第80話 玉壺、光転ず
【巻ノ二・残頁捌拾:『大魏軍略考・殺陣』残巻】
「死士は犬の如く、血を嗅ぎて動く。されど世に最も恐るべきは、刀兵の鋭きにあらず、人心の詭なるにあり。命をもって路を購い、火樹銀花すら、皆これ盤上の駒となす」
【司天監内部メモ】
「蠱雕」:豹の身に鷲の首を持ち、頭に角有り。其の音は嬰児の如く、人を食らうを嗜む。
拾遺・謝必安の注:見た目は鳥頭の豹。
「蜚」:牛の形、蛇の尾、白頭、独目。過ぐる所、草木みな枯る。
拾遺・謝必安の注:見た目は一つ目の牛。
†
深秋の夜雲は、墨汁をたっぷりと吸い込んだ綿のように分厚く重く、月明かりを隙間なく覆い隠していた。
駅伝の道は漆黒に沈んでいる。御者台の前に掛けられた、城門の衛兵からくすねた防風提灯だけを頼りに、辛うじて前方三丈の路面が照らされていた。だが、たとえこの僅かな光が失われたとしても、車を牽く蜃驪は極めて安定した足取りで進み続けるだろう。
事情を知らない者が外から見れば、この妖馬は暗闇を白昼のように見通していると思うかもしれない。だが、もし顔を近づけてよく観察すれば、その巨大な両目には一面の白が広がるだけで、黒い瞳孔が全く存在しないことに気づくはずだ。
謝必安は揺れる御者台に座り、顔に吹きつける寒風を真正面から受けながら、深く息を吸い込んだ。
「月は暗く風は高く、まさに殺しの夜ってやつだ……」彼は口角を吊り上げ、その口調には抑えきれない微かな興奮が入り混じっていた。
横で手綱を握る沈無は彼を横目で見やり、わずかに眉をひそめた。この雑項科の拾遺が、今この危機的状況の何に興奮しているのか、彼には到底理解できなかった。
謝必安は説明もせず、片手を後ろへ回して懐を探り、幽かな香りを放つ紫檀の木箱を取り出した、無造作に沈無へ手渡した。
沈無は片手でそれを受け取り、微かな光を頼りに外観を検めながら眉を寄せた。「これは何だ? この表面の紋様は……」
「開けてみろ」
沈無は親指で金属の留め金を弾き、薄暗い提灯の光の中で蓋を開けた。中にぎっしりと積み重なった金の延べ棒が、一瞬にして目を射る。彼の瞳の奥に驚きがよぎった。「前に町の中で王家の木箱を手に入れたと言っていたのは、これのことか?」
謝必安は頷き、笑みを収めて声を潜めた。「俺の見立てじゃ、前方の白芦橋には確実に王家の連中が待ち伏せしている。そして王家の人間がいる以上、あの不気味な化け物どもも一緒にいるはずだ。老沈、やり合う時は手加減してやれよ。王家の頭目まで一刀両断にするなよ。生かしておけば、後で大いに使い道があるからな」
沈無はパタンと音を立てて木箱を閉じ、謝必安へ返すと、傍らの刀の柄を握り直して微かに頷いた。
謝必安はそれを受け取ると、見もせずに背後の小窓へポイと放り投げた。木箱はゴトンと音を立てて銜蝉の目の前に落ちる。謝必安は窓越しに短く命じた。「しっかり見張ってろ」
この時、あの河西馬の背中に縛り付けられている刀客は依然として気絶したままで、これから自分に降りかかる悲惨な運命など知る由もなかった。
同じ頃、白芦橋の橋のたもと。
黒い短着に身を包んだ王家の死士たちが十数名、枯れ草の中に静かに伏せ、残りの者は橋脚の両側に散らばって身を隠していた。近隣の州府の官軍の巡回を警戒し、堂々と篝火を焚くことはできなかった。
深秋の刺すような寒気が、長い時間をかけて服の隙間からじわじわと染み込んでくる。外縁に配置された数名の死士は寒さに耐えかね、声を潜めて愚痴をこぼし始め、互いに囁き合って笑う者すらいた。彼らの言葉の端々には、明らかな侮りがあった。
