散り際は
「……。」
駅近くの廃ビルの屋上、普段は封鎖されてて入れない場所だけど、こういう時に限って入れる、それは偶然か必然か。
死のうと思った、その時に限って、廃ビルの入口の鍵が開いてて、中に入れて、屋上まで登れて。
これから飛び降りる、周囲に人はいないだろう、誰かに迷惑をかける事はないだろう、だから、大丈夫だ。
「……。」
一つだけ、心残りがある、そう言ってしまうと、それが生きていく理由になる気がする。
ただ、俺はもう、生きていけない、生きていく意義を感じられない、生きていく意思がない、生きていく為の、力が残っていない。
だから、これで良いんだ。
心残りはある、こんな所で終わるのは悔しい、ただ、それでも俺の人生はそこまでだったんだ。
だから……。
「悠介!」
「……。浩介。」
「悠介……、どうして……?」
「今日、死のうと思ってた。俺の人生はここで終わり、ここで終点、ここで終幕、それで良いんだ。呆気ない幕切れ、それだったとしても、それでも良いと思った。くだらない人生を終わらせて、新しい命として芽吹くのを待つ、そんな事を祈った方が、楽だから。」
唯一の心残り、浩介が、俺の後を追いかけてきたんだろう、廃ビルの屋上に現れる。
誰かに足跡を教えた覚えはない、今日死ぬ事も、死のうとしてる事も、誰にも言って無かった。
なのに、浩介はここに現れた、どうしてなのか、それは些末な疑問かも知れない、ただ、俺にとっては、それは些末な疑問じゃなかった。
どうして、浩介はここにいるのか。
どうして、ここがわかったのか。
「悠介……。僕は、それでも悠介に生きてほしいんだ。……。それは、僕の我儘かもしれない、そんな事はわかってる、僕の我儘だ。でもね、でもね……。悠介と、一緒に生きていきたい。辛い事も、楽しい事も、これからたくさんあるんだと思う、ただ、僕は悠介と一緒になら、乗り越えられると思うんだ。……。だから、生きてほしい。悠介、一緒に生きていこう?」
「……。それがどれだけ辛い事だとしても、浩介は後悔をしないのか?俺にとって、この人生は終わらせるに値する人生だ、って言う認識だ。終わらせるのが正しい人生だ、とも思う。……。それでも、俺は生きていかないと駄目なのか?」
「……。生きていかなきゃ駄目だ、なんてわからないよ。ただ、僕は生きていてほしい。生きて、幸せになってほしい。僕に何が出来るか、何も出来ないのか、それはわからない。ただ、悠介に生きていてほしい、生きていこう?」
「……。答えは、今出さないといけないんだろうな。俺にはわからない、生きていく理由も、生きるべき意義も、俺の存在が許される理由も。俺は捨てられたんだ。誰からも捨てられて、きっといつか、浩介にだって捨てられるんだろう。そんな俺が、生きていて良い理由、そんなのが、どこにあるんだ?」
捨てられた、俺は親とはあんまり仲は良くなかった、ただ、それなりの関係性は築いていると思ってた。
何処にでもある一般的な家庭、そこに育って、そこに生きて、そんな当たり前の人生を送ると思ってた。
ただ、俺の両親は、兄貴を連れて蒸発した。
父親がやってた会社が危ないって言う話は聞いた事があった、ただ、借金を苦にして俺を置いて逃げるとは思わなかった。
それなりに絆を築いてきた関係性だと思ってた、それなのに、俺の家族は消えた。
俺に借金を押し付ける様な事はしなかったけど、俺を置いて何処かに行ってしまった。
友達、にも捨てられた。
親が蒸発した事で、学生な俺は独りで生きていかなきゃならなくなった、今はまだ、賃貸だった実家が残ってる、退去日までは少しだけ時間が遺されてる、ただ、それだって、学生としてバイトしかしてない俺が新しく家を借りる事なんて出来ないだろう、施設に行こうにも、施設だって俺みたいな高校生を受け入れてくれるとは思えない。
友達は、面白おかしくその話を拡散した、友達だと思ってたのに、噂が広がって、俺は学校に行けなくなった。
噂なんてすぐになくなる、と思ってたけど、俺にとっては、家族を失った直後の話で、それを面白おかしく拡散された事は、人間を信じなくなる理由としては妥当だろう。
浩介だけだった、浩介だけは、そんな事を言わずにいてくれた、ただ、そんな俺と付き合ってたら、浩介まで虐められる未来が見えてたから、別れを告げた。
それが昨日の話、それで、今日死のうと思った、だから、俺を引き留める人はいないと思ってた。
なのになんで、浩介はここにいるんだろう、どうして、俺を引き留めてるんだろう。
わからない、わからない、わからない。
ただ、浩介は生きて欲しいって言った、俺にとってその言葉は、今は空虚な言葉かもしれない、ただ、その言葉を聞いて、何かが変わるのなら、って思う事もあった。
