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今にして思えば可愛い女の子出てないよね

ようやく魔獣一匹目。



――おれ達にはツキがある。間違いない!



水を求めて川の流れる音のする方へと藪を掻き分けたその先で、この三日間昼夜を問わず捜し求めたものを見つけたとき、彼は思わず無言のまま拳を突き上げた。快哉をあげそうになるのを堪えた結果である。

あぶないところだった。迂闊にこちらの気配を気取られるようなことでもあれば、この千載一遇ともいえるチャンスをまたもフイにしてしまうかも知れない。彼は当初の目的だった水の確保などすでに頭にはない。捜し求めて流離った獲物が目の前の急流の先、川原にいることを確認したからである。


半月以上前のこと。彼が所属する冒険者グループは他のライバルたちに先んじて、全くの幸運なのだが<湖岸の蛇姫>を補足しかけたのだった。

しかしあと一歩、あと一歩のところで<蛇姫>は彼らの包囲網をすり抜けて、夜の闇ごと飲み込む奈落の底へ姿を消したのだった。幸運の女神の肩に手を伸ばすも半歩及ばず振り向かせることができなかったわけである。

<蛇姫>が逃げたとわかった後の全員の落胆たるや凄まじいものがあった。討伐に成功し、目当てのドロップを得ることができた場合との落差を思えばそれもやむなしではあったのだが。

それでも諦めきれず、夜明けと供に下流域をくまなく捜索するも見つけることができずにいると、彼のグループは三つに分かれることになった。このままこの一帯を捜索する者と、<蛇姫>の生まれる地点に探索の重点を置く者、そしてあきらめて拠点に戻ろうとする者にである。

十五人を数えたメンバーはそれぞれ思い思いのパーティへと組みなおされた。彼のいる再捜索組は彼を含めて四人、全員野外活動を考えての軽装の戦士だけで構成されたパ-ティである。


そしてそれから山をさすらうこと半月。ついに執念は実り、彼の眼前に闇に紛れて逃げたあの時の姿のままの<蛇姫>が姿を現したわけであった。


この世界をヒトたちが生き抜くのは容易くは無い。大陸の南方、沿岸を中心に一帯を占有することに成功したものの、中央に鎮座する広大な内海を挟んで北東部は亜人に抑えられているし、内海を中心に南西部からぐるっと北西部までは未踏の秘境なのだ。

その秘境の住人は原生動物たちであり、危険なモンスターであり、魔獣である。

実にヒトや亜人が所領するエリアなどこの大陸の三割程度にしかならない。星全体からみればさらに僅かになるであろう。その広大なヒトの手が及ばない領域全てで支配者として君臨しているのが魔獣なのであった。


危険に満ちたこの世界で生き残るため、ヒトは北では亜人と争い西には魔獣の版図を削り取ろうと躍起になっていた。

そこで活躍の場を得たのが一般的に冒険者と呼ばれる集団である。


冒険者を簡単に説明すると金銭次第で荒事だろうが何だろうが請け負うならず者たちである。

危険な生業を常にすることから自然と出自のよろしくないものが多く、素養のあまりない者も多い。ならず者の道理である。

しかし、多岐にわたる専門職集団としての一面を持っていた彼らは、社会から完全には弾かれることなく、当初はある種の必要悪と許容されていたのでだった。


そして時代と供に冒険者の役割も多様化していき、なくてはならないもの、としての地位を確立していく。


冒険者は大きく三つのグループに分けられる。

ひとつは北部方面で亜人相手に戦を繰り返す対人専門集団である傭兵部隊マーセナリーズ。

次に遺跡やダンジョン、果ては秘境へと分け入り財宝など、他にも頼まれれば何でも探し出す探索のプロ、エクスプローラーズ。

そして最後に魔獣やモンスター討伐を生業にしているスレイヤーズである。


一つ目はともかく、二つ目と三つ目は兼任している者も多いが、目的は異なるものの傭兵部隊であれ討伐部隊であれ、当然のことながらそこには戦うことに主眼を置いた者が圧倒的に多い。

彼らは日々の糧を殺戮で得ており、それゆえに好戦的でもある。尤もこれはニワトリか卵かどっちが先か、の話と同じ類ではあるのだが。


そしてそれ以上に欲望に忠実だ。リスクが少ない割りに魔獣屈指のハイリターンである<蛇姫>討伐を見逃すテはない。

過去に何十、何百人ものスレイヤーズが<蛇姫>討伐に挑み、成功したものは必ず巨万の富を得ているのである。


彼は転げるように仲間の野営地に戻ると、弾む息をそのままに叫んだ。



「いたぞ!<蛇姫>だ! 」



「本当か?」「どこに?」などと聞き返す者はいなかった。浴びせかけられた<蛇姫>の言葉と、駆け込んだ男の様子だけで野営していた仲間の三人は無言のまま武器を手にしていた。

