第5話
「もう!忘れちゃうなんて!」
帰宅後、母さんに指摘されて鍋を忘れたこと気づいた。
「もう!蒼真ったら!」
「……兄貴」
兄、悠真が母さんの調子に合わせて言ってきた。
「でも母さん、次は明後日の水曜なんだよね」
「困ったわ」
困るくらいなら貸さないで欲しい。
「困ったわ」
「兄貴まで……」
「なんで月曜にうちにいるんだよ」
兄貴は5歳年上の27歳で、うちから遠くはないところで一人暮らしをしている。
「だって母さんの料理、食べたくなっちゃったんだよ」
「もう、悠真ったら」
……慣れた光景だ。
「明日、取りに行くことはできないのか?」
茶番がひと段落したところで、兄貴が落ち着いた声で聞いてきた。
「でも、迷惑じゃない?」
東雲さんは休日に人が来るのを嫌がりそうな気もするんだよね、何となく。
「まぁ、「うっかり忘れちゃって」って行けばいいんじゃない?」
兄貴と違ってそんなキャラじゃないことは知っているだろうに。
「出来れば取りに行ってくれると嬉しいわ」
地味に困ってるっぽい。
分かった、取りに行こう。
迷惑にならない程度の時間だったら11時くらいだろうか。
* * *
翌日の火曜日、「いればいいな」くらいの感じで忘れた鍋を取りに行く。
勤務日以外にお客様の家に行くのは最後まで気が引けた。
でも、いろいろと仕事のアドバイスをしてくれる母さんが困っているのだ。
と、気持ちを強く持ち直す。
「ピンポーン」
最初のピンポンでは出てこないだろうとたかを括っていたら、
「どちら様?」
予想外の声とともにポロシャツ姿の男性と遭遇した。
しばらくフリーズしてしまう。
穏やかな雰囲気の男性だ。 清潔感があって、何となく若く見える。
「あぁ、君が井上くん?」




