③再会
ビーン……。
寒空の下、ギターのチューニング(音の高さを調整)をする陸。
彼は今日も駅前にて、路上ライブを行おうとしていた。
そこへ、大きな影が近づいて来る。
「……陸か?」
どこかで聴いたような、男の声。
その声には、懐かしさと共に、息苦しくなるような嫌悪感があった。
陸は、名前を呼んだ人物に顔を向ける。
声の主は、かつて小学校の頃に陸を虐めていた、西昌大だった。
やはり、と陸は思った。
昌大は、別の中学高校へ行ったため、会うのは実に六年ぶりとなる。
「……陸だよな」
二度目の呼びかけに、陸は少しだけ頷いた。
すると昌大は、口の端に笑みを作った。
「お前、今、ネットで有名じゃないか。悪い意味でよ。本当、よくやるよな」
この威圧的な態度。
息が詰まりそうな空気感。
あの頃の恐怖、悔しさ、情けなさが蘇る。
「お前、そんな下手くそな歌で、恥ずかしくないのか? まさか本気で、デビュー出来ると思ってるわけじゃないよな?」
昌大は呆れたように、鼻で笑った。
「もう十八歳だぞ。現実見ろよ。頭、大丈夫か? 脳みそ腐ってんじゃないのか?」
その時、昌大の背後で、二十代の女性二人が足を止め、ヒソヒソ話を始めた。
(ねえ、あのギター持ってる人って、あの動画の人じゃない?)
(ほんとだ。結構イケメンじゃん)
(じゃあ歌、聴いてく?)
(ええっ、それはいいよ)
昌大はチラリと、その女性達を見た。
彼女達の後ろにも、足を止めて見ている人が何人かいる。
昌大は、視線を陸に戻した。
「……まあいいや」
居心地が悪くなったのか、昌大は立ち去ろうとした。
「そうやって一生、笑われてろ。ばーか」
そう言い残すと、昌大はプイと顔を背けて、駅の方へと歩いて行く。
陸は解放されたように、安堵の息を吐いた後、去っていく昌大の背中をじっと見つめた。
数分後、気を取り直した陸は、路上ライブを始めた。
「あ、あ、逢いたい、た、たー、ただ、逢いたい〜♪」
言葉がスムーズに出せず、歌詞がよく聞き取れない。
ギターのコード音も、ハッキリしない。
相変わらず、陸の演奏は、道行く人に笑われた。
曲が終わると、ピックを咥え、両手を揉んだ。
四月にしては、指先が凍るほど寒かったからだ。
すると突然、陸は驚きの表情を見せた。
咥えていたピックが、ポロリと落ちる。
美月が現れたのだ。
「陸君……だよね?」
車椅子に座る美月は、白いニットのセーターに、ロングスカートを履いている。
陸は感慨深そうに、美月を見つめた。
「み、み、美月ちゃん……」
二人が顔を合わせたのは、三年ぶりだった。
小学生の頃は、いつも遊んでいた陸と美月。
だが、中学生になり思春期を迎えると、二人の間には微妙な距離が生まれ始めた。
そんな時、陸と美月の仲を、完全に裂く出来事が起きてしまった。
中学三年の夏だった。
下校中の美月が、、信号無視の車に跳ねられてしまったのだ。
その後、美月は車椅子生活になってしまった。
陸は度々、病院に訪れたが、美月は会おうとしなかった。
それは彼女が絶望に、打ちひしがれていたからだ。
それに、こんな姿を陸に見せたくない、という思いが美月にはあった。
美月は退院してからも、陸とは距離を取るようになった。
高校も別々になり、二人が顔を合わせる機会は、完全になくなってしまった。
「久しぶりだね、陸君。路上ライブ、凄いね。ハンデがあるのに、頑張って演奏して……偉いよ、陸君」
陸は少し照れて、眉のあたりを掻いた。
「や、や、約束……だから……」
「約束?」
そこへ、ノソノソと小松がやって来た。
いつものように、三脚スタンドを立てると、カメラをセットする。
今夜も、イタズラ動画を撮影しようとしているのだ。
彼のバッグには、バナナの皮やブラジャー、オシッコを入れた水鉄砲などが入っている。
今回のイタズラで使おうと、用意した物だ。
美月は躊躇したが、意を決して、小松に近づいた。
「あのイタズラ動画を、撮ってる方ですよね?」
小松は訝しげな目で、美月を見下ろした。
その視線は、美月の顔に向けられ、次に車椅子へと移動し、また美月の顔へと戻った。
「……だったら、何だよ」
「やめてもらえませんか? 本人は一生懸命、演奏してるんですよ。そんな事されたら迷惑です」
小松は、ギロリと美月を睨む。
その眼鏡の奥の眼光に、美月は怖気付いた。
「何が迷惑なんだよ! 路上で勝手に演奏するのだって、迷惑だろうが! ちゃんと許可を取ってるのかよ?」
「それは……」
美月は口篭った。
「それによ、この子は俺の動画で知名度が上がったんだからな。むしろ俺に感謝して欲しいくらいなんだけどよ」
美月は勇気を出し、負けじと食い下がった。
「なんで感謝しなくちゃいけないんですか? あなたは、ただ陸君をネタにして、馬鹿にして、お金を稼いでるだけでしょ? ちゃんと陸君にも、出演料を払ってるんですか?」
出演料という言葉を聞いて、小松は激昂した。
鬼の形相で、美月に詰め寄る。
「なんで、俺が金を払わなきゃいけないんだよ! そもそも、こんな下手くそな演奏を公共の場でやる事自体、頭いかれてるだろ! もう行けよっ! 車椅子に乗ってるからって、容赦しねえぞ!」
美月は首を振って、小松を睨み返した。
「とにかく、もうやめて下さい!」
美月の頑なな態度に、カッときた小松。
とうとう美月に手を出した。
「行けって! 邪魔すんなっ!」
美月の肩を突き飛ばす。
「きゃっ!」
美月はバランスを崩して、車椅子ごと地面に倒れてしまった。
ガシャン!
「いったぁい……」
地面に倒れた美月が、顔を上げた瞬間、不思議な光景が目に飛び込んだ。
小松が、宙を舞っているのだ。
「えっ?」
それは陸が、小松をぶん殴ったからだ。
つづく……




