第二十四話 追われる回復魔法使いと、四人の連携
メッセージを読んだ瞬間、僕たちは走り出していた。
医療保護施設の正面出口から路地裏へ抜け、御子柴さんの車がある裏道へ向かう。
僕たちが到着した時、御子柴さんはすでに車の脇で端末を見ていた。
顔が、ひどく険しかった。
「迎えに行く、って言ってたけど、間に合うの?」
一ノ瀬さんが訊く。
「間に合わせるわ」
御子柴さんは端末から顔を上げた。
「今、聖良さんは面会室を出て、別室へ移動中。でも、さっきの職員、実は承認外の動きをしたの。面会の記録を自分の端末に写した」
「それって……」
「誰かに報告するつもりよ。おそらく、もう報告されてる」
車に乗り込みながら、御子柴さんは続けた。
「迎えに行く、って言ったのは嘘じゃないけど、正確には“彼女が外に出られる形を作る”。今の施設は既に監視下だから、正面から連れ出すことはできない」
「どうやって?」
篠宮さんが尋ねると、御子柴さんは小さく笑った。
「面会者を外へ送り出す時のルートを、一本だけ使うのよ」
車は、敷地の裏手にある古い搬送口へ向かった。
回復魔法使いを運ぶための、観光客も職員も使わない、特別用の出口。
「あそこから、聖良さんを連れ出す。建物の中へは、朝比奈くんの名義で面会延長を入れる。時間を十五分だけ延ばすわ」
「十五分で行けるの?」
「行けるように、配置するわ」
その時、スマホが震えた。
篠宮さんからのメッセージだった。
私の家の内部で、動きがあった
第三の調査班に、名前が上がってる
私の名前も
僕の指が、震えた。
篠宮ひまり。
名門企業の令嬢である彼女の名前が、第三の調査班に上がっているということは、つまり、あの連中はもう、僕たちの全員を把握し始めている。
「……みんな、危ない」
僕が言うと、一ノ瀬さんが静かに首を振った。
「今更だよ。私たち、もうとっくに繋がってるもん」
彼女は、スマホの画面をじっと見つめていた。
「それにさ、朝比奈くん。この間、“回復魔法使いと手を組め”って言ったよね」
「うん」
「なら、今のうちに手を組む準備くらいはしなきゃ」
彼女は笑った。
明るいのに、目は笑っていなかった。
「行こう。聖良さんを、迎えに」
◇
移動した搬送口の前で、僕たちは散開した。
一ノ瀬さんは、前の方の路地で見張り。
僕と篠宮さんは、搬送口の真ん前で待機。
御子柴さんは、建物の中へ入るための手続きを進める。
待っている間、篠宮さんが、低く言った。
「朝比奈くん」
「はい」
「もしこれで、私の家の内部と繋がることが確定したら……あなたの《錬金術》も、間違いなく巻き込まれることになるわ」
「……分かってます」
「知ってて、まだ正面に立つの?」
篠宮さんの声は、静かだった。
でも、その中には心配があった。
「……立たないと」
僕は、正直に答えた。
「聖良さんが危ない今、引き返せる場所はないです。それに」
僕は、革袋の中の、《錬金術》の仕上がり品を握った。
「僕の力は、たぶん、今この瞬間のためにあるんだと思います」
篠宮さんは、しばらく黙ってから、少しだけ微笑んだ。
「……不器用な言い方ね」
「よく言われます」
「でも、嫌いじゃないわ」
その直後、搬送口の奥から、音が聞こえた。
重い扉が、ゆっくりと持ち上がる音。
中から、白い影が現れる。
聖良さんだった。
白い上着に、旅行用の小さな鞄ひとつ。
彼女は僕たちを見て、少しだけ驚いた顔をした。それから、ほっとしたように微笑んだ。
「……来てくれたんですね」
「迎えに来ました」
僕が答えると、彼女は小さく頷いた。
「連れて行ってください。……もう、ここには戻れないと思いますから」
その言葉は、静かだった。
でも、覚悟があった。
その時、敷地の外から、エンジンの音が近づいてきた。
車が二台。
同じ色の黒い車。
見た目は、民間の送迎用の形だ。けれど、窓がわずかに濃い。
そして、人影が三つ、降り立った。
「……来たわね」
一ノ瀬さんが前へ出る。
三つの影のうち、一番前の人影が、フードを取った。
見たことがある顔だった。
第三の旧搬入口で、あの培養体の箱のそばに立っていた、フードの人物。
「……想定より早い、って言ってた人」
僕が言うと、その人物は静かに頷いた。
中年の女性だった。
短い黒髪に、無表情な顔。
でも、その目だけは、熱い。
「回収対象が増えたわね、と」
彼女はそう言って、僕たちを見た。
「私たちの名前も、もう調べたでしょ」
一ノ瀬さんが言う。
「ええ。一ノ瀬澪。篠宮ひまり。御子柴雫。そして朝比奈湊」
女性は、一人ずつ名前を呼んだ。
「……知ってます」
その言葉に、背筋が冷えた。
やっぱり、全部知られている。
「あなたたちの“秘密会議”の行き先も、だいたい分かってます。でも、今夜だけは、話が違う」
女性は、聖良さんを見た。
「天城聖良さん。あなたには、帰っていただくわ」
「帰るって、あそこに?」
聖良さんが静かに訊く。
「ええ。国の保護下に戻っていただく。……そして、私たちの“完成”に、協力していただく」
その言葉に、聖良さんは静かに首を振った。
「……協力って、何を」
「担体の、最後の調整よ」
僕の心臓が、跳ねた。
最後の調整。
つまり、あの中層のものが、本当に“完成”に向かっている。
「あなたの回復魔法は、唯一、担体に通じるもの。天城冬吾の娘であるあなたなら、担体の最後の形を、たぶん決められる」
「決めるって……」
「歪んだ方に、か、正しい方に、か」
女性は、静かに笑った。
「でも、選ばせるのは私たちよ。あなたが選ぶんじゃない」
その瞬間、聖良さんの指先が、白く光った。
「……断ります」
彼女は、静かに言った。
「私は、回復魔法使いです。誰かを決めるために力を使うのは、違うと思います」
その声は、静かだった。
でも、強かった。
女性は、無表情なまま、静かに右手を挙げた。
三人の影のうち、残る二人が、同時に動いた。
「来る!」
一ノ瀬さんが前へ出て、槍を構えた。
僕は革袋から、粘着液の瓶を一本抜いた。
篠宮さんは、右手をかざす。
火花。
火の粉。
指先が、燃え上がる。
「……守ります」
聖良さんが、静かに言った。
「私も、この場所を守るために、力を使います」
彼女の右手から、白い光が、ゆっくりと溢れ出した。
三つの影が、同時に動く。
僕たちは、動いた。




