↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン薬師の隠し秘術 〜世界初の錬金術師になった内気な僕は、正体を隠して最強へ至る〜  作者: 障子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/63

第二十三話 面会の約束と、回復魔法使いの少女

来週という言葉は、思ったより早く訪れた。


面会の隙間ができた、と御子柴さんから連絡が来たのは、搬送路から生還してから四日後のことだった。国の保護下にある回復魔法使い、天城聖良さん。国が二、三人しかいないと言われる超希少な適性者の一人。そして、あの天城冬吾の娘。


僕たちは昼休みを利用して、その話をするためにふたたび屋上へ集まっていた。


「面会の許可が出たわ」


御子柴さんが一枚の紙を机代わりの手すりに置いた。


「名目は、“希少適性者に対する民間医療品の情報提供”。篠宮側の名義を使えば、破綻しない形にできる」


「民間医療品……僕の薬のこと?」


「ええ。あなたの店の既存薬のデータを提出してある。だから、治療薬の話をする目的で面会する、という建前が立つの」


「……ずるくないですか」


「ずるいわ。でも、正直に“娘の父親が残した謎の担体について話したくて”なんて申請したら、却下どころか監視対象よ」


御子柴さんの言い方は冷たいけれど、正しかった。


「でも、私」


篠宮さんが口を開いた。声は少し低い。


「私はこの面会、やめた方がいいと思ってるの」


「え?」


一ノ瀬さんが思わず声を上げる。


「だって、天城聖良さんって、父親の研究を知らされて育った可能性が高いわ。知らせれば、彼女が巻き込まれる。知らせなければ、僕たちだけが危ない。どちらにせよ、彼女を縛ることになる」


「……そうだね」


僕は頷いた。


正しいことを、していない気がする。

 彼女は今、国の保護下で、たぶん外の世界より安全に暮らしている。そこへ僕たちが行けば、その平穏を壊すことになる。


でも、天城冬吾の紙は、はっきりと言っていた。


――回復魔法使いと、手を組め。


「それでも、会いたいの?」


篠宮さんが静かに訊く。


「……会いたい」


僕は答えた。


「会わなければ、何も始まらない。中層の“完成”を止めるのも、あの担体を正しい形に戻すのも、たぶん一人では無理だ。あの人が言った通り、担体に“意思を通せる人間”が必要なら、僕の《錬金術》と、回復魔法を組み合わせるしかない」