「僕は、悠介を捨てたりしない。絶対に、僕が死ぬその時まで、悠介を見捨てたりしないよ。……。だから、生きて、悠介。僕と一緒に生きていこう?僕達なら、きっとどんな困難だって乗り越えられる、きっと、どんな苦難だって一緒になら背負っていけるよ。だから、生きて。」
浩介が近づいてくる、俺は、それを見てる。
一緒に飛び降りるつもりなんて無いだろうけど、ならなんで近づいてくるんだろうか。
「悠介、お願い。」
「……。」
涙で、服の襟が濡れるのがわかる。
今は夏の終わり、汗はあんまりかかないけど、まだ半袖で居られる位、で、俺は学校指定のジャージとシャツを着てる。
俺の涙じゃない、それは、俺の涙じゃない。
浩介に抱き着かれる、細身で少し筋肉のついた腕が、俺の太い体を抱きしめてる。
浩介の涙が、俺の服を濡らす、こんな時にだって、俺は泣けない。
嗚咽を零しながら浩介は俺を抱きしめる、そんな人がいてくれるとは思わなかった、家族にでさえ捨てられた俺の為に、泣いてくれる人がいるなんて思わなかった。
ただ、浩介は泣いてる、それがどうしてかはわからない、ただ、泣いてる浩介の声を聴いてると、死ぬ気が失せてくる。
恋人を泣かせるのは駄目な事、それはずっと言われ続けてきた事だ、ずっと、俺が信条として持っていたものだ。
だから、じゃないけど、こう泣かれると、死ぬって言う選択肢が、自分の中から消えていく気がする。
「……。生きていけるかな、俺。」
「……。一緒になら、きっと。」
「そっか。」
跳び降りる事を止めて、ビルを手を繋いで出る。
浩介は、ずっと泣きながら、でも嬉しそうに笑いながら、俺の横を歩いてくれてる。
「って言ってみたは良いけどさ、これからどうすれば良いんだろうな。家も来月には退去しなきゃだし、賃貸を借りようにもバイトの金じゃ生きて行けないし……。」
「僕の所おいでよ。父ちゃん達と相談したんだ、そしたら、悠介の事を引き取ろうって、言ってくれたから。」
「そうなのか?」
「うん。家も裕福ではないから、ある程度お金は入れてもらう事になると思う、って言うか、学校だって奨学金を借りてもらわないとだけど、それでも良かったら、家に来ないか?って。」
浩介と悠介は、取り合えずと浩介の家に向かって歩いていた、家はそこまで遠くない、廃ビルが近かったというだけなのだが、最寄駅からは少し遠いこの道は、浩介と悠介にとっては、かけがえのない思い出の道だ。
悠介が飛び降りようとしたビル、そこが廃ビルになる前は、二人の出かける先だった、当時小学生だった二人は、小遣いを使ってゲームセンターに行って、という事をよくしていた、その頃はまだ、ビルは現役だった。
それが、二人が小学五年生の頃にビルの管理会社が倒産し、廃ビルとなった、買い手がつかなかったのだろう、取り壊そうにも、取り壊しにも金がかかる、という理由で廃ビルとなっていた場所だ。
何故浩介はそこに悠介がいると気付いたのか、何故死のうとしている事に気付いたのか、それは単純な話だった。
小学生の頃には恋愛関係に発展していた二人、そして、そんな悠介が死のうとしている、という危機感、そうなった場合、何処で死のうとするか、という予測、それらを統合した結果、廃ビルに足を運んだ、という話だ。
後五分遅かったら、浩介があと五分遅く到着していたら、悠介は助かっていなかっただろう、それだけぎりぎりの所で、悠介は生存した、それを悠介自身は理解していなかったが、浩介はその事を理解していた。
「……。学校行ったって、面白おかしく話を拡散されるだけだと思うけどな、でも、高卒位にはなっておかないと、就職の選択肢も狭まるしな……。どうするのが正解かな。」
「うーん……。僕は、学校に通ってほしいと思ってるよ。だって、そんな噂に負ける位、悠介は弱くないと思ってるから。きっと、乗り越えられるって、信じてるから。」
「……。俺、そんなに強く見えるか?」
「うん、悠介は勇敢な人、強い人、僕と違って、守るべきものを知ってる、素敵な人。だから、きっと大丈夫。誰が何を言ったって、僕は傍にいる。一緒になら、どんな困難だって乗り越えられる、僕はそう信じてるよ。」
悠介の手を強く握りながら、浩介はそう話をする。
そもそも、浩介が虐めを受けていて、それは小学生時代の事だったのだが、それに立ち向かった、そしてそれを解決の道へと導いた、それが浩介と悠介が付き合うきっかけになった、という経緯がある。
だから、悠介は強い人だ、という認識が浩介の中にはあって、そんな悠介でさえ、死んでしまいたくなる事があるんだな、と驚いていた。
ただ、納得は出来た、家族に捨てられて、それを友達だと思っていた同級生に面白おかしく拡散されて、それで心を病むな、という方がおかしいだろう、と。
