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世説新鬼 —神のゴミを拾う男—  作者: 仔猫(コネコ)
第二巻:乱法と残骨
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第73話 胡不帰《なぜ帰らぬ》



【巻ノ二・残頁漆拾参:『大荒異聞録(たいこういぶんろく)・陰陽誌』残巻】


「大荒は迷障多し。生死は本より同途なり。


客死異郷の者は、執念散ぜずして行屍と化す。日夜奔波すれども、己のすでに死せるを知らず」


司天監(してんかん)内部メモ】


出張で一番恐ろしいのは何か、教えてやろう。


ボッタクリの宿でも、幽霊ホテルでもない。道中を共に笑い合いながら歩いていた道連れが、歩いているうちにいつの間にか影ごと消え失せていることだ。



謝必安(シャ・ビアン)の一行があの生きた森を突破すると、眼前が一気に開けた。見渡す限り、枯れ果てた黄草が広がる広大な荒野が続いていた。


皆はようやく一息つき、草むらの間に隠れた獣道に沿ってゆっくりと前へ進んだ。道中、蜃驪(しんり)が時折低い威嚇の唸り声を上げ、周囲に潜む蛇や虫、鼠の類を次々と怯え退かせていく。


しばらくすると、一体いつから荒れ果てているのか見当もつかない古い駅伝の道が、枯れ黄色の荒原の上に蛇行しながら現れた。一行はその古道に沿って進むことに決めた。


さらに二つの時辰が過ぎ、空は次第に暗さを増していった。


薄暗い暮色の中、前方の少し離れた場所に、一団の商隊らしき輪郭がぼんやりと浮かび上がった。


その商隊は十人ほどで、分厚い油布を被せた一輪の手押し車を数台押し、泥濘の中を重い足取りで歩いている。


彼らの歩みは異常なほど静かだった。商隊が急ぎ旅をする時特有の掛け声も、鞭を打つ音もない。ただ、木の車輪が砕石を踏み砕く乾いた軋み音だけが響いている。


この人煙絶えた荒野で道連れに出会えるのは本来なら幸運なはずだが、前方の背中を見つめる沈無(シェン・ウー)は、百辟喪門刀の柄を握る手を微かに強張らせた。


「奴らには構うな。俺たちは俺たちの道を行く」謝必安(シャ・ビアン)は声を潜め、車窓越しに短く指示を出した。


空が完全に闇に包まれた頃、駅伝の道のそばにちょうど流れの穏やかな小川が現れた。一日中走り続けて人も馬も疲れ果てていたため、謝必安(シャ・ビアン)沈無(シェン・ウー)に声をかけ、川辺の風を避けられる場所で車を停め、野営の準備を始めた。


あの商隊も疲労したのか、彼らから数十丈ほど下流の河原に停まり、篝火を焚き始めた。


沈無(シェン・ウー)謝必安(シャ・ビアン)に言った。「俺は火口を探してくる。残りは任せた」


そう言い残すと、刀を提げたまま身を翻し、周囲の枯れ草の茂みへと薪拾いに消えていった。


謝必安(シャ・ビアン)は馬車から飛び降り、蜃驪(しんり)のそばへ歩み寄り、御者台に結ばれた獣皮の手綱を解いた。妖馬の冷たく硬い青黒い鱗をポンと叩く。


「行け、自分で飯を探してこい。あまり遠くへは行くなよ。食い終わったらさっさと戻ってこい」


蜃驪(しんり)の白い眼球がひっくり返り、鼻孔から黒煙を噴き出した。この妖獣はそこら辺の水草などには全く興味がない。巨大な頭をブルッと振ると、四つの蹄を躍らせ、遠くに見える淡い緑色の瘴気と腐臭の漂う沼地へ向かって猛然と駆け出していった。奴にとっては、あの沼に沈殿する毒水と毒霧こそが、滅多にお目にかかれない絶品の御馳走なのだ。


「デブ、お前も遊んでる場合じゃないぞ」謝必安(シャ・ビアン)は車内に戻り、厚いフェルトの上で背伸びをしている銜蝉(シェンチャン)を足で軽く小突いた。「その辺で腹の足しになりそうな獲物を捕まえてこい。今夜はお前の飯も豪華にしてやるから」


