敵と味方と
「悠にぃ、そう言えば高校ってどんな感じなの?僕は浩にぃの後に野球部入ろうと思ってるんだけどさ、悠にぃから見た学校ってどんな感じなのかなって。」
「ん?そうだな……。良くも悪くも、個性が出始める時期だからな。ぶつかる事があれば、肩を組むこともある、友達だと思ってた奴らが違ったってなったり、逆に合わないと思ってた子が友達になったりな。それに、中学までとは違って、学区で別れてるわけじゃないだろう?だから、色んな環境の子がいるな。」
「うーん……。聞いておいてなんだけど、難しいね。」
「そうだな、難しい。新しい環境になる、新しい仲間だったり、新しい敵だったり、そう言うのが見えてくると、難しいと思うかもな。でも、悠治は良い子だから、きっと友達がいっぱい出来るよ。」
悠治は、受験勉強真っ盛りな中、不安があるのか、高校の様子を話に振ってくる。
今は浩介は部活、お母さんはパート、お父さんは休日出勤、俺はもう少ししたらバイト、って感じで、悠治は受験勉強の休憩にリビングに降りてきた、って感じだ。
俺は、遅めの昼飯を食べて、今は午後三時だ、なんて思いながら、悠治の不安が少しでも融けたらな、なんて思う。
蟠り、って言う程でも無いんだろうけど、それでも、俺の様子を聞いて、高校生としての生活に不安があるんだろうな、って。
「新しい敵……。悠にぃにとって、敵ってどんな人?」
「……。そうだな、それは難しい質問だ。敵って言うのは、誰かを守りたいと願った時に現れる、そう言う存在だと思ってる。例えばそれが自分だったり、誰かだったり、それはどっちかはわからない。ただ、明確に敵だと認識するのは、誰かを傷つけられた時だ、と思うな。守りたい人を傷つけられた時、その相手は明確に敵になる、敵って言うのは、打ち倒さなければならないと思う存在だ。敵、つまり、自分にとっての悪だな。」
「悪?」
「そうだな。自分にとっての悪、つまり誰かにとっては善かもしれない相手と、戦わなきゃならないんだ。それは、間違った事かもしれない、過ちかも知れない、ただ、それでも自分自身を信じて、戦い続けるか、それとも自分を曲げて、過ちだと思って収めるか。それがどっちが正しいとかじゃないんだ、悠治。どっちも正しくて、どっちも間違ってる、そんな事なんだよ。……。難しい話かもしれないな、俺自身、まだそれを見極める力があるのかと言われると、無いだろうな。でも、俺にとって明確に敵になるのは、俺の尊厳を犯された時、そして大切な人、つまり浩介や悠治、お父さん達を傷つけられた時だ。俺には何もない、生きている価値も、生きていく意味も、何も遺されてない、そう感じてた。そんな時に、俺を生きて良いと言ってくれた、そんな皆を守る為に、俺は戦うんだ。」
難しそうな顔をしてる悠治の頭を撫でながら、俺は自分自身の説教くささに少し辟易する。
って言うのも、俺が昔苦手だったじいちゃん、じいちゃんは説教くさい人って言うか、常に何かしら教訓めいた事を言ってる人で、それが小さい頃には何を言ってるのかがまったくわからなくて、わかる様になって、耳を傾けようと思った頃には、じいちゃんは逝った。
散々ぱら俺に教訓を伝えるだけ伝えて、その感想も、成果も、結果も見ないままで、じいちゃんは死んでいった。
だから、俺はじいちゃんが苦手だった、というより、生涯勝てない相手なんだろうな、って思った。
生涯勝てない相手、敵わない相手、そう言う認識のまま、じいちゃんは死んでいった、勝てないと思った、あの人は、本当に人を思いやって、ずっと誰かの為に生きていて、そんな人だったから、俺もそうなりたいと思って、でもそうなれるかと言われると、難しいと思ってて、なりたいけどなれない存在、って言うのが、俺の中のじいちゃんの認識だ。
「悠にぃってさ、難しい事を考えているよね。僕達じゃ思いつかない様な事って言うか、貶してる訳じゃないんだよ?凄いなって思うんだ、ずっとそう言う事を考えてて、疲れないのかな、って思うんだ。」
「そうだな、話した事があったかな、じいちゃんがそう言う人でさ。何を話しても間髪入れずに返してくる、それが何処か教訓めいてて、それでいて寄り添ってくれてて、そう言う人に憧れた、って言うのがあるかな。俺もそうなりたい、ただ、なれるとは思ってない、って感じだ。」
