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ダンジョン薬師の隠し秘術 〜世界初の錬金術師になった内気な僕は、正体を隠して最強へ至る〜  作者: 障子


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第二十五話 白い光と黒い夜、そして“組め”た手

最初の一撃は、一ノ瀬さんが止めた。


突進してきた影を、槍の石突で胴へ打ち据える。

 鈍い音。

 影は後ろへ跳ね、 Recoilして路地の壁へぶつかった。


「篠宮さん、左!」


「分かってる!」


篠宮さんの火球が、左の影の足元を掠める。

 狙いは直撃じゃない。退路を切るための一撃だ。

 影は慌てて後ろへ下がった。


残る一人――フードだった女性は、動かなかった。

 静かに立ったまま、聖良さんだけを見ていた。


「……逃げないの?」


聖良さんが訊く。


「ええ。この場で、あなたを連れて帰る」


「無理です」


「無理でも」


女性は、右手を挙げた。


細い筒。

 あの、旧搬入口で見たものと同じだ。


毒針。


「まずい!」


僕は反射で前に出た。

 聖良さんの右手へ、自分の身体を投げ出す。


鋭い風切り音。

 針が、飛んできた。


……僕の右肩を、掠めた。


「っ……!」


熱い。

 肩口が、焼けるように痛い。


「朝比奈くん!」


一ノ瀬さんが叫ぶ。


だが、僕は倒れなかった。


《錬金術》の感覚が、肩口の熱を、自動的に包み込んだ。

 毒の性質を読み、分解し、無効化していく。

 麻痺性ではない。腐食性でもない。もっと穏やかで、粘つくもの。

 眠り薬に近い、けれど、独法な毒性。


ギリギリのところで、僕は意識を保っていた。


「……効かないの?」


女性が、初めて驚いた声を出した。


「……朝比奈湊。あなた」


「錬金術の、見習いです」


僕は、荒い息のまま、立ち上がった。


右肩は熱い。

 でも、《錬金術》の感覚は、今この瞬間、一番はっきりと働いていた。


眠り薬系の毒。

 中和できる。

 たぶん、できる。


僕は革袋から、対腐食寄りの中和液の改良版を一本抜いた。


「一ノ瀬さん! 私の背中、守って!」


「了解!」


彼女が背後へ回る。

 僕は、女性の前方へ、瓶を投げた。


砕けた液が、路地の床へ広がる。

 液体は、じわじわと膨れ上がり、粘着質の膜となって、女性の足元を絡め取った。


「……っ!」


女性は、足を引き抜こうとした。

 だが、粘着液は、数秒で完全に固まり始める。


女性が動けない内に、篠宮さんが火球を放った。

 狙いは、毒針の筒そのもの。


火が、筒を貫通した。

 筒は、空中で粉々に砕け、毒針はもう飛ばない。


残る二人の影も、一ノ瀬さんと篠宮さんの連携で、すでに動きを止められていた。


女性は、粘着液の中で、まだ静かに立っていた。

 足元は完全に固まっている。動けない。


「……あなたたち、本物ね」


彼女は、静かに呟いた。


「本物って、何が?」


一ノ瀬さんが訊く。


「本物の、“治す側”よ」


その言葉に、女性は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「私たちは、あなたたちと同じ始まりを持っていた。治すために始まって、歪んで。……歪んだままで終わるか、正しい形に戻るか。その分岐点に、もう立ってる」


「分岐点って、何?」


僕が訊くと、彼女は、粘着液の中で、路地裏の空を見上げた。


「第三の中層の、担体はもう、“最後の段階”よ。あと二日で、誰の手にもならない形になる」


僕の背筋が、冷えた。


「二日……」


「ええ。二日後、担体は、どちらかの形へ固定されるわ。喰う側か、癒やす側か」


その時だった。


粘着液の中から、女性の右手が、静かに伸びた。

 小さな黒い球が、指先に握られていた。


「……逃さないわよ、残念だけど」


彼女は、その球を、床へ落とした。


閃光。


今回は、御子柴さんが間に合った。


「下がって!」


彼女が僕たちの前に出て、粘着液ごと、球を踏み砕いた。

 閃光は、粘着液の中で、半分だけ爆ぜた。


だが、女性の姿は、もうない。

 粘着液の破片だけが、路地裏に散っていた。


◇


しばらくして、僕たちは路地裏を後にして、御子柴さんの車へ乗り込んだ。


助手席に聖良さんを乗せ、後部座席で僕は右肩を押さえていた。

 毒の残滓は、《錬金術》でほぼ無効化できたが、まだ熱い。


「聖良さん」


僕は、静かに呼びかけた。


「はい」


「中層の担体、二日後までに、どうにかしたいです」


「……ええ」


彼女は、静かに頷いた。


「私の回復魔法は、担体の“向き”を決める力を持ってると思う。でも、一人では無理です。担体に意思を通せる人間が要る」


「それは」


僕は、自分の右手を見た。


「たぶん、僕です」


聖良さんは、静かに微笑んだ。


「ええ。だから、手を組みましょう」


彼女の右手が、ゆっくりと差し出された。


白く細い指先。

 回復魔法の光を、宿した手。


僕は、その手を、握り返した。


瞬間、聖良さんの右手から、白い光が、僕の掌へ、優しく滲み込んだ。


《錬金術》の感覚が、その光を、受け止めた。


二つの力が、はじめて、重なった。


「……これが」


一ノ瀬さんが、後ろから声を漏らす。


「手を組むってこと、か」


御子柴さんは、静かに車を発進させた。


「二日よ。中層へ戻るには、ぎりぎりの時間」


「行きます」


僕は言った。


「絶対に、行きます」


車の窓の外を、夜の街が流れていく。

 遠くに第三ダンジョンの灯りが見えた。

 その地下深くで、担体が、もうすぐ“どちらかの形”に固定される。


喰う側か、癒やす側か。


その選択に、僕たちが間に合うかどうか。


握られたままの聖良さんの手から、白い光が、まだ消えていなかった。


そして、その光の中で、僕の中の《錬金術》が、小さく、確かに、脈打っていた。


――回復魔法使いと、手を組め。


あの紙の一行は、もう、“命令”ではなく、“約束”になっていた。



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