↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世説新鬼 —神のゴミを拾う男—  作者: 仔猫(コネコ)
第二巻:乱法と残骨
87/109

第87話 生死符《せいしふ》



【巻ノ二・残頁捌拾柒:『鏡妖司刑律・氷獄』残巻】


「極寒身に加われば、気血凝滞す。鞭笞斧鉞の痛みに非ず、乃ち骨を剥ぎ、糸を抽く苦しみなり。


凡そこの厄を受くる者は、生を求むるも得ず、唯だ真実を吐き、以て速死を求むるのみ」


†


『親父ぃ! 死体拾いが乱闘よりしんどいなんて聞いてねえぞ。俺様もうダメだ、ちょっと息継ぎさせてくれ……』


山猫ほどの大きさに戻った銜蝉(シェンチャン)が、泥水の中で大の字になってへたり込んでいた。ピンク色の舌をだらんと垂らし、無防備なポンポコリンの腹を天に向けて荒い息を吐いている。


「デブ、ちょっと動いたくらいでブーブー抜かすな。その無駄にデカい図体で泣き言かよ、これからの飯は半分だな」

謝必安(シャ・ビアン)は民家から見つけたマシな粗麻布で口元を覆いながら、くぐもった声で容赦なく叱りつけた。


『待ってくれ親父! 本気にするなよ、俺様はちょっと口で愚痴っただけで、手はちゃんと動かしてるだろ! さっきのはノーカン、絶対にノーカンだ!』

銜蝉(シェンチャン)は尻尾を踏まれた猫のように跳ね起き、尻尾をブンブンと振り回した。


もう一方では、沈無(シェン・ウー)が最後の死体を半ば崩れかけた茅葺き小屋の中に黙々と放り込んでいた。目の前に積み上げられた死体の山を見て、土埃と血にまみれた両手をパンパンと払い、謝必安(シャ・ビアン)を振り返って重い声で尋ねた。「燃やすか?」


「燃やしちまえば後腐れなくて綺麗だがな」謝必安(シャ・ビアン)は両手を広げ、血と泥に塗れた惨状を見渡した。「ただ、こいつらを燃やした時の臭いはキツすぎる。一応同じ釜の飯を食って酒を飲んだ仲だ、俺にはちょっと別の考えがある」


彼は疲労困憊した身体を引きずりながら、山のように積まれた死体の前へ歩み寄った。吐き気を催すほどの悪臭を強引に堪え、片手で印を結び、早口で呪文を唱え始める。

「汝の恋するところは皆、過眼の雲煙と成り、汝の怨むところも終には黄土と化す。天地に私無く、善悪は自ずから彰る……」


「錯金琉璃・帰塵」


指先から点々とした金色の光が弾け飛び、蜘蛛の巣のようにうねりながら死体の山全体を覆い尽くしていった。まるで金色の霜が降りたかのように、それらの残骸や切断された手足が急速に磁器化していく。ほんの瞬きする間に、それらは液状の黄金が流れ落ちるような、巨大な瑠璃の山へと凝結した。


微風が吹き抜ける。瑠璃の山からピキピキと細かな崩壊音が鳴ったかと思うと、次の瞬間には空一面に舞い散る砕金と粉塵へと砕け散り、天地の間へ完全に消え去っていった。


謝必安(シャ・ビアン)、沈無(シェン・ウー)、そして銜蝉(シェンチャン)の三人は、空に消えていくその金光の粉を静かに見上げた。


突然、謝必安(シャ・ビアン)が堪えきれなくなったように激しく咳き込み始めた。胃の奥から絞り上げられるような痛みがこみ上げる。膝に手をつき、「オエッ」と何度かえづき、酸っぱい胃液を数口吐き出して、狼狽しながら口元を拭った。

彼は腰を伸ばし、凝り固まった首を揉みながら、両手で「パンパンッ」と自分の頬を強く叩いて無理やり気力を奮い立たせ、不満をぶちまけた。

「今夜はマジで骨が折れたぜ。サービス残業の連続で、残業代の影すら見えやしねえ。ダメだ、あのクソジジイからきっちり回収してやらねえと割に合わねえ……」


彼は深く息を吸い込み、沈無(シェン・ウー)と視線を交わした。二人は申し合わせたように同時に首を回し、部屋の隅に転がっているあの生鮮冷凍の肉塊へと顔を向けた。


夜明け前の風は最も骨身に染みる。残骸と化した広場では、秋風が吠え猛りながらも、あの強烈で鼻を刺す血の匂いを吹き飛ばすことはできなかった。地面を覆っていた堅氷がゆっくりと溶け出し、血水と混ざり合ってどす黒い泥濘を作り出している。