「おじいさんって、中学生の頃に亡くなったって言ってた人?」
「そうだよ、悠治。」
悠治は、俺がじいちゃんの事を苦手だと思ってた事を知ってる、小学生の頃、よくそれをぼやいてたから。
ただ、そんな人に憧れる、それがわからない、って言う顔をしてる。
「苦手だったんでしょ?でも、憧れるってどういう事なの?」
「そうだな……。昔は苦手だった、説教くさいじいちゃんだと思ってたから、口うるさくて苦手だった、それは事実だ。ただ、その意味が少しわかる様になってきて、言葉の意味と重みを知ってからは、それをもっと知りたい、聞いてみたいって言う感情になったんだ。ただ、それを伝える前に、じいちゃんは死んだ。だから、それを伝えられずじまいなんだよ。生涯敵わない人、だとも思ってる、生涯敵わない、でも憧れる、そんな感じだよ。」
複雑な感情、だとは思う、それはそうだ、苦手だった人が憧れの人になる、それは複雑な感情だろう、悠治が理解出来なかったとしても、無理はないと思う。
ただ、俺はそう言う道を歩みたいと思った、じいちゃんみたいに、誰かの為に生きる人になりたいと思った、そんな道があるって、信じてた。
それは今でも変わらない、俺はきっと、説教くさいって言われながら、誰かの為にを探して生きていくんだろう。
それが間違いだとは思わない、それが正しいって信じてる、とも言える、俺にとってはそれが正解で、誰かにとってはそれは過ちで。
そう言うもんだ、人生って言うのは、自分にとっての正解だったとしても、誰かにとっては間違いなんだ、じいちゃんが言ってた言葉だ。
万人にとっての正解はない、そして万人にとっての不正解はない、だから、戦争はなくならない、争いはなくならない、それがじいちゃんの一番よく言ってた事だ。
争いは、主義主張の違いによって起こる、宗教、民族、人種、地域、言語、何でも構わないけど、そう言った違いが起こすものなんだ、って。
「さて、そろそろバイト行ってくるよ。勉強、頑張れよ。」
「うん、ありがとう。」
そんなこんなを話してる間に、俺はバイトに行く時間だ。
準備をして、家を出て、自転車を走らせて、バイト先に向かう。
悠治の蟠りが融けたら良いんだけど、なんて思いながら、改めてそこらへんがすごぶる上手だったじいちゃんに、尊敬と畏怖の念を感じてた。
「ただいまー。」
「浩にぃ、お帰り。」
「悠治、勉強の方はどう?」
「うん、今日は部活もなかったし、集中出来たよ。」
夜七時、浩介が家に帰ってきた、悠介はまだバイト中、父の拓海はまだ仕事中、母の明美は夕食を作っていて、悠治はテレビを見ながら考え事をしていた様子だ。
「どうかした?」
「え?うん、悠にぃがね、高校に上がって何か変化があった?って聞いたら、明確に敵が出来た、って言ってたから。何かあったのかなって。」
「明確に敵?」
悠治の悩みの種、それは悠介が昼間発言していた事、思春期を少し過ぎて、明確に敵味方が分かれる、という話の様だ。
悠介としては、それを教訓として伝えたつもりだったのだろうが、悠治からしたら、悠介に何かがあって、それでそんな発言をしたのではないか?と言う疑問になってしまった様子だ。
「うん、大人になるにつれて、明確に敵だと思う人間が現れる事がある、って言ってたんだ。それって、悠にぃがそう感じたからなのかなって思ったし、浩にぃは何か聞いてない?」
「明確に敵、かぁ……。悠介、そう言う事を普段から話してるから、どうだろう?悠介がそう言う事言うのって、基本的に普段からって言うかさ、おじいさんの影響だー、って言ってたから、あんまり違和感が無いんだよね。もしかしたら、僕の知らない所で何かがあったのかもしれないけど……。僕も、同じクラスではあるけど、朝練があったりして、ずっと一緒に居るわけでもないからなぁ……。」
「そっか……。僕の思い違いじゃないと良いんだけどね……。」
「なんとなく聞いてみようか?」
「答えてくれるかなぁ。」
