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ダンジョン薬師の隠し秘術 〜世界初の錬金術師になった内気な僕は、正体を隠して最強へ至る〜  作者: 障子


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第九話 再潜入、火魔法の令嬢、そして異変の痕跡

翌朝、第三ダンジョンのギルド側控室に入った瞬間、僕は少しだけ場違いな気分になった。


昨日まで初心者向けゲートを使っていただけの僕が、今日はギルド職員用の部屋に通されている。机の上には簡易地図、封鎖区画のメモ、応急用具、そして浅層素材のサンプル袋。部屋の空気そのものが、いつもよりずっと仕事の匂いを帯びていた。


「来たわね」


先に着いていた御子柴さんが、紙束から顔を上げる。


今日もきっちりスーツ姿だが、いつもの査定官然とした雰囲気に加えて、腰には警棒と小型の投擲ナイフケースが備えられていた。見た目以上に実戦対応の装備だ。


「おはようございます」


「おはよう。体調は?」


「肩はだいぶよくなりました」


「なら結構。無理はしないで」


いつも通り淡々とした言い方なのに、わずかに気遣いが滲んでいる気がした。


その隣では、篠宮さんが地図へ視線を落としている。

 今日は学校で見かける制服姿ではなく、動きやすさを重視した探索用の軽装だった。とはいえ質のよさは隠しきれない。黒を基調としたジャケットに細身のパンツ、肘と膝に軽量防具。腰には細剣、反対側には小ぶりな魔石ケース。長い栗色の髪は後ろでまとめられていて、普段よりずっと戦う人間らしく見えた。


「朝比奈くん、おはよう」


「お、おはよう、篠宮さん」


「緊張してる?」


「少しだけ」


「嘘ね。かなりしてる顔だわ」


言い返せなかった。


そこへ、控室の扉が勢いよく開く。


「おはようございます!」


明るい声と一緒に入ってきたのは、もちろん一ノ瀬さんだった。


槍ケースを肩に担ぎ、いつも通り元気いっぱい――なのだけど、部屋に入ってすぐ篠宮さんの姿を見つけると、目をぱちりと瞬かせた。


「ほんとに新しい女の子いた」


「その言い方やめて」


思わず即座に突っ込んでしまった。


一ノ瀬さんは悪びれもせず、僕の隣まで来てから篠宮さんへ向き直る。


「一ノ瀬澪です。朝比奈くんとは先に組んでます」


初手から妙な言い方をしないでほしい。


篠宮さんも一瞬だけ沈黙したあと、すっと背筋を伸ばした。


「篠宮ひまりよ。今日は合同確認という形だけれど、現場では無用な対立は避けたいわ」


「対立するつもりはないよ。ただ、朝比奈くんが危ないことしそうなら止めるだけ」


「それは私も同意見ね」


「……なんでそこで意気投合するの」


僕だけ蚊帳の外みたいになっていないだろうか。


御子柴さんが小さく咳払いをする。


「雑談はそこまで。今日の確認事項を共有するわ」


全員の視線が地図へ集まった。


「現在、初心者ルートの一部は仮封鎖。一般探索者は別導線へ回されているわ。私たちは昨日あなたたちが黒濁スライムと接触した区域までを再確認し、異常な痕跡――変異個体の移動跡、薬草帯の枯れ、粘液残滓の分布を調べる」


