第五話 初パーティーと、浅層の異変
「どうしているんですか、御子柴さん」
店の前に立つ黒髪の女性へ向けてそう言うと、御子柴雫さんはわずかに眉を上げた。
「その質問、そっくりそのまま返してもいいかしら。どうして初心者探索者二人が、昨日今日で“試作品”を抱えてダンジョンへ行こうとしているの?」
「うっ」
図星だった。
僕の手には、祖父が持たせた革袋。中には昨夜の検証で比較的安定していた試作品が入っている。高品質治療液、毒の進行を抑える中和液、刺激煙の小粒、足止め用の粘着液。どれもまだ売り物には程遠い、あくまで実地テスト用の代物だ。
一ノ瀬さんが槍ケースを担ぎ直しながら、あからさまにむっとした顔をする。
「別に、御子柴さんの許可が必要なわけじゃないですよね」
「許可はいらないわ。でも、昨日“危ないから目立つ真似は控えろ”と忠告した相手が、翌日に危ない真似を始めたら確認くらいはするでしょう」
「確認っていうか、監視じゃないですか」
「似たようなものね」
さらっと言い切られて、一ノ瀬さんのこめかみに青筋が浮く。
まずい。
この二人、たぶん相性が悪い。
「ええと」
僕は二人の間に割って入るように一歩前へ出た。
「本当に、無茶をするつもりはないんです。浅層だけだし、試すのも危なくない範囲で」
「“危なくない範囲”を決める基準が甘いから来たのよ、私は」
御子柴さんはそう言って、僕の手元の革袋へ視線を落とした。
「祖父母の許可は取っているの?」
「取ってます」
「同行者は?」
「僕と、一ノ瀬さん」
「却下」
「却下!?」
一ノ瀬さんが声を上げる。
御子柴さんは涼しい顔のまま続けた。
「前衛ひとり、支援兼採取ひとり。普通の浅層採取ならまだしも、未知の試作品の実地検証をする構成としては薄すぎる。せめて後方から全体を見られる人間が必要よ」
「だから自分がついてくるってことですか?」
「ええ」
「ギルドの査定官が?」
「査定官“見習い”だけれどね」
そうだった。
でも、それで軽くなる話でもない。
僕は困惑したまま彼女を見る。
「仕事は大丈夫なんですか」
「今日は非番よ。それに、今のあなたを放っておいて、浅層で何か起きたあとに報告書を書く方がよほど面倒だわ」
ものすごくこの人らしい理由だった。
僕としては正直、反対しきれなかった。昨日までの僕なら、一ノ瀬さんと二人でも十分だと思っていたかもしれない。でも今は違う。《錬金術》の力が規格外だと知ってしまった以上、第三者の冷静な視点は必要だ。
「御子柴さんがいると、無茶を止めてもらえそうね」
「一ノ瀬さん!?」
僕は信じられないという顔で一ノ瀬さんを見る。
御子柴さんは一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく息を吐いた。
「少なくとも、自爆実験を見逃すつもりはないわ」
「それは助かりますね」
「助かるんだ……」
一ノ瀬さんがじとっとした目を向けてくる。
結局、その日の探索は僕、一ノ瀬さん、御子柴さんの三人で行くことになった。
初パーティー。
その響きだけなら少しわくわくするはずなのに、実際の空気は妙に張っている。片方はまっすぐで感情が顔に出やすい同級生、もう片方は冷静で何を考えているか読みにくいギルド査定官。間に挟まれた僕は、ダンジョンへ入る前からすでに気疲れし始めていた。
◇
第三ダンジョンの初心者向けゲート前は、今日もそれなりに人が多かった。
登録証の提示、持ち込み確認、注意事項の再確認。僕たちは簡単な手続きを終え、薄暗い石造りの通路へ足を踏み入れる。