謝必安など、謝家から除名された九品の落ちぶれ拾遺に過ぎない。唯一警戒すべきは、鏡妖司の千戸である沈無ただ一人だ。もし幸運にも自分たちの部隊が奴らに出くわせば、それは天から財宝が転がり込んでくるようなものだ。
「あの小僧の首を取ったら、俺は絶対に建康城の平康坊へ戻って、一番人気の清倌人(高級な芸妓)を三日三晩借り切って遊んでやる」一人の男が凍えた手をこすり合わせながら言った。
しかし、最前線に伏せている数名の熟練者たちに、そのような油断は微塵もなかった。彼らは冷たい地面にぴったりと身を張り付け、手にした強弩にはすでに矢が番えられている。弩の機構や矢尻には、光の反射を防ぐために黒い灰が念入りに塗られていた。彼らは飢えた狼のように駅伝の道の先を、瞬きもせず見据えていた。この巨大な富を後ろでサボっている役立たずどもに分けてやる気など毛頭なかった。
「クソッ! こんな場所に何日も這いつくばって、鳥一羽見かけねえぞ。もしかして別のルートで、とうの昔に他の連中に先を越されちまったんじゃねえか?」ある者がツバを吐き捨て、呪詛のようにブツブツとこぼした。
彼らの背後にある深い影の中には、灰色の衣を纏った者が数名立っていた。彼らの手には太い鉄の鎖が固く握られている。鎖の反対側は、黒水河から立ち昇る波打つ霧の奥深くへと消えていた。鎖が軋みを上げて張り詰めるたびに、霧の奥から人間とも獣ともつかない不気味な低い唸り声が響き、鎖は常にピンと張り詰めていた。
愚痴を耳にした灰衣の者の一人が、重い声で応えた。「焦るな。動きがあれば、王家の管事から必ず知らせが来る手はずになっている」
夜鷹の不気味な鳴き声が枯れ林にこだました。夜が深まるにつれ、空気は一層重く張り詰めていった。
白芦橋まで残り一里となった時、沈無は小高い緩やかな斜面の手前で蜃驪の手綱を引き絞った。馬車から飛び降りると、何のためらいもなく防風提灯の火を吹き消した。
暗闇が一瞬にしてすべてを飲み込んだ。正面から吹きつける夜風には、黒水河特有の水草が腐ったような生臭さが混じっている。
沈無は前方を指差し、低い声で言った。「この道を真っ直ぐ下れば白芦橋だ。言え、どうするつもりだ?」
謝必安は素早く計画を説明すると、あの河西馬を引き寄せた。阿奴に頼み、鞍袋と刀客を覆う氷を溶かしてもらうと、容赦なく左右から往復ビンタを食らわせ、気絶していた刀客を力ずくで叩き起こした。
刀客が目を開け、まだ状況を把握しきれていないうちに、謝必安は妖丹と銜蝉の「金庭玉液」がたっぷり詰まった瑠璃の陶器壺二つを奴の懐にねじ込み、麻縄で奴の両手、馬の手綱、そして二つの壺をまとめてグルグル巻きに縛り上げた。
「兄弟、悪いが切り込み隊長を頼む。俺たちもすぐ後ろから援護に行くからな」謝必安は泥だらけの刀客の頬をポンポンと叩き、これからの「突撃」計画を奴の耳元で囁くと、奴の服から破いたボロ布を再び口の中にきつくねじ込んだ。
刀客の両目は銅鈴のように見開き、喉の奥から命乞いをするような嗚咽を漏らす。激しく身体をよじらせるが、全身を隙間なく縛り上げられているため、逃げ出したくてもどうすることもできなかった。
この時、すでに計画を聞かされていた銜蝉は御者台にしゃがみ込み、全身の脂肪をブルブルと震わせながら、車頂にいる阿奴を振り返って挑発した。
『阿奴、今回は絶対に俺様が勝つぜ。前にいる化け物どもの喉笛を先に噛み砕いた方が、えぐり出した内丹を全部もらうからな!』
阿奴は高い位置からこの太った猫を冷ややかに見下ろした。まぶたを開くことすら面倒くさそうに、ただ小さな口を開けて、上品な欠伸を一つしただけだった。
