境遇に揃ってあることを思えばまさに言葉通り縁なんだという気がしてくる。
そう、まだ彼は色々と知らないだけなんだ。きちんと教えてあげればそのうち――
「――ついたよ、ここが<蛇姫>の社さ」
砂浜から島の中央部を目指して三十分も森へと足を踏み入れた先で、オレたちはヴェラの案内でついに目的地である<蛇姫>の社へと到着した。すでに陽はとっぷりと暮れて、空を占めるのは煌めく星々とうっすらと霞がかった銀月である。
黒い森が途切れ、短い下草だけのほぼ真円の広場の中央に、円筒形の構造物がピサの斜塔と角度を競いあえるほどに傾いて大地に突き刺さっていた。その構造物を中心に様々な大きさのブロック片が広場いっぱいに散らばっている。
魔法の青い松明で足元を照らしながら、オレとワタルは先を行くヴェラの後について斜塔へと近づいた。この斜塔の高さは目測で十メートル程度か。正面にアーチ状の出入り口が見えるが、半ば崩れかけているため入ろうと思えば大人の人間であれば腰をかがめる必要がある。
身体の大きいヴェラは器用に伏せの姿勢のまま、じりじりとほふく前進して穴の向こうへと消えた。さすがはネコだ、頭が通れば体も通るというわけらしい。
奇妙に感心しながらオレとワタルも身を屈めてアーチをくぐると、松明の青々とした明かりに照らし出されたその先は外観から想像した以上の広さの石畳の広間であった。窓ひとつとしてなく見上げると底抜けのバケツよろしく丸く切り取られた星空が見える。
――これは斜塔というよりもエントツだな。
「こっちだよ」というヴェラの声にオレは視線をおろして松明を巡らせば、アーチ状の入口から最奥の壁際に彼女の姿があった。明かりに照らされて彼女の横で浮かび上がったものがある。二メートル近い、どのような技術を用いたものか思いもよらないが、表面を磨き上げた背の高い姿見に似た人口の石である。
石、と表現したが正直言えばそれの材質が何であるかはわからない。黒光りするそれは黒曜石にように見えるといえるのだろうが、それよりもオレが連想したのは墨だ。小学校の書道の時間に硯でするアレである。アレが鉄のように硬質化した上で鏡のように磨き上げられたもの、が一番表現として近い気がする。
「……これが魔石? 」
もう少し装飾が施されていたり、神々しいものをイメージしていたオレとしてはある意味で期待を裏切られた感じだ。黒光りするなんの変哲もないただの大きな石、それ以外に形容しようがない。だがこれのお陰で消耗した魔力も生命力も回復させることができるというのだから、魔獣にとってはそれこそ推し戴くべき有難いものであるはずなのだ。
軽く、本当に軽く指先で魔石の表面をなぞる。ワックスをかけ終えた車を撫でた感触に似た、冷たくて硬い指先にひとつとして引っかかりを見つけることのできない滑らかさだ。
この魔石を用いてオレは正式に<湖岸の蛇姫>となるわけだ。その手法は陳腐と称されるかもしれないが、これに自身の血液や精等を垂らせば<星>が言う所のねぐら設定システムを完遂したことになる。その時点でオレは<蛇姫>としての能力も知識も全て身につけたことになり、本物の魔獣としてこの世界に生まれ変わるのだそうだ。
現状のオレとどの程度の違いがあるのかと尋ねた所、ヴェラの回答は簡潔で「より魔獣らしく」だった。
「過去の<蛇姫>、それにあたしを含めた他の魔獣たちの経験で言わせてもらえば身体能力は程度の差はあるだろうけど、飛躍的に上昇するだろうね」
「身体能力が?そんな言うほどに?いわゆる後衛ポジションだと思うんだけど、オレ……」
「程度の差があると言っただろ?そりゃ、物理特化の筋肉馬鹿どもの変化に比べたらあんたなんてダンゴムシかワラジムシの差でしかないだろうさ」
例えひどいよね!?どっちに転んでも虫とか!っていうか比較になってなくない!?だんごむしとわらじむしにどんな差があるっていうのさ!
