第8話 生きたまま焼かれる窯
【巻ノ一・残頁捌:戸部・絶密帳簿】
「国庫の銀子は、実は皇上の寿命と同じで、すべて虚数である。帳簿上は千万両と書かれていても、開けてみればネズミの糞と借用書ばかりだ。
備考:大事業を成し遂げたければ、戸部を当てにするな。『抄家』を当てにしろ。」――『司天監・経費申請却下記録』
【司天監内部メモ】
「予算」――我々がなぜそれを実行できないのか、そしてなぜ追加料金が必要なのかを、施主様に説明するための形而上学。
†
沈無は吐いた。
この鏡妖司の冷面千戸、大魏朝で最も鋭利な一本の刀が、今は秦淮河のほとりの古い柳の木にすがりつき、濁った川水に向かって、天も地も分からなくなるほど嘔吐していた。
彼が吐いているのは朝飯ではない。そもそもまだ食べてすらいなかったのだから。それは胆汁であり、そして心の中にそびえ立っていた信仰の摩天楼が崩落した残骸だった。
「チッ、若いな」
謝必安は傍らの石の腰掛けに座り、手の中で空の酒瓢箪を揺らしながら、経験者特有の余裕な顔をしていた。
「綺麗に吐き出せよ。『防腐剤』の臭いってのは、一度肺に吸い込んだら、吐き出さないと腹の中で死斑が育つからな」
沈無は身を起こし、袖で口元を乱暴に拭った。あの玄色の雲紋の武官服は相変わらず凛々しいが、顔色は画仙紙よりも白く、その瞳には砕け散った迷いが透けていた。
「あれが……我々が忠誠を誓う天子だと言うのか?」
沈無の声は嗄れ、指は樹皮に深く食い込んでいた。
「鏡妖司が設立されて二十年、宮中の奥深くに窺い知ろうとする無数の『妖人』を斬り捨ててきた。私はずっと、我々は真の龍を守護しているのだと信じていた……だが結果はどうだ、我々が守ってきたのは、腐った綿屑を詰め込まれただけの……ただの皮袋だったとでも!?」
もしそうだとするなら、自分の手についた血に、一体何の意味がある? 自分の刀の下で死んでいった亡霊たちは、まるで道化のような死に様だったということか?
「訂正させてもらおう」
謝必安は一本の指を立てた。
「ただの綿じゃない、『火浣布』がぎっしり詰まった高級な皮袋だ。あの心臓に至っては……フッ、輸入品だ。語るまでもない」
「そんなことはどうでもいい!」
沈無は低く咆え、猛然と振り返って謝必安を死の如く睨みつけた。
「重要なのは、あの方がすでに人間ではないということだ! ならば、我々が守護してきた大魏とは一体何なのだ? 巨大な詐欺劇だったとでも言うのか!?」
「沈様」
謝必安は笑みを収め、その瞳は枯れ井戸のように底知れぬ暗さを帯びた。
「この世に、永遠に腐らないモノなんて最初からないんだよ。肉は腐り、木は朽ち、石でさえ風化する」
彼は遠く、陽光の下で光り輝く皇宮を指差した。
「いわゆる『万歳』なんてのは、腐敗を誤魔化すために振り撒かれた香辛料に過ぎない。あんたが今、悪臭を嗅ぎ取れたってことは、あんたの鼻がまだイカれてない証拠だ」
謝必安は立ち上がり、沈無の前に歩み寄り、その強張った肩を叩いた。
「俺たちはあの皮袋に忠誠を誓ってるわけじゃない。俺たちは、まだ完全には腐りきっていないこの世界に忠誠を誓ってるんだ」
「今の問題はだな……」
謝必安は皇宮の上空を覆う灰色の霧を指差した。
「あの皮袋が破れかかっていることだ。ひとたび毒液が流れ出せば、この建康城全体が第二の長生殿になる。そうなったら、あんたは吐く暇もなく、同じように綿だけを欲しがり心臓を持たない怪物に直行だぞ」