謝必安は二匹の日常的な口喧嘩を無視した。短剣で麻縄を少し切り取り、油に浸してたっぷり吸わせると、それを河西馬の尻尾にしっかりと結びつけた。火打ち石でその麻縄に火をつけるや否や、二言もなく短剣を振り上げ、馬の臀部を目がけて力いっぱいに突き刺した。
「行け!」
尻尾で燃え盛る炎と臀部の激痛に、体格の良い河西馬は瞬時に理性を失った。けたたましい嘶きを上げ、謝必安の服を着て壺を抱えた刀客を乗せたまま、夜の闇を切り裂く尻尾に炎を引きずる一頭の狂馬となって、駅伝の道を白芦橋へ向かって狂ったように疾走し始めた。
橋のたもとに伏せていた王家の死士たちは、遠くから突如として迫り来る火光に驚愕した。
「何事だ!? どこの命知らずだ! 矢を放て! 絶対に通すな」
頭目の死士が声を嗄らして怒鳴る。暗がりに潜んでいた強弩は一瞬の躊躇もなく、一斉に引き金を引いた。
弩の矢が夜風を引き裂き、鈍く致命的な風切り音を立てる。橋脚に潜んでいた者たちも一斉に前方へ飛び出した。
矢が肉体に突き刺さる音が、この静まり返った夜にやけにはっきりと響いた。何本もの精鋼の矢尻が無情にも血肉を貫き、胸と肩の骨の間に食い込み、皮肉が引き裂かれ骨が砕ける鈍い音を立てる。
刀客は悲鳴を上げる間もなく、炎の光の中で全身をハリネズミのように射抜かれた。
狂奔していた河西馬もまた数本の矢を受け、ついに橋の入り口へ差し掛かったその瞬間、限界を迎えた。前足の力が抜け、前のめりに激しく倒れ込む。馬の背にいた刀客はボロ布のように前方に投げ出され、抱え込んでいた二つの陶器の壺も、無情にも青石の床に激突した。
「ガシャンッ」
壺が砕けた瞬間、純白の閃光が炸裂した。
青緑色の火花が無数に弾け、白芦橋一帯が一瞬だけ真昼のように照らし出される。暗闇に慣れきった死士たちの網膜へ、その光が容赦なく焼き付いた。
数日間にわたり暗闇の中で息を潜めることに慣れきっていた王家の死士たちは、何の防備もない状態から、突如としてこの強烈な疑似白昼を網膜に焼き付けられた。
「ぐああぁぁー!! 目が! 俺の目が!」
「目が見えねえ! 何も見えねえ!」
惨叫が至る所で上がる。何人もの死士が強弩を投げ捨て、涙の止まらない両目を死に物狂いで押さえ、橋の上を苦痛にのたうち回った。パニックに陥って盲目的に走り出し、足を踏み外して氷のように冷たい黒水河へと真っ逆さまに転落し、瞬く間に濁流に無情に飲み込まれていく者までいた。
死士たちが閃光によってパニックに陥り、待ち伏せの陣形が完全に崩壊したその隙を突き、蜃驪が黒塗りの馬車を牽引して、その大混乱のど真ん中へと轟音と共に突っ込んだ。謝必安はそのすさまじい光景を見ながら、かつて前世で見たならず者たちの装甲車を思い出さずにはいられなかった。
直後、謝必安と沈無が左右から御者台を蹴って飛び降りる。強烈な閃光が収束した後、周囲には無数の光の粒子が、明滅する蛍のように、煌めく星屑のように空中に漂っていた。
謝必安は機は熟したと見て「殺れ」と大喝したが、沈無の百辟喪門刀はとうに容赦なく振り下ろされていた。
沈無の殺戮に、華麗な剣術の型などは一切存在しない。あるのは最も純粋で致命的な一撃のみだ。刀の刃が正確にある死士の頸椎に食い込み、硬い骨の節に引っかかると、彼は無表情のまま手首を返し、相手の首の半分を力ずくで抉り開いた。刀を振るうたびに濃烈な血しぶきが舞い、一切の狂いなく確実に一つの命を刈り取っていく。
謝必安は手にした短棍『驚蟄』を野球のバットのように大振りに振り回した。棍の先端で青白い雷霆が弾け、右腕の妖骨の怪力と相まって、その一撃は極めて凶悪かつ迅速だった。彼は抵抗しようとする死士の関節だけをピンポイントで狙って容赦なく叩き潰し、棍を振り下ろすたびに骨の砕ける不気味な音が絶え間なく響き渡る。