「えー!?俺そんなのなかったんだけど? 」
「何いってるんだい、あんた最初はろくすっぽ歩けなかったじゃないか。それだけでも大した進歩さね」
「俺、歩けるようになっただけ!?差別じゃねえ!?もっとなんかないのかよー」
「贅沢いうんじゃないよ。あんたら植物系魔獣は自由に歩き回れるだけで御の字なんだから」
そんなことよりと、ブーたれるワタルからヴェラはオレへと向き直った。向けられた眼差しにえらく真摯なものが混じっている。
「ねぐらを設定するという事は魔獣としてこの世界で生きていく最初の覚悟なんだ。――まあ、あんたの場合は順番が逆さまになっちゃって、最初に色んな覚悟を迫られたわけだけどね」
新しい自我を確立できてない内に生存防衛のために敵と戦い、しがらみがまだ薄いがそれでも友人と呼べそうなベニグノのために命懸けで魔術を操ってみせた。その結果として精神的共食いといえる聖餐も経験した。色々と言い訳やこじつけで肉付けされてはいるが、全ては魔獣がこの世界を生き抜くための必須事項だ。
「魔石と契約する事で受け継ぐものは魔獣としての能力だけじゃない。魔獣の歴史や血継そのものを遺産として受け取るに等しい行為なんだよ」
「……歴史や血継って? 」
「一言でいうなら始りの一人目から代々積み重ねてきた魔獣としての記憶さ。あたしが受け取ったのはマンティコアの遺産だから、あんたがどんなものを受け取るか具体的に教える事は無理だ。だけど大体は想像がつく。マンドレイクのワタルも大概だが<蛇姫>のあんたは相当覚悟しておいた方がいい」
ちらりとヴェラが視線をおろした。ワタルはその視線に気づいてそっぽを向くように僅かに体の向きを変えた。饒舌ともいえる彼にしては珍しい反応だがそれも当然なのかもしれない。マンドレイクも狩られる機会に恵まれた魔獣だ。彼女の言う通り代々の記憶を受け継ぐというのであれば、彼も相応に見たくもないものを見せられたという事になる。
本来なら年若い彼に負わせるものではなかったのかも知れないが、人生や運命、世界といったやつはだからといって手加減などしてくれないものである。それに結果を見ればワタルがどういう風に飲み下し消化したかは知らないが、彼は魔獣としてこの場に自分の足で立っている。
オレはワタルの中に逞しいものを感じて心の中で素直に拍手を送った。よくやったと。
十も若いワタルが乗り越えた事にオレが怯むわけにはいかない。
繰り返しになるが覚悟も決断もおかしな事に生前よりも死後にいくつも迫られてきた。魔獣として生まれ変わるのも、魔術を使うのも、食事をするのも。この上でひとつやふたつの覚悟を求められた所でどの程度のものだろうか。
オレは背筋を伸ばして真正面からヴェラの眼差しを受け止めた。
「今更おどかそうたって尻込みしないからね」
「そんなつもりは毛頭ないんだけどね。まあ、腹を括ってるってのなら結構なことさ」
にやりと老女と笑い合うとオレはモノリスの前に進み出た。
こんな時に魔獣の身体は便利である。オレはヒトだった頃とは違い肉を裂く事に重きをおいたその犬歯の先に親指の腹を持っていった。やや強めに押し当て本当に軽く撫でたつもりだがそれだけで赤く血が滲み出す。
こんな些細な事でも自分が人外の存在であると認識させられるには十分だ。この上で何を躊躇するものがあろう。
苦笑を漏らしつつ、オレは血が垂れる親指をぐいっと魔石にねじつけた。
刹那、目も眩む閃光がオレを貫いてその意識の全てを刈り取ったのだった。