軽く視線を交し合うと荒い息の男にあごで指し示した。案内しろ、と。



「この先の川原だ。案内する。急いでくれ」



自分の荷物から黒い革を巻いて補強された十字弓――クロスボウを引っ張り出すと三人の男を従えて、今来た川原への獣道を駆け出していた。






両頬を赤く腫らし、たんこぶをこさえてオレは再び岩の上で座禅を組んでいた。岩のすぐ横では短い足を投げ出すかっこうでヒゲが晴れ渡った空を仰いで荒い息を繰り返している。



「まったく……手の……かかる………やつじゃ、ぜーぜー」


「運動不足なんじゃないの?あの程度走ったくらいでだらしない」


「失礼な……いくらおぬしが慣れない足で走ったとはいえ……ワシとのコンパスの差を考えい……」



ちらりと横目でベニグノを見る。あー、なるほど。一メートル程度の背丈のベニグノだ。三十センチものさし二本が身体の下に生えてるようなものか。それは無理だね。

比べてオレはというと前世では一七五センチほどで日本人としては大変平均的な身長だったのだが、今生の<蛇姫>も立ち上がった景色は大差ないように思える。問題は――


胡坐をかいたオレの足――というか、盛り付けたパスタみたいになってる細かい鱗に覆われた白い触腕を見てふと思う。これ……どんだけ長さあるんだろう……と。

先にも述べたが立ち上がった感覚では前世とあまり変化はないように思える。ただし、足元を見れば触腕が昔の映画に出てくる火星人よろしくうねっており、なんというか……

というかこの身は身長ではなく体長になるんではないだろうかと思う。それでどう見ても体長二、三メートルです、てへ。みたいな。


そういえば、とオレはある事を思い出して胡坐を解いて岩を飛び降りた。非難の声をあげるベニグノにちょっとまってと制してから先ほど同様に立ち上がった姿で足元に視線を下ろした。

今はホイミスライm状態だ。しびれくらgと表現してもいい。


その状態からオレはついと一歩踏み出してみた。

お尻側の二本の触腕が一瞬たわんだ後ぐいっと地面を蹴った。当然身体は前に押し出されるような形で前方へと倒れこむ。ほぼ同時に正面にある二本が前へと伸びて地面をひっかけて引き寄せるように縮んだ。

他の触腕はバランスを崩さないようにそのつど前後左右へと伸びてつっかえ棒の役目を担っている。押し出して、引っ掛けつつ引き寄せる。あるいはその逆か。

急ごうと思えば蹴りだしと引き寄せの本数が増える。その分、つっかえ棒が減るわけでバランスが犠牲になる寸法だ。

跳躍歩行に近いのかなー。てゆか、やっぱり水棲生物なのかな、基本は。地上で活動できるだけマシと考えた方がいいのかも知れない。


腕組みしたままで足元を見ながらのたのた這いずり回るオレ。ベニグノはヒゲに手をやりながらそんなオレを黙ってみつめていた。

ふと気になってベニグノに聞いてみた。



「前から思ってたんだけど、オレって戦いにはおよそ向かないと思うんだよね」


「じゃろうな。鱗に覆われているとはいえ、特別硬いというわけでもない。力が強いというわけでもないからの」



最も鱗に覆われている触腕を指先で自転車のタイヤの空気を確かめるようにぐにぐにと押してみる。滑らかで暖かく人肌と比べても変わりない。

改めて触ってみてわかったが、蛇みたいな外装だけどやはりスキュラだ。この足、骨ないや。筋肉だけでできてる、タコとおんなじ。


次いで自分の細いといえるほどの腕に視線を移した。ぷにぷに。まるで女の子のそれだ。

さらに言うとベニグノの腰にねじ込んである三十センチほどの鉄製の鉈を持ってみても、これまた特段軽く感じたりするような事もない。

まったくベニグノの言うとおり力もなくなんら普通の女の子と変わりないこの身体は戦闘にはまるでむいていないのだ。



「でね。戦えないなら逃げ足を鍛えようかなって思ってみたんだけど……きつそうだなって」


「スキュラは水辺の魔獣じゃからな。当然じゃろう」


「で、ここから質問なんだけど、ユーリはどうしてたの? 」


「残念じゃがおぬしの期待しとるような答えはないぞ。一時のおぬしのように引き篭もりじゃったからな。ワシに会う前は内海にあるという<蛇姫>の社から一歩も出歩かなかったそうじゃし」


「つまり走って逃げるようなシチュに出くわさなかったからわからない、ってことね」


「シチュってなんじゃ、わかる言葉を使え。まったく……まあ、概ねそういうことじゃな」



ふむー、予想はしてたけどやっぱり<蛇姫>には地上は鬼門か。今後はこのことを念頭において活動場所を選んだ方がいいのかなあ。

集合場所のアレハンドだが、沿岸とはいえそれは地図上のことで実際には内海まで相応の距離がある。もし、アレハンドに着いたとしてそこで襲われたらまず水場まで逃げ切れそうにない。

これはますますもってベニグノの言う通りアレハンドは諦めるが吉なのかな。でもみんなと約束したし、なによりロメジャンとだけでも連絡を取れるようになりたいところだ。最高はベニグノとロメジャンの三人あたりで生活できると嬉しいところなんだけど。


