第43話 崖下の刃⑤
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ベルントが戦場のあちこちを歩き回り、賊の生死を確かめながら捕虜の取り扱いを指示していた。
武器を捨てた賊は五人ほどが生き残っていた。彼らは縄で後ろ手に縛られ、岩棚の隅に座らされていた。
その五人の顔つきは一様ではなかった。
怯えきって泣きそうな顔の若い男もいれば、不敵な目で周囲を睨み返している中年の男もいた。額に脂汗を浮かべて目をきょろきょろ動かしている男、口を真一文字に結んで一点を見つめ続けている男――どの顔も自分がこの先どうなるかという計算を、それぞれの仕方でしているのが見て取れた。
捕虜にしておく価値があるかどうかを後で見極めねばならぬだろう。
ベルントは捕虜の一人一人の前に立ち、無言で顔を覗き込んでいた。
長年、ふもとの村を悩ませてきた賊の顔を、いまようやく目の前で確かめている――そんな表情だった。
怒りを爆発させるわけでもなく、嘲りを浮かべるわけでもなく、ただ静かに、目に焼きつけている。村の年寄りが村人を奪った者の顔を覚えるための、それは独特の儀式だった。
覚えておかねばならぬ、と彼の背中が言っていた。今夜ここで縛られている五人の顔も、今夜ここで斃された者たちの顔も、村のために誰かが覚えておかねばならない。それが副首領を退いた老兵の、今夜の役回りだった。
アルベルトはふと、頭目のことを思い返した。
あの男の剣筋は、ただの野盗ではなかった。
「お前は誰の差し金で、ここに巣を構えた」と問うた自分の問いに、彼が一瞬見せた目の奥の光――あれは、何かを知っている者の目だった。
そして彼は答える代わりにこちらを刺そうとした。
知っていることを絶対に口にしないために。
その態度自体が、すでに一つの答えだった。
あの男はただの賊ではない。背後に何かを抱えている。
その「何か」が何なのかを、今夜の戦で問い質すことはもう叶わない。だが生き残った賊どもの中に、それを知る者がいるかもしれない。
手下のすべてが頭目の素性を知っているとは限らない。だが、ふとした折に頭目の口から漏れた一言、夜中に交わされた誰かとのやり取り――そういう断片を抱えている者は必ず混じっているはずだった。
あの不敵な目をした中年の男など、ひょっとすると頭目の腹心格だったかもしれない。あるいは、いちばん怯えている若い男こそが、案外、いちばん多くを知っているということもある。怯えは口を割らせる最大の鍵にもなる。
アルベルトはジョスランの方を見た。
「ジョスラン。生き残った賊どもから聞きたいことがある」
「お前も同じことを思っていたか」
ジョスランの目元にわずかな笑みが浮かんだ。
「俺も引っかかっていたところだ。今夜の賊はただの野盗にしては、いささか毛色が違う。頭目の剣も気になったし、小屋の中の備えもただの寄り合いにしては整いすぎていた。連中の口を割らせるのは、村に連れて帰ってからの仕事になるだろうな」
「すまんが、その仕事には俺も加えてくれ」
「もとよりそのつもりだ」
二人は短く頷き合い、それから戦場の片付けの方へと足を向けた。
ベルントが指示を出して、賊の遺体は岩棚の隅にひとまず集められ、武器は別にまとめられていた。生き残りの賊どもは縄で繋がれ、夜明けと共にふもとへ降ろされることになる。ジョスランの判断は早かった。
傷を負った味方を先に降ろし、その後で捕虜と遺体の処理を順に進める――その段取りが戦の終わったその場ですぐに組み上がっていた。
誰がどの捕虜の縄を持ち、誰が傷の重い男の肩を借りて山道を下り、誰が小屋に残って書付の類を漁るか――そういう細部までもがジョスランの口からほとんど淀みなく出てくる。
あらかじめ頭の中で何通りもの段取りを描いてきたのだろう。戦の前夜の彼の沈黙の長さの意味が、いまになって腑に落ちた。
アルベルトはヴェルナーを伴って、もう一度、頭目の部屋に戻った。
割れた皿と血だまりを跨いで火床の脇に立ち、まずは頭目の懐を慎重に探った。革の財布の中には銀貨が数枚と、何かの帳場で切られた粗末な札が一枚。札の表には街の宿の名が乱暴な手書きで記されていたが、それ以外に手がかりらしきものはなかった。
次にヴェルナーが寝床の藁を引っくり返し、アルベルトは奥の棚と卓の下を順に検めた。棚の奥からは賊どもの食料の備蓄と、見覚えのない刻印の入った小さな鉄片が一つ出てきた。鉄片は親指ほどの大きさで、印は崩れていてすぐには読み取れなかったが、街道の物見の標にしては作りが妙に丁寧だった。
アルベルトは無言でそれを革袋に仕舞った。村に戻って明るい場所で改めて検めることにする。
「文の類は出てこないな」
ヴェルナーが低く言った。
「焼いた跡もない。来てからまだ大した時は経っていないということか、あるいは、もとからこの場には残さぬ約束だったか」
「後者だろうな」
アルベルトはそう答えながら、頭目の遺体の方をもう一度、振り返った。両手を失い、喉を切られた男が、火床の薄明かりに照らされて床に横たわっていた。
憎しみは湧かなかった。ただ、この男がここに置かれた経緯と、その背後にいる誰かの顔とを、いずれ必ず引きずり出すという小さな誓いだけが胸の底にすっと沈んだ。
夜はまだ明けていなかった。
だが夜の長さがまさに尽きようとしているのを、アルベルトの体は感じていた。あと半刻もすれば、東の空に薄く青みが滲み始めるだろう。
その光が射すまでに、賊どもの遺体の処理、捕虜の運搬、自分たちの傷の手当て、そして何より、これからの段取りを決めねばならなかった。
戦は終わった。だが戦の後始末はこれからだった。
頭目の懐に何か文の類が残ってはいないか、小屋の中に書付や帳面の類はないか――そういうものを夜が明け切る前に、もう一度、念入りに調べておきたかった。
あの男が誰かの差し金で動いていたなら、紙片の一つや二つは必ず残しているはずだった。賊が誰かと文を交わしていた痕跡が一つでも見つかれば、それは捕虜の口を割らせるための何よりの梃子になる。
頭上の岩棚に夜の最後の風が吹き渡っていた。その風の先に何が待っているのかは、まだ誰にもわからなかった。
ただ、これで終わりではないということだけは、アルベルトの体の芯にはっきりとした重みとして残っていた。
今夜討ったのは賊の頭目ではあったが、影の本体ではない。本体はこの山の先――いや、ふもとを越えてもっと遠くに、まだ静かに息を潜めている。その輪郭を確かめにいくための、これは最初の一歩だった。
脇腹の掠り傷が、夜気に晒されてかすかに沁みた。だが、それはむしろ心地よい疼きだった。
今夜の戦の手応えを、体の側面に小さく刻みつけて帰る――そういう類の沁み方だった。アルベルトは上衣の裂け目を片手で押さえ、もう一度、ふもとの闇を見下ろした。山道の先に、いずれ向き合うべき本当の相手の影が、ぼんやりと滲んでいるような気がした。
夜明けまでに片づけねばならぬ仕事は、まだいくつも残っていた。アルベルトは小さく息を吸い、岩棚の縁から踵を返して、傷ついた仲間たちの方へと歩み出した。




