学生として
「坂入じゃーん!学校来れるんかー?」
「……。今は浩介の家に面倒になってるんだ、何か問題があるか?」
一週間後、家族失踪で行方不明って事で、家裁は呆気なく養子縁組を通してくれた。
だから、今日からは奨学金を借りて、普段よりバイトを増やして、坂崎家の一員だ。
って言う事もあって、一週間ぶりに学校に登校した、周りがざわついてるのがよくわかる、鬱陶しいけど、それでも学校には通って欲しい、って言う家族の願いもあって、俺は学校に通う事を選んだ。
「問題ってこたねぇけどよ……。坂崎んちってビンボーだろ?そんなお前まで入って生きていけるんか?」
「そこは生活費を入れる事で決まってる。外のにどうのこうの言われる筋合いはない。」
「んだよ、つまんねぇやつ。」
学校について早々、俺の噂を面白おかしく広めた奴に話しかけられて、苛立つ。
でも、苛立ったってしょうがない、今俺は生きてる、それだけで十分だ、って浩介は言ってくれるだろう、今は浩介は野球部の朝練に行ってる、夏の終わり、三年生が引退して、二年生である浩介は部長に選ばれた、って嬉しそうに言ってたのを思い出す、だから、浩介の頑張りに水を差す様な真似はしたくなかった、心配を掛けない為にも、平常心でいないといけない、と思う。
周りがざわついてるって言うか、俺が家族に捨てられた事に関しては広まってるのは知ってた、浩介が噂話を聞いたり、野次馬根性のやつらに聞かれたり、って言う話は聞いてた、でも、浩介は沈黙を守ってくれてて、俺のペースで慣れていけば良いんだ、って言ってくれて、それが助かってる。
「悠介、遅刻しなかったんだね、普段遅刻しそうになってるイメージがあるから、安心したよ。」
「そうか?ギリギリ間に合ってる感じだけどな?浩介、部活の方ではなんか言われなかったか?面倒は起こってないか?」
「ううん、大丈夫。野球部の皆は優しいから、僕が悠介と兄弟になった事も、周りには言わないでいてくれてるよ。見守ってるから頑張ってくれ、って言ってたよ?」
「それは有難いな。」
浩介が朝練から戻ってきて、汗を拭きながら話をしてくれる。
浩介には、この事を学校側には伝えてある事、面倒だから旧姓である坂入を名乗り続ける事、そこら辺に関しては承知して貰ってる、便宜上の話ではあるけど、恋人であり兄弟であり、なんてのは周りを混乱させる原因になりかねないから、そう言う事にした。
「悠介も部活入れば?今からでも遅くないと思うんだ。」
「止めとくよ。バイトを増やしたわけだし、部活してる時間があったら他の事をする、って感じだな。」
浩介と話をしてると、周りの連中が聞き耳を立ててるのを感じる。
ただ、それがどうしたって感じだし、気分は悪いけど、そうなる事を承知の上でここにいるんだから、と思い直す。
「ホームルーム始まるぞー。お前ら席付けー。」
なんて話をしてる所に担任が来て、ここでの話はお終いだ。
そう言えば、バイト先に扶養者が変わった事をまだ伝えてなかった、浩介の家の扶養に入った事を伝えて、色々と変更してもらわないと、後から面倒が起こりそうだ。
「そうだ、文化祭って何やるかとか決まったのか?一週間休んでたから、そこらへんがわからないんだよ。」
「うん、えっとね、クラスの方ではじゃがバターをやるって話になってるよ。僕は部活の方で色々と催し物をやるから、あんまり参加出来ないと思ってるけど、まだ誰が何の担当になるか、までは決まってなかったよ。」
「そっか。」
一週間も休んでると、色々と変わってく事がある、今は文化祭の準備期間が始まって、って言う所で休み始めたから、何をするのかを知らなかった。
今は昼休み、お母さんの作ってくれた弁当を食べながら、周りの視線を感じながら飯を食べてる。
って言っても、浩介が俺と兄弟になった、って言う事はまだ広まってない、話すつもりもないけど、この連中はゴシップを面白おかしく拡散する気がある、と思ってるから、そう言う種になる事は話さない、が今の俺の心情だ。
浩介もそれに倣ってくれてる、野球部の皆には伝えたって言ってたけど、それが広まってる様子もない、だから多分大丈夫だ、と思ってる。
でも、いつかはばれるんだろうな、とは思ってる、その時にどうするか、どういう身の振り方をするか、それが問題だ、とも思ってる。
