将来の夢
「そういやよ、悠介ってまだ浩介と付き合ってるんか?」
「ん?付き合ってるよ。智也からその話が出てくるとは思ってなかったな。ずっと付き合ってるんだろうな、って言ってくれてただろ?」
「そうなんだけどよ、一緒に暮らしてるって言ってたからよ、関係が変わったーなんて事がねぇのかなって。」
パーカーを買ってから何日か経って、俺が浩介の家に迎えられてから、そろそろ一か月が経とうとしてた。
野球部の同期である智也は、浩介とは違うタイプと言うか、何でもかんでもざっくばらんとしてる、って言うタイプで、今は野球部の副部長として、浩介を部活面で支えてくれてる。
今は、そろそろ文化祭が近い、それが終わって一週間後に修学旅行、って言う時期で、皆文化祭の準備に追われてた。
例年であれば、修学旅行とは時期を外すらしいんだけど、今年は飛行機の予約だとか、民泊でお世話になる所の兼ね合いとかがあって、そういう微妙な時期になった、って先生が言ってたかな。
「そっか、二人の事応援してっからよ、そうじゃなくなったとしてもよ、ずっと一緒に居てほしいって思ってんだよ。」
「……。それは有難いな。そう言ってくれる人がいる、それは幸せな事なんだろうな。」
「そう言う口ぶりが悠介らしいよな。説教くさいって悩んでたけどよ、それって結局、誰かの為にだろ?だから、そう言う所変わんなくて安心なんだぜ?悠介の言い方ってよ、基本的に誰かを想ってないと出てこねぇ言葉だと思うんだよ。だからさ、気にしなくていいんだぜ?」
「って言っても、それで離れて行く人がいるのも確かだからな。時と場合によりけり、じゃないか?誰にも彼にも説教してたら、そのうちめんどくさがられる、だから控えないとな、って思ってるんだよ。それが癖になってる部分もあるから、余計に注意しないとなって。」
「そんなもんなのな。」
智也にそう言いながら、俺はこういう性格を辞められないんだろうな、とも予感してた。
それだけ痛烈に憧れた存在だった、って言うのもあるけど、それ以前に、俺の性格がそうなってしまってる、その癖が染みついてるから、止められないんだろな、って。
ただ、それも生き方としては有りなのかもしれない、とも思ってる、それも一つの生き方で、一つの道で、一つの在り方で。
そう言う道を選ぼうと思った、その選択肢は決して間違いじゃない、そう願いたい、って言うのもあった。
「浩介、お疲れ。」
「あ、悠介。クラスの方はどう?」
「ん、そうだな、可もなく不可もなく、準備は滞り無く、って感じだよ。」
昼食時、文化祭の準備の時間の合間に、浩介は悠介のいる教室に顔を出していた。
と言っても、浩介は野球部の方で催しがあり、それに向かって準備をしているのが現在で、あまりクラスの方には手が出せていない、それはクラスメイト達も承知しているのだが、浩介を、というよりは悠介を良く思っていない集団に対して、警戒心を抱いている、それが浩介の現状だった。
それを悠介には伝えていない、表向きには和解をして、クラスに溶け込んでいる悠介だったが、裏では何があるのかはわからない、というのが浩介の所感で、それは悠介自身がよくわかっているだろう、とも感じていた。
ただ、それでも表向きは仲良くしている、というのが、悠介の悠介らしい所だ、とも感じていて、浩介の為にも、波風と立てたくない、というのが悠介の感情で、その為に言葉を飲み込んでいるのだろう、と浩介は肌で感じていた。
悠介は元来気が強い方だ、言い返さずに終わる、という事の方が少なかった、だからこそ、浩介の為に我慢をしているのだろう、と。
「皆頑張ってるんだね、僕も頑張らなきゃ。」
「部活の合間を縫ってだから、大変だろう?」
「来年の部員確保の為にも、頑張らなきゃと思ってるから、平気だよ?」
「そっか、なら良いんだ。」
表向き大人になって、という言葉が出てきた事がある、悠介側が大人にならないと、問題は何時までも解決しない、という旨の発言を、悠介がしていた事があった。
という事は、悠介なりに思う事はある、思う部分はあるという証左になるのだろう、と浩介は感じていた、それを隠しているかどうか、はわからなかったが、悠介は、無理をして平静を装っている、と浩介は感じていた。