『ミャオォォ! 俺様に任せとけ! 絶対に親父を満足させてやるぜ』


飯と聞いて目を輝かせた銜蝉(シェンチャン)は、丸々と太った身体を金色の稲妻のように躍動させ、瞬く間に夜の闇へと姿を消した。


銜蝉(シェンチャン)に指示を出した後、謝必安(シャ・ビアン)阿奴(アヌ)を呼んで一緒に小川へ水汲みに向かった。阿奴(アヌ)は軽やかに跳躍して謝必安(シャ・ビアン)の肩に乗り、彼が水桶を提げて川辺へ歩くのに身を任せた。


川辺に着くと、謝必安(シャ・ビアン)はまずじっと水面を観察し、問題がないことを確認してから水桶で二杯ほど汲み上げた。


阿奴(アヌ)はすぐさま空を歩いて水桶の上まで移動し、顔を近づけて水面の匂いを嗅ぐと、片足を伸ばして手のひらを返し、浄化の霊気を発動させた。これで、水の中に不純物が混ざっていようが、あるいは魑魅魍魎が潜んでいようが、すべて即座に浄化されあの世行きとなる。


作業を終えると、阿奴(アヌ)は鼻をフンと鳴らした。謝必安(シャ・ビアン)はすぐさま意図を察する。「わかった、わかった。今夜は法器をセットして露水を集めておくよ」


それでも阿奴(アヌ)は満足せず、振り返って謝必安(シャ・ビアン)の肩をペチペチと叩き、さらに重々しく鼻を鳴らして大事な約束を忘れなように念を押した。


謝必安(シャ・ビアン)は笑って宥めた。「忘れてねえよ。寝る前には絶対にブラッシングしてやるから」


すでに辺りは暗く、阿奴(アヌ)の表情までは見えなかったが、その言葉を聞き終えると、彼女は空中でピョンピョンと跳ねながら、一度も振り返ることなく馬車へと飛んで帰っていった。


ほどなくして、沈無(シェン・ウー)が抱えきれないほどの枯れ薪を持って野営地に戻ってき、声を上げた。「運良く倒木を見つけた。これが見つからなければ、今夜は動物のクソを燃やすハメになっていたぞ」


すぐに川辺に篝火が熾され、火の粉が暮色の中でパチパチと音を立てて弾けた。


謝必安(シャ・ビアン)は車内の暗い仕切りから鉄釜と陶罐を引きずり出し、手際よく火のそばに炉を組む。


その時、横の草むらからガサガサと音がして、銜蝉(シェンチャン)が丸々と太ったアナグマとウサギの合いの子のような竹䶉(たけねずみ)を二匹くわえて現れた。褒めてほしそうに獲物を謝必安(シャ・ビアン)の足元に放り投げる。


『親父! 帰ったぜ。この二匹でどうだ? 聞いとくれよ、さっきな……』


謝必安(シャ・ビアン)はこの太った猫の性格を熟知している。語り始めたら長くなるのがわかっているので、笑いながら即座に話を遮った。「よくやった。俺は忙しいから、お前は向こうで休んでろ」


『じゃあ、阿奴(アヌ)に教えてくるぜ。あいつも絶対に聞きたがる……』


謝必安(シャ・ビアン)は呆れたように銜蝉(シェンチャン)を一瞥すると、もう相手にはせず、食材の処理に集中した。二匹の竹䶉を掴み上げ、そばにいた沈無(シェン・ウー)へ無造作に放り投げる。「悪いが、先に血抜きだけ頼む」


沈無(シェン・ウー)は文句一つ言わず、受け取った獲物を手際よく馬車の後部に吊るして血抜きを始めた。血が抜け切ると、処理を終えた食材を謝必安(シャ・ビアン)に返す。


謝必安(シャ・ビアン)は短剣を抜き、骨の筋に沿って二匹の野獣を切り分ける。荒野を生き抜く動物の肉質は極めて硬く、刃が骨膜や粗い皮肉をこするたびに強い抵抗が手に伝わってくる。彼は骨付きの肉塊を熱した鉄釜へ放り込み、固まった羊の脂を大さじ一杯すくい入れ、茱萸と老生姜を加えて絶え間なく炒め続けた。