謝必安の声は軽かったが、まるで一本の釘のように、沈無の脳髄に深く打ち込まれた。
「沈無。あんたが今やるべきことは『忠誠』じゃない、『止血』だ」
沈無は沈黙した。
川岸を風が吹き抜け、柳の枝が彼の顔を打ち、微かな痛みをもたらした。
彼は深呼吸をし、信仰が崩落する苦痛を無理やり心の底へと押し込め、かつての冷静な鏡妖司千戸へと戻った。ただその眼底の奥深くに、以前にはなかった凄烈な光が微かに宿っていた。
「何が必要だ?」沈無は問うた。「勅命を受けた以上、この『琉璃大典』を完遂するために、何が必要だ?」
謝必安は笑った。
これこそが、彼が沈無を評価している点だ――精神が崩壊しようとも、任務は決して疎かにしない。
「『窯』が必要だ」
謝必安は振り返り、眼の前を流れる脂粉と汚物に塗れた秦淮河を見つめ、まるで赤レンガを一つ焼くことでも語るかのように平然と言った。
「一人の人間を……いや、一人の皇帝を完全に琉璃に変えるには、俺のこの右手だけじゃ足りない。俺には、あの長生殿を丸ごとすっぽり覆えるほどの、巨大な高温環境が必要なんだ」
彼は虚空に巨大な円を描いた。
「長生殿を、『琉璃窯』に改造してやる」
†
雑項科に戻った頃には、日はすでに西に傾いていた。
門をくぐるなり、硫黄と猫の糞が混じり合った強烈な熱波が顔に吹き付け、続いて無数の細々としたひそひそ話が耳に潜り込んできた。
「ミャオオオオーッ!!」
凄絶な猫の鳴き声が響いた。
見れば、金猫の銜蝉が部屋のど真ん中に這いつくばり、身体を二倍に膨らませ、まるで金色のフグのようになっている。全身の毛が逆立ち、毛の先端で放電しながら、陶器の瓶から這い出ようとしている緑色の鬼火に向かって金色の火炎を吐きかけていた。
『戻れ! 戻りやがれ! そいつは俺の昼飯だ! 逃げるんじゃねえ!』
その鬼火は焼かれて「ジジッ」と悲鳴を上げ、最後は仕方なく縮こまって瓶の中へ戻っていった。
だがこれだけでは終わらない。
沈無が半歩踏み出した瞬間、足首が締め付けられるのを感じた。
見下ろすと、隅に置かれていた漬物壺がいつの間にか彼の足元に転がってきており、壺の口から立ち上る黒気が青白い手に変化し、彼の袴の裾を死に物狂いで掴んでいた。
「沈郎……あなたなの……」
その壺からは恨みがましい女の声が響き、その声はあろうことか、沈無の死んだ初恋の相手と七分方似ていた。
「私、とても寒いわ……抱きしめて……」
沈無の瞳孔が猛烈に収縮し、刀を握る手が震えた。
「聞くな」
謝必安の冷たい声が響いた。
「そいつは『惑心蠱』だ。人間の罪悪感を専門に喰う。あんたが罪悪感を抱けば抱くほど、そいつはデカくなる」
謝必安は手近にあったドアストッパーのレンガを拾い上げ、見もせずに投げつけた。
レンガが壺の口に激突して「カーン」と乾いた音を立て、正確にその青白い手を打ち砕き、一筋の黒煙へと霧散させた。
「公務員を誘惑する気なら、お前を化糞池にぶち込むぞ」
壺はガタガタと震え、転がるようにして壁際へ縮み上がった。
謝必安が帰ってきたのを見た銜蝉は、即座に神通力を収め、元の気だるげな太った茶トラ猫に戻り、床をゴロゴロ転がって謝必安の足に抱きつき、空鳴きを始めた。