悠介は聡明な人間だ、とも思っていた浩介は、きっと悠介は生きる事を諦めてしまうだろう、と別れを切り出された時に直感していた、だから、廃ビルにたどり着いた、という事だ。
「……。俺は強くないよ、浩介。俺は弱いんだ。弱いから、戦わなきゃならない。本当に強い人っていうのは、戦わないと思うんだ。戦うんじゃなくて、それを回避出来る人が強い、俺はそう思ってる。俺みたいに、何でもかんでもぶつかって、なんて事をしてるのが、強いとは思わないよ。」
「そうかな、僕はそれも勇気だと思うよ。立ち向かう勇気、戦う勇気、それはきっと、勇敢な証拠だと思う。ただ、そんな悠介だから、だからこそ、死んでしまう事にも躊躇いが無かったんだろうね、って思うんだ。……。間に合ってよかった、あと少し遅かったら、手遅れだったと思うから。」
浩介は、本当にあと一歩遅かったら、悠介は死んでいただろう、と理解していた、悠介は躊躇わない、基本的にどんな事であっても躊躇わない、迷わない、だから、死ぬことに関しても、迷う事はなかっただろう、と。
それをぎりぎりの所で回避した、そして今こうして、一緒に歩いている、それは奇跡だと感じていた。
奇跡、偶然の産物であり、必然の産物であり、そう言った諸々があって、悠介はこうして生きている。
ホッとしている、と同時に、もう一歩遅かったら、と背中がゾワゾワする、と浩介は感じていた。
「浩介、浩介は俺の事を嫌いにならなかったのか?俺、捨てられたんだぞ?」
「……。嫌いになんて、なるわけがないでしょ?僕はずっと、悠介の事が好きだよ。」
「……。それは嬉しいな。」
浩介の言葉に、悠介はホッとする。
家族にも捨てられた自分を、守ろうとしてくれる人がいる、それが嬉しい、と。
「ただいまー。」
「浩にぃ、お帰り。悠にぃは見つかった?」
「悠治……。ごめんな、心配かけて。」
「……。心配だったよ、ずっと。悠にぃ、いつ死んじゃうかわからない、って浩にぃが言ってたから、探しに行くって言った時に、僕も一緒にと思ったんだ。でも、浩にぃが、悠にぃの居場所ならきっとわかるはずだから、信じてほしい、って言って、独りで行ったんだよ?」
浩介の家に着く、浩介の家は3LDKの一軒家で、家庭的には両親が一部屋、浩介と悠治がそれぞれ部屋を持ってる状態だ。
浩介の弟の悠治は、瞳に涙を溜めながら、でも平常心を装って出迎えてくれる、ただ、心配は掛けてたんだろうな、って思う、それだけ、俺の状態がひっ迫してたんだろうなって。
「浩ちゃん、悠ちゃん、お帰りなさい。」
「おばさん……。浩介から聞きました、俺の事を受け入れてくれるって話をしてたんだ、って。ホントに良いんですか?」
「良くなかったらそんな話していないと思わない?確かに、家にはそんなに余裕はないわよ?お金に余裕があるわけでも無ければ、家庭的に余裕があるわけでもない。でもね、悠ちゃん。悠ちゃんと浩ちゃんの絆を考えた時、一緒に暮らしていけたら、って思ったの。だから、お父さんとも話をしたのよ。悠ちゃんを家で迎え入れて、一緒に暮らしていこう、って。」
「……。ありがとうございます、おばさん。でも、ホントにお世話になって良いのか、それが答えが出ないんです。死のうと思った、死んでしまえば取り合えず解決をするから、って思って、今日死のうと思った俺が、生きていって良いのか、生きる事は許されるのか、そもそも生きていく意味はあるのか。わからない事だらけなんですよ。」
「……。馬鹿ね。子供がそんな事を考える必要はないのよ。貴方は生きていて良い、生きるべき人間である、とも言えるわね。貴方には未来があるのよ?これから先、どれ位生きて、なんて事は誰にもわからない、ただ、未来があるの。だから、生きて頂戴。」
「……。ありがとう、おばさん。」
涙は出なかった、昔からそうだ、俺は泣かない子だった、泣かない人間だった、こんな状況でも、それは変わらない。
涙の代わりに、安堵する心が生まれてくる。
生きても良い、生きていくべきだ、そう言われて、そうである気がしたから。
「ほら、お父さん、あのお話進めましょう?」
「ん、そうだな。悠介、私達と養子縁組をしないか?それなら、法的にも問題はないはずだ。確かに、我が家には余裕が無い、恥かしい事に、私もお母さんも薄給だ、だから、一人養う人間が増えるというのは、正直な所厳しいものがある。ただ、生活費を入れてもらうという前提があるのなら、一人増えた所で、問題はないんだ。だから悠介、私達と一緒に生きていこう。」
「……。ありがとう、おじさん。俺、頑張ってみるよ。」
生きても良い理由、それを探さなきゃならないんだろうな。
これから先、生きていく為に、生きていく理由を探して、生きて良い場所を見つけて、そう言う事をしていかないといけないんだろうな。
頑張れるかな、俺。
きっと頑張れるよな、だって、浩介達が傍にいてくれるんだから。