「原因究明まではやらないんですよね?」


僕が確認すると、御子柴さんは頷いた。


「そこまで深入りする権限も戦力もないわ。今日はあくまで“原因に繋がる手がかりを持ち帰る”のが目的」


「もしまた負傷者がいたら?」


一ノ瀬さんの問いに、御子柴さんは一拍置いて答える。


「その場合は救助優先。ただし、前回と違って今回は封鎖中。一般探索者が入り込んでいる可能性はかなり低い」


「ゼロではない、ってことですね」


篠宮さんが静かに言う。


「そういうこと」


御子柴さんは資料の一枚を裏返した。


「あと、昨日の報告を受けて病院と篠宮側で解析した結果、黒濁スライムの残滓には通常より高い魔力汚染反応が出ている。自然発生だけで群れになるのは不自然」


「やっぱり、何か原因があるんだ……」


僕が呟くと、篠宮さんが真剣な顔で頷いた。


「ええ。しかも薬草帯の荒れ方を見る限り、単に強いモンスターが流れ込んだだけじゃ説明がつかない可能性があるわ」


「どういうこと?」


一ノ瀬さんが尋ねる。


「ダンジョン産の薬草は、周囲の魔力環境に強く影響されるの。もし局地的に魔力が濁ったり、逆に一箇所へ偏ったりすれば、群生の形や生育速度が変わることがある」


「つまり、薬草を見れば異変の流れが分かるかもしれないってことね」


御子柴さんの言葉に、僕は小さく頷いた。


その役目なら、たしかに僕にもできる。


「準備はいい?」


三人が頷く。


こうして僕たちは、再び第三ダンジョン浅層へ足を踏み入れた。


◇


仮封鎖中の浅層は、昨日までと雰囲気が違った。


人の気配が極端に少ない。

 たまに見かけるのはギルドの簡易巡回か、篠宮側の素材管理担当らしい職員だけ。いつもの初心者たちのざわめきが消えたせいで、ダンジョン本来の湿った静けさが余計に際立っていた。


