↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン薬師の隠し秘術 〜世界初の錬金術師になった内気な僕は、正体を隠して最強へ至る〜  作者: 障子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/63

第二十八話 癒やす側の形、そして新しい朝

黒い担体が、培養槽から溢れ出した。


ずるり、と。

 床へ落ちる前に、形を持ち始めていた。

 それは、黒濁スライムによく似ていた。けれど、どこか違う。黒い体表の奥に、白い糸が走っている。白い方が、まだ、黒い方の中に生きていた。


「……まだ、決まってない」


聖良さんが、言った。


「形は、まだ、決まってないの!」


僕は、無意識に前へ出ていた。


「朝比奈くん、駄目!」


一ノ瀬さんの声が、遠い。


担体の中央に、白い塊が見えた。

 あの、僕が旧搬入口で処理したもの。

 今も、そこにいる。


「……僕が、触る」


僕は、手を伸ばした。


触れた瞬間、黒い担体が、僕を飲み込もうとした。


痛い。

 腕が、熱い。

 黒い方の性質が、僕の《錬金術》を、吸い上げようとする。


「駄目、朝比奈さん!」


聖良さんが、僕の手の上から、自分の手を重ねた。


白い光が、溢れた。


回復魔法の温かさと、黒い方の冷たさと、僕の《錬金術》の感覚が、一箇所で、ぶつかった。


僕の意識が、一瞬、飛びそうになった。

 でも、飛ばなかった。


なぜなら、担体が、僕に伝えてきたから。


――“どちらでもいいから、決めてくれ”。


担体は、迷っていた。

 白い方も、黒い方も、どちらも自分であると感じながら、どちらになるべきかを、自分では決められずにいた。


「……あなたに決めさせるわけには、いかない」


僕は、静かに言った。


担体は、答えなかった。

 でも、聞いていた。


「決めるのは、あなたじゃない。……僕たちだ」


そして、僕は、自分の《錬金術》の全てを、白い方へ注ぎ込んだ。


回復魔法の温かさを、翻訳する。

 黒い方の冷たさを、翻訳する。

 二つの性質が、一つになる場所を、作る。


黒い担体が、大きく脈打った。

 一瞬、形を失いかけた。

 でも、次の瞬間――


黒い方が、白い方の中へ、沈んでいった。


白い担体が、黒い方を、抱え込んだ。


黒い性質は、消えなかった。

 でも、暴れなくなった。

 白い方が、黒い方を、包み込むように、鎮めていた。


僕の手の中で、担体は、ゆっくりと形を変えた。

 黒と白が、静かに混ざり合って、最後には、淡い緑色の塊になった。


命の、色だった。


「……できた」


聖良さんが、涙を浮かべたまま、言った。


「……癒やす側に、なった」


その時、女の声が聞こえた。


「……あなたは」


彼女は、僕たちの後ろに立ったまま、その淡い緑色を見つめていた。

 顔には、もはや敵意がなかった。


代わりに、その目には、静かな涙が溜まっていた。


「……十八年前、私は、あの人と同じ夢を見ていた」


彼女は、静かに続けた。


「回復魔法の届かない場所へ、治しの手を届けたかった。でも、途中で、私は間違えた。……あなたたちの力を、初めて見た時から、分かってた。この担体は、あなたたちがいなければ、絶対に正しい形に戻らなかった」


彼女は、小さく息を吐いた。


「……今なら、話せるかもしれない」


御子柴さんが、静かに、一歩だけ前に出た。


「なら、全部話して。私たちにできることから始めるわ」


女は、静かに頷いた。


◇


僕たちは、地上へ戻った。


聖良さんは、担体の入った小さな金属箱を抱えていた。

 淡い緑色の担体は、今も、ゆっくりと脈打っていた。

 その隣で、女は、御子柴さんに連れられて歩いていた。


地上へ出た時、空は、ちょうど白み始めていた。


夜明けの、始まりの青さだった。


「……綺麗」


一ノ瀬さんが、空を見上げて言った。


「何日ぶりかな、ちゃんとした夜明け」


「……さあ」


僕も、空を見上げた。


朝日が、雲の縁から、少しずつ漏れ出してくる。

 第三ダンジョンの方向、遠くの灯りも、朝の光に飲み込まれていく。


その光の中で、聖良さんが、小さく笑った。


「私、初めて知りました。回復魔法以外で、人を救える力があるんだって」


「……僕も、初めて知りました」


「何を?」


「僕の力も、一人じゃ何もできないってことです」


聖良さんは、ふっと笑った。


「……なら、これからも、手を組みませんか」


「……はい」


その答えに、隣で一ノ瀬さんが、ふっと笑った。


「あ、それは私も」


「私も、ずっと側にいるわよ」


篠宮さんまで、静かに微笑んで言う。


僕は、思わず顔を伏せた。

 なんだか、朝日より目の前の方が、少しだけ眩しかった。


その時、御子柴さんが、笑いをこらえた声で言った。


「……まずは、報告と、事後処理からよ。あなたの“平穏”は、これから先、もっと大変になるから」


それは、分かっていた。


担体の正体。

 黒濁の出生。

 篠宮家の内部。

 国の保護制度の歪み。

 そして、まだ名前も正体も知らない、天城冬吾の“もう一人の残党”。


問題は、まだ、山積みだった。


でも、今の僕は、少しだけ強くなっていた。


助けたい人を、一人じゃなく、みんなで助けられる。

 守りたいものを、一人じゃなく、みんなで守れる。


それが、僕の《錬金術》の、最初の“正しい形”だった。


朝日が、完全に昇った。


その光の中、僕たちは、新しい朝へ歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。