「じゃがバターか、懐かしいっちゃ懐かしいな。」
「そう?」
「浩介は覚えてないか?俺達が初めて小遣いで桜祭りに行った時に、初めて買い食いしたのがじゃがバターだったろ?」
「あー、そうだね、確かに、あの時ってお互いに初めて一緒に買い食いしたかも。でも、小学生の低学年の頃の話だよね?悠介、よく覚えてるね。」
「思い出だからな、印象に残ってるって言うのもあるけど、なんだろうな、あれは忘れられない思い出な気がするんだ。」
弁当を食い終わって、少し炭酸でも飲みたいな、なんて思って、下駄箱の所の自販機に歩いて行く、そんな中で、俺は思い出してた。
小学校二年生の時、まだ付き合うだのなんだのになる前、浩介と二人で近所の桜祭りに遊びに行って、小遣いが少なかったから、一品だけ買えるね、なんて話しながら、色々と吟味して、それで選んだのが、じゃがバターだった。
当時は親父の会社はまだまだ健在で、俺は金に困る事はなかったんだけど、浩介の家は昔からあまり裕福じゃなくて、小遣いなんかも少なくて。
それでも、浩介は笑ってた、俺と一緒に食べられるのが嬉しい、なんて言ってくれて、俺もそれが嬉しくて。
思い出せば、それが恋愛感情の始まりだったのかもしれない、そんな出来事だ。
「悠介は記憶力が良いからね、僕が覚えてない事も、沢山覚えてるんじゃない?」
「どうだろうな?俺も覚えてない事の方が多くなってきた、って位には、浩介との思い出が沢山あるからな。でも、今でも鮮明に覚えてる事はあるよ。」
浩介は少し恥かしそうに笑う、俺がコーラを買って、浩介は紙パックの牛乳を買って、飲みながら教室に戻って、また変な視線の中で話をして。
気にならない訳じゃない、ただ、それを気にした所で、誰かが何とかしてくれる事はない、誰かが助けてくれる事もない、だから、気にしないのが一番だ、って。
「ふー……。」
浩介は、野球部の部活に顔を出して、部長としての責任感を感じながら、部活に励んでいた。
元々弱小校、部員も三年生が抜けた今、ぎりぎり試合が出来る九人なのだが、それでも頑張っている、それでも足搔こうとしている、一生懸命になっている部員達を見て、浩介も気が引き締まるのだろう。
毎年初戦敗退、と言われている弱小校であはあるが、しかし気概では負けていない、と。
今頃悠介はバイトに行っているだろう、家に生活費を少しでも多く入れたいから、と言って、バイトを増やすと言っていた。
扶養控除ぎりぎりまでバイトを増やすから、と言っていて、場合によってはバイト先を増やす、とも言っていた、暫くは節制の生活が続くのだろう、今までの様にデートが出来るか、それもわからない。
ただ、浩介は、悠介が生きてくれていて良かった、それをずっと感じていた。
この一週間、浩介は学校に通っていたが、悠介は家とバイト先を行き来するだけの生活を送っていた、そのまま高校を辞めるかもしれない、と両親と話をしていて、家裁の判断次第で、中卒で働き始めるかもしれない、という話をしているのを、浩介は聞いていた。
だから、紆余曲折あれど、悠介がこうして学校に通ってくれて嬉しい、もしもそれが出来ないのだったら、悲しいと考えていた。
高校だけは卒業して欲しい、という浩介の両親の説得もあり、悠介は学校に通う事を選んだ、それは、皆が望んだ結果だ。
だから、ではないが、周りに何を言われたとしても、養子縁組をして兄弟になった事を咎められたとしても、気にしないだろう、と浩介は考えていた。
「よし。」
今は部活に専念しよう、浩介は、部長である自分が雑念を抱いていたら、部員達に申し訳が立たない、と気を引き締めて、グラウンドに出た。
「ただいまー。」
「浩にぃ、お帰り。」
「悠介は?」
「まだバイトじゃないかな?今日は十時過ぎに帰ってくる、って言ってたよ?」
「そっか、頑張ってるんだね。」
浩介が午後八時頃に帰宅すると、悠介はまだ帰宅していない様子だった。
悠治は何か聞いていた様子で、リビングでテレビを見ながら、その質問に答える。
「浩ちゃん、ご飯食べる?」
「うん、食べる。」
浩介の母、明美が夕食を温め、浩介に出す。
浩介は、夕食を食べながら、悠介は今頃どうしているか、バイトは大変ではないか、と考えていた。