僕たちは昨日と似たルートを進みながら、何度も足を止めて周囲を確認した。


「ここ、昨日はもっと灰鈴草があった」


僕が壁際を見て言うと、篠宮さんがしゃがみ込む。


「根元が枯れてるわね。踏み荒らされたというより、急に魔力を吸われたみたい」


「吸われた?」


「上手く言えないけれど……生命力が抜けた感じかしら」


彼女は指先で乾いた葉を持ち上げ、真剣な目で観察する。


「普通の枯れ方じゃない。焼けてもいないし、腐ってもいない。ただ中身だけが空になってる」


「そんなことあるの?」


一ノ瀬さんが首を傾げた。


「自然には、あまり」


篠宮さんの言い方に含みがあった。


御子柴さんがその横で、床に残る薄い黒ずみを見ている。


「こっちは粘液の跡……でも昨日より薄いわ。時間経過だけじゃない、誰かがある程度掃除している」


「ギルドの人ですか?」


「ここまで丁寧にはやらないはずよ。危険区域指定の前段階ならなおさら」


嫌な感じがした。


異変が起きた。

 痕跡がある。

 でもそれが自然に残っているのではなく、何者かの手が少し入っているかもしれない。


そう考えた瞬間、単なる事故じゃない可能性がぐっと増した気がする。


「待って」


少し先を歩いていた篠宮さんが急に足を止めた。


右手の壁沿い、薬草の少ないくぼみのあたりを見ている。

 僕たちも近寄って覗き込んだ。


そこには、石壁へ浅く刻まれた傷があった。

 爪痕にも見える。けれど、妙に直線的だ。


「これ……刃物?」


僕が言うと、篠宮さんが頷いた。


「ええ。しかも探索者用ナイフより幅が狭い。工具に近いかもしれない」


「モンスターの痕じゃないの?」


一ノ瀬さんの問いに、御子柴さんが首を横に振る。


「たぶん違うわ。傷が規則的すぎる」


その直後、僕の中で《錬金術》の感覚がかすかにざわついた。


「……何か、残ってる」


「何が?」


「分からない。でも、この辺だけ空気が変」


自分でも曖昧すぎる言い方だと思う。

 けれど本当に、そうとしか表現できなかった。薬草に触れた時とは少し違う。もっと人工的な、“混ぜられたもの”の気配。


僕は恐る恐る石壁の近くへ手を伸ばした。

 くぼみの奥、乾いた土に紛れて黒っぽい粉がわずかに残っている。


「朝比奈くん、素手で触らないで」


御子柴さんに止められ、僕ははっとして手を引っ込めた。


代わりに彼女が小さな採取用ヘラで粉をすくい、紙片の上へ移す。

 篠宮さんも身を乗り出した。


「……魔石粉末?」


「でも、純粋な砕け方じゃないわね」


御子柴さんが眉を寄せる。


僕はその黒い粉を見つめたまま、口を開いた。


「何か混ざってる気がする。薬草じゃない、けど……モンスター素材でもないような」


「分かるの?」


篠宮さんがすぐに食いついた。


「いや、確信じゃなくて……なんとなく」


「その“なんとなく”がかなり当たるから厄介なのよね」


御子柴さんの言葉に、少しだけ肩がすくむ。


褒められているのか警戒されているのか分からない。


「持ち帰って分析しましょう」


篠宮さんがきっぱり言った。


「もし人工的に何かを混ぜた痕跡なら、自然異変じゃない可能性が高まる」


「つまり、誰かが浅層に細工をしたってこと?」


一ノ瀬さんが顔をしかめる。


「断定はまだ早いけど。候補には入るわね」


そう答えた御子柴さんの目は、いつも以上に鋭かった。


僕たちはさらに奥へ進む。


昨日、神谷兄妹を見つけた小部屋まで来ると、状況はやはり少し変わっていた。砕けた小瓶や採取袋の残骸は回収されていたが、床の染みや黒濁スライムの残滓までは消えきっていない。生臭い匂いもまだ残っている。


「ここで一度戦闘があったのは確実ね」


御子柴さんが言う。


「でも、黒濁の残滓が少なすぎる……?」


僕が呟くと、篠宮さんがこちらを見た。


「少なすぎる?」


「昨日はもっと、どろっと広がってた気がする。乾いて縮んだとしても、ここまで減るかなって」


「回収された可能性は?」


「ありえるわね」


御子柴さんが低く返す。


「ただ、誰が何のために?」


その問いに答えられる人はいなかった。


部屋の中央に立ったまま、僕は周囲を見回す。

 視界の端に、壁沿いの小さな緑が映った。


「あれ?」


近寄ってしゃがみ込む。


そこには一本だけ、妙に色の濃い青葉草が生えていた。周囲は枯れたり荒れたりしているのに、その株だけが不自然なくらいみずみずしい。


「どうしたの?」


一ノ瀬さんが覗き込む。


「この青葉草、変だ」


「変って?」


「普通より魔力の通りが強い……気がする」


また曖昧だ。

 でも今度は、かなりはっきり“引っかかる”。


篠宮さんが慎重にその株を観察した。


「葉脈の色が濃い。これは……突然変異、というより過剰吸収型に近いかも」


「過剰吸収型?」


「周囲の魔力を異常に吸い込んで成長した薬草。希少だけれど、ごく稀にあるわ」


「じゃあ、貴重なんですか?」


「本来ならね。でも」


篠宮さんは表情を引き締める。


「こんな浅層で、しかも異変の中心みたいな場所に一本だけ生えているのは不自然すぎる」


御子柴さんが小さく頷いた。


「採取する?」


「ええ。慎重に」


僕は呼吸を整え、根を傷めないよう土を崩していく。

 いつもの採取と同じはずなのに、妙に緊張した。


根元にヘラを差し込み、そっと持ち上げる。

 その瞬間だった。


土の下で、かち、と小さな音がした。


「――下がって!」


御子柴さんの声が飛ぶ。

 同時に僕は反射で後ろへ身を引いた。


次の瞬間、青葉草の根元が淡く赤く光った。


「何あれ!?」


一ノ瀬さんが叫ぶ。


「細工よ!」


篠宮さんが即座に右手をかざす。

 彼女の指先に、橙色の光が集まった。


火だ。


小さく圧縮された火球が生まれ、次の瞬間には矢のような速度で土の下へ撃ち込まれる。


ぱしゅっ!


