第7話 深宮
【巻ノ一・残頁柒:大内・起居注・残欠】
「聖上、今日『長生餌』三枚を服す。精神大いに振るい、皮膚は磁器の如く光潔なり。唯だ……関節に略々僵硬の感あり。御医曰く、此れ『玉化』の兆しなり。羽化登仙まで、僅か一歩の距離にありと」――『司天監・雑項科・私下毒舌集』
【司天監内部メモ】
「長生」――自然の腐朽の法則に逆らおうとする無駄骨の一種。通常の手法として、塩漬け、風乾、冷凍、そして……自身を腐らない石に変えることが含まれる。
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皇宮の壁は高い。塗りたてのように赤い。朝日が射すと、濡れたような光沢を放ち、乾ききっていない血痕のようだ。
謝必安は鏡妖司の若い大人の後ろに続き、丸々二炷の香の時間を歩き続けていた。足がだるい。頭も少しふらつく。『大荒異聞録』の余韻であり、二日酔いの兆候でもある。
「なあ、沈大人」謝必安は欠伸をし、肩で居眠りをする阿奴を無意識に支えた。「俺たちは皇帝に会いに行くのか? それとも天竺へ経典でも取りに行くのか? この道、長すぎないか」
沈無は前を歩き、冷たい環首直刀を押さえている。振り返らないが、玄色の雲紋の武術着を着た千戸の背筋が不自然に強張っているのが分かる。
「声に出すな」沈無の声は極端に低く、緊迫していた。「前方にあるのが『長生殿』だ。ここは……匂いがおかしい」
謝必安は眉を上げた。
この若造、直感は鋭い。
確かに匂いがおかしい。奥へ進むにつれ、空気は御花園の百花の香りでも、書斎の墨の香りでもなくなった。水銀と硫黄、そして吐き気を催す甘腥い匂いが混ざっている。
謝必安には馴染みのある匂いだ。
氷漬けにして長く放置された死んだ魚の匂い。どれだけ香辛料をまぶしても隠しきれない生臭さ。さらにその生臭さの中に骨を刺す寒気が混ざり、周囲の紅い壁や緑の瓦に薄い白霜を張らせていた。
「着いたぞ」
沈無が足を止め、巨大な宮殿の前で身を屈めて礼をした。だが礼をする手は無意識に刀の柄を強く握りしめている。関節が白くなるほどだ。まるでその扉の向こうに、いつでも飛び出してくる猛獣が隠れているかのように。
この宮殿は、「異常」だ。
すべての窓の格子が分厚い黒布で塞がれ、一筋の陽光すら透さない。巨大な墓のようだ。大殿の扉の隙間からは絶え間なく白い寒気が漏れ出し、周囲の温度を外よりも少なくとも十度は下げていた。
「宣す――司天監拾遺、謝必安覲見――」
甲高い太監の声が殿内から響いた。声に明らかな震えが混じり、声帯が凍り裂けたような嗄れた乾いた響きだ。
謝必安は襟を引き寄せ、沈無に「どうぞ」と手振りをし、扉を押し開けて入った。
扉の隙間が開いた瞬間、濃厚な白霧が嘶きとともに溢れ出し、顔を打った。
大殿内は漆黒だ。隅で不気味な青い長明灯がいくつか瞬いているだけだ。その微弱な光を頼りに、謝必安は殿内の光景を見た。
心の準備をしていた沈無でさえ、冷気を吸い込み、足を止めた。
ここは荘厳な金鑾殿なのか、それとも豪奢な霊安室なのか。
床には五爪の金龍が刺繍された蘇州の雲錦が敷かれ、周囲には価値連城の鮫人の紗が掛けられている。だが今、高価な雲錦には薄い白霜が張り、鮫人の紗は低温で硬直し、死人の皮膚のように空中に垂れ下がっていた。
そして大殿の両側に。数百の巨大な透明の水晶棺が整然と並んでいる。
どの棺にも宮装の女が横たわっている。顔色は紅潮し、生きているかのようだ。口角には凝固した笑みを浮かべ、ただ眠っているだけに見える。だが謝必安は一目で気づいた。彼女たちの胸に……起伏はない。
「チッ」
謝必安は恐れるどころか、呆れたように舌打ちをした。
水晶棺の一つに歩み寄り、骨董品を鑑定するように棺の蓋を叩く。トントンという澄んだ音がした。
「封蝋の手際が粗すぎるな」首を振り、自分にしか聞こえない声で呟く。「防腐液を注入しすぎて顔が変形している。それに鉛の粉を混ぜすぎだ。これじゃ時間が経てば黒ずむ。鬼市に売り飛ばしたって三割引だな」
隣の沈無は眼角を引き攣らせ、狂人を見る目で謝必安を見た。この男……皇宮の「コレクション」の細工の悪さを非難しているのか?