腕を組んで横で見ていた沈無(シェン・ウー)が、不意に口を開いた。「その料理の腕はどこで覚えた? まさかそれも師父から教わったのか?」


謝必安(シャ・ビアン)は炒めながら眉を上げた。「習いたいのか? 教えてやってもいいぞ。前は紅綃(ホンシャオ)にも教えてやったが、今じゃあいつの方が腕が上だ。ここ数日あいつが作ってた飯、美味かっただろ?」


沈無(シェン・ウー)は小さく頷き、跳ねる火の光に視線を落とした。「確かに美味かった。だが急ぐことではない、建康(けんこう)城へ戻ってからでいい。もし俺が単身で北の地へ向かい、身の回りの世話をしてくれる者が誰もいなくなった時でも、せめて自分の口に合う温かい飯が作れれば、餓死することだけは免れるだろうからな」


話している間に、強火が高温で野獣の脂の香ばしさを引き出し、強烈な肉の臭みと茱萸や生姜の香りが川辺に広がっていった。


夜が更けていく。


火の光が揺らめき、二人と二匹の猫は篝火を囲み、ようやく息をつく余裕が生まれた。


銜蝉(シェンチャン)は脂が滴るほどこんがり焼けた後ろ足の肉に抱きつき、口の周りを脂まみれにして貪り食っている。沈無(シェン・ウー)は粗末な陶器の碗を持ち、黙々と熱いスープをすすっている。謝必安(シャ・ビアン)は少し硬くてパサついた肉塊を噛みちぎりながら、建康(けんこう)城の噂話などを沈無(シェン・ウー)と他愛もなく語り合い、時折車頂の阿奴(アヌ)から鬱陶しそうな視線を向けられていた。その雰囲気は、まるで秋の行楽に来ているかのような錯覚すら覚えさせた。


謝必安(シャ・ビアン)は笑いながら強い酒をあおり、ふと首を回して、下流に陣取るあの商隊の野営地へと何気なく視線を流した。


その一瞥が、彼の顔から笑みを一瞬で凍りつかせた。


向こうの野営地でも篝火が焚かれ、十人ほどの商人が車座になって碗と箸を持ち、飯を食っている。


だが、その火の光は奇妙な淡緑色を帯びており、夜の闇の中でどこか陰冷で、熱気というものが微塵も感じられない。謝必安(シャ・ビアン)は目を細め、生い茂る枯れ草越しに、彼らの足元の地面をじっと見つめた。


青緑色の薄気味悪い火の光に照らされているのに、彼らの背後は……不自然なほど真っ白だった。


影がない。


さらに上を見る。彼らは碗を持ち、機械的な動作で口の中へ何かをかき込んでいるが、喉仏は一度も動いておらず、物を噛む動作もまるで操り人形のように不自然に強張っている。


その時、夜風が突風となって河原を吹き抜け、彼らの背後にある一輪の手押し車を覆っていた分厚い油布を大きくめくり上げた。


そこに積まれていたのは、反物でも茶葉でも、金目の物でもなかった。


それは、緑色のカビがびっしりと生え、黒く変色して腐りかけた棺桶の山だった。


瞬間。謝必安(シャ・ビアン)は胃袋に流し込んだ酒の熱気が、一気に氷のような冷気に変わり、頭のてっぺんまで突き抜けるのを感じた。


さらには、このタイミングで右腕の奥底から激しい飢餓感が襲いかかり、激しい吐き気を催してその場で吐き戻しそうになった。だが、彼が音を立てずに『驚蟄(きょうちつ)』を強く握りしめると、その突発的な飢餓感は嘘のように消え去った。


夕方にすれ違ったあれは、生きた人間の商隊などではなかった。この荒野を何百年もさまよい続けている葬列だったのだ。あの孤魂野鬼どもは自分たちがすでに死んでいることすら知らず、来る日も来る日も棺桶を押し続け、永遠に辿り着くことのない目的地へ向かって執念深く旅を続けているのだ。


「あっちを見るな。邪魔をするなよ。あれは俺たちの手に負えるもんじゃない」謝必安(シャ・ビアン)は視線を伏せて逸らし、手元の骨付き肉を噛みちぎるフリをしながら、極限まで声を殺して言った。