乾いた破裂音。

 土が弾け、黒い煙が一瞬だけ立ち上った。


僕は目を見開いた。


「火魔法……」


「見惚れてる場合じゃないわ」


篠宮さんが短く言う。

 けれどその横顔は、少しだけ緊張していた。


撃ち込まれた場所には、小さな黒い結晶片が砕けて散っていた。

 どう見ても自然物じゃない。


「罠……ですか」


僕の声は少し震えていた。


「簡易な感知か、あるいは刺激に反応する魔石片ね」


御子柴さんがしゃがみ込み、残骸を確認する。


「誰かがここへ設置したとしか思えない」


「つまり、本当に人為的……」


一ノ瀬さんが息を呑む。


空気が変わった。

 これでもう、“たまたま変異が重なっただけ”とは言いづらい。


そしてその時、通路の奥――昨日黒濁スライムの群れが現れた方向から、複数の足音が聞こえた。


人の足音だ。


僕たちは一斉に顔を上げる。


「ギルドの追加調査班?」


一ノ瀬さんが小声で言う。


けれど御子柴さんはすぐに首を振った。


「違う。予定にはないわ」


「じゃあ誰が――」


言い終える前に、暗がりの向こうから二人組の影が現れた。


見覚えのない男たちだった。

 探索者装備をしているが、登録ギルド章が見当たらない。動きは無駄がなく、浅層を歩く初心者のそれじゃない。片方は短剣、もう片方は小型クロスボウのようなものを持っている。


男たちは僕たちを見るなり、ほんの一瞬だけ足を止めた。

 その視線が、砕けた罠の残骸へ向く。


「……ちっ」


舌打ち。


それだけで十分だった。


御子柴さんの声が鋭く響く。


「全員下がって!」


男の一人が何かを投げた。

 小さな玉が床へ落ちる。


次の瞬間、灰色の煙が一気に広がった。


「煙幕!」


「朝比奈くん、こっち!」


一ノ瀬さんに腕を引かれる。

 視界が白くぼやける中で、僕はかろうじて男たちの足音を追った。逃げる気だ。けれど、ただ逃げるだけじゃない。何かを隠すための撤退。


「逃がさない!」


篠宮さんの声と同時に、煙の向こうが赤く瞬いた。


ごう、と熱を孕んだ風。


だが彼女の火魔法は無闇に広がらない。通路の先、男たちの退路だけを焼くように細く走った。煙幕の一部が吹き飛び、逃げかけた影の片方が体勢を崩す。


「今!」


御子柴さんが駆ける。

 警棒が鋭く振るわれ、短剣持ちの男の手首を打ち据えた。武器が床へ落ちる。


だがもう片方――クロスボウの男は、すでに照準をこちらへ向けていた。


「危ない!」


反射で前へ出たのは、僕じゃなかった。

 一ノ瀬さんだ。


彼女が槍の柄で僕を押し退けるのと、矢が放たれるのは同時だった。

 鋭い音。

 矢は彼女の肩をかすめ、石壁へ突き刺さる。


「一ノ瀬さん!」


「平気……浅いっ」


でも血が滲んでいる。


頭が熱くなる。

 その瞬間、僕の中で《錬金術》の感覚が激しく跳ねた。


煙。

 視界。

 足場。

 この状況で相手を止めるなら――


革袋から、昨夜の残りの簡易粘着液を一本だけ抜く。

 もう考えている暇はなかった。


「御子柴さん、下!」


「っ!?」


声と同時に、僕はクロスボウの男の足元へ瓶を投げる。


砕けた液が石畳へ広がり、男の足を絡め取った。

 予想外だったのか、男が大きくよろめく。


「篠宮さん!」


「ええ!」


彼女の指先から放たれた小さな火球が、男のすぐ脇の壁へ着弾した。

 直撃ではない。

 けれど熱と閃光で男の動きが完全に止まる。


そこへ、一ノ瀬さんが痛みを堪えながら踏み込んだ。


「はあっ!」


槍の石突が男の腹へ叩き込まれ、クロスボウが床へ落ちる。

 男はそのまま崩れた。


残る一人も、御子柴さんに取り押さえられている。


数秒遅れて、静寂が戻った。


僕は荒い息のまま、一ノ瀬さんの肩を見る。

 制服じゃない探索用上着の肩口が裂け、じわりと血が広がっていた。


「見せて!」


「だ、大丈夫、ほんとに浅いから――」


「浅くても怪我は怪我!」


思ったより強い声が出た。

 一ノ瀬さんが目を丸くする。


でも今はそんなこと気にしていられない。僕は革袋から簡易中和液と治療液を取り出し、傷口を確かめる。矢じりに黒濁みたいな腐食は見えない。毒の気配も薄い。なら処置は早い方がいい。