ほんの十数呼吸の間に、死士たちは次々と地面へ転がった
光の嵐に蹂躙されて全身を感電させながら、苦痛のあまり痙攣し、そこら中で悲鳴と呻き声を上げていた。
二人が次々と命を刈り取っていたその時、橋の奥の深い闇の中から、人間の声とも野獣の声ともつかない、狂怒に満ちた咆哮が幾つも轟いた。
閃光で目を焼かれたあの灰衣の術師たちは、最初は必死に鉄の鎖を握りしめていたが、激痛に耐えきれずに手を離してしまっていたのだ。そして、闇の中に隠されていたあの鬼物や妖魔が、完全に制御を失って解き放たれた。
『ミャオォォ! 来た来た! 阿奴、俺様が先に行くぜ!』
銜蝉が半空へ跳躍し、興奮に満ちた狂叫を上げた。その太った巨体は着地と同時に風を孕んで急激に膨張し、全身の金色の毛が針のように逆立ち、骨格がパキパキと音を立てて組み替わる。瞬く間に大山猫ほどの大きさの黄金の猛獣へと姿を変えた。後ろ足で猛然と地面を蹴り上げ、一切の迷いのない凄まじい気迫で、暗闇の中でうごめく巨大な黒い影へと直接飛びかかった。
「ドォォォン!」
二頭の凶獣は少しも避けることなく、全力で真っ向から激突した。雷鳴のように鈍く重い肉弾戦の衝突音が響き渡る。
この妖物は豹の胴体に巨大な鳥の頭を持ち、頭頂には血のように赤い一本の角が生えていた。全身の羽毛には暗赤色の分厚い血の垢がこびりついている。これぞ悪獣、蠱雕だ!
奴は無数の逆棘が生えた鳥の嘴を大きく開き、赤ん坊の泣き声のような甲高い叫びを上げると、突っ込んでくる銜蝉に向かって全力で突きを下ろした。
数日間の療養でとうに完全復活していた銜蝉は、避けるどころか、己の強靭な肉体を頼りに真っ向から受けて立った。鉄の鎧さえも貫くその鳥の嘴は、寸分の狂いもなく銜蝉の背中を正面から重く打ち据えた。だが、金色の毛皮の上で細かい火花が散っただけで、猫の毛一本すらむしり取ることはできなかった!
『その程度の力で、よくもまあ表を歩けるもんだな? 俺様の痒み止めにもならねえぞ! お返しだ、俺様の爪を味わえ!』
銜蝉は血の滴るような大口を開け、硬い羽の鎧に覆われた蠱雕の首筋に食らいついた。だが鋭い牙は固まった血の垢に滑り、耳障りな摩擦音を立てる。
銜蝉は喉の奥でゴロゴロと低い唸り声を響かせ、四つの爪を鉄のフックのように蠱雕の分厚い背中に深く食い込ませると、首に力を込め、全身を使って後方へ引きちぎった。
「ブチャッ」という、分厚い布を引き裂くような鈍い音が響いた。彼はなんと、皮も肉も構わず、蠱雕の首から黒い血を滴らせる妖肉の塊を強引に引き剥がしたのだ。
この食い意地の張った太った猫は、噛むことすら面倒がり、首を反らせてその異臭を放つ妖肉の塊を丸呑みにした。口をクチャクチャと鳴らし、ひどく嫌そうな顔をする。
『ペッ! カビの生えた木の味がしやがる。マズイのなんの! てめぇ、一体何を食って育ったんだ?』
口では文句を言いながらも足の動きは止めず、彼は再び躊躇うことなく飛びかかり、二口目を噛みちぎる体勢に入った。
同じ頃、馬車の屋根の端に座っていた阿奴も動いた。
彼女はゆっくりと身を低く沈め、銀白色の長い尻尾を背後で高くピンと立てる。その冷淡なオッドアイは、橋脚の下からゆっくりと這い出てくるもう一頭の妖魔をじっと見据えていた。
それは、一つ目の老牛を思わせる姿をしていた。蜚は鱗に覆われた蛇の尾を引きずり、全身から黄緑色の疫病の膿水を絶え間なく滲み出させていた。
