第30話
「ピンポーン」
博多出張後の水曜日、いつも通り東雲さんちに出勤した。
「ピンポーン」
あれ?
東雲さんは在宅ワーカーでいつも家にいるから鍵は持っていない。
どうしたんだ?
「ピンポーン」
3回目を鳴らすが一向に反応がない。
「井上くん?」
まさかの背後からした声にビクッとしてしまった。
久世さんだ。
「どうしたんですか?」
「いや、東雲さんに井上くんの対応をお願いされてね」
どういうことだ?
「鍵を預かってるから、とりあえずお邪魔しようか」
一体どんな関係なんだよと心の中で軽くツッコむけど、そういえば看護師だったっけ。いや、なおのことどんな関係なんだ?
久世さんが鍵を開けて中に入ると、博多出張の荷物が乱雑に置かれていて、……家の主はどこにいるんだろう?
「東雲さん、お邪魔したよ」
久世さんが洗濯物が干されている場所に向かって声をかけた。
「……」
その先にあるベッドの布団が膨らんでいる。
東雲さんだ。
「井上くんはお仕事してもらっていいかな?」
「……はい」
昨日、帰りの新幹線で饒舌だった東雲さんとは比べ物にならない。
なんか陰も見えそうだ。
「とりあえず、体温と血圧を測ろうか」
そう声をかけられて、東雲さんがのそっと起き上がる。
いや、服まで昨日のままじゃないか。
久世さんはもちろん、東雲さんも慣れた手つきで体温と血圧を測っていく。
「横になったままが楽かな」
「ベッドに腰掛けてても平気かも」
「博多出張は無理をしたようだね。でも楽しかったかい?」
東雲さんが大きく頷く。その様子が34歳相応には見えなくて、何とも言えない気持ちになった。
「久々に高瀬さんとも会えたんだろう?高瀬さんは相変わらずのジェントルマンぶりだったかい?」
「うん」
どんどん東雲さんに笑顔が戻っていく。
「もちろん夕食はご馳走してもらったかい?」
「うん!」
何かのマジックを見ているようだ。