「謝拾遺……来たか」
老いた、乾いた、二枚の朽ち木が擦れ合うような声が、大殿の中央の幾重もの帳の向こうから響いた。
謝必安は我に返り、規矩に従って跪き礼をした。動作は標準的だが、どこか適当だ。
「微臣謝必安、聖上に拝謁いたします」
「面を上げよ……席を賜う」
小太監が刺繍の施された丸椅子を運んできた。謝必安が座ると、その小太監の動作が異常に硬直していることに気づいた。歩く時に膝が全く曲がっていない。関節に砂が詰まっているような、ギシギシという機関の摩擦音を立てている。
「謝愛卿」老皇帝の声が続く。隠しきれない興奮が混じっていた。「白馬寺で、あの穢物を……瑠璃の仏像に変えたと聞いたが?」
「聖上にお答えします」謝必安は拱手した。「ただの小細工です。掃除をしただけで、大した術ではありません」
「いや……それは大いなる術だ」
枯れ枝のような手が突然突き出され、バサッと重い帳を引き裂いた。
謝必安はついに、二十年間朝廷に出たことがないという伝説の皇帝の姿を見た。
龍の玉座に座り、ゆったりとした明黄色の龍袍を着ている。だが痩せすぎている。服に包まれた骸骨のようだ。顔に皺は一つもない。殻を剥いた卵のように滑らかだ。若々しいという意味ではない。顔の皮が半透明の膠質でパンパンに引き伸ばされ、不自然なプラスチックの質感を透かせているのだ。
目は大きい。だが白目はない。底なしの黒い穴が二つあるだけだ。
「朕は……長生の方法を探し続けている」
老皇帝は金属の光沢を放つ丸薬を震える手でつまみ上げ、狂信的な目をした。「国師は言った。肉体凡胎は結局腐乱する。ただ金石のみが不朽であると」
その丸薬を謝必安へ投げた。
「これを見てみよ。国師が自ら練成した『九転金丹』だ」
謝必安は丸薬を受け取った。手に触れると氷のように冷たく、ずしりと重い。
爪で軽く弾く。
カチン。爪が折れそうになった。屑鉄に匹敵する硬さだ。
謝必安は近づけて匂いを嗅ぎ、即座に眉をひそめた。
古い屍蝋特有の油ぎった匂いに、朱砂と鉛や水銀の土の生臭さが混ざっている。黄金色に輝く外皮の下には、どうやっても抑えきれない微かな腐敗の悪臭が隠されていた。腐肉を隠すために、厚い重金属のパテを強引に塗りたくったような代物だ。
これが仙薬? 食えるのか? ただの糖衣で包んだ産業廃棄物だ。
「聖上」謝必安はその「金丹」をもてあそび、専門家としての婉曲さを口調に滲ませた。「これは……火の気が強すぎます。食べ過ぎれば、腸や胃が『焼け』焦げてしまうかと」
「そうだな。朕の腸や胃は……とうの昔に焼け落ちた」
老皇帝はため息をつき、鉄のように硬直した自分の腹を撫でた。皮革を叩くような鈍い音が響く。
突然、龍の玉座から立ち上がった。動きが不気味だ。糸に操られた操り人形のように、すべての骨が抗議の音を上げている。
「朕はそなたの能力に非常に興味がある。国師の金丹は内服しかできず、代償が大きすぎる。だが、そなたの『瑠璃』は、外部から完璧にすべてを封じ込めることができるそうだな?」
「国師」という言葉を口にした時、老皇帝の声は明らかに震えた。大殿の西側の影を恐怖の目で一瞥する。