悠介の纏う空気、それがぎこちないとでも言えば良いのだろうか、普段の悠介とは少し違う気がする、という、長年一緒に過ごしてきたからわかる事、とでも言えば良いのだろうか、そう言った微妙な空気の違い、それに浩介は気付いていた。
「……。悠介、無理しなくて良いんだよ?」
「ん?」
「ううん、何でもない。僕はお昼食べ終わったら昼連行くからね。」
「分かった。」
それを悠介が自覚していないのか、それとも話したがらないだけなのか、それはわからない。
ただ、そう感じた、それだけは事実だ、と浩介は考えていた。
「ふー……。」
「坂入君、お疲れ様。ってそうか、今は坂崎君なんだっけ?」
「間宮さん、ありがとうございます。坂入でも坂崎でも、お好きな方で呼んでください。」
「そっか、それなら、今まで通り坂入君って呼ばせてもらおうかな。坂入君、今の生活には慣れたかい?」
バイトの休憩時間、先輩って言うか、ここが開いた頃からずっと働いてるっていう話の、間宮さんが煙草を吸いながら話しかけてくれる。
この休憩室、喫煙所が無いから、って言う理由で、煙草を吸っても良い事になってるんだけど、最初は煙草の匂いがきつくて、少し具合が悪くなる、なんて思ってたけど、慣れちゃうと逆に、吸ってない人がいる方が居心地が悪いって言うか、煙草の匂いに慣れてきたんだろうな、存外に心地良さを感じる。
「そろそろ修学旅行だっけ?行き先は何処なんだい?」
「沖縄ですよ、お土産は何が良いですかね?」
「貰って良いのかい?」
「はい、ここの人達にはお世話になってますし、それ位はしないと罰が当たりますよ。」
「そうだなぁ、じゃあ紅芋タルトをリクエストしようかな。」
間宮さんは恰幅の良い六十代、って感じの人で、前は営業職だったらしい、っていうのは本人から聞いた事がある。
営業職だったんだけど、摩擦に耐えられなくて、辞めてバイト生活になった、って言う話で、営業の仕事って大変なんだなっていう、そんな印象だ。
優しい人だから、怒ってる姿が想像出来ない、って言うのが、俺達高校生バイト達の共通意識で、本当にこの人が怒ってる姿が想像出来ない、っていう位、いつもニコニコ笑ってる人だ。
「間宮さん、煙草控えるって言ってませんでしたっけ?」
「ははは、そう言えばそんな事も言ってたねぇ。爺だから、そんな事も節制出来ないんだよ、坂入君。」
煙草の二本目に火を点けながら、間宮さんは笑う。
豪快に笑う人で、俺はその笑い方が好きだった、誰かを思い出すとか、そういう話じゃないんだけど、間宮さんの笑い方は、不思議と落ち付く笑い方だ。
心地良い、って言うか、なんていうんだろう、どこか懐かしいって言うか、なんだか不思議なものを見てる感覚になる、昔何処かで聞いた事があるのかな?なんて思う事が、たまにある。
「さ、休憩が終わったら夕飯時だからねぇ、お互い頑張ろうねぇ。」
「はい、頑張りましょう。」
休憩が終わったら、世間的には夕飯時になる、今日は金曜日だから混むんだろうな、なんて思いながら、間宮さんが煙草を吸ってるのを眺めながら、話をする。
間宮さんは、俺の事をよく理解してるって言うか、人の事をよく観察してるな、って言う感じがして、話しやすいんだ。
俺も人の事は観察する方だけど、ここまで人当たりは良くなれないな、っていう意味では、尊敬する。
「ただいまー。」
「お帰り、お風呂入っていらっしゃーい。」
「はーい。」
夜十時半、バイトが終わって、そそくさと風呂に入る。
俺が風呂に入らないと洗濯物が回せない、って言うのもあるんだろうけど、やっぱり生臭いままでいるのは嫌だし、慣れてるけどって感じだから、それが丁度良い。
「ふー……。」
そろそろ冷えてきたって言うか、夏に暮部て涼しくなってきた、今は十月の半ば、そろそろパーカーが恋しくなるかな。
風呂に浸かる時間も長くなってくる、基本的にカラスの行水だった俺は、ここに来てから湯船に浸かる良さを知った。
そもそも俺の実家は湯船に湯を溜めるタイプの家じゃなかったし、湯船に浸かるって言う習慣が無かった、って言うのもあって、ここに来てからそれをし始めて、存外に悪くないな、なんて思う日々だ。
浩介と湯船に入る事は時々あった、冬場なんかは、雪が降った後遊んで、雪まみれになって帰ってきて、一緒にお風呂入ってらっしゃい!なんて言われて、それで一緒に入って。