外の夏の熱気が嘘みたいに、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
「改めて役割を確認するわよ」
入口から少し進んだ安全スペースで、御子柴さんが立ち止まった。
「前衛は一ノ瀬さん。接敵対応と警戒。朝比奈くんは中衛で採取と試作品運用。私は後方で全体確認と記録。異常時は撤退優先。いいわね?」
「はい」
「了解」
「それから朝比奈くん」
「は、はい」
「試作品を使う時は、投げる前でも飲ませる前でも、必ず一声かけなさい。何を使ったのか分からないまま連携するのが一番危険よ」
「気をつけます」
正論すぎる。
一ノ瀬さんが僕の方を向いて、少しだけ得意そうに笑った。
「ほらね。やっぱり御子柴さんがいると、朝比奈くんの暴走止め係が増える」
「僕、そんなに暴走してるかな……」
「してるよ」
「してるわね」
二人同時だった。
ちょっと傷つく。
けれど、そのやり取りのおかげか、さっきまでのぎすぎすした空気が少しだけ和らいだ。御子柴さんも完全に冗談が通じない人ではないらしい。
僕たちは浅層の定番ルートを進み始めた。
通路脇には、灰鈴草や青葉草がぽつぽつと見える。昨日ひとりで来た時よりも落ち着いて周囲が見えた。前を行く一ノ瀬さんの足取りは軽い。右脚にまだ包帯はあるものの、動きに大きな支障はなさそうだった。
「本当に大丈夫?」
「もう三回は聞かれた」
「だって昨日あんなだったし……」
「心配してくれてるの?」
一ノ瀬さんが半歩だけ振り返って、にやっと笑う。
「そ、それは、まあ……同じパーティーだし」
「ふーん」
妙に含みのある返事をされて、心臓に悪い。
その後ろから、御子柴さんの淡々とした声が飛んだ。
「おしゃべりはほどほどに。前方、来るわよ」
視線を向けると、石壁の陰から半透明の塊がぬるりと這い出してきた。スライムが二体。浅層では珍しくない相手だ。
一ノ瀬さんがすっと槍を構える。
「朝比奈くん、最初は普通でいく?」
「う、うん。まずは普通に」
「了解」
彼女は床を蹴った。昨日毒で苦しんでいた姿が嘘みたいに動きが鋭い。槍先が一閃し、手前のスライムの核を正確に突く。続けざまに石畳を蹴って間合いを変え、もう一体も突き崩した。
数秒で終わった。
「すごいな」
「最弱相手に褒められると、ちょっと複雑だけど」
一ノ瀬さんは笑いながらも、誇らしげだった。
僕は崩れたスライムから核の欠片を回収する。こういう素材ひとつひとつが、今の僕にとっては大事な研究資源だ。
「動きは悪くないわね」
御子柴さんが言う。
「でもまだ踏み込みが少し深い。毒持ち相手だと反応が遅れるかもしれない」
「わかってます」
「本当に?」
「……たぶん」
「その“たぶん”が危ないのよ」
軽口めいた応酬なのに、ちゃんと見ているのが分かる。
査定官見習いというのは伊達じゃないらしい。
しばらく進んだところで、僕たちは最初の試作品を使うことにした。
相手は牙兎が一匹。長い耳と鋭い前歯を持つ、小型ながら素早いモンスターだ。昨日一ノ瀬さんに毒を与えたのも、たしかこいつだった。
通路奥で跳ねるのを確認し、一ノ瀬さんが小声で言う。
「普通にやれば倒せる。でも、せっかくだし試す?」
僕は革袋の中から、小さな透明瓶を取り出した。
「粘着液、いってみる」
「了解。外したら私が前に出る」
「投擲前、声を」
御子柴さんに促され、僕は小さく頷く。
「い、いきます。粘着液!」
牙兎がこちらへ駆けた瞬間、僕は瓶を投げた。
