↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン薬師の隠し秘術 〜世界初の錬金術師になった内気な僕は、正体を隠して最強へ至る〜  作者: 障子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/63

第二話 初めてのポーションと、隠しきれない奇跡

初投稿です。

AI利用作になります。

不定期更新になると思いますが、よろしければどうぞ。

一ノ瀬さんの喉が、小さく動いた。


翡翠色の液体がゆっくりと唇を越え、口の中へ流れ込んでいく。店の中は、まるで時間が止まったみたいに静かだった。


僕は息を呑んだまま、その顔を見つめる。


効いてくれ。

 お願いだから、効いてくれ――。


数秒。


その、ほんの短いはずの時間が、やけに長く感じた。


「……あ、れ……」


最初に声を漏らしたのは、一ノ瀬さん自身だった。


苦しげに歪んでいた眉が、少しだけほどける。荒かった呼吸が整い始め、紫色に浮いていた毒の筋が、じわじわと薄くなっていくのが見えた。


「色が……戻ってる?」


探索者のひとりが呆然と呟く。


腫れ上がっていた右脚は、見る間に赤みを失っていった。もちろん完全に元通りではない。傷そのものは残っているし、体力だって戻ったわけじゃない。けれど、さっきまで脚全体を蝕んでいた異常な毒の進行は、明らかに止まっていた。


一ノ瀬さんが浅く息を吐き、苦しそうだった肩の力を抜く。


「……痛く、ない」


その一言で、場の空気がはっきり変わった。


「は?」


「嘘だろ、おい」


「もう効いたのか!?」


運び込んできた探索者二人が目を丸くする。祖母は一ノ瀬さんの脈を取りながら、信じられないものを見る目をしていた。祖父も黙ったまま脚の傷口を調べている。


僕の手の中で、空になった小瓶がひどく軽かった。


効いた。

 本当に、効いてしまった。


嬉しいはずなのに、背筋に冷たいものが走る。自分が作った薬の結果を、自分がいちばん恐れていた。


「湊」


祖父が低い声で呼ぶ。


「……はい」


「その瓶、こっちへ寄越せ」


怒られる、と思った。

 けれど祖父の顔にあったのは怒気ではなく、薬師としての真剣な眼差しだった。


僕は黙って空瓶を差し出す。祖父は残った雫を光に透かし、鼻先へ寄せて匂いを確かめた。祖母も覗き込み、眉を寄せる。


「こんな調合、見たことないよ」


「僕も……今日、初めて作った」


言い終わった瞬間、しまったと思った。


初めて。

 そんな曖昧な誤魔化しで済む話じゃない。


案の定、祖父の目が細くなる。


「後で、きっちり説明してもらうぞ」


「……うん」


逃げられない。

 でも今は、それどころじゃなかった。


一ノ瀬さんがゆっくりと上体を起こそうとして、祖母に止められる。


「無理するんじゃないよ。毒は抜けても、傷は残ってる。体力だって消耗してるんだからね」


「でも……さっきまで、本当に息もできないくらい痛くて」


一ノ瀬さんは自分の脚を見つめ、信じられないように何度か瞬きをした。それから顔を上げて、まっすぐ僕を見る。


「あの、朝比奈くん……これ、あなたが?」


視線が痛い。


僕はもともと人の目を見るのが得意じゃない。まして今は、答えひとつで何かが決定的に変わってしまいそうで、まともに口が動かなかった。


「僕は、その、少し手伝っただけで」


「少し、でこんな薬ができるか」


ぼそりと祖父が突っ込んだせいで、店内の空気が微妙になる。


やめてほしい。


僕は心の中で頭を抱えた。


運び込んできた探索者のひとり――たしか近所の若手探索者で、名前は沢村さんだったはず――が、興奮を隠せないまま僕に詰め寄る。


「なあ坊主、それ売ってくれねえか? いや、一本どころじゃねえ、継続で卸せるなら――」


「馬鹿言うんじゃないよ!」


祖母がぴしゃりと遮った。


「今この子は、怪我人を助けるために薬を出しただけだ。値段の話をするなら外でおし」


「いや、でも!」


「でもじゃない」


祖母は普段穏やかな人だけど、怒ると祖父より怖い。沢村さんは肩をすくめ、口をつぐんだ。


その隣で、もうひとりの探索者が神妙に頭を下げる。


「すみません。助けてもらったのに、取り乱しました」


「わかればいいさ。あんたらも一度落ち着きな」


祖母はそう言ってから、僕をちらりと見た。

 その目が告げている。――今は余計なことを言うな、と。


僕は黙って一歩下がった。


助かったという安堵と、隠しきれないという焦りが、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざっている。


