↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン薬師の隠し秘術 〜世界初の錬金術師になった内気な僕は、正体を隠して最強へ至る〜  作者: 障子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/64

第七話 退路を切り開く爆ぜる薬と、秘密を守る覚悟

革袋の中へ突っ込んだ指先が、小さな丸瓶に触れた。


昨夜の検証で「薬効がまとまらない」と判断した失敗作。

 治療にも中和にも使えず、ただ熱だけを内側に溜め込んでいた、半端な液体。


でも今、頭の奥で《錬金術》の感覚が、それを“失敗”ではなく別の使い道として示していた。


「朝比奈くん!」


「五秒だけ!」


僕は小さな丸瓶を取り出し、もう片方の手で中和液の残りを掴む。


暗がりの向こうから、黒濁スライムがずるり、ずるりと現れる。

 一体、二体、三体――四体。

 しかもそれぞれが、さっき倒した個体ほどではないにせよ、普通のスライムよりずっと大きい。


神谷兄妹が息を呑む音が聞こえた。

 一ノ瀬さんが美琴さんを庇うように前へ出る。

 御子柴さんは細い目をさらに鋭くして、通路幅と敵の密度を一瞬で見切った。


「作るのはいい。でも自分で巻き込まれないで」


「……やってみます」


丸瓶の蓋を開ける。

 鼻につんとくる、金属が焼けるみたいな匂い。


そこへ中和液を二滴。さらに革袋の底に残っていた刺激煙の粉を少量だけ爪先ですくい、瓶の口へ落とす。


――熱を閉じ込めろ。

 ――衝撃で放て。

 ――広げるんじゃない、弾けさせる。


感覚のままに、瓶をひと振り。


内部で、かち、と乾いた音がした。


「できたの?」


一ノ瀬さんの問いに答える余裕はない。

 黒濁スライムの先頭が、もう十歩先まで迫っている。


「下がってください!」


僕は瓶を握り込み、通路の中央――群れの少し手前を狙って全力で投げた。


次の瞬間。


ぱんっ!