『オヤジ! やっと帰ってきたか! このクソガキ共、マジで世話が焼けやがる! あの緑の奴は脱獄しようとするし、赤い奴は俺の尻尾を噛もうとするし、あの泣き虫の赤ん坊瓶はうるさくて頭が痛え! 特別手当だ! 肉団子二つ……いや、三つ要求する!』
謝必安はこの演技派の猫を足で蹴り飛ばし、沈無に向かって言った。
「初めてじゃないんだから適当に座れ。ここにルールはねえ。乱葬崗に入ったとでも思えばいい。モノにさえ触らなきゃ、どこで寝転がっても自由だ」
彼は脚の欠けた机の前に歩み寄り、黄ばんだ画仙紙を広げ、毛の抜けた筆を手に取って唾で湿らせ、文字を書き始めた。
沈無は傍らに立ち、静まり返った周囲の陶器の瓶を未だに驚きを隠せないまま見つめていた。彼はようやく、なぜ謝必安が「身を以て魔を飼っている」と言われるのかを理解した。こんな場所に住んでいれば、まともな人間なら三日と持たずに発狂する。
「これは何だ?」沈無は、筆を走らせる謝必安の手元を見た。
「清單だ」
謝必安は顔も上げず、書きながら呟いた。
「最近の物価高は異常だ。昔は銀一両で朱砂が一斤買えたのに、今じゃ二両しか買えねえ。『帝王級』の琉璃を焼成するには、薪に普通の木材は使えない。『火気』の強い穢れが必要なんだ」
彼は素早く筆を動かし、あっという間に一枚の紙を書き上げた。
沈無が覗き込み、まぶたを激しく痙攣させた。
・千年槐樹妖の樹芯(乾燥必須、含水率一割未満)、あるいは……三百匹の紅衣の悪鬼の怨念圧縮パック。
・龍脈の廃渣(戸部の地下倉庫で探せ、前朝のものが望ましい、火気が強烈だからだ)。
・鮫人の涙(新鮮なものに限る、乾燥品は不可)、あるいは……三百人の童男童女の……(太い線で塗りつぶされている)。
・高僧の舎利子(白馬寺のあの肉仏の遺灰でも間に合うが、さらに純度の高いものが少々必要)。
「三百人の童男童女?」
沈無はその塗りつぶされた一行を指差し、声に氷を滲ませて、再び刀の柄に手をかけた。
「もしこの一行を書き残すつもりなら……」
沈無の口調は冷え切っていたが、抜刀はせず、ただ腕を組んで冷ややかに謝必安を見下ろした。
「それは国師が使いそうなレシピだから、消したんだよ」
謝必安は肩をすくめ、その眼差しは澄み切っていた。
「俺は廃品回収屋だが、職業倫理ってモンはある。生きた人間の商売はしない。そんなモンで焼いた琉璃は不純物が多すぎて、使う気になれん」
彼はそのリストを沈無に手渡した。
「ここに書いてあるモノ、国庫にあるか?」
沈無はリストを受け取り、仔細に目を通し、顔色をさらに悪くした。
「ない」
彼の返答は簡潔明瞭だった。
「現在の国庫は……読経が終わったばかりの霊堂のように綺麗さっぱり空っぽだ。ここ数年、聖上の丹薬を練るために、国師は金目の霊材をほとんどすべて運び出してしまった。今や戸部の帳簿上は、ネズミが入っても涙を流して出てくるほどだ」
「チッ」
謝必安は筆を投げ捨て、苛立たしげに頭を掻き毟った。
「金がねえ? 金がなくてどうやってこの任務をこなせってんだ? こいつは皇帝の葬儀屋フルコースだぞ、タダ働きさせる気か? 巧婦難為無米之炊ってやつだ。俺は拾遺であって、神仙じゃねえぞ」
「聖上はお主に天下の半分を約束されただろう」沈無は釘を刺した。
「あれは大餅だ」
謝必安は白目を剥き、不屑の口調で言った。
「俺が欲しいのは現ナマだ、材料だ。天下の半分を燃やして火が熾せるか? あの老いぼれが本当に天下を俺に譲ったとしても、修繕費は俺持ちになる。完全に赤字ビジネスだ」