きっと、もう遅い。


この場にいる全員が見た。

 “ありえない薬”が、たしかに一人の探索者を救ったところを。


◇


一ノ瀬さんは奥の休憩室に寝かされ、探索者二人は祖父に厳しく口止めされた上で帰された。口止めなんてどれほど意味があるかわからない。それでもしないよりはましだ。


店を閉めたあと、僕は居間に正座させられていた。


向かいには祖父。隣に祖母。

 空気が重い。


叱られる。

 絶対に叱られる。


そう思っていたのに、最初に口を開いたのは祖母だった。


「湊。あんた、無茶な真似をしたね」


「……ごめんなさい」


「怒ってるんじゃないよ」


祖母の声は、思ったよりずっと静かだった。


「怖かったんだ。あの子を助けたことじゃなくて、あんたが何を抱え込んでるのか、こっちが全然わからなかったことがね」


胸が痛む。


祖父が腕を組んだまま、低く問う。


「ダンジョンで何を得た」


もう誤魔化せない。


僕は喉を鳴らし、今日ダンジョンでスライムを倒した瞬間に妙な感覚があったこと、その後、作業場で薬を作れそうだと“わかってしまった”ことを、できるだけ順を追って話した。


「スキル名は……《錬金術》、だと思う」


「聞いたことないねえ」


祖母が呟く。


「僕もない。だから最初は、何かの勘違いかと思ったんだけど……でも、手順が頭に浮かんで……作ったら、本当にできた」


言いながら、自分でも現実味がないと思う。


世界初のスキルだなんて、大げさな妄想みたいだ。けれど、あのポーションの効き目を見たあとでは、笑い飛ばすこともできない。


祖父はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。


「湊。まず先に言っておく」


「う、うん」


「あの場で薬を出した判断自体は間違っちゃいない」


意外な言葉に、僕は顔を上げた。


祖父は厳しい顔のまま続ける。


「目の前で助かる命があるのに、見殺しにしろなんて儂は言わん。薬師ならなおさらだ。……だが、あの効き目は危険すぎる」


「……うん」


「怪しまれる。狙われる。奪われる。最悪、お前自身の意思なんぞ無視して囲い込もうとする連中が出る」


その言葉は重かった。


でも、想像できてしまう。


病院では治りが悪い傷や毒を、短時間で抑え込める薬。しかも、それを作ったのがただの十八歳の高校生だと知れたら。善意だけで近づいてくる人ばかりとは限らない。


「湊」


今度は祖母が僕の手を取った。


「あんたは優しい。だからきっと、困ってる人を見るたびに使いたくなる。けどね、優しい子ほど利用されるんだよ」


「……」


「守りなさい。薬も、自分も、うちも」


僕は答えられなかった。


守る。

 そのためには、隠さなくちゃいけない。

 でも隠すということは、助けられるはずの人を見捨てる場面が、これから出てくるかもしれないということだ。


そんな僕の迷いを見抜いたみたいに、祖父が言った。


「全部隠せとは言わん。ただし、出し方を考えろ」


「出し方……?」


「お前の力そのものを知られずに済む形だ。既存の薬の改良に見せかけるのか、素材の選別だと言い張るのか、それとも儂らの店を盾にするのか。方法はいくらでもある。無論、簡単じゃないがな」