思ったより鋭い破裂音が、狭い通路に響いた。


「っ!?」


瓶が砕けた床で、白と橙の混じった短い閃きが走る。

 火炎というほど大きくはない。だが、衝撃と熱が一気に広がり、黒濁スライムたちの前面をまとめて叩いた。


「ギュアアアァッ!」


「ギィィィィッ!」


複数の異音が重なった。

 黒い体表が一斉に泡立ち、粘液が蒸発するみたいに湯気を上げる。先頭の二体が明らかに怯み、後続とぶつかって動きが止まった。


「爆ぜた?」


自分で作っておいて、僕自身が呆然とした。


「感心してる場合じゃないわ!」


御子柴さんの声が飛ぶ。


「今のうちに退く! 一ノ瀬さん、神谷兄妹を動かして!」


「了解! 美琴ちゃん、掴まって!」


一ノ瀬さんが美琴さんの肩を抱え、神谷さんが歯を食いしばりながら立ち上がる。

 僕も慌てて後退しようとした、その時だった。


群れの奥にいた一体が、怯まずに前へ滑り出た。


「まだ来る!?」


しかもそいつは、さっきの熱と衝撃で体表が崩れたせいか、逆に核が露出している。赤黒い脈動部がむき出しになり、そこからどろりと黒い液が滴っていた。


「しつこい!」


御子柴さんがナイフを抜きかける。

 でも距離が悪い。ここで迎え撃てば、後ろの神谷兄妹が巻き込まれる。


僕の足が、半歩だけ前へ出た。


「朝比奈くん!?」


分かってる。無茶だ。

 でも今は、誰かが止めないといけない。


革袋の中に、もう一本だけ残っていた粘着液へ手を伸ばす。

 ただ投げても足止めにしかならない。

 なら――。


頭の奥で、また感覚が走る。


粘着液。

 刺激煙の残り粉。

 さっきの“爆ぜる薬”と同じ理屈で、熱ではなく固定を強めろ。


混ぜる時間なんてない。

 でも、瓶の中へ粉を突っ込むだけでも、たぶん変質する。


僕は走りながら瓶の蓋を開け、刺激煙の残りを乱暴に叩き込んだ。


「朝比奈くん、戻って!」


「一回だけ!」


黒濁スライムが体をしならせる。

 粘液弾が飛ぶ。


咄嗟に身を捻る。肩口を掠め、制服の袖がじゅっと焦げた。


「っ……!」


熱い。痛い。

 でも、止まれない。


僕は至近距離から瓶を床へ叩きつけた。


砕けた液が、スライムの下半分と石畳に広がる。

 その瞬間、透明だった粘着液が灰色がかった膜へ変質し、まるで糸を引く樹脂みたいに一気に固まった。


「ギュッ!?」


黒濁スライムの動きが止まる。

 床と体表がまとめて縫い付けられたみたいに拘束され、前進できない。


「一ノ瀬さん、今!」


「任せてっ!」


背後から飛び出した一ノ瀬さんが、僕の肩を掴んで横へ引き倒すのと、槍を突き出すのがほぼ同時だった。


鋭い穂先が、露出した核を正確に貫く。


ぶち、と嫌な感触を響かせて、黒濁スライムが崩れた。


僕は石畳に片手をついたまま、数秒動けなかった。

 耳の奥で自分の鼓動だけがやけに大きい。


「っ、げほ」


「馬鹿!」


真っ先に飛んできたのは、一ノ瀬さんの怒鳴り声だった。


顔を上げると、彼女は本気で怒っていた。

 いや、怒っているというより、半分泣きそうだ。


「今の、食らってたらどうするの!?」


「ご、ごめん」


「ごめんじゃない!」


「説教は後!」


御子柴さんが鋭く割り込む。

 振り返れば、最初の爆裂で怯んだ群れが、もう体勢を立て直しつつあった。数は減っていない。今の一体を倒しても、まだ三体以上いる。


「退路は空いた! 今すぐ走るわよ!」


その一声で、僕たちは一斉に撤退へ移った。


◇


狭い通路を、ほとんど転がるように駆け戻る。


一ノ瀬さんが美琴さんを支え、僕は神谷さんの肩を貸す。