室内は沈黙に包まれた。
窓外の風が唸り、カラスの鳴き声がいくつか混じり、ひときわ凄涼に響く。一文銭が英雄を困らせるというのに、況や国を揺るがす「封神プロジェクト」をやろうというのだ。
突然、梁の上から清冷な猫の鳴き声がした。
阿奴が逆さまにぶら下がり、銀色の尻尾で窓の外を指し示している。
彼女の指示に従い、謝必安と沈無は窓の外を見た。
雑項科の向かいの壁に、いつの間にか、まだ墨の香りが新しい一枚の高札が貼られていた。その高札は風に吹かれてバサバサと音を立て、鮮紅の官印が押されている。
【懸賞】城西「瓷器街」にて近日怪事発生す。多数の陶工が理由なく失踪し、夜更けには窯炉内より凄惨なる悲鳴が聞こえ、あまつさえ焼成された陶器に……人面が生じる異常あり。
真相を究明し、事態を平息せしむる者には、賞銀五千両、加えて……「龍窯」の三日間使用権を与える。
――建康府衙および瓷器行会 連名
謝必安の目が輝いた。
「五千両……」
彼は唇を舐めた。眼底の疲労は瞬時に消え失せ、代わって悪徳商人特有の狡猾な光が宿った。
だが本当に彼を引き付けたのは、金ではない。
あの「龍窯」だ。
「沈様」
謝必安はその高札を指差し、口元に面白そうな笑みを浮かべた。
「どうやら俺たちの運は悪くないようだ。眠たい時に枕を届けてくれる奴がいる」
「瓷器街か?」
沈無は眉をひそめ、鏡妖司の情報を検索した。
「建康城最大の官窯の所在地だ。聞くところによれば、あそこの『龍窯』は前朝の龍脈の破片を積んで作られており、火気が極めて旺盛で、献上品専門に焼成を行う場所だったはずだ」
「それがそっくりそのまま『燃料』と『現場』になるじゃねえか」
謝必安はリストを引ったくり、懐にねじ込んだ。
「行くぞ、沈様。国庫に金がないなら、自分たちで稼ぐまでだ。ついでに、その瓷器街にどんな『汚いモノ』が漏れ出しているのか、見に行こうじゃないか」
彼は床の銜蝉を抱き上げ、さらに阿奴の反対を押し切って彼女を袖の中に押し込み、全身から「仕入れ」に向かう高揚感を放っていた。
「瓷器街の怪事……フン、どうせまた聖上の方から漏れ出した『廚餘』が、下流の窯元を汚染したってオチだろうよ。これを何て言うか知ってるか? 『羊毛出在羊身上』って言うんだ」
謝必安は扉を押し開けた。夕陽が彼の影を長く引き伸ばし、それはまるでこの渾濁した世の中を切り裂く一本の刀のようだった。
沈無は謝必安の背中を見つめ、そして自分の手にある冷たい刀を見た。
彼はふと思った。この狂人についていけば、あるいは本当に、今にも倒壊しそうなこの大厦(国家)を、強引にもう少しだけ支え続けることができるのかもしれない、と。たとえその過程が、銅の臭いと打算に満ちていようとも。
手段は……少し汚いが。
「謝拾遺」
沈無は後を追い、平静な口調に戻って言った。
「その五千両、私は三割を抜くぞ。鏡妖司の兄弟たちにも飯を食わせねばならんのでな」
謝必安は足をもつれさせ、堕落した聖人でも見るかのような衝撃の面持ちで振り返った。
「沈様、あんた……悪に染まったな」
沈無は無表情のまま刀の柄を押し、口角を微かに、しかし確かに引き上げた。
「朱に交われば赤くなる、と言うだろう。今日から、鏡妖司の刀もソロバンを弾くことを覚えることにした」