千糸叟は死人のような顔色で、朽木のように氷の欠片の山の中で丸まっていた。体表の致命的な超低温はすでに退いていたが、彼の経脈や五臓六腑は依然として氷封状態にあった。干からびた胸腔が上下するたびに、気管から「スゥ、スゥ」という異音が漏れ、吐き出される白い息が髭や唇の周りで微細な霜の粒となって凝結している。


この老いぼれの命がまだ繋がっているのは、ひとえに阿奴(アヌ)の気まぐれな施しのおかげに過ぎなかった。


沈無(シェン・ウー)は無表情のままゆっくりと歩み寄った。鹿皮のブーツが砕けた氷を踏みしめ、規則的で重苦しい「ザクッ、ザクッ」という音を立てる。奴の目前に到達する前から、彼はゆっくりと百辟喪門刀を高く振り上げていた。


彼は無駄口を一切叩かず、手首を滑らかに返し、手にした重い刃を裏返すと、その分厚い峰を千糸叟の膝の骨へ向けて、一分の狂いもなく力任せに叩き落とした。


「ゴッ」という鈍い音が響き、続いて骨に亀裂が入る「メキッ」という凄惨な音が鳴った。それを聞いて、傍らにいた謝必安(シャ・ビアン)と銜蝉(シェンチャン)でさえ思わず首をすくめたほどだ。

骨髄の奥深くに封じ込められていた凍てつく痛みが、この刀の峰打ちによって生き地獄のように叩き起こされた。千糸叟の盲目の眼窩から二つの毛髪の塊が外へ向かって飛び出し、喉の奥から人間とも思えぬ凄まじい絶叫が絞り出された。


「沈千戸の手法は、相変わらず実直で飾り気がないな」謝必安(シャ・ビアン)は折れた丸太の上に腰掛け、手の中で暇そうに『清吏使』と刻まれた木札を放り投げながら、気怠げな声で言った。「薛のジジイ、骨の髄で氷の破片が暴れ回る感覚は、あんたのその死人の髪の毛が心臓を抉るよりよっぽど効くだろ?」


「老朽が……一時の不覚さえ取らなければ……」千糸叟は全身を痙攣させ、歯を食いしばって絞り出した。


「そう謙遜するなよ」謝必安(シャ・ビアン)は手を振って奴の強がりを遮った。「あんたはたぶん、この氷の出所を知らねえんだろ。『天山童姥』って聞いたことあるか? 『生死符』って知ってるか?」


「何だ……天山童姥……生死符とは……?」


「チッ、本当に見識がねえな。それでよく達人ぶってられたもんだ」謝必安(シャ・ビアン)は座り直して足を組み、くつろいだ姿勢になった。「さあさあ、今日は特別に大爺が無料で講談を聞かせてやるから、よく耳の穴かっぽじって聞いてろよ」


そこから、謝必安(シャ・ビアン)の口八丁がフル回転し始めた。彼は前世の記憶にある『天龍八部』のストーリーを大魏の世界観に合わせて魔改造し、この「生死符」が発作を起こした時の「生を求めても得られず、死を求めても死ねない」という地獄の惨状を、これでもかと脚色して吹きまくった。

そのあまりに真に迫った大ぼら吹きぶりに、横で聞いていた沈無(シェン・ウー)でさえ微かに眉を吊り上げ、その後は意図を察して、傍らで「なるほど」と深みのある顔で何度も何度も頷いてみせた。


遠くの馬車の中で熟睡している阿奴(アヌ)の銀色の耳でさえ、無意識のうちにピクリと二回動いた。彼女は眉をひそめて寝返りを打った。まるで夢の中で、謝必安(シャ・ビアン)のこの底なしのでたらめを聞かされているかのようだった。


この時、そばで話に聞き入っていた銜蝉(シェンチャン)はすっかり煙に巻かれ、たまらず顔を寄せてきて声を潜めて尋ねた。

『親父、俺様、阿奴(アヌ)からそんな技の話、一度も聞いたことないぞ? 俺様の記憶とも全然噛み合わねえんだけど……』


「お前はすっこんでろ。邪魔するな」謝必安(シャ・ビアン)は低い声で警告し、ついでに「黙ってろ」という鋭い目配せを送り、再び恐ろしいほど真剣な顔つきで千糸叟を見据えた。