 御子柴さんが最後尾で何度も後ろを確認しながら、必要最小限の牽制を入れる。


背後からは、ぬめった追走音が聞こえていた。


「まだ来てる!?」


「全部じゃない! でも二体は追ってる!」


御子柴さんの声に、背筋が寒くなる。


黒濁スライムは速くない。

 けれど狭い通路では、その“遅さ”があまり意味を持たない。じわじわと距離を詰められ、足場を潰されれば終わる。


「朝比奈くん!」


「な、何!?」


「刺激煙、あと残りは!?」


「一粒だけ!」


「出口手前の広い通路で使う! 今は温存!」


「分かった!」


通路を曲がるたび、心臓が跳ねる。

 さっきまで安全だった浅層が、今は別世界みたいに見えた。


床に転がる小石。

 壁際の群生。

 湿った冷気。

 その全部が、命取りになりそうだった。


ようやく少し広い十字通路へ出たところで、御子柴さんが叫ぶ。


「ここで一度止まる!」


「えっ!?」


「このまま直線で追われる方が危ない! 朝比奈くん、煙を準備!」


僕は最後の刺激煙の粒を握る。

 後ろから、黒濁スライムの影が現れた。二体。どちらも中型だが、通路を塞ぐには十分な大きさだ。


「投げる位置、中央より少し奥。自分たちにかけないで」


言われるままに、僕は粒を構える。


「一ノ瀬さん、煙が出たら左から回って一撃。狙うのは先頭だけ。二体目は私が止める」


「了解!」


「神谷兄妹は壁際で伏せて!」


「は、はい!」


黒濁スライムが近づく。

 距離、あと五歩。四歩。


「今!」


刺激煙を投げる。


白煙が一気に広がった。

 先頭の個体がまともに突っ込み、体表をぶるりと震わせる。


「そこ!」


一ノ瀬さんが左から飛び込んだ。

 煙に隠れるような低い姿勢。

 槍先が真横から滑り込み、先頭個体の核を浅く裂く。


だが、やはり一撃で終わらない。


「硬っ!」


「退いて!」


御子柴さんの投擲ナイフが、煙の隙間を抜けて二体目の眼前へ突き刺さる。完全に倒しきるための一撃ではない。進路を逸らし、足を止めるための牽制だ。


「朝比奈くん、粘着の予備は!?」


「もうない!」


「なら石を投げなさい、核狙いで!」


「石!?」


「何でもいいから意識を逸らして!」


無茶振りだ、と思いながらも、僕は足元の拳大の石を拾い上げた。

 《錬金術》も何もない、ただの石。


でも。


「っ!」


全力で投げる。


石は奇跡みたいに、さっき一ノ瀬さんが裂いた核の露出部へ当たった。


ぐしゃり、と嫌な音。

 先頭の黒濁スライムが、そのまま崩れ落ちる。


「え」


「ナイス!」


一ノ瀬さんが叫んだ。


同時に、二体目が煙を抜けて突っ込んでくる。

 御子柴さんが受け止めきれない角度だ。


僕は咄嗟に神谷さんを後ろへ押し、空になった小瓶をそのまま投げつけた。もちろん威力なんてない。ただ、その一瞬だけスライムの動きがそちらへ向く。


そして。


「はああっ!」


一ノ瀬さんの槍が、真正面から二体目の核を貫いた。


黒い巨体が止まり、どろりと崩れる。


今度こそ、追撃音は聞こえなくなった。


全員がその場で荒く息をつく。


「もう、来ない?」


美琴さんが震える声で言う。


御子柴さんは数秒耳を澄ませ、それから小さく頷いた。


「ひとまず、この近くにはいないわ。今のうちに出ましょう」


異論を挟む余裕のある人間は、誰もいなかった。


◇


地上へ戻った時には、外の光がひどく眩しく感じられた。


受付近くの救護スペースへ神谷兄妹を引き渡した途端、周囲が一気に騒がしくなる。初心者ルートから複数の負傷者、しかも黒濁スライムらしき変異種の報告付きだ。職員たちが色を失うのも無理はない。