悠介の性格は二人ともよく知っている、頑固で一途で、それでいて本心を話したがらない。
自分事は自分で片付ける、が信条の悠介が、たとえ恋人である浩介の言葉だったとしても、本心や問題を話すか、と言われると、難しい問題なのかもしれない。
本心を言うのが苦手だ、と言って憚らない悠介が、本心を口にするかどうか、問題ごとを話してくれるかどうか、それはわからない、と。
「ただいまー。」
「悠ちゃん、お帰りなさい。先にお風呂入る?」
「そうするかな、生臭いままで飯食べるのはちょっと嫌だし。」
十時半、バイトが終わって家に帰ってきて、普段は先に飯を食べるんだけど、そろそろ生活パターンがわかってきたって言うか、お母さんがそう言ってくれるのであれば、と思って、風呂に入る。
体と頭を洗って、湯船に浸かる時間だ。
「悠介、入って良い?」
「ん?浩介風呂入ってなかったのか?」
「うん、一緒に入りたいなって。」
「良いぞ?」
少し考え事をしてると、脱衣所から浩介の声が聞こえてくる、浩介が入ってきて、一緒にふろに入るのなんて何時ぶりかな。
「ふー、そろそろ寒くなって来るかなぁ?」
「まだ早いんじゃないか?夏の終わりって言っても、まだまだ残暑が続きそうな感じはするな。寒くなるって言ったら、多分十月の終わりとか、十一月とかじゃないか?」
「それもそっか。でも、そろそろ十月になるし、寒くなり始めてもおかしくないのかなって。」
浩介が体を洗いながら、そう言えばここ最近浩介の裸なんて見てなかったな、と思って観察する。
俺が百キロ近いデブで腹が出てるのに対して、浩介は細身って言うか、筋肉質ではあるんだけど、細い部類に入るんだと思う。
がりがりって程でもない、所謂細マッチョって言う類なのかな、そんな感じの浩介は、最近は勉強以外にも筋トレをよくしてて、野球にも手を抜いてない様子はある。
って言っても、弱小校である事に変わりはない、ただ、それでも部員を預かる立場の人間として、しっかりやってるんだろうな、って言うのは、噂程度には聞いてる。
「ねぇ悠介、悠介はどんな人を嫌うの?」
「ん?また唐突な問いだな。どんな人を嫌うのか、か……。逆に、浩介はどんな人を嫌うんだ?浩介が人を嫌いになるって言うのが、印象にないけど、どうなんだ?」
シャワーを浴びながら、浩介は悩む素振りを見せる。
浩介は基本的に人畜無害って言うか、基本的に誰とでも仲良くなれるタイプで、人を嫌いだと言った事が、俺の記憶の中では一回もない。
それ位優しいって事なんだけど、俺と違って、って言う印象があったから、そう言う質問をしてきたって事は、そう言う人が出来たのかな、なんて事も考える。
「どんな人を、かぁ……。うーん、僕は嫌いだ!ってなった人って、そんなにいないから、わかんないかも。でも、悠介ってそう言う所はっきりしてそうだなって思ったんだけどな。」
「はっきりしてると言えばしてるけど、でもそんなに明確な基準でもないかな。それで、浩介はどんな人を嫌うんだ?俺に質問したからには、浩介にも答えて欲しいな。」
「あはは……。僕はね、家族を傷つける人が嫌い。大切な人達、かけがえのない人達、友達はもしかしたら、縁が離れる事があるかもしれない、悠介にそう教わったし、それは実感してるんだ。ただ、家族はそうじゃないでしょう?家族は、どんな事があっても家族であり続ける、だから、僕は家族を守りたい。」
「浩介らしい答えだな。」
浩介の答えを聞いて、少し安心する。
周りがどんどん変わっていく、味方だと思ってた、友達だと思ってた人達が離れていく中で、浩介だけは変わらない、浩介は、どんな状況になったとしても、大切にしたい事、存在を認識してる。
小学生の頃に付き合い始めた頃から、俺の事をずっと家族だと認識してくれてた、勿論恋人として、特別な事もした、色々としてきたけど、それと同時に、家族としても見てくれていた、だから安心出来る。
「それで、悠介にとって、嫌いな人ってどんな人?」
「……。それは俺に限った話じゃない、俺だけじゃない、俺にとって大切な人達の、尊厳を傷つける相手だよ。悠治にも話したけど、俺は尊厳を傷つけられるのが嫌なんだ。それは何も俺だけに限った話じゃない、俺だけの話じゃないんだ。俺の守りたい人達、友達、家族、そんな大切な人達の尊厳を傷つける相手、それが嫌いなんだよ。」