なんて事をしてたのが懐かしい、あの頃は、まだ何も知らなかった、幸せと言えば幸せで、あんぽんたんと言えばあんぽんたんな頃だった。
何も知らないままでいてよかった頃、無知でいてよかった頃、そんな頃が、懐かしく感じる。
思えば、遠くまで来た気がする。
十六の小僧が何言ってるんだ、って言われたらそこまでなんだけど、あの頃の純真、って言うか、純粋さは、今は残って無いんだな、って感じさせられる。
街中で子供を見かけると、ついつい目で追いかけちゃうのは、きっとそれをいつか懐かしいと思う日が来るから、だと思ってる、振り返ってみると、まだまだ成長しきれてない部分もあるんだけど、思えば遠くまで歩いてきたな、って。
それが悪い事だとは思ってない、それは人間として正しい感情だ、と思ってる、ただ、時々寂しくなる。
まだ何も知らない方がマシだった事もある、勿論、良い事ばっかりじゃない、それは当たり前のことだ。
ただ、それを差し引いても、知らずにいた方が良かった事、って言う事もある。
例えば人が死んだときの感情、例えば仲違いした相手との関わり方、そういった諸々が、俺にとっては必要だった、でも、必要だったから考えただけであって、必要でなければ考えたくなかった事だ。
じいちゃんがずっと言ってた事、人はいつか死んでいく、だからこそ、生きる価値がある、だからこそ、言葉に意味がある。
その通りだと思う、その通りなんだ、でも、それを知りたいと思って知った訳じゃない、知らしめられてしまったから知っただけで、俺はそれを知りたいと思った事は無かった。
親父達がどうしてるか、それを考える事もある、元気にしてるだろうか、恨みやしないけど、達者でやってるか、なんて事を考える、俺も大概お人よしなんだなって、そう言う所で気付かされる。
「ふー……。」
お人よし、それはずっと言われてきた事だった、親父からも、母ちゃんからも、浩介からも、じいちゃんからも、周りからも、ずっと言われ続けて、それでいて、理解の出来ない事だった。
俺は自分のやりたい様にしかやってない、結果として、周りにとってそれが良かった事なだけであって、それは独善で、独りよがりだと思ってた。
ただ、捨てられてまで心配するって事は、それを抜きにしても俺はお人よしなんだろうな、とは思った、自覚はした。
ただ、それで何かが変わるわけでもない、俺は俺の意思で動く、生きていく、そして死んでいく。
そう言う所がじいちゃんそっくりなんだろうな、多分、じいちゃんもきっと、自分のやりたい様にやってきて、それが結果として回りに良い結果を遺した人なんだろうな。
だから、それを受け継いだ俺がそう考えるのは、そうおかしな話でも無いんだろう。
「そろそろ出るか。」
シャワーを軽く浴びて、汗を流して風呂を出る。
飯を食べたら、就活に関して少し勉強をしよう、どんな選択肢があって、俺には何が向いてるのか、それを考えてみないとだ。
「浩介、お疲れ。」
「あ、悠介お疲れ様。」
「勉強進んでるか?」
「ぼちぼちかなぁ。偏差値的には特待生にはもう少し足りてない気がするんだ。」
悠介が食事を終えて部屋に戻ると、浩介は勉強に励んでいた。
特待生枠で入りたいという浩介の目標、そこに到達する為には、野球だけではなく、勉学もきちんとしなければならない、それが浩介の考えだった。
将来的に野球関連の仕事がしたい、と願っていた浩介は、それに関する勉強もしていたり、必修科目もきちんと勉強していたり、余念がない。
「さて、俺も……。」
「何か調べ事?」
「就活関連でな。うちの高校、就職は強くないだろう?だから、就職ってなったら、自力で探す必要があると思うんだよ。だから、どんな職に適性があって、どんな職が良いのか、それを知っておきたくてな。」
「そっか、まだ早いって言っても、来年には就活になるんだもんね。」
就活の話になると、浩介は心が曇る感覚がする、それは今でも変わらない様子だ。
ただ、悠介が納得してそちらに向いている、それもよくわかっている、だから、何も言えないというだけなのだ。