「詳しい話は別室で」


ギルド職員にそう促され、僕たちは小さな会議室へ通された。


机と椅子だけの、殺風景な部屋。

 扉が閉まると同時に、僕はどっと疲れが押し寄せて、へたり込むよう椅子に腰を下ろした。


「大丈夫?」


一ノ瀬さんが覗き込んでくる。


「……たぶん」


本当は肩がひりひり痛いし、足もまだ少し震えている。

 でも口にすると、今度こそ本気で心配をかけそうだった。


御子柴さんはそんな僕を一瞥しただけで、先に本題を口にした。


「まず確認。今日の件、朝比奈くんの作った薬については最小限しか話さない。異論は?」


「ありません」

僕は即答した。


「もちろん」

一ノ瀬さんも強く頷く。


「神谷兄妹にも、そこは合わせてもらう必要があるわね」


御子柴さんは静かに言った。


「彼らを助けたこと自体は隠せない。でも、“朝比奈薬店の調整薬と応急対応でどうにかした”程度に収める。あまりに具体的な効能や見た目はぼかす」


「できますか?」


「やるしかないわ。今日みたいな件で、さらに“正体不明の高性能治療薬”の噂が追加されたら面倒どころじゃ済まない」


そこへ、ノックの音がした。


入ってきたのは、先ほど神谷兄妹を運んでいった若い職員と、その後ろにいる神谷さん本人だった。歩き方はまだぎこちないけれど、さっきよりずっと顔色がいい。


「失礼します」


職員は少しだけ緊張した面持ちで頭を下げた。


「神谷さんが、先にお礼を言いたいと」


「……ああ」


神谷さんは部屋に入るなり、深く頭を下げた。


「助かった。妹も俺も、あんたらがいなきゃ終わってた」


「いえ」


僕は慌てて立ち上がる。


「無事でよかったです」


「それで、その」


神谷さんは言いづらそうに視線を泳がせたあと、僕をまっすぐ見た。


「あの薬のこと、喋らない方がいいんだろ?」


心臓がどくりと鳴った。


隣で一ノ瀬さんも背筋を伸ばす。

 御子柴さんは表情を変えないまま、神谷さんを見返した。


「察しがいいわね」


「そりゃまあ、あんなの見りゃな」


神谷さんは苦く笑う。


「俺も探索者の端くれだ。珍しい薬やスキルが、どういう面倒を呼ぶかくらいは知ってる。だから安心してくれ。俺も美琴も、余計なことは言わねえ」


「どうして?」


思わず聞いてしまった。


神谷さんは少しだけ目を丸くして、それから肩を竦める。


「どうしてって、助けてもらったからだよ」


拍子抜けするくらいまっすぐな答えだった。


「それに、あんた、途中で迷ったろ」


「俺に高い薬を使うかどうか」


ぎくりとした。

 見抜かれていた。


「でも使ってくれた。あの状況で隠す方を優先しても、別に責められなかったはずだ。それでも助ける方を選んだ。だったら、こっちも筋は通す」


その言葉が、胸に重く落ちる。


助けたことは間違っていなかった。

 そう思いたかった気持ちを、少しだけ救われた気がした。


「ありがとう、ございます」


僕がそう言うと、神谷さんは照れくさそうに頭をかいた。


「礼を言うのはこっちだって。ただし」


「ただし?」


「もうちょい自分を大事にしろ。肩、やられてんだろ」


「え?」


一ノ瀬さんがすぐに僕の左肩を見る。

 腐食粘液が掠めた制服の袖は、さっき簡単に水で流しただけだ。痛みは我慢していた。


「朝比奈くん!」


「いや、かすっただけで――」


「黙って」


一ノ瀬さんの声が低い。

 怒ってる時のそれだ。


御子柴さんもため息をついた。


「だから言ったでしょう。自分で巻き込まれないで、と」


「……すみません」


「謝る前に見せなさい」


結局、その場で簡易処置を受けることになった。


制服の袖をめくると、肩口の皮膚が赤く焼けただれ、小さくただれている。深くはない。けれど放っておけば悪化する類の傷だ。


「ほんとに“かすっただけ”でこれ?」


一ノ瀬さんが呆れたように言う。


「黒濁の腐食は軽く見ないことね」


御子柴さんがそう言いながら、僕の手元へ小瓶を差し出した。

 昨夜作った、簡易中和液だ。


「自分の薬、自分で使いなさい」


「はい」


妙な話だけど、その方が少し気が楽だった。

 少量を傷へ垂らす。しみる。だがすぐに熱感が引いていく。続けて簡易治療液を使うと、痛みもだいぶましになった。


「すご……」


若い職員が思わず漏らしかけて、御子柴さんにじろりと見られ、慌てて黙る。


危ない。


やっぱり、人前で使うたびに目立ってしまう。


処置が終わり、職員と神谷さんが部屋を出ると、再び静けさが戻った。


しばらく誰も喋らなかった。

 たぶん、全員が同じことを考えている。


今日は運がよかった。

 でも、次も同じとは限らない。


やがて御子柴さんが、机に指を組んで言った。


「結論から言うわ。今日の件は、もう“隠れて試してます”で済む段階じゃない」


胸が重くなる。


「浅層に黒濁スライムの群れ。変異牙兎。負傷者複数。これはギルド全体で動く案件になる。あなたの薬がどうこう以前に、ダンジョンそのものの異変として調査が入る」


「……そう、ですよね」


「ええ。そしてその過程で、今日現場にいたあなたたちも事情聴取を受ける」


一ノ瀬さんが顔をしかめた。


「面倒くさいなぁ」


「面倒で済めばいいけどね」


御子柴さんは淡々としている。


「だから、口裏を合わせる。今日の朝比奈くんは“家の薬を試しながら採取していた見習い”。作ったのは既存薬の範囲内、ただし素材の選別と処理にかなり優れる、で押す」


「錬金術そのものは伏せる」


「当然」


僕は小さく息を吐いた。


また隠す。

 誤魔化す。

 でも、それで守れるものがあるなら、今はやるしかない。


「ただし」


御子柴さんの声が少しだけ変わる。


「今日、あなたが最後に使った“爆ぜる薬”。あれは今後、むやみに使わないこと」


「危なかったですか?」


「危ないなんてもんじゃないわ。閉所で炸裂性のあるものを使えば、自分たちも鼓膜や目をやられる可能性がある。火属性寄りに変質したら、ダンジョン内のガスや乾燥帯で二次災害もありえる」