手から離れた瓶は思ったより素直な軌道を描き、牙兎の少し手前の床へぶつかって砕けた。透明な液体がばしゃっと広がる。次の瞬間、踏み込んだ牙兎の脚が石畳に貼りついた。
「ギィッ!?」
短い悲鳴。
もがくたびに、前脚も後脚も余計に絡まる。
「今!」
一ノ瀬さんが滑り込むように間合いを詰め、槍の石突で頭部を叩いた。牙兎が怯んだところへ、今度は穂先を一閃。小さな体が崩れ落ちる。
「……効いた」
僕は思わず呟いた。
「思ったより強いかも」
「強いなんてもんじゃないわ」
御子柴さんがしゃがみ込み、粘着液の残滓を確認する。
「足止め性能だけなら、初心者向け補助品としては十分実用圏内。量産できるなら相当価値がある」
「量産はまだ分からないですけど」
「だからこそ記録しなさい。使用量、硬化までの時間、持続、対象の抵抗でどこまで千切れるか。全部」
「は、はい」
慌ててメモ帳に書き留める。
使える。
自分の作ったものが、ちゃんとダンジョンで機能した。
その実感に、胸の奥が少し熱くなる。
次に試したのは刺激煙だった。こちらはさらに慎重を要するため、通路の広い場所でスライム相手に限定して使うことにした。
小粒をひとつ投げる。
石畳へ当たったそれはぱち、と軽い音を立て、白っぽい煙を広げた。
近くにいたスライムが煙を浴びた瞬間、表面がぶるぶると震え、動きが明らかに鈍る。
「効いてる……けど、スライムにも刺激ってあるんだ」
「生体反応というより、核まわりの魔力循環が乱れてるのかもしれないわね」
御子柴さんの分析は早い。
一ノ瀬さんが煙を避けるように位置を変え、鈍ったスライムをまとめて始末した。
「これも悪くないと思う、でも狭い場所だと自分たちもきついね」
「うん。風向き次第で危ない」
「なら開けた場所か、退路が確保できる時だけ使用。朝比奈くん、そこも記録」
「了解です」
試作品の感触は上々だった。
少なくとも昨夜の検証が机上の空論ではなかったと分かっただけでも大きい。
そうして採取と戦闘テストを並行しながら、僕たちは浅層を進んでいく。
けれど、しばらく歩いた頃から、僕は妙な違和感を覚え始めていた。
「……静かすぎる」
思わず口に出すと、一ノ瀬さんが足を止めた。
「朝比奈くんも思った?」
「うん。さっきから、モンスターが少ない気がする」
昨日ひとりで入った時は、もっと浅い位置からスライムや牙兎の気配があった。今日はまったくゼロではないものの、明らかに遭遇頻度が低い。採取目当ての初心者探索者も、いつもならもう少し見かけるはずだ。
御子柴さんが周囲を見渡す。
「たしかにおかしいわね」
彼女は壁際の群生にしゃがみ込んだ。
「灰鈴草が踏み荒らされてる」
「探索者じゃないんですか?」
「人の靴跡ならまだらに残る。これは違う。複数の小型モンスターが同じ方向へ走った痕に見えるわ」
言われてみれば、細かい爪跡が石畳のほこりにいくつも刻まれている。通路の奥からこちらへ、ではない。横道から奥へ向かって、一斉に逃げたような跡だ。
一ノ瀬さんが槍を握り直した。
「モンスターが逃げる相手ってこと?」
「可能性はあるわね」
空気が少し変わる。
さっきまでの“試作品テスト”の雰囲気じゃない。
ダンジョンが、何か別の顔を見せ始めている。
僕たちは進行速度を落とした。
曲がり角の手前ごとに一ノ瀬さんが先に視線を送り、僕は後ろと横の薬草帯に目を配る。御子柴さんは足跡や壁の傷を確認しながら、低い声で情報を足していった。
「壁に擦過痕。高さは低い。大型じゃない」
「でも深いですね」
「爪が鋭いか、数が多いか。……もしくは、興奮しているか」
その言い方が不穏だった。