「謝愛卿」老皇帝は鶏の足のように枯れ細った手を伸ばし、謝必安の袖を掴んだ。爪は驚くほど長く、病的な青紫色をしている。「そなたはあの腐肉の山を瑠璃に変えた……ならば、朕をも、瑠璃に変えることができるか?」
謝必安の瞳孔が収縮する。顔色一つ変えずに袖を引っ込めた。
この老狂人め。病を治したいのではない。自分を標本にしたいのだ。
「聖上」謝必安は平穏な口調だ。「瑠璃化は不可逆です。瑠璃になれば、不朽ではありますが、知覚も失われます。それは……死と何が違うのでしょうか?」
「死だと?」
老皇帝が唐突に笑った。笑っても、顔のコラーゲンには微塵の皺も寄らない。ただ口が大きく裂け、中の黒ずんだ歯茎が露わになった。
「今の朕は……死と何が違うというのだ?」
猛然と自分の襟を引き裂く。
「シッ……」隣の沈無が極めて短く息を呑んだ。手の甲に青筋が暴起する。刀を抜きたい衝動を死に物狂いで抑えているのだ。
謝必安は目を細めただけだ。眼底に「やはりな」という冷光が閃く。
華麗な龍袍の下。老皇帝の胸は……空洞だった。
心臓はない。肺や内臓もない。
胸腔はえぐり取られ、肋骨が檻のようになっている。中に、緑色の液体が満たされた透明な容器が収まっていた。容器の中央には、ゆっくりと鼓動し、半透明の肉の芽が無数に繋がれた玉の心が浮かんでいる。
その玉の心は純粋ではない。黒い血筋がびっしりと走り、鼓動するたびに緑色の蛍光液体を送り出し、四肢百骸へ流している。
「見たか?」老皇帝はその容器を指差し、凄惨な声を上げた。「これが国師が朕に与えた長生だ! この『長生水』……朕は毎日十回も取り替えねばならん! さもなくば悪臭を放つのだ!」
彼は狂ったように咆哮する。声が大殿内に響き渡り、周囲の水晶棺をビリビリと震わせた。
突然、咆哮が止む。
大殿内が死のような静寂に沈んだ。
老皇帝はゆっくりと謝必安に顔を近づけた。あの黒い穴のような目で彼を死に物狂いで見つめ、驚天動地の秘密を語るかのように、極めて低く、平坦な声で言った。
「そなた、匂いが分かるか?」
神経質に鼻をヒクつかせる。「昨日は……もっと臭かったのだ」
「朕はもう、こんな腐乱の匂いには耐えられん!」
老皇帝の感情が再び暴走する。謝必安の肩を掴む。驚くほどの力だ。「瑠璃になれ! 朕はあの清潔で、透明で、永遠に腐臭を放たない瑠璃になるのだ!」
「ニャオオ――!!」
絹を引き裂くような甲高い猫の鳴き声が、老皇帝の咆哮を遮った。
終始謝必安の肩で寝たふりをしていた阿奴が突然暴れた。あの腐敗の匂いに燻されたのか、銀の光が閃き、彼女の爪が老皇帝の手の甲に三本の深い血痕を刻んだ。
「無礼者!」沈無が無意識に刀を半寸抜いたが、すぐに強引に押し戻す。
だが謝必安は手を上げて沈無の刀の峰を押さえ、老皇帝の手の甲の傷口を死に物狂いで凝視した。
血は流れていない。
傷口がめくれ返り、見えたのは赤い筋肉ではない。灰白色の、繊維質に満ちた詰め物だ。
細かい粉塵が傷口から漂い出し、青い光の下で舞う。謝必安は息を止めた。それが何であるか気付いたからだ。
綿に似ているが、綿よりも鋭く、防火材特有の鼻を突く匂いを放っている。