千糸叟は痛みのあまり全身をガタガタと震わせていた。額に滲み出た冷や汗はすぐさま氷の粒となってこびりつく。震える声で言った。「謝(シャ)……謝必安(シャ・ビアン)……つけあがるな……廷尉府の緹騎はとうに……建康(けんこう)へ戻るすべての官道を封鎖しておる……お前は羽が生えても逃げられんぞ……」


「それなら薛清吏使が心配するには及ばねえよ。生死符を植え付けられた以上、これからは大人しく言うことを聞けば、命だけは保証してやる」謝必安(シャ・ビアン)は『驚蟄(きょうちつ)』の先端で、千糸叟の氷霜に覆われた顔をパンパンと軽く叩いた。その目から徐々に戯れの色が消え、森寒な光が宿る。「一度しか聞かねえぞ。老皇帝が死んだのはどうでもいい。たとえ天が落ちてきても、背の高い奴が支えりゃ済む話だ。だがな、司天監(してんかん)や鏡妖司がどれだけ荒れようが、廷尉府がしゃしゃり出て海捕文書(指名手配書)を発行する道理はねえはずだ。今、朝廷で誰が実権を握ってる? 建康(けんこう)城の中で一体どんな異変が起きた? 俺の謝(シャ)家は……今どうなってる?」


生死符による心理的圧力と、骨を砕かれる激痛――その二重の拷問の下で、千糸叟はついに真実を吐露した。


老皇帝が崩御した後、新皇の即位は遅れに遅れており、現在は司馬宗室が朝政を牛耳り、各大世家と水面下で激しい角逐を繰り広げているという。

本来なら、あの王家は王司徒の投獄と、城南の荘園壊滅事件によって大打撃を受けているはずだった。だが、一体どんな規格外の手段を使ったのか、無傷で危機を乗り切ったばかりか、今ではむしろ朝廷の主導権を握りつつあるらしい。


そして、あの黄金一万両の懸賞金が掛かった海捕文書(指名手配書)。あれは廷尉府の意志などではなく、他でもない謝(シャ)太保本人が直接下した命令だというのだ。


「謝(シャ)太保だと?」謝必安(シャ・ビアン)は激しい憎悪と共に唾を吐き捨てた。「やっぱりあの死に損ないのジジイが俺をハメやがったのか。いや、待てよ。監正のあの老狐はどうした? 普段は偉そうに御託を並べてるくせに、ただ黙って見てたってのか? 俺のために一言も口を利かなかったのかよ?」


千糸叟は苦痛に顔を歪めながら首を横に振り、監正が当時、冷ややかに傍観を決め込んでいた態度を正直に白状した。


「なるほどね。あの二人のジジイども、どうやらグルになって結託しやがったらしいな」謝必安(シャ・ビアン)は怒りが極まって逆に笑い出し、その瞳に殺気を帯びた光が閃いた。「上等だ。俺をコケにしやがって。この借金をきっちり取り立ててやらねえと、これから先、役所でデカい顔して生きていけねえだろ」


「最後に一つだけ聞く」謝必安(シャ・ビアン)は腰をかがめ、漆黒の瞳で目の前の老人を射抜いた。「さっき……お前が隠し玉を使って、俺に血を吐かせたのか?」


千糸叟は痛みで原型を留めないほど歪んだ顔で、強がりを見せて血の混じった唾を吐き捨て、獰猛に笑った。「ペッ! 老夫が本気で手を下すなら、お前程度の微末な修為の相手に、いちいち隠し玉なんか使う必要があるとでも思ってるのか?」


謝必安(シャ・ビアン)はすぐに反論することはなく、ただ高い位置から、氷のように冷たく千糸叟を見下ろした。

表面上は何の感情も読み取らせなかったが、実際には千糸叟の顔に浮かぶすべての微細な表情の変化、筋肉の一瞬の引き攣りまでを余さず目に焼き付け、この老いぼれが単に虚勢を張っているだけなのか、それとも本当に何も知らないのかを心の中で秤にかけていた。