さらに奥へ進むと、今度は通路脇に倒れた探索者用の小さな背嚢を見つけた。泥と粘液で汚れているが、壊れてはいない。
「これ……」
一ノ瀬さんが顔をしかめる。
「落とし物にしては雑すぎる」
御子柴さんが中身を確認した。
空の水筒、安物の包帯、初心者向けの地図。財布らしきものはない。
「争った形跡は薄い。慌てて投げたか、逃げる最中に捨てたか」
「人は近くにいませんか?」
僕が尋ねると、御子柴さんは首を横に振った。
「少なくとも今のところ血痕はない。けれど気を引き締めて」
その直後だった。
通路の奥から、甲高い悲鳴みたいな鳴き声が響いた。
「ギィィィッ!」
牙兎。
でも、普通の威嚇音よりずっと耳障りで、切羽詰まっている。
「来る!」
一ノ瀬さんが叫んだ。
次の瞬間、角の向こうから牙兎が三匹、転がるように飛び出してきた。いや、四匹――最後尾に、明らかに一回り大きな個体がいる。毛並みは黒ずみ、目が赤く濁っていた。
「変異種!?」
御子柴さんの声が鋭くなる。
「一ノ瀬さん、前! 朝比奈くん、右手の個体を止めて!」
「っ、粘着液!」
僕は瓶を投げた。
先頭の一匹の脚を絡め取る。だが残り三匹は止まらない。
一ノ瀬さんが槍を振るい、飛びかかってきた二匹をいなす。けれど黒い大柄個体だけは勢いが違った。石畳を蹴る音が重い。浅層の牙兎とは思えない速度で距離を詰めてくる。
「速っ!」
「左に跳んで!」
御子柴さんの声に反応し、僕は咄嗟に身を投げ出した。
次の瞬間、黒い牙兎がさっきまで僕のいた位置を通過する。石壁へぶつかったその前歯が、硬い石をがりっと削った。
「な、にあれ」
「普通の個体じゃないわ。魔力過剰か、上層からの逸脱個体よ!」
一ノ瀬さんが一匹を突き崩し、そのまま大柄個体へ槍先を向ける。だが黒い牙兎は鋭く跳ね、横から噛みつこうとした。
「一ノ瀬さん、下がって!」
僕は革袋から刺激煙を二粒まとめて掴み、床へ叩きつけた。
「刺激煙、使います!」
白煙が一気に広がる。
黒い牙兎が煙の中へ突っ込み、直後、苦しげに甲高い声を上げた。動きがぶれる。赤く濁った目をしきりにこすろうとするように、頭を振った。
「今!」
「任せて!」
一ノ瀬さんが低く踏み込み、槍を横薙ぎに払う。穂先が黒い個体の側面を裂いた。血飛沫が散る。けれど仕留めきれない。普通の牙兎ならその一撃で終わるはずなのに、黒い個体は逆に激昂したように喉を鳴らした。
「しぶとい!」
「下がって!」
今度は御子柴さんが前へ出た。
細身の警棒を腰から抜き、黒い個体の進路へ正確に打ち込む。目を狙った牽制。わずかに頭が逸れ、その一瞬の隙を一ノ瀬さんが逃さない。
「はあっ!」
真正面からの突き。
槍先が喉下へ深く刺さる。
黒い牙兎が二、三歩もがくように跳ねて、それからようやく崩れ落ちた。
静寂。
白煙がゆっくり薄れ、残っていた普通の個体も動かなくなっているのが見える。
「……倒した」
僕は荒くなった息を整えながら呟いた。
手が震えている。
粘着液も煙もちゃんと役立った。でも今のは、少し判断が遅れれば危なかった。
一ノ瀬さんが槍を引き抜き、黒い個体を睨みつける。
「浅層でこんなの、聞いたことない」
「私もよ」
御子柴さんはしゃがみ込み、死骸の毛並みを確かめた。
「魔力の巡りが異常。表皮の黒変、筋肉膨張、興奮状態……中層寄りの変質個体に近い。こんなのが初心者ルートへ紛れ込むのはおかしい」
「何が起きてるんですか」
僕が問うと、彼女はすぐには答えなかった。
代わりに、通路のさらに奥を見た。
「原因は前にあるはずよ」