火浣布(石綿)と呼ばれる代物だ。
「ハハハハハ……」
老皇帝は自分の手の甲から漏れ出す綿状の物質を見て、怒るどころか、さらに狂気に満ちた大笑いを上げた。傷口から「綿」の塊を引き抜き、鼻の下に持っていき貪欲に匂いを嗅ぐ。
「見よ! 謝愛卿! 朕はとうの昔に腐りきっておる! この皮袋の中は腐った綿ばかりだ! 国師でさえ、朕を二度と見ようとはせん!」
猛然と振り返る。あの黒い穴のような目に狂気の鬼火が燃え上がった。
「朕はそなたに一ヶ月の時間を与える」
「一ヶ月後、朕はこの長生殿で『琉璃の大典』を執り行う。そなたが責任を持って、朕を……徹底的に封印せよ」
「為し遂げれば、朕はそなたに司天監監正の地位を許そう。いや……この天下の半分を与えてもよい」
老皇帝は謝必安の耳元に顔を寄せ、悪鬼のように低い声で囁いた。
「できねば……朕はそなたを国師に引き渡し、この宮中の第一万と一の『薬人』にしてくれるわ。彼女らのようにな」
両側の水晶棺の中の女たちを指差す。
沈無の刀を握る手が微かに震えている。鏡妖司の千戸として無数の妖魔を見てきたが、これほど絶望的な真実に直面したことはない。この国の主が、廃棄物を詰め込まれたただの皮袋だったとは。
だが謝必安は依然として無表情だった。
肩の存在しない埃を払い、ごく普通の商談をしているかのように応じた。胃の中が激しく波打っているにもかかわらず。
「微臣、聖旨を奉じます」
†
宮門を出る頃には、太陽は高く昇っていた。
だが謝必安は身体が死ぬほど冷え切っているのを感じていた。天気のせいではない。さきほどの抱擁のせいだ。老皇帝の石綿の綿が、まだ服にくっついている気がする。
「謝拾遺」道中ずっと黙っていた沈無が突然口を開いた。口調は平穏を保とうと努めているが、顔色は恐ろしいほど青白い。「聖上は……まだ人間なのか?」
「人間?」
謝必安は堀の縁へ歩み寄り、白大理石の欄干に寄りかかって、水面に映る倒影を見た。
「内臓をえぐり出し、綿と防腐剤を詰め込み、黒々とした心臓を取り付けて生きていると言えるなら……おそらくまだ『人間』の範疇だろうな」
「阿奴」平穏に呼ぶ。
肩の銀猫が口を開け、さきほど引っ掻き出した灰白色の綿の小塊を吐き出した。
綿が水に落ち、ジューッという音を立てる。瞬時に周囲の魚やエビが毒されて腹を浮かせ、水面に油ぎった緑色の泡の層が浮かび上がった。
謝必安は冷笑し、腰の酒瓢箪を外したが、中身がとうに空であることを忘れていた。失望して唾を飲み込み、喉の幻覚のような刺痛を抑え込もうとする。
「この大魏の江山は……まさに『金玉其の外、敗絮其中に在り』だな」
顔を上げる。遠くの金碧輝煌にして屍臭を放つ皇宮を見る。そして西側にそびえ立つ、国師が星を観るという「摘星楼」を見る。
今、幾重もの宮壁を隔てて、冷ややかな視線が彼に落ちている。
「沈大人、どうやら俺たちはとんでもない泥沼を引き受けちまったようだ」
謝必安は指をこすり合わせ、匂いを嗅いだ。「金丹」に触れた時の鉛や水銀の土の生臭さがまだ残っている。
「仕事の準備をしようぜ。この瑠璃の大典……大勢死ぬことになりそうだ」




