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フォルティニア戦記  作者: 引田コウ
第一章 王国の王太子と帝国の皇女

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第13話 氷の皇女③

 いまでは「五年戦役」と呼ばれる、フォルティニアとアルセリアの五年に及ぶ長い戦争。

 その戦争がようやく終わりを告げたのは、アルベルトがまだ七つになったばかりのころだった。

 五年戦役。フォルティニアとアルセリア、二つの大国が五年もの長きにわたって、国境を血で染め合った苛烈な戦争。きっかけは勢力を急速に広げる帝国が、フォルティニアの領土へとその手を伸ばしてきたことだった。


 だが、フォルティニアも黙って呑まれはしなかった。タウロ将軍をはじめとする歴戦の将たちがよく国を守り、帝国の侵攻を幾度となく押し返した。帝国は思わぬ抵抗に手を焼き、やがて、これ以上の戦は得策ではないと判断するに至った。長年の戦で、その足元にも疲れが見え始めていたのだ。

 こうして両国は、和平のテーブルに着いた。どちらが勝ったわけでも、負けたわけでもない。ただ互いにこれ以上は退けぬという一線で刃を収めた。それが、五年戦役の結末だった。


 幼いアルベルトにとって、戦争とは城の大人たちが押し殺した声で語り合う不穏な何かだった。前線から運ばれてくる負傷者の列。母が眠れぬ夜を過ごす気配。父の眉間に刻まれた深い皺。世界はいつも、どこか張りつめていた。

 だから、和平が結ばれたと聞いたとき、城じゅうが沸き立ったのをアルベルトは今でも覚えている。長い冬がようやく明けたかのような、あの喜びを。


 和平が結ばれた翌年、両国は互いの要人を招いて和平を祝う記念式典を催した。戦が終わった翌年――アルベルトが八つのときにはフォルティニアで。さらにその翌年、九つのときにはアルセリアで。憎しみ合った両国が、表向きだけでも手を取り合ってみせる和解の儀式だった。

 だがそのいずれにも、アルベルトは参加できなかった。


 王族が外交の場に立つのは十歳から。それが両国に共通する不文律だったからだ。幼すぎる王族を表に出すのは礼を欠くとされていた。

 そして、アルベルトの初めての外交デビューが訪れたのは、十一歳のとき。

 アルセリア帝国の第一皇女の――六歳の誕生日を祝うパーティーでのことだった。


 表面上の和平とはいえ、両国はこうした式典やパーティーには、互いの要人を招き合っていた。今回は皇女の誕生を祝う席。外交官だけを送るのでは礼を欠く。ゆえに王族であるアルベルトが主賓として招かれることになったのだ。

 サポート役としてグレイの父であるレーヴェンハルト公爵が付き添ってはいた。だが、それでも十一歳の少年にとって、敵国での初めての公務はあまりに重い大役だった。


 アルセリアへの道中、アルベルトはほとんど眠れなかった。

 憎き敵国。つい数年前まで剣を交えていた相手の懐へ、自ら飛び込んでいくのだ。馬車の窓から見える景色が、見慣れたフォルティニアのものから、見知らぬ帝国のものへと変わっていくたびに、幼い胸は不安で締めつけられた。

 もし粗相をしてしまったら。もし何か失礼を働いて、ようやく結ばれた両国の和平にひびを入れてしまったら。――その重圧は、十一歳の子どもが背負うにはあまりに大きかった。

 それでもアルベルトは逃げ出さなかった。これは自分にしか果たせぬ役目なのだと、幼いながらに理解していたからだ。父がこの自分を信じて送り出してくれた。その信頼に応えたい。ただ、その一心だった。


 パーティー当日。

 アルベルトは慣れない正装に身を包み、緊張で胃がきりきりと痛むのを感じながら、煌びやかな帝国の屋敷の広間に立っていた。

 次から次へと挨拶に訪れる帝国の貴族たち。探るような視線。値踏みするような笑み。和平を祝う華やかな宴の裏で、誰もが互いの腹を読み合っている。その重苦しい空気の中でアルベルトは、必死に背筋を伸ばし、教えられた通りの口上を述べ、教えられた通りの礼を返し続けた。

 一つ言葉を間違えれば、それが両国の関係に響くかもしれない。幼いながらにアルベルトは、その重圧を痛いほど理解していた。


 それでも――アルベルトはその大役を、見事に果たしてみせた。

 臆することなく堂々と。気品をもって、しかし驕ることなく。その振る舞いは付き添いの公爵が舌を巻くほどに立派なものだった。「さすがは我が国の王子」と。

 とりわけ、一人の帝国の老貴族が試すように放った言葉を、アルベルトが鮮やかに切り返した一幕は、その場の語り草となった。


「ほう、フォルティニアの王子殿下は、ずいぶんとお小さくあられる。このような大事な席にお一人で立たれるとは……御父君はよほど人手が足りぬと見える」


 あからさまな嫌味だった。幼い王子を侮り、その背後の王家までも暗に貶める言葉。周囲の貴族たちが、にやにやと、その反応をうかがう。


 だが、アルベルトは臆さなかった。にっこりと微笑んでこう返したのだ。


「いいえ。父はこう申しました。『信じられる者にこそ、大きな役目を任せよ』と。私はその父に、信じてもらえました。それが何より誇らしゅうございます。――ときに御身は、御父君から大役を任された経験がおありでしょうか?」


 老貴族はぐっと、言葉に詰まった。周囲から、どっと感嘆の声が漏れる。幼い王子が嫌味を嫌味で返すのではなく、父への信頼を語ることで見事に切り返してみせたのだ。その気品と機知に誰もが舌を巻いた。

 付き添いの公爵も内心で、胸を撫で下ろしたものだった。この王子は見た目こそ幼いが、その芯にはすでに王の器が宿っている、と。

 そしてすべての公務を終え、緊張から解き放たれたその瞬間。

 どっと疲れが押し寄せてきた。


 張りつめていた糸が、ぷつりと切れたかのようだった。アルベルトはふらつく足で、人いきれと楽の音に満ちた広間をそっと抜け出した。少しだけ一人になりたかった。一息つきたかった。

 たどり着いたのは、屋敷の奥にある中庭だった。

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