その視線の先、暗い横道から、かすかに生臭い風が流れてくる。血と、湿った土と、嫌な獣臭。さっきの個体だけで終わりではないと、本能が告げていた。
一ノ瀬さんもそれを感じたのか、口元を引き締める。
「戻る?」
その問いは正しかった。
僕たちは初心者。
しかも目的は異変調査じゃなく、試作品の実地検証だ。ここで引き返すのが普通だし、むしろそうするべきなのかもしれない。
けれど。
御子柴さんは通路脇に残された背嚢をちらりと見た。
「もし誰かが奥で取り残されていたら、戻って報告している間に手遅れになる可能性があるわ」
「……」
「だからといって突っ込むのも愚か。でも、確認くらいは必要ね」
一ノ瀬さんが僕を見る。
「朝比奈くん、どうする?」
急にそんなことを聞かれて、喉が詰まった。
僕が決めていいのか。
でも、たぶん今この場でいちばん“退く理由”と“進む理由”の両方を分かっているのは僕だった。
怖い。
正直、今すぐ帰りたい。
でももし、助けられる誰かがいるなら。
その考えが浮かんだ瞬間、祖母の言葉と祖父の言葉が頭をよぎる。
――まずは自分が生きて帰ること。
――力に頼りすぎるな。最後は頭だ。
僕は深く息を吸った。
「少しだけ、確認したい」
「朝比奈くん」
「でも、絶対に無茶はしない。異変の原因が見えないまま深入りしない。人の気配か、明らかな危険の正体が分かった時点で、撤退か判断する」
自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。
御子柴さんがじっと僕を見る。
「その判断基準、悪くないわ」
「なら決まりだね」
一ノ瀬さんが槍を握り直し、僕の隣に並んだ。
「今度はさっきより、ちゃんと声合わせよう」
「うん」
「あと、無茶しそうになったら私が引っ張るから」
「それ、僕だけ?」
「朝比奈くんが一番危なっかしいから」
否定しづらい。
御子柴さんが小さくため息をつきつつ、僕たちの前へ半歩出た。
「編成を少し変えるわ。横道の確認までは私が先行、二人は一歩後ろ。朝比奈くん、試作品はすぐ投げられる位置に。刺激煙は最後の手段。閉所で使えば自分たちも巻き込まれる」
「はい」
「一ノ瀬さん、敵影を見たら即突っ込まない。先に共有」
「善処します」
「“善処”じゃなくて守りなさい」
そんなやり取りをしながらも、三人とも表情は真剣だった。
僕たちは黒い牙兎が現れた横道へ足を向ける。
通路は少し狭く、空気が淀んでいる。壁際の薬草は途中から急に少なくなり、代わりに床のあちこちへ黒ずんだ染みのようなものが広がっていた。血ではない。もっとどろりとした、モンスターの体液めいた跡だ。
数十歩ほど進んだところで、御子柴さんがぴたりと止まる。
僕も一ノ瀬さんも息を潜めた。
「どうしたんですか?」
小声で尋ねると、彼女は振り返らずに前方を指した。
「見て」
曲がり角の先。
薄暗い小部屋のような空間の床一面に、何かが散らばっている。
近づいて、僕は息を呑んだ。
砕けた小瓶。
破れた採取袋。
踏み荒らされた大量の薬草。
そして中央には、浅層では見かけないはずの、黒く濁った大きなスライムの残骸。
「これ、誰かがここで戦った?」
一ノ瀬さんの声が強張る。
御子柴さんが険しい顔で頷いた。
「ええ。それも、かなり最近」
その時だった。
部屋の奥、さらに続く暗がりの向こうから、かすかなうめき声が聞こえた。
「……た、す……け……」
人の声。
三人の視線が、一斉に奥へ向く。
背筋を冷たいものが走った。
異変は、思っていたよりずっと深刻だった。