数呼吸の後。謝必安(シャ・ビアン)は立ち上がり、千糸叟に向かって言った。「よし、もういい。少し寝てろ」


「どうやって……寝ろと?」千糸叟が状況を理解するより前に、目の前が真っ暗になった。


謝必安(シャ・ビアン)が千糸叟のこめかみに向かって容赦なく蹴りを叩き込み、一撃でその場に気絶させたのだ。冷たく鼻を鳴らす。「この一発は、村の人たちのための蹴りだ。運が良かったな。まだ使い道があるから生かしておくが、そうでなけりゃそのまま野犬の餌にしてたところだ。デブ、身体検査はお前に任せるぞ」


銜蝉(シェンチャン)は金目のものがあると聞くや、両耳をピンと立て、目をギラギラと輝かせた。『親父! こいつ、息さえしてれば死なない程度にやっちゃっていいんだよな?』


「ああ、手早くやれ。途中で起こすなよ。後で騒がれると面倒だから、深く眠らせたままにしておけ」謝必安(シャ・ビアン)は頷いた。


彼はこの老鬼が吐いた朝堂の陰謀と、先ほど自分が原因不明の吐血をした際に体内で荒れ狂ったあの乱流を頭の中で結びつけた。その瞬間、脳裏に突如として稲妻が落ちた。


記憶の奥底に封印され、彼が意図的に忘れ去っていた、元の身体の持ち主である「原主」の断片的な光景。それが今、大津波のように押し寄せ、彼を完全に飲み込んだ。


――十二歳の時の、骨の髄まで凍りつくような冷たい祭壇。長老たちの無慈悲な冷酷な眼差し……。

原主は「人柱」となるための過酷な祭祀に耐えきれず、完全に死に絶えていたのだ。だからこそ、異世界の社畜である自分がその空っぽの器に滑り込むことができた。あの時、命を落としかけた大病は、決して水土が合わなかったからではない。魂と壊れた肉体を無理やり噛み合わせる過程で生じた拒絶反応だったのだ。


事の顛末は、後で謝知微(シャ・チーウェイ)が笑いながら説明してくれた。だが当時の彼は状況が飲み込めず、ただの恐ろしいおとぎ話として聞き流していた。

だが今、この瞬間になって初めて、彼はかつての真実がどれほど血塗られた凄惨なものであったかを思い知った。


謝知微(シャ・チーウェイ)だ。あの自分より頭一つ分小さな妹が、何のためらいもなく彼の身代わりとなって、あの永遠に陽の当たらない幽寒の密室へと歩み入ったのだ。自分の血肉と魂を削り、彼に代わって謝(シャ)家の生きた人柱となったのだ。


この数年間、謝(シャ)家の表面は波風一つ立たず平穏だった。彼は妹が陣法を完全に掌握し、あの生活に適応しているのだと思い込んでいた。すべてがコントロール下にあるのだと。


だが、先ほど血脈の繋がりを伝って彼の心臓を突き刺したあの反噬には、底知れぬ無尽の哀鳴と苦痛が込められていた。


謝知微(シャ・チーウェイ)の身に何かが起きた。陣法に亀裂が入り、万鬼が咆哮している。彼の妹が、傷ついている。


謝必安(シャ・ビアン)は手にした『驚蟄(きょうちつ)』の柄を、五指が白くなるほど固く握りしめた。


現代の社畜としての怠惰さ、事勿れ主義、そして適当に日々をやり過ごす気質が、今この瞬間、心の中で燃え盛る怒りの炎によって完全に焼き尽くされた。先ほどまで口から出まかせを並べながら尋問していたあの余裕は、跡形もなく消え去っていた。


村へ入る前から感じていた、あの拭い去れない強烈な違和感の正体が何だったのか、彼はようやく悟った。

今この瞬間、彼の胸中にはたった一つの念しかない。

――建康(けんこう)城へ血路を切り開いて戻る。邪魔する奴は、誰であろうと殺す!


謝(シャ)家のあのクソ野郎どもは、一体何をやってやがる!?

謝知微(シャ・チーウェイ)の身にあんな大ごとが起きているのに、謝(シャ)家の人間は、ただの一人もあいつを助けに行かないってのか!?