僕は息を呑んだ。


「……怒らないの?」


「阿呆」


祖父が珍しく、少しだけ口元を緩めた。


「お前がようやくダンジョンに入れて、そこで手に入れた力だ。危険だからといって、頭ごなしに否定するものか。薬師の家の子が、薬で人を助けたんだぞ」


その一言で、胸の奥に溜まっていたものが少しだけほどけた。


怖い。

 でも、独りじゃない。


祖父母は、僕の味方でいてくれる。


「明日から、作れるものと作れないもの、効き目の差、材料の消費量、全部検証するよ」


気づけばそう口にしていた。


「本当に使える力なのか、偶然なのか、ちゃんと確かめたい」


「うん。それでいい」


祖母が頷く。


「ただし、無理は駄目だよ。寝不足で薬を触ると碌なことにならないからね」


そう言われて、自分がどっと疲れていることに気づいた。


けれど、その夜はなかなか眠れなかった。


暗い天井を見つめながら、何度も考える。


《錬金術》

 僕だけの力。

 人を救えるかもしれない力。

 そして、僕の日常を壊すかもしれない力。


目を閉じるたび、一ノ瀬さんの苦しそうな顔と、薬を飲んだあとの安堵した表情が浮かんだ。


もしまた同じ場面があったら。

 僕はきっと、同じように薬を出してしまう。


それが正しいのかどうか、まだわからないまま。


◇


翌朝、学校へ行くと空気が少しおかしかった。


教室の前に立った瞬間、何人かの視線がさっと僕へ向く。ひそひそ声が聞こえて、すぐに止む。普段なら僕みたいな目立たない生徒に、こんな注目が集まることはない。


嫌な汗が背中を伝った。


まさか、もう?


「朝比奈くん」


名前を呼ばれて振り返ると、そこに一ノ瀬さんが立っていた。


思わず目を見開く。


「え……もう来たの?」


「来たの、じゃないよ。来られたの」


彼女はそう言って、少しだけ照れたみたいに笑った。


昨日あれだけ苦しんでいたとは思えないくらい、顔色はいい。右脚にはまだ包帯が巻かれているけれど、自分の足でしっかり立っている。


「まだちょっと痛むけど、普通に歩ける。おばあちゃんにも無理するなって言われたんだけどね」


「無理してるじゃん……」


「だって、お礼言いたかったし」


教室の入り口でそんな会話をしていたせいで、周囲の注目がさらに集まってしまう。耐えきれず僕が目を逸らすと、一ノ瀬さんは小さく笑った。


「放課後、少し時間ある?」


「え?」


「話したいことがあるの」


断れる雰囲気じゃなかった。


「わ、わかった」


「ありがと」


それだけ言って彼女は自分の席へ向かう。

 その後ろ姿を見送りながら、僕は心底困り果てていた。


たぶん、聞かれる。

 昨日の薬のことを。


どう答えればいい。

 どこまで誤魔化せる。


「おいおい、朝比奈。いつの間に一ノ瀬とそんな仲になったんだよ」


隣の席の男子が、にやにやしながら肘でつついてくる。


「ち、違うから」


「でも昨日、一ノ瀬がダンジョンでやばかったの助けたの、お前だって噂だぞ?」


心臓が止まりかけた。


「誰がそんな」


「探索者の兄貴が言ってた。『朝比奈薬店の坊主がとんでもない薬出した』って。まあ尾ひれついてるだろうけどな」


尾ひれ。


その言葉に、少しだけ救われる。

 噂というものは大抵、正確じゃない。だからこそ恐ろしいんだけど、最初のうちは曖昧さが盾になることもある。


――朝比奈薬店の坊主がすごい薬を出した。

 それくらいなら、まだ店の評判で押し切れるかもしれない。


でも。


と僕は思う。


その“すごい薬”を、僕がこれから何度も出すことになったら?