ぐうの音も出ない。


「でも、退路は作れました」


一ノ瀬さんがぽつりと言った。


「朝比奈くんがあれを投げなかったら、私たちたぶん詰んでた」


御子柴さんはそれを否定しなかった。


「そうね。だからこそ厄介なのよ。“役立つ危険物”は、人を簡単に依存させる」


その言葉に、僕は黙り込む。


役立つ危険物。


たしかに、さっきの僕は迷わず使った。

 助けるため。退くため。生き残るため。


でも、もっと強い相手が出た時。

 もっと多くの人を助けたいと思った時。

 僕は、どこまで踏み込むんだろう。


「朝比奈くん」


不意に、一ノ瀬さんが僕を呼ぶ。


「今日のこと、後悔してる?」


唐突な問いに、僕は目を瞬かせた。


後悔。

 しているかと聞かれれば、怖かったし、反省も山ほどある。無茶もした。肩だってこんなだ。


でも。


「……してない」


答えは、思ったよりすんなり出た。


「怖かったし、もっとやり方はあったかもしれない。でも、神谷さんたちを置いて逃げてたら、たぶん僕はずっと後悔したと思う」


一ノ瀬さんは、ふっと表情を緩めた。


「うん。私もそう思う」


「ただし次は、もっとちゃんと相談してから飛び出して」


御子柴さんが即座に釘を刺す。


「はい……」


「返事はいいのよ。守りなさい」


「はい」


今度はちゃんと、そう答えた。


窓の外では、もう日が傾き始めていた。

 会議室の白い壁が、少しだけ橙色に染まって見える。


ダンジョンの異変。

 ギルドの調査。

 隠し続けなければならない《錬金術》。

 そして、今日新しく分かってしまった、戦うための薬の可能性。


問題は何ひとつ減っていない。

 むしろ増えている。


それでも、ひとつだけはっきりしたことがある。


僕はもう、ただ祖父母の店を手伝うだけの、内気な薬師見習いではいられない。


助けたいと思った時、僕はこの力を使う。

 なら、その責任からも逃げちゃいけない。


「……もっと、ちゃんと知らないと」


気づけばそう呟いていた。


「自分の力のこと。作れるもののこと。危ないもののことも全部」


「ようやくその顔になったわね」


御子柴さんが静かに言う。


「中途半端に怯えるだけの子なら、私はここまで付き合わない」


「それ、褒めてます?」


「半分は」


珍しく、ほんの少しだけ口元が柔らかく見えた。


一ノ瀬さんはそんな僕たちを見比べてから、ふっと笑う。


「じゃあ次からは、ちゃんとパーティーらしくしようよ」


「パーティーらしく?」


「そ。朝比奈くん一人で抱え込まない。御子柴さんは監視だけじゃなくて助言。私は前衛としてもっと強くなる」


「勝手に役割を決めないで」


「でも否定はしないですよね」


「……否定しても聞かないでしょう、あなた」


「聞かないですね」


即答だった。


緊張が少しだけほどけて、僕は小さく笑ってしまう。

 今日、ダンジョンの中では死ぬほど怖かったのに。こうして話していると、不思議なくらい現実感が薄い。


でも、それでいいのかもしれない。


怖さに押し潰されるんじゃなくて、次へ進むために整理する。

 薬も戦いも、たぶん同じだ。


会議室を出る直前、僕は自分の肩に軽く触れた。

 さっきまでの灼けるような痛みは、もうだいぶ引いている。


その感触と一緒に、胸の奥へ静かな決意が残った。


秘密は、まだ守る。

 でもただ隠れるだけじゃなく、守れるだけの強さを手に入れる。


いつかきっと、誤魔化しきれない日が来る。

 その時に後悔しないように。


僕は、自分の《錬金術》と向き合わなくちゃいけない。


そして同じ頃、ギルドの別室では――

 第三ダンジョン浅層の異変報告書が、通常よりも上位の部署へ回されようとしていた。


黒濁スライム群の発生。

 変異個体の出現。

 初心者ルートの危険化。


それはまだ、誰もが“ダンジョンの局地的な異常”だと思っていた。

 けれどその裏で、もっと大きな何かが動き始めていることを、今の僕たちはまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。