先のことはわからないが、師匠にあった後でもベニグノに頼んでアレハンドまで同行してもらい、みんなと合流後にこちらへ戻るというのはどうだろうか。最悪ロメジャンだけでも連れてこれればいいし。

ベニグノには負担ばかりかけるような気もするが、毒喰らわば皿までだ。負担のかけついでにもうひとつお願いすることにしてしまおう。

そう決めたオレはにんまりと笑顔を貼り付けたまま、ベニグノに振り返った。途端にジト目がオレを出迎える。



「なんじゃその笑顔は……大方またよからぬことを思いついたんじゃろうが……」


「やだなぁ、ボクとベニーの仲じゃないー。つれないこといわないでよー」


「……またえらく気色悪いのー……まあ、聞くだけ聞いてやろう。言うてみい」


「ありがと、ベニー」



「だいすき」そこまで言いかけてオレは目をむいた。びしゃり、という音のあとオレの頬や上着といわずそこかしこに鮮やかな赤が降り注いだ。

ベニグノの太鼓腹より真上に数センチのところを食い破って金属製の三叉の鏃が飛び出していた。一瞬でベニグノの焦点は覚束なく宙を泳ぎ、鏃の重さに引かれるように前のめりに倒れこむ。

オレは何を叫んだかはわからない。彼の名前を呼んだのかもしれない。

とにかく両手を差し伸べて小さな友人の身体を抱きとめることしか頭になかった。抱きとめたその瞬間、がはっとうめき声と一緒にコップ一杯はあろう程度の血をオレの胸めがけて吐き出した。背中から飛び込んだ矢が中を通るときに強かに肺を傷つけたのだ。とにかく――位置がやばい。

医学の心得なんてないオレでもわかる。心臓ははずれてくれたかどうか微妙なとこだ。だが肺をやられたのは吐血でわかる。顔色もすでに土気色だ。



「――ケイ、に……にげろ……」



ベニグノの搾り出すような声を耳に、彼の身体を抱きとめたまま顔をあげて視線をその先に放った。矢の飛んできた方向、そちらから欲望の唸りをあげて四人の男が浅瀬を選んで川を渡り殺到しつつある。

どいつもこいつも欲に目が眩んで血走っている。口の端からは涎をたらし、鞘から抜き放たれた片手剣が陽光を跳ね返して冴え冴えと煌いた。足元から水飛沫を跳ねあげて一直線にオレの元へとかけてくる。


オレは逡巡してしまっていた。本能に従えばベニグノを放り出して逃げるべきである。だが、ココロの人間である部分がそれを良しとしない。かといって友人を傷つけられたことに逆撃を加えるだけの力もない。

一番の悪手である逡巡をオレは選択してしまった。その間にも容赦ない男たちの鉄環は狭まりつつあった。


後にして思えばこの時のオレは半分以上諦めていたように思う。不意をうたれ、ベニグノを失い、逃げることも戦うことも選べず。

戦い慣れていない元現代人には仕方がないことなのかもしれないが、だからといって手心を加えてくれる相手でも世界でもない。確かなことは判断を間違えた事、その結果として責任を負わされる。それだけである。


あと数メートル。男たちの両眼から吹き付けてくる殺意が肌に突き刺さるほどの距離。

数秒後のオレは間違いなく悪夢どおりの結果を辿ろうとしたその時。


オレの背後から大きな影が沸き立つと、怪鳥のごとき叫び声と同時にはっきりとしわがれた女の声が降って来た。



「まるでサーガの主人公のような登場方法だ。やだねぇ、ガラでもない」



ごぅっと突風を纏ってオレと男たちの間に割ってはいるように黒い影が降り立った。


――大きい。今まで見たことのない大きな四本足の獣。

一七五センチ程度だと思うオレよりも頭ひとつは高い位置に、逞しい肩があり、そこからまるでドラム缶のような太い前足が伸びている。全身を赤い毛で覆い、鋭い鉤爪をそなえた獅子のような立派な体躯はゆうに三メートルは超えていた。そしてその背中にはドラゴンのような翼が黒々と広げられている。

特筆すべきはその体長とほぼ同じ長さの尾である。関節で節くれだった青黒い装甲をまとった尾。その先端はいかついとしか表現できないほどに乱雑にスパイクが生えており、さながらモーニングスターのようだ。



「あんたが新しい<蛇姫>かい?あたしがそこのチビの友人、ヴェラだよ」



銀糸を思わせる頭髪がオレの方を振り向いた。少々、鼻筋の線が強いといえなくもないが、上品そうな老女の顔がにたりと笑っている。


半人半獣、獅子の身体にコウモリの翼、サソリの尾。

魔獣マンティコアが間違いなくそこにいたのだった。




補足。モーニングスター。メイスと呼ばれる金属製の打撃用棍棒の一種で、先端部にトゲトゲがついている。金のかかった正式釘バット。

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