噂は、いずれ噂じゃ済まなくなる。


授業中も上の空だった。黒板の文字が頭に入ってこない。教師の声も遠い。休み時間になるたび、誰かがちらちらこちらを見ている気がする。


そして放課後。


僕は校舎裏に近い人気のない渡り廊下で、一ノ瀬さんと向かい合っていた。


風が吹き抜けるたび、彼女の結んだ髪が揺れる。


「改めて、昨日は本当にありがとう」


彼女はそう言って、まっすぐ頭を下げた。


「朝比奈くんがいなかったら、たぶん私、もっとひどいことになってた。もしかしたら探索者を続けられなかったかもしれない」


「そんな……僕は、ただ」


「ただ、じゃないよ」


顔を上げた彼女の目は、昨日の苦痛に歪んだものではなく、いつもの強い光を取り戻していた。


「だから、ちゃんと聞きたいの。あの薬、何だったの?」


やっぱり、その質問だった。


喉が詰まる。

 ここで全部話すべきか。いや、話せるわけがない。


「うちの店で扱ってる薬を、少し調整しただけで……」


「嘘」


即答だった。


僕は固まる。


「朝比奈くん、嘘つくの下手だよね」


「……」


「責めたいわけじゃないの。ただ、助けてもらった側としては気になるし、何より、あれを見たら普通じゃないってわかる」


一ノ瀬さんは一歩だけ近づいた。


僕より少し低い位置から見上げてくる目は、不思議なくらい真剣だった。


「安心して。無理に言わせるつもりはない。でも、もし困ってるなら、ひとりで抱え込まないで」


その言葉に、胸が詰まる。


ひとりで抱え込むな。

 たったそれだけの言葉なのに、どうしてこんなに効くんだろう。


「……昨日、怖かった」


気づけば、ぽつりと零していた。


「助けられるかもしれないって思った。でも、助けたら絶対に何か変わるってわかってた。だから、すごく怖かった」


一ノ瀬さんは黙って聞いている。


「それでも、見捨てられなかった」


「うん」


「たぶんこれからも、同じことがあったら、たぶん僕は……」


「助けるでしょ。朝比奈くんは」


彼女は迷いなく言った。


「そういう人だもん」


その断言が、なぜだか少しだけ嬉しくて、同時に苦しかった。


「だったら、それでいいんじゃない?」


「よくないよ。秘密にしたいのに、助けるたびに隠せなくなる」


「じゃあ私、協力する」


「……え?」


「口止めとか、誤魔化しとか。そういうの得意じゃないけど、朝比奈くんをひとりで矢面に立たせないくらいはできる」


一ノ瀬さんは腕を組み、どこか得意げに笑った。


「命の恩人なんだから、それくらい当然でしょ」


「いや、でも……」


「それに」


彼女は少しだけ顔を逸らし、頬をかすかに赤くした。


「助けてもらって、はい終わり、なんて……そんなの、ちょっとやだし」


風の音がやけに大きく聞こえた。


意味を考えようとして、脳が止まる。


一ノ瀬さんは咳払いして、すぐにいつもの調子へ戻った。


「とにかく! 昨日のこと、私は誰にも詳しく話さない。探索者仲間にも、店の薬が効いたってくらいで通す。これでいい?」


「……なんで、そこまで」


「言ったでしょ。協力するって」


彼女はそう言って、右手を差し出した。


「秘密の共犯者、ってことで」


その言い方に、僕は思わず息を詰めた。

 秘密。共犯者。どちらも穏やかじゃない単語なのに、彼女の口から出ると妙に明るく聞こえる。


しばらく迷ってから、僕は恐る恐るその手を取った。


一ノ瀬さんの手は、思ったより少しだけ冷たくて、でもしっかりしていた。


「……よろしく」


「うん。よろしく、朝比奈くん」


彼女は嬉しそうに笑った。


その笑顔を見た瞬間、昨日までとは何かが確かに変わってしまったのだと理解する。


僕の秘密を知る人が増えた。

 でもそれは、必ずしも悪いことばかりじゃないのかもしれない。


そう思いかけた、そのときだった。


「――へえ。秘密の共犯者、ね」


不意に、冷ややかな女の声が割り込んだ。


僕たちは同時に振り向く。


渡り廊下の角。

 そこに、見覚えのない女子生徒が立っていた。いや、生徒じゃない。制服ではなく、きっちりとした濃紺のスーツ姿。黒髪をすらりと伸ばした、年上の女性だ。


整った顔立ちに眼鏡。

 一見すると知的で美人、なのにその視線は妙に鋭い。


その人は手帳を閉じながら、僕をじっと見た。


「朝比奈湊くん、で間違いないわね」


ぞくり、と背筋が粟立つ。


「私は御子柴雫。探索者ギルド査定部所属。少し、あなたに確認したいことがあるのだけれど」


終わった、と思った。


秘密はまだ守れているはずだった。

 そう思いたかっただけで、現実はもう、こっちへ歩いてきていたのだ。


僕の“奇跡”を嗅ぎつけた誰かが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。