沈無(シェン・ウー)は鋭敏に異変を察知した。目の前の謝必安(シャ・ビアン)は両目を血走らせ、額には青筋が浮かび上がり、その姿は明らかに正気を失いかけるほど激昂していた。


彼は前に進み出ると、謝必安(シャ・ビアン)の肩を力強く叩き、重い声で呼んだ。「謝(シャ)拾遺? 謝(シャ)拾遺……」


謝必安(シャ・ビアン)はビクッと全身を震わせ、幻覚から唐突に引き戻されたようにハッとした。彼は大きく口を開け、十数度も荒い呼吸を繰り返して、ようやく息を整えた。彼は疲労困憊してこめかみを揉みほぐし、その目には抑圧された血走った光が満ちていた。


沈無(シェン・ウー)は彼の蒼白な顔色を見て、低い声で言った。「疲れたか? しばらく馬車で眠れ。それから出発しよう」


「いや」謝必安(シャ・ビアン)は歯を食いしばり、首を横に振った。「すぐに出発する。一刻の猶予もねえ。俺は……十万火急の大事を思い出したんだ」


沈無(シェン・ウー)は動じなかった。彼は謝必安(シャ・ビアン)の死人のような顔色を一瞥すると、手を伸ばして相手の肩を押さえ込み、強硬な態度で自分の意見を押し通した。「ここで一刻休む。出発はその後だ」


謝必安(シャ・ビアン)の焦燥しきった視線を受け止めながら、沈無(シェン・ウー)は真顔で言い放った。「お前にどんな天が落ちてくるような急用があろうと、今のその幽鬼のような有様では、戻ったところでお荷物になるだけだ」


謝必安(シャ・ビアン)はそれを聞いて深く深呼吸を数回繰り返し、自分の震える両手をしばらく見つめた後、最後に長いため息をつき、妥協してその提案を受け入れた。


沈無(シェン・ウー)は彼が承諾したのを見ると、風を避けられる綺麗な場所を見つけ、胡座をかいて座り、仮眠を取り始めた。


謝必安(シャ・ビアン)は振り返って銜蝉(シェンチャン)に周囲を警戒するよう命じ、自分も沈無(シェン・ウー)に倣って、少し離れた場所で目を閉じて休息を取った。


一刻後。一行は総出で、とうに銜蝉(シェンチャン)によって身ぐるみを剥がされた千糸叟を簀巻きに縛り上げ、口にボロ布を突っ込み、死んだ犬のように屋根のないボロ馬車の中へ無造作に放り込んだ。


この時、車を牽く蜃驪(しんり)は、半ば崩れかけた一軒の民家に向かって執拗に匂いを嗅ぎ、鼻息を噴き出し、太い前足で焦燥感に駆られたように地面の泥を掻きむしっていた。


沈無(シェン・ウー)は異状を察知し、車の前を回り込んで近づいた。彼は手を伸ばして蜃驪(しんり)を宥めながら、鋭い目で周囲を警戒した。そして大股でその民家の影の中へと歩み入り、しばらくして戻ってくると、顔色を険しく沈めて重い声で言った。

「鏡妖司の連中が来ているぞ」


謝必安(シャ・ビアン)は驚いて尋ねた。「なんでわかる? まさか匂いを嗅ぎつけたのか?」


沈無(シェン・ウー)は手についた土埃を払い、無表情のまま彼の視線を受け止め、淡々と応えた。「俺が千戸だからだ」


謝必安(シャ・ビアン)は舌打ちをし、重苦しい空気を破るように尋ねた。「なるほどな。じゃあ老沈(シェン)、お前の見立てじゃ……話し合いの余地はありそうか?」


沈無(シェン・ウー)は首を横に振り、冷硬な声で答えた。「試す必要はない。十中八九、俺を狙ってきた連中だ」


謝必安(シャ・ビアン)は一歩前に出ると、沈無(シェン・ウー)の肩を力強く叩き、口角に危険な弧を描いて笑った。「何をしかめっ面してんだよ? 老沈(シェン)、俺のところにはちょうど今、良いニュースと悪いニュースが一つずつあるんだ。どっちから先に聞きたい?」


早朝の濃霧は、まるでドロドロの米の研ぎ汁のように、荒涼とした官道を覆い隠していた。

蜃驪(しんり)が首を高く上げて嘶き、屋根のない馬車を牽いて、猛然と地面の水たまりを踏み砕く。分厚い霧を巻き込みながら、馬車は建康(けんこう)城がそびえる方角へと向かって、狂ったように疾走していった。


†


【司天監(してんかん)内部メモ】


尋問において、必ずしも刑罰の知識が必要なわけではない。

お前が平気ででたらめをでっち上げ、横にいる奴がそれに合わせてしたり顔で頷き、そして罪人が痛みのあまり冷静に考える余裕を失っていれば、この世にまた一つ、失われた絶学が誕生するのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。