バイト、と言っても、浩介は年末年始の郵便配達のバイトしかした事が無い、年末年始になると、年賀状の受け渡しが多くなる、その為臨時でのバイトを雇う、というのが郵便局側のやり方で、それに倣って浩介達野球部員は、冬休みの期間を利用してそのバイトをしていた。
高校に入ってから二年間、あまり裕福な家庭ではなかった浩介の家だったが、しかし野球をしたいのならば続けてほしい、という両親の勧めもあり、浩介は野球部を続けている、という背景があった。
勿論、今のままではプロ野球選手にはなれないだろう、弱小校と呼ばれている高校に通っているのだ、スカウトなどは見向きもしないだろう、それはわかっている、大学似通う予定な浩介は、大学に入ったらバイトを初めて家にお金を入れようと思っていた、だから、これは今だけ許されている事なのだ、と認識していた。
「ご馳走様ー。」
「はーい、悠ちゃんはまだね、後片付けは悠ちゃんが帰ってきてからにしましょうか。」
浩介は食事を終え、一週間前から悠介と同室になった部屋に戻り、勉強を始める。
大学に入る為にも、その先の事を考えても、勉強はしなければならないだろう、と浩介は認識していた、趣味がないと言えば趣味がないのだが、野球を趣味だと言い換える事も出来る、と浩介は考えていて、そこまで深刻に趣味がない事を考えていなかった。
「お疲れ様です。俺、上がりますね。」
「はいよー。扶養関係の書類は、早めに出しておくれよー。」
「了解です。」
午後十時、チェーン店の寿司屋でバイトをしてる俺は、シフトを増やしてもらう方向で話を進めて、扶養関係が変わる事も説明した、店長は口が固い方だから、俺の事を面白おかしく拡散はしないだろう、って思う。
それだけ信頼してるって言うか、いい大人なんだから、それ位してもらわないと困る、って言う意味合いでも、店長の事は信頼してた。
俺が高校に入ってすぐ、ここで働き始めて、その頃は別の店長だったんだけど、俺と同期で入った高校一年生の女の子に手を出して、クビになったんだか左遷されたんだか、それ以来この店長だけど、今の店長は誠実な人で、きちんと話をすれば聞いてくれる、有難い人だ。
「さて、と。」
寿司屋から家までは三十分位、自転車で飛ばせば二十分もかからない。
学校まで一時間かけて自転車で行ってる身だし、二十分位の走行ならそんなに体力も使わない、ただ、早めに帰った方が皆との生活リズムも合うし、そう言う意味でも急ぎめに帰る。
運動はからっきし、なタイプな俺だけど、自転車で学校に通うのは不思議と苦痛じゃなかった、兄貴が高校生の頃には、家の経済状況は悪くなってて、定期代が勿体ないから、って言う理由で自転車で通ってたし、俺もそれに倣った形だ、そもそもがそうなんだから、別段何が不思議だとか、変わってるだとかって言う認識は無い。
「……。」
スマホで音楽を聴きながら、自転車を飛ばして家に帰る。
一週間前から変わった家、前の家とそこまで距離は変わらない、ただ、時折それを忘れて前の家に戻りそうになる、まだまだ俺も今の生活に慣れてない。
浩介達も気を使ってるのか、少しぎこちないって言うか、前は遊びによく行ってたから、知らない関係でも何でもないんだけど、家族として一緒に暮らす、ってなると、少しぎこちなさが残ってる。
結局、親父達に連絡しても繋がらない、俺の番号がブロックされてるだけなんだと思って、試しに浩介のスマホから電話をかけてみた事もあったけど、この番号は現在使われておりません、って言う通知が鳴ったから、スマホの番号ごと変えたって話になる。
「……。」
どうしてこうなったのか、それは今でも考える事だ。
仲が特別良かった訳じゃない、微妙な距離感で繋がってる家族だっていう自覚はあった、昔から、会社の後継者として育てられてきた兄貴と、俺の教育方針に関する事だとか、そう言う部分に違いがあったし、兄貴は基本的に長男の跡継ぎとして何しても怒られなかったけど、俺はそうもいかなかった。
だから、差がなかったと言えば嘘になる、ただ、捨てられる程に酷い関係だったのか、と言われると、そうでもなかったはずだ、とも思う。
「ふー……。」
夏の終わり、もうすぐ秋が来る、まだワイシャツにスラックスだけど、そろそろブレザーを出さないと寒くなってくるだろうな。
俺はデブで暑がりだから、ある程度の寒さには耐性がある、って言うか、暑がりだから重ね着は性に合わないんだけど、今年の冬は冷えるんだろうか。