沈黙が落ちた。


最初に頷いたのは、一ノ瀬さんだった。


「なら、私は同行する」


「一ノ瀬さんまで巻き込むわけには――」


「巻き込まれてるの、今更だよ」


彼女は困ったように笑った。


「それにさ、回復魔法の人と会うのは、これくらいの理由じゃだめ?」


「……なに?」


「朝比奈くん、最近ずっと顔色が悪いんだから」


そう言われて、自分でもようやく気づいた。

 ここ数日、夜眠れなかった分が、ちゃんと身体に残っていたらしい。


篠宮さんはため息をついて、それから小さく頷いた。


「……分かった。私も同行する。ただし、緊急時には即撤退よ」


「うん」


「御子柴さんは?」


彼女は手すりに頬杖をついた。


「私は外で待つ。所轄の関係上、私が入ると形だけが面倒になるの。でも、外の連絡と撤収準備は私がやるわ」


面会の日は、翌々日に決まった。


◇


面会当日。

 僕と篠宮さんと一ノ瀬さんは、市の北側にある医療保護施設の前で待ち合わせていた。


外観は病院というより、大きな家みたいだった。白い壁に、広い庭。敷地の周りには目立たない柵と、それ以上に目立たない監視装置。


「来たわ」


篠宮さんが小声で言う。


正面入口から、スーツ姿の職員が二人出てきて、僕たちを中へ案内した。


廊下は静かで、白く、清潔だった。

 歩くたびに、自分たちが場違いに思える。

 行き交う職員が、みんな僕たちを気にする。


案内されたのは、小さな面会室だった。

 窓から日差しが入っていて、テーブルの上に冷たいお茶が用意されている。

 そして、部屋の奥のソファに、一人の少女が座っていた。


白に近い柔らかな髪色。透き通るような肌。

 静かに座っているだけで、周りの空気が少し澄んで見えるような、儚げな美少女。


「……初めまして」


彼女が立ち上がり、少しだけ頭を下げた。


「天城聖良です。今日は、時間を作ってくださってありがとうございます」


「朝比奈湊です。……あの、会社の方とお聞きしましたけど」


「ええ。でも、別に用件が会社の話とは限らないでしょ?」


彼女は小さく微笑んだ。


その視線が、僕の手元の革袋へ一度だけ落ちた。


「朝比奈さんは、薬師さんなんですよね」


「……見習いですけど」


「見習いでも、薬師さんは薬師さんです」


彼女の言葉は、静かだったけれど、どこか遠くに届く響きがあった。


篠宮さんが口を開いた。


「単刀直入に言います。今日ここに来たのは、あなたのお父様の研究について、確認したいことがあるからです」


一瞬、部屋の空気が固まった。


聖良さんは、表情を変えなかった。

 それどころか、少しだけ悲しそうに微笑んだ。


「……やっぱり、その話なんですね」


「やっぱり?」


「面会の名義が、民間医療品の情報提供だったから。父の名前を知ってる人間は、普通そんな形は取らない、と思っていました」


彼女は静かにソファに腰を下ろした。


「お父様の研究のことは、何も教えられていません。ただ、知らないふりをするのは得意ですから。……何を確認したいんですか」


僕は、革袋から一つの石の筒を取り出した。

 中の紙は、まだ手つかずのまま。


「これを、ここへ持ってきました。読んでいいかどうか、あなたに決めてほしいんです」


「……私に?」


「あなたのお父様が残されたものみたいだから」


聖良さんは、目を見開いた。

 それから、しばらく黙って、石の筒を見つめた。


やがて、彼女の指先が、かすかに白く光った。


回復魔法。

 こんなに近くで見るのは初めてだった。

 光は、優しくて、静かで、でもどこか寂しいものに見えた。


「……読みます」


彼女は言った。


「お父様が残したものなら、たぶん、私に読む資格があるはずだから」


◇


紙の内容を読み終えた聖良さんは、しばらく黙っていた。


日差しはもう、昼の角度を過ぎていた。

 面会室の白い壁が、少しだけ黄色く見える。


「……お父様の字ですね」


やがて、彼女はそう言った。


「私は小さい頃、この字を練習帳で何度もなぞりました。研究費の書類を整理してる時を、ふざけて手伝ってたんです。……まあ、実際は邪魔ばかりしてましたけど」


その笑い方は、静かだった。

 悲しみを、もう一遍、仕舞い込んでしまっているみたいな笑い方だった。


「聖良さん」


僕は訊いた。


「回復魔法使いと手を組め、と書かれていました。その意味、分かりますか」


「……たぶん」


彼女は袖の下で、両手を握った。


「私の回復魔法、当てにならないんです」


「当てらない、って」


「病院でも、たまに言われます。回復魔法は万能だけど、万能じゃない。毒や呪傷、特異な魔力疾患には効かないことも多い。私には、そういう時、何もできない」


彼女の声は、静かだった。

 でも、その静けさがどれだけ積み重ねられてきたものなのか、僕には分かった。


超希少な適性。

 国に二、三人しかいない救い手。

 だからこそ、救えないものの数も、少なくはない。


「でも、あの黒濁のようなものが、“治すはずのもの”から生まれたのなら、私の魔法にも関係があるのかもしれない、と思っていました。だから、今日は覚悟して面会の許可を出しました」


聖良さんは、僕の顔をまっすぐ見た。


「朝比奈さんは、その“治すはずのもの”に、触れたことがあるんですか」


「……はい」


「触れた時、どう感じましたか」


僕は、白い担体のことを思い出す。

 ゆっくりと呼吸するみたいに脈を打っていた、あの白い塊。

 僕の《錬金術》が、まるで呼び合うみたいに反応した。


「……呼ばれた気がします」


その言葉に、聖良さんは、ほんの少しだけ目を細めた。


「私もです」


彼女は静かに言った。


「最近、目を閉じると、遠くから呼ばれる夢を見るんです。白いものが、こちらを見てる夢。たぶん、それ」


面会室の空気が、少し変わった気がした。


そこへ、廊下の向こうで、足音が近づいてきた。


忙しい足音。

 急いでいる。そして、慣れている。


次の瞬間、面会室の扉がノックされ、開いた。


入ってきたのは、若い女性の職員だった。


「聖良さん、すみません。至急の連絡が入って――」


彼女の視線が、テーブルの上の石の筒と、僕の顔を、順番に横切った。


一瞬、表情が硬くなる。


聖良さんは静かに立ち上がった。


「……分かりました。すぐ行きます」


彼女は僕たちに振り返り、少し申し訳なさそうに頭を下げた。


「今日は、ここまでにさせてください。……でも、また会いましょう。必ず」


その声は、静かだった。

 でも、逃げの静けさじゃなかった。

 決心の静けさだった。


職員に促されて、聖良さんは部屋を出ていった。

 扉が閉まる音が、ひどく重く響いた。


篠宮さんが、低く呟いた。


「……今の職員、見たことがあるわ」


「どこで?」


「ええ。……昨日、御子柴さんの端末に映ってた、第三の追加調査班の一人よ」


僕は息を呑んだ。


この施設の中に、第三の調査班がいた。

 つまり、国の保護下にあるはずのこの場所は、もう誰かの監視下にある。


聖良さんは、今この瞬間から、あの連中にも見られている。


外へ出た僕たちを待っていたのは、御子柴さんからの一件のメッセージだった。


「聖良さんの保護視察の件、上に上がったわ。今日中に、連中が動く。迎えに行くわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。