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④夜の公園


 陸が、小松をぶん殴った。



 吹っ飛んだ小松は、自らが設置した三脚カメラへと、頭から突っ込んだ。


 その衝撃で、カメラは壊れる。



 さらに、倒れている小松に馬乗りになった陸は、拳を振り上げた。


「やめてっ! 陸君!」と美月。


 その声で、我に返った陸が拳を止めた。



「ひっ……ひっ……ぶひっ……ぶひっ……」


 小松は、情けない声を出して、狼狽した。


 そして、おぼつかない足取りで、カメラとバッグを抱え込むと、一目散に逃げ出すのだった。




 小松がいなくなると、陸は倒れた美月へと駆け寄った。


 車椅子を起き上がらせ、美月を気遣う。


「だ、だ、大丈夫?」


「うん、平気」と、前髪の乱れを整える美月。



 しかし、人が行き交う駅前の広場で、これだけの事が起きたのだ。


 当然、通行人達の注目を浴びた。



 その中の一人だった中年女性は、交番へと駆け込んでいた。


 中年女性の話を聞いて、交番から出てくる警察官。



 陸達のいる場所から、その交番はよく見える。


 こちらへと向かってくる警察官の姿を見て、美月は焦った。



「陸君、大変! 警察官が来るよ!」


「えっ……!」


「早く逃げよっ! ギターを貸してっ! ギターのケースも!」



 陸は焦りながら、素早くギターと、ソフトケースを美月に預けた。


 そして、マイクとアンプは陸が右手で掴み、左手で美月の乗る車椅子を押した。


 二人は協力して、その場から急いで立ち去るのだった。




 直後に、警察官がやってくる。


 すでに陸達が逃げた後だった。


 警察官を呼んだ中年女性も近づく。


「おかしいわね。ここで男の人達が、喧嘩してたのに……」と、周りを見回した。



 ふと警察官は、何かを見つけた。


「おや?」


 そこには、小松が用意したバナナの皮や、ブラジャー、オシッコ入りの水鉄砲が落ちていた。


 警察官は怪訝な顔をして、それらを見下ろした。


「何だ、これ……?」





 ◇ ◇ ◇





 陸と美月は、駅から離れた団地までやって来た。


 後方を確認する美月。


「大丈夫だよ、陸君。誰も追って来てないよ」


 その言葉に、陸はやっと足を止めた。



 重い機材を持ち、美月の車椅子を押し続けた陸。


 それは相当な運動量だった。


 陸は前屈みになり、ハァハァと、荒い息を繰り返した。



「陸君、大丈夫?」


「う、うん……」


 息を整え、陸が顔を上げる。



 ふと美月は、何かを思い出したように、背もたれに掛けてあるバッグを開けた。


「今さらだけど、これ差し入れ」


 美月は、温かい缶コーヒーを、陸へと差し出した。


「陸君に会う前に買ったの。色々あって、渡しそびれちゃった」


「あ、ありがとう」






 その後、二人は団地に隣接している、広い公園へと移動した。


 辺りは、しんと静まり返っているが、きっと昼間は団地の子供達で賑わっている事だろう。



 ベンチに座り、缶コーヒーを飲む陸に、美月は問い掛けた。


「ねぇ、陸君。今、ネットで陸君が話題になってるの……知ってる?」


 陸は、首を横に振った。


「し、知らない。てて、手が震えるから、ス、スマホもパソコンも、あ、ああ、あんまり触らない」



「そっか。さっきの男の人に、いつもイタズラされてるの、気付いてた?」


「……き、気付かなかった。え、え、演奏に夢中になってるから。で、でで、でも、おかしいとは思ってた。ポ、ポケットに入れ歯とか、生魚とか、へ、変な物が入ってたから……」


「信じられない……酷いね、あの人」


 美月は、心底呆れた顔をした。





 ふと美月は、陸が自分の右手を、さすっている事に気付いた。


 小松を殴って、痛めたのだ。



「手、痛いの?」


「ちょ、ちょっとだけ」


 心配そうに見つめる美月。



「あ、で、でも大丈夫。ちょ、ちょっと痺れてるだけ……」


 陸が笑顔を作ると、美月は少し安心した。


 僅かな沈黙の後、美月が口を開いた。



「……でもビックリしちゃった。陸君が、あんなに怒るなんて」


「み、美月ちゃんが……」


「私が? 何? あの人に突き倒されたから?」


 陸は、コクリと頷いた。



「そう……。ありがとう」


 美月は、意味ありげに陸を見つめた。




 その直後、美月は思い出したように、プッと吹き出した。


「でも、あれだけ懲らしめたら、きっともう来ないよね、あの人。なんか、ブヒッブヒッとか、言ってたよね」


 美月の笑い顔につられて、陸もクスッと笑った。




「あっ、そう言えば……」


 美月が、目を大きくさせた。


「路上ライブ、頑張ってるねって言ったら……陸君、約束だからって言ったよね? あれって……」


「みみ、美月ちゃんと、しょ、小学校の時にした約束……。ギ、ギターで路上ライブするって……。み、み、美月ちゃんがファンになるって……。お、覚えてない?」




 美月は、暫く黙った。


 やがて苦笑いを浮かべ、僅かに首を捻った。


「そんな事あったかな。ごめんね、忘れちゃった……」




 その言葉は、陸を落胆させた。


「そ、そっか……」と、露骨に悲しそうな顔をする陸。


 しばらくの間、陸は俯むいた。


 その様子を見て、美月は、ためらいながら声をかけた。



「……陸君?」


 美月の声に、陸は作り笑いを浮かべて、何でもないと首を横に振った。





つづく……

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