そんな事を考えながら走って、家に到着する。
中古の3LDKの一軒家、お父さんが賃貸よりは安く済むだろう、って言って買ったらしい、古い家、そこが、俺が今生きている家だ。
浩介と同室なのは全然問題ない、しょっちゅう一緒に寝てたし、むしろ嬉しいまである。
ただ、部屋が広い訳じゃないから、あんまり荷物も運びこめなかった、高校に入ってから、趣味の為に買ったノートパソコンは部屋に置ているけど、殆どのものは置いてきた。
そろそろ退去日になってるだろう元の家、管理会社が物を捨てちゃうんだろうな、とも思ったけど、家具家電なんかは親父達が持って行ってたし、そこまで面倒は掛けないはずだ、とも思ってる。
「ただいまー。」
「悠ちゃん、お帰りなさい。ご飯食べる?」
「ありがとう、お母さん。丁度腹が減ってたから、有難いよ。」
帰ってくると、お母さんが飯を用意して待っててくれてる、今日の夕飯はハンバーグらしい。
そりゃ、育ち盛りが放っておいても二人いるんだから、それが一人増えても献立は変わらないと思う、ただ、皆節約意識が高いから、そこに関しては驚いた。
高校終わった後のバイト代を趣味につかってた俺としては、この家族の節制生活って言うのは新鮮で、勉強になる。
勿論、家に金を入れる事を約束してる以上、それに倣わないとな、って言う気持ちもある、ただ、それを抜きにしても、元々の家とは大きく違うって言うか、パートで働いてるお母さんが、パート帰りに半額の商品を買い込んで、って言うのに付き合った時には、驚いた。
半額の商品、なんて買った事も無かった、俺の母親は、少し裕福な家庭の生まれで、所謂中流貴族っていうのかな、金に苦労をした事が無い家の人だった、だから、半額商品を買うって言う選択肢自体が無かったんだと思う、それにしたって、ここまで差があるとは思わなかったし、俺も閉店に近い時間に行って、半額になった商品を買いだめして、冷凍するっていう発想は思いつかなかった、だから、改めて勉強になった。
それで飯が不味くなった、とかっていう話じゃない、ただ、そう言う発想が無かった、って言うだけの話だ。
「美味しいかしら?」
「うん、美味い。」
「ご飯お代わりする?」
「頂こうかな。」
まだ馴染めない、って言っても、お母さんが一番最初に馴染んでくれた、浩介はそもそもが恋人なんだから、一緒に居る事にもぎこちなさも何も無いけど、お父さんはまだあんまり話をしない、夜遅くまで仕事をしてるって言うのもあるけど、帰ってくるとお酒が入って、少し酔っぱらってすぐに寝る、って言う生活をしてる人だから、あんまり話をする機会が無い。
それでも俺を受け入れてくれた事には感謝してる、お父さんは元々口数が多い方じゃない、でも、俺と浩介が付き合い始めた頃、浩介の事を頼んだ、って言ってくれて、それなりに信頼関係はあるんだと思ってる。
じゃなかったら、俺を家に迎えるって言う選択肢は取らなかっただろう、ただでさえ生活がカツカツなのに、よその子供を引き取る、なんて選択をする事は、今までの信頼が無かったら、出てこない選択肢だっただろう。
感謝してる、それが今はまだぎこちない関係だったとしても、それには感謝をしてる。
「ご馳走様でした。洗い物、しようか?」
「大丈夫よ、悠ちゃんは明日も学校なんだから、ゆっくり休まないと。」
「ありがとう、お母さん。それじゃ、お休み。」
「えぇ、おやすみなさい。」
お母さんに洗い物を任せて、俺は二階に上がって、浩介が待つ部屋に行く。
「あ、悠介お帰り。」
「ただいま、浩介。」
ただいまのハグをする、それは、一緒に暮らし始めてから、習慣になろうとしてる事だ。
お互い、心地良さを感じるって言うか、生きてる実感を貰ってるって言うか、ここにいていいんだな、って言う理由を貰ってる気がする。
だから、浩介とこういう事をするのは好きだ、名目上兄弟になった所で、それは変わらない。
「バイトお疲れ様。」
「まあ、慣れてるからな。少し終わりの時間が伸びたけど、まあ大丈夫だ。」
「疲れてない?」
「そうだな、ちょっとだけ疲れた。そうだ、生臭いだろ?風呂入って来るよ。」
寿司やで働いてるって言うだけあって、バイト終わりは生臭い、って言うのは自覚してる、どうしても生魚を扱う都合上、その匂いが服とか手につく。