「……。そっか。悠介は、変わらないね。」
俺が嫌う人間、それは変わらない、それは、俺達の尊厳を傷つけてくる人間、それが、俺にとって明確に嫌いだ、敵だと認識する一つの指標だ。
じいちゃんが言ってた、人はいつか、誰かにとっての敵になる、それは、たとえどんな人畜無害な人間だったとしても、避けられない事なんだ、って。
それはお互い様、誰かにとっての味方は、誰かにとっての敵、それが摂理だ、とも思ってる。
その認識が逆になる事もある、味方だと思ってた人間が敵になったり、敵だと思ってた人間が味方になったり、だから人生は面白い、じいちゃんはそう言ってた覚えがある。
俺からしたら、敵味方が入れ替わるなんて事が起こったら、面倒だと思ったんだけど、確かに、人生何が起こるかわからない、っていう意味では、面白いのかもしれない。
今の俺はそれを楽しめて無いだけで、もしかしたら、それが面白いと思える日が来るのかもしれない、とは思ってる。
「悠介ってさ、誰かの為に一生懸命な代わりに、自分の事になるとおざなりって言うかさ、少し適当になる事あるでしょう?だから、心配になるんだ。」
「そうか?俺は自分事にも一生懸命なつもりだけどな。でも、浩介にはそう見えてるって事は、そうなのかもしれないな。……。俺は自分って言う存在がわからなくなる事がある、自分の存在証明、なんて誰がしてくれるのか、って考えた時に、それをしてくれるのは自分ではない誰かで、他人で、それが敵味方どっちだったとしても、俺を認識してくれている事が、俺の存在証明になる、そう思ってる。だから、家族に置いて行かれた、って思った時に、俺の存在を証明してくれる、俺の味方でいてくれるはずの人達は、いなくなってしまうんだ、って思ったんだ。……。でも、浩介達はいてくれた、傍にいてくれた、こうして話を聞いてくれる、それだけでも、俺は幸せなんだなって、最近痛感してるよ。」
「なんだか難しいや。存在証明、なんて考えた事もなかったよ。でも、悠介がそうして生きてくれているだけで、僕は嬉しい。奇跡だったのかもしれない、これから先に待つ地獄の為の準備だったのかもしれない、だったとしても、僕達が一緒なら、きっと乗り越えらられるから。」
「……。そうだな。」
浩介は体を洗い終えて、ちょっと狭いけど、湯船に入ってくる。
俺の上に乗っかる形で湯船に入る、それはずっとしてきた事だった、俺と浩介のいつものポジション、って言えば良いのかな、そう言う感じで、昔からこうしてきた。
思えば浩介と出会ったのが、幼稚園生の頃、年中で幼稚園に入った俺は、年少さんから関係を構築していた子達から浮いて、それであんまり友達が出来なくて、そんな時に浩介が声をかけてくれて、友達になってくれて。
恋心に気づいたのは、小学四年生に入った位だった、思春期に入る前位で、俺は浩介に対する恋心を自覚したんだ。
そこからは早かった、まだ誰とも付き合った事が無かった俺と浩介は、俺から告白して付き合う様になった、それ以来、もうかれこれ七年位は経つのか。
悠治が幼稚園に入って来た頃には、悠治の事も知ってて、悠治は俺の弟だと思ってた、兄貴とは昔から仲があんまり良くなかったから、浩介と悠治を兄弟だと認識してた。
その頃からずっと、風呂に入る時はこうして、俺が下で浩介が上で、一緒に入って、時々そこに悠治も加わって、流石に今は風呂が小さすぎて出来ないけど、それも懐かしい。
「なんだか懐かしいな。」
「そうだね、暫くぶりじゃないかなぁ。」
「……。ずっとこうしてたい、ずっと、ずっと。」
「……。うん。」
浩介を後ろから抱きしめて、温もりを感じる。
風呂の中なんだからそりゃあったかいんだけど、そうじゃなくて、浩介の温もりを感じる。
今はこうしていたい、こうして、温もりを感じていたい。
それが永遠じゃない事なんて分かりきってる、わかってる事だ、それは必然で、当然で、運命で、宿命で。
永遠の命なんか欲しいと思った事はない、ただ、今はこうしていたい。