蜚は低い「モォォォ」という鳴き声を上げ、強引に巨大な一つ目を開いて車頂の銀猫を捉えようとした。だが眼球は閃光の激痛で涙が止まらず、目を閉じるしかなくなり、長い舌を伸ばして焦燥感を隠すように鼻を舐めた。ブルブルと頭を振ると、突如として口を大きく開き、生臭くて吐き気を催すような、触れただけで腐食する毒霧を一気に噴射した。
阿奴の表情は氷のように冷たく、その目には心底からの嫌悪が満ちていた。彼女は飛び退くことはせず、塵一つついていない雪のように白い肉球を持ち上げ、虚空へ向けてトンと軽く踏み出した。
空を歩き、足は地に触れず。まるで目に見えない階段を昇るように、その身体は軽やかに上空へと浮かび上がり、悪臭を放つ毒霧の塊をいともたやすく回避した。
半空に到達すると、阿奴は高い位置から、全身から膿を垂れ流し、妖力が乱れて暴走しているこの疫獣を観察した。彼女は蝶のように空中で旋回しながら位置を変えるが、焦って攻撃を仕掛けることはしない。蜚はそれに翻弄されて焦燥感を募らせ、空中に向けて幾筋もの毒霧を連続で噴き出し続けた。
数筋の毒霧を躱した直後、阿奴は半空でピタリと静止した。
彼女は小さな口を開き、鋭く冷たい二本の小さな虎牙を覗かせる。そして余裕の態度で右の前足を上げ、蜚の脳天に向けて、空中に大きく×印を描いた。続いて、その毛並みの美しい前足を空中で微かに硬直させ、極めてゆっくりとした「引き抜く」動作を行った。
その動作は異常なほど重々しく、そして過酷に見えた。阿奴は全神経を集中させ、その美しい顔が緊張でわずかに歪む。それはまるで、地の底へ深く打ち込まれた錆びた杭を、力ずくで引き抜くかのようだった。
「モォォォ――!!」
蜚が突如として肺を裂くような惨叫を上げ、四つの蹄で地面を狂ったように踏み鳴らす。奴の頭頂部にある十字の亀裂から皮と肉が捲れ上がり、巨大な身体が苦痛で激しく痙攣した。皮膚と肉の下で、何かが身体を突き破って飛び出そうとしている。
肉が裂ける不気味な音が響き、拳ほどの大きさの、黄緑色の粘液を滴らせた内丹が、自ら蜚の頭蓋骨を引き裂き、ブルブルと震えながら半空へと浮かび上がった。
阿奴はピンクの鼻を微かにひそめ、小さな口から一筋の透き通るような浄化の霊気を吐き出した。寒光が空を掠め、一瞬にしてそのおぞましい内丹を透明な氷の塊へと凍結させた。
内丹を失った蜚の身体は瞬時に崩壊し、悪臭を放つ黒い膿水の水たまりへと変わった。
すべてを終えると、半空の阿奴はひらりと身を翻し、虚空を数歩踏みしめて、羽毛のようにふわりと謝必安の肩に舞い降りた。
この時、謝必安は『驚蟄』で一人の死士の膝を叩き折ったばかりだった。十人近く連続で叩きのめしたため、胸を激しく上下させて息を切らしている。
阿奴は遠慮なく前足を伸ばし、謝必安の襟元を使って、一糸の乱れもなく丁寧に自分の爪を拭き始めた。
爪を綺麗に拭き終え、阿奴が振り返る。
ちょうどその時、元の体型に戻り、口の周りを黒血と鳥の羽まみれにした銜蝉が、大興奮でこちらへ走ってくるのが見えた。
阿奴は目を細めた。半秒の躊躇すらなく、汚れを知らない純白の前足を素早く振り、パパーンッ、と銜蝉の頭へ見事な二連続ビンタを食らわせた。
【作者より】
お読みいただき、ありがとうございます。
この怪談や猫たち、そして少し奇妙な物語の数々が、皆さまの食事のひとときや、一杯のコーヒーを楽しむ時間、あるいは眠れない夜のお供になれたなら、とても嬉しく思います。
もし気に入っていただけましたら、フォローや評価、感想をいただいたり、この物語を好きになってくれそうな方に紹介していただければ幸いです。
皆さまからの一つ一つの応援が、私がこの物語を書き続ける力になります。
―― 仔猫




