⑨陸の災難
次の日。
路上ライブを始めようとする
陸のスマートフォンに、着信が入った。
駅のホームにいる、美月からだった。
沿線火災の影響で、電車の運行が乱れているとの事。
したがって、ここに来るのに、二、三十分ほど遅れるという内容の電話だった。
仕方がない。
陸は一人、路上ライブを始めた。
その陸の立つ場所から、少し離れた路地裏に、三人の男達がいた。
彼らの間には、不穏な空気が漂っている。
「おい小松。あと二日、待ってやる。残りの五万、必ず払えよ!」
凄んでナイフを見せる、二十代前半の男、大野うみじ。
冷たい壁に押し付けられた小松若利は、涙目で、何度も首を縦に振った。
「ひっ……はっ……はひっ……」
大野の背後には、小柄な金髪の男が、ニヤニヤしていた。
大野の弟分、川添研一だ。
「そう言えば、大野さん」と、川添が話しかけた。
「聞いた話ですけど、そいつ動画を配信して、小金を稼いでるらしいっすよ」
「なにぃ」
大野が、小松の胸ぐらを掴んだ。
「ひっ……ぶひっ……」と、悲鳴を漏らす小松。
「お前、動画配信で稼いでんのか? じゃあまだ、金あるんじゃねえのか?」
小松は鼻水を垂らしながら、首を横に振った。
「な、無いです。動画配信も、最近はやってません。カ、カメラが壊れちゃったし……」
「本当だろうな。……まあいいや、十万は回収したからな。ほらっ、もう行け! あと五万、必ず用意しとけよ!」
大野が、小松のお尻を蹴飛ばした。
小松はバランスを崩しながら、慌てて逃げ出した。
そんな小松の背中を見つめる、大野と川添。
彼らは、反社会的な仕事を生業としている、街のゴロツキだ。
最近は小松のように、闇金業者から借金をしている、債務者への取り立てをしている。
「それにしても大野さんって、やばいっすね。いつもポケットに、ナイフ入れてるんすか?」
二人が、駅前のラーメン屋に向かって歩いている途中、川添が大野に話しかけた。
「まあな。鬼に金棒って奴だよ」
「なんすか、鬼にカナボーって?」
「そんな言葉も知らねえのか? これだから中卒は……おわっ!」
ドデッ!
突然、大野が転んだ。
「いってぇ!」
「大丈夫すか? 大野さん」
大野は、何かに足を引っ掛けたのだ。
それはギターを入れる、黒いソフトケースだった。
「なんだ、これ?」
すると、近くで吃りながら歌う、路上ミュージシャンの姿があった。
陸だ。
大野は立ち上がり、両手をポケットに突っ込んだ。
眉間にシワを寄せ、絡みつくような視線を陸に向け、近付く。
「おい、下手くそ! お前の荷物で転んだぞ、コラ! 慰謝料、払え!」
陸は、演奏に集中しているため、大野の声は届いていない。
「耳が腐るんだよ、お前の歌は! 下手の横好きにも程があんだろ、ボケが!」
「なんすか? 下手のヨコズキって?」
大野が、ギロリと川添を睨む。
「お前は黙っとけ!」
大野の視線が陸に戻ると、目の前にあるマイクスタンドを蹴り飛ばした。
ガシャン!
それでも、陸は演奏をやめない。
「……なんだお前? シカトしてんのか? 怖くて、気付かないフリしてんか? それとも……」
ジャラーン♪
ギターを鳴らすと、陸は「お、思い出す〜」と歌い出した。
大野は激怒した。
陸の髪を乱暴に掴むと、引っ張った。
「なめやがって、このクソガキ! 教育してやる!」
大野達は、近くの雑居ビルの裏へと、陸を無理やり連れてきた。
そこは、人目につかない、狭く薄暗い駐輪場だった。
川添が、素早く陸を羽交締めにした。
ドスッ、バキッ!
身動きの取れない陸を、一方的に殴り続ける大野。
やがて、力が抜けたように倒れ込む陸。
大野は、陸の頭を踏み付けた。
「おい、クソガキ! 最初から、ペコペコしてりゃ良かったんだよ。そうしたら一発で済んだのによぉ。馬鹿だな、お前は。長い物には巻かれろってのが、世の常だろ?」
「なんすか? 長いモノには……」
大野が川添を睨んだ。
その鋭い眼光に、川添は途中で口をつぐんだ。
大野の険しい目が、陸へと戻る。
その時、大野はある物に気付いた。
「なんだ、これ?」
陸のポケットから、何かが見える。
それは美月が作ってくれた人形だった。
ゆっくりと持ち上げる大野。
「人形か? ギター持ってて、お前に似てるなぁ、これ」
大野は、ニヤリと笑う。
「もしかして、誰かが作ってくれたのか? 良かったなぁ。大事にしろよ」
そう言った瞬間、大野は両手に力を込め、人形の首を引きちぎった。
ブチッ!
さらに手足も引っこ抜き、バラバラにすると、踏みつける。
「へっ、ざまあみ——
バキッ!!
次の瞬間、大野が宙を舞った。
陸が、ぶん殴ったのだ。
吹っ飛ばされた大野は、地面を転がると、並んだ自転車へと突っ込んだ。
ガシャ!
予想だにしない反撃に、川添は面食らった。
数秒間、呆気にとられていた川添だったが、ふと我に返ると、近くに転がる陸のギターを持ち上げた。
そして、後ろから陸を殴りつける。
バゴッ!
後頭部に強い衝撃を受けた陸は、力無く、その場に倒れ込んだ。
「ううう……」と唸り、痙攣する陸。
川添はギターを投げ捨て、大野の側へと駆け寄った。
「だ、大丈夫すか? 大野さん?」
「いってぇ……」
大野は、頭を押さえながら、立ち上がった。
その目は血走っている。
「……おい、こいつ殺すぞ!」
大野は、怒りに震えながら、厳しい口調で言った。
つづく……