「少ししみるよ」


「う、うん」


中和液を軽く流し、すぐに治療液を垂らす。

 一ノ瀬さんが肩を震わせたが、すぐに息を吐いた。


「あ、ちょっと楽」


「無茶しないで」


「それ、朝比奈くんにだけは言われたくないかも」


そう返す声にいつもの調子が戻っていて、少しだけ安心する。


その横で、篠宮さんが取り押さえた男たちを見下ろしていた。

 いつもの上品な空気が嘘みたいに、目つきが鋭い。


「未登録装備、浅層封鎖区域への不正侵入、加えて罠の疑い」


彼女は低い声で言う。


「これ、かなり黒に近いわね」


御子柴さんも頷いた。


「ええ。しかも逃げる時の動きに迷いがなかった。偶然入り込んだ探索者じゃないようね」


僕は砕けた罠の残骸と、倒れた男たちを交互に見る。


もう間違いない。


第三ダンジョン浅層の異変の裏には、人の手がある。


そして僕たちは、たぶん思っていた以上に危ないものへ触れてしまった。


御子柴さんがすぐに通信端末へ手を伸ばす。


「応援を呼ぶわ。ここから先はもう現場保存優先――」


そこまで言いかけた時だった。


倒れていたクロスボウの男が、床に落ちた何かを指先で弾いた。


「っ、まずい!」


御子柴さんが叫ぶ。


小さな黒い球が、男たちの足元で転がる。


次の瞬間、それは眩しい閃光とともに弾けた。


「――っ!」


視界が真っ白に潰れる。

 耳鳴り。

 反射で目を閉じても、遅かった。


数秒後、なんとか目を開けた時には――


男たちの姿は、そこになかった。


残っていたのは、焼けたような臭いと、床に落ちたひとつの金属片だけ。


「逃げられた!」


一ノ瀬さんが悔しげに声を上げる。


御子柴さんは舌打ちを飲み込み、すぐに周囲を確認した。


「追わない! 罠の可能性がある!」


「でも――」


「追って消えたら、それこそ相手の思う壺よ」


厳しい声に、一ノ瀬さんも言葉を飲み込む。


僕はまだ少しちかちかする目で、床の金属片を見た。

 小さな、指先ほどのプレート。片面に、見慣れない刻印がある。


「これ……」


篠宮さんが慎重に拾い上げる。


その瞬間、彼女の表情が初めて大きく変わった。


「嘘……」


「知ってるの?」


僕が尋ねると、彼女は一拍遅れて顔を上げた。

 その目には、明らかな動揺が浮かんでいる。


「この刻印……うちのグループの旧研究部門で使われていた管理記号に似ているわ」


部屋の空気が、凍りついたように重くなった。


「……似ている、って」


僕の声が少しかすれる。


「完全一致じゃない。けれど、少なくとも無関係とは言い切れない」


篠宮さんは金属片を強く握りしめた。


「もしこれが本物なら……第三の異変に、篠宮の内部関係者が関わっている可能性がある」


誰もすぐには言葉を返せなかった。


黒濁スライム。

 罠。

 未登録の男たち。

 そして篠宮グループに繋がるかもしれない刻印。


事態はもう、僕みたいな駆け出し探索者がたまたま巻き込まれた、で済む場所を越え始めていた。


その中で、篠宮さんだけが真っ直ぐ前を見ていた。

 悔しさと、怒りと、何かを見定める強い意志を宿した目で。


「調べるわ」


静かな声だった。


「たとえ家の中が相手でも、見過ごさない」


その言葉を聞いた時、僕は初めてちゃんと理解した。


この人はただの名門令嬢じゃない。

 自分の立場の危うさごと引き受けてでも、正しいと思う方へ進もうとする人なんだ。


そしてたぶん――

 そんな彼女と関わった時点で、僕の平穏はまたひとつ遠ざかったのだ。

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