本当ならば、一緒に大学に通いたかった、別々の道に行く事になったとしても、共に大学に通いたかった、それが浩介の願いだったのだが、悠介がそれを是としない以上、それは叶わない願いなのだ、と半ば諦めていた。
自分は自分で特待生として大学に入れるレベルの勉強をしなければならない、そして悠介は、大学に後から通うつもりだ、という選択をした、別々の道になるのが少し早くなっただけだ、と悠介は言っていたが、浩介はそれに納得出来ていない部分があるのも事実だった。
「……。悠介は、どんなお仕事がしたいと思ってるの?」
「そうだな……。最終的にはスクールカウンセラーになりたい、その目標は変わってない、ただ、最初は人の話を聞く仕事をしたいな。例えば……。それが思いつかないから、こうして調べようとしてる訳なんだけどな。」
悠介は、まだ何の職に就くかを決めていなかった、それを決めるのはまだ少し後で良い、と進路指導室でも言われていたのだが、殆どが進学する為、対した就職先の紹介が出来ない、とは言われていた。
だから、自力で探すしかない、という結論を出した、悠介は、自分自身がやりたい事kと、適性がある事に関して、悩んでいた。
それは浩介達にも伝えていた、自分自身がどういった将来を見据えて動いているのか、そして現在進行形でどういった職に就くべきなのか、という話はしていた、悠介としては、それ位は話しても問題がない、そして心配をかけない為にも、そのコミュニケーションは必要だったのだろう。
「うーん、悠介が向いてる職業……。何だろう?僕は悠介はカウンセラーさんになるのが夢だ、ってずっと聞いてたし、それが似合うんだろうな、って思ってたから。」
「俺自身、それ以外の選択肢を考えてなかったな。スクールカウンセラーをやりながら、何かを教えられる人間になりたい、それが俺の夢だから。それは捨ててない、勿論、俺は夢を諦めたわけじゃない。ただ、現実問題として、これから暫くの仕事をどうするかなって、悩んでるんだ。」
悠介は、適職診断、というのをやっていて、項目を選択して問題に向き合っている。
適正検査とは違う、そういった意味合いでは、それは多少の足しにしかならないのだが、何も知らずにやっていくよりはマシだろう、と悠介は考えていて、それを熱心に回答していた。
「ふむ……。」
営業は合わないだろう、と悠介はずっと考えていた、間宮の話を参考程度に聞いた事があったが、それは悠介自身合わないだろう、という結論を出していた、営業ではなく、専門的な知識や学問を必要としない仕事、となると、限られてくるのだろう。
医療事務や介護、営業に飲食、といった選択肢野中から選ぶことになるのだろう、悠介は土木建築に行こうにも体力仕事は出来ない、と考えていた為、そちらの方面は選ばないだろう、と感じていた。
「これを機に、運動してみるって言うのも、有りなのかねぇ。」
「どうして?」
「土木建築系って、体力と筋力の仕事だろ?だから、そっちに行って少し健康的になるのもありなのかなって。」
「そうだね、悠介は少し痩せないと体が大変な事になりそうだし、それも良いんじゃない?」
悠介の頭にちらついているのは、知り合いの土木建築の会社の社長の顔だ。
父親が仲が良かった、という話で、時折父親と一緒に飲んでいた人で、確か悠介自身連絡先を交換していたはずだ、と思い出す。
その伝手を辿って就職する、それもありなのかもしれない、と悠介は考える、その伝手を使えば、もしかしたら家族の行方もわかるかもしれない、と。
今更元さやに戻れるとは考えていない、家族とは決別をしたのだ、と悠介は考えていたが、しかし、残された伝手を使うのは、別段悪い事では無いはずだ、と。
「えーっと、親方親方……。」
「誰かに連絡するの?」
「親父が昔からの仲の親方がいるんだよ。仲良くさせてもらってたから、相談に乗ってもらうのもありかなって。」
ラインを開き、悠介は夜も遅いから、とメッセージを送る。
恐らく朝型の親方は寝ているだろう、と感じていて、メッセージが返ってくるとしたら明日の朝だろう、と考えながら、また適職診断の方に向き直り、自分なりにやりたい事と出来る事の違いや、その見定めに入る悠介。
「……。」
真剣にやっている悠介の姿を眺めているのも良いが、と浩介は考え直し、自分には自分のやるべき事がある、と勉強に向き直った。