浩介とのハグもそこそこに、風呂に入って少しゆっくりする。
「ふー……。」
湯船に入って、これからの事を考える。
本来であれば、奨学金を借りて大学に行くつもりだった、心理学を専攻したいと思ってたから、その方面の仕事を、って考えてたから。
ただ、それをする余裕は無いと思う、お父さんもお母さんも、行っていいよ、とは言ってくれてるけど、俺の良心っていうか、良心の呵責って言うのかな、そう言うのが、それを許してくれない。
ってなると就職なんだけど、進学校だから、碌な就職先の求人が来ない、九割強が大学に行く学校だから、就職を考えてる生徒自体が少ないって言うのもあって、学校側もあんまり就職に力を入れてない。
だから、就職をするってなったら、自力で探さないといけない、学校はあんまり頼りにならない。
結局、親父達が何処に行ったのかもわからない、どうして消えたのか、に関しては、多分借金があって、俺を養うだけの余裕が無いから、なんだろうけど、それも確証を得た訳じゃない。
兄貴とはそんなに仲は良くなかった、ただ、それなりの関係性を築いてると思ってたから、そんな兄貴も一緒にいなくなったのは、少し悲しい。
「ふー……。」
ただ、そんな事を考えた所で、現実は何も変わらない、現実として、俺は捨てられた、逃げられた、借金を押し付けられなかっただけ、僥倖と取るべきなんだろうな。
「浩介、まだ起きてたのか?」
「うん、もうちょっと勉強しようと思って。」
「そっか、浩介は偉いな。」
悠介が風呂から上がり、着替えをして部屋に戻ると、浩介はまだ勉強を続けていた。
受験にはまだ早い、高校二年の中頃ではあるが、浩介は大学に行きたいと思っていて、その為に勉強を入念にしていた。
「ほら、特待生で行きたいって話、した事あったでしょう?うちにはお金があんまりないから、父ちゃん達に負担を掛けたくないから、大学には特待生枠で入りたい、って。だから、その為には今から頑張っておかないとな、って思うんだ。」
「そっか、そう言えばそう言う事も言ってたな。俺は多分就職になるだろうけど、浩介は浩介で頑張ってるんだな。」
「本当に大学行かなくて良いの?父ちゃん達も、悠介に大学進学して欲しいって思ってるよ?」
「……。良いんだ。俺をこうして拾ってくれただけで嬉しい、それ以上を求めるのはおかしい、と思う。だから、良いんだ。俺は新しい夢を、新しく見つけていけば良い、大学に進学出来なかったからって、全てが終わる訳じゃない。……。確かに、心理学を学びたいっていう夢はあった、それは今でも変わらないな。いつか、自分で金を貯めて心理学を学びたいと思ってるから。でも、今は良いんだ、生きてるだけで精一杯って言うのもあるけど、生きていられるだけで幸せだと思うから。」
悠介は、心理学を学びたいと高校一年生の頃に言っていた。
それは、スクールカウンセラーに救われた事があって、そしてそれに憧れた、という経緯があり、自身もスクールカウンセラーになる事を夢見ていた。
ただ、今の悠介の感情、それは生きているだけで儲けもの、生きていられるという奇跡を体験しているのだから、それ以上の夢を追い求めてはいけない、という感情だった。
「でも……。」
「良いんだ。今こうして生きてる事、生きられてる事、それが幸せだから。」
浩介は、悠介の夢を知っていた、だからこそ、大学に進学して欲しいと願っていた。
浩介の両親も、その夢を聞いた事があった、だから、悠介に大学進学を勧めていた、奨学金を借りてもらう事にはなるが、と言っていて、悠介が大学に行っても良いと言っていた。
ただ、悠介自身が、それを拒絶してしまっている、生きているだけで幸せだ、と自分に言い聞かせているのだろう、浩介にはそう見えて仕方がなかった。
現実から逃避している様な、それでいて現実をまざまざと見ている様な、そんな感覚に浩介は陥る。
「浩介が起きてるなら、俺も少し夜更かししようかな。勉強、いつかの為にしておきたいから。」
「いつかの為?」
「いつか、夢をまた追いかけられる様になったら、その時に苦労しない様に、だよ。」
「……。そっか。」
浩介は、それを話す事を止めた。
悠介は、失意の中にいる、家族に逃げられた、置いていかれた、と言うのは、そこまで仲が良かったわけでもない悠介にとっても、辛い事なのだろう、と。