沈無(シェン・ウー)はそれを聞いても顔色一つ変えず、ただ小さく頷いた。刀の柄を握る指の力をスッと抜き、振り返ることもせず、ただ静かに身体を篝火の方へとずり寄せ、謝必安(シャ・ビアン)の側面を物理的に遮る壁となった。


二人は暗黙の了解のもと、そのまま静かに火の番を続けた。耳元には、下流から絶え間なく響いてくる空虚で乾いた車輪の軋み音が、一晩中まとわりついていた。


この果てしなく長い一夜を、一行はそのような底知れぬ不気味さの中で、どうにか無事にやり過ごした。


翌朝、薄霧が晴れた時。下流の河原にはもはや何も残されていなかった。


車輪の跡も、篝火の灰もない。ただ、朝露に濡れてすっかり色褪せたボロボロの紙銭(冥銭)の山だけが、泥の中に静かに張り付いていた。


簡単な後片付けを済ませると、沈無(シェン・ウー)は川へ行き、全員が顔を洗うための水桶を二つ汲んできた。


謝必安(シャ・ビアン)が慎重に朝露の雫を集めている時、どこかへ姿を消していた蜃驪(しんり)が音もなく戻ってきて、巨大な頭を謝必安(シャ・ビアン)の背中に優しく擦り付けてきた。車内では、銜蝉(シェンチャン)が相変わらず仰向けでだらしない寝相のまま高いびきをかいている。一方の阿奴(アヌ)は優雅に端座し、謝必安(シャ・ビアン)が集めたばかりの新鮮な露水を品よく舐め取っていた。


すべての準備が整い、馬車は再び出発した。


ボロボロの駅伝の道でまた丸一日揺られ続けた。沿道の景色は代わり映えしなかったが、夕暮れ時になると、古道の突き当たりにひっそりと佇む廃村が現れた。


御者台に座っていた沈無(シェン・ウー)がすぐさま顔を向け、警戒を込めて口を開いた。「前方に村のようなものがあるぞ」


謝必安(シャ・ビアン)は即座に車内から顔を出し、目を細めて前方を見た。「炊煙も上がってねえし、物音一つしねえ。人の気配が全くないな」


沈無(シェン・ウー)は五指を曲げて刀の柄を固く握り、謝必安(シャ・ビアン)も『驚蟄(きょうちつ)』を膝の上に横たえた。


沈無(シェン・ウー)の鋭い眼差しが村の周囲の影をくまなく探り、低い声で言った。「とにかく警戒を怠るな。異状があれば俺が合図を出す」


一行は馬車を村の中へと進めた。ここはとうの昔に見捨てられた場所のようだ。突き固めた土の壁は半分以上崩れ落ち、腐りかけた木の柱には暗緑色の毒々しい苔が這い上がっている。屋根の上の茅葺きは雨水でドロドロの黒泥と化し、空気中には重苦しいカビの匂いと死の静寂が充満していた。


村へ入ると、沈無(シェン・ウー)は周囲を鋭く警戒しながら低い声で言った。「この有様を見るに、この村は放棄されてから随分と月日が経っているようだな」


「今夜はここで夜を明かそう。このあばら家でも、少しは風雨をしのげる。野宿するよりはマシだ」謝必安(シャ・ビアン)は周囲をぐるりと見回し、最終的にまだいくらか形を保っている廃寺の中庭を休憩場所に選んだ。


沈無(シェン・ウー)も頷いて賛同し、手際よく馬車を停めた。その後、一行はそれぞれ散らばり、慣れた様子で野営の雑務に取り掛かった。


夜半。


銜蝉(シェンチャン)は腹一杯食って満足し、数日車内に閉じ込められていた反動からか、この場所に脅威がないと見るや、廃村の中を四方八方へ駆け回り遊び始めた。


謝必安(シャ・ビアン)はこの太った猫がいつも厄介事を引き起こす性格だと熟知しており、どうしても心配になって、防風の提灯を片手に崩れかけた壁に沿って後を追った。


倒壊した水車小屋を曲がったところで、謝必安(シャ・ビアン)の足がピタリと止まった。


前方の空き地から、規則正しい「沙沙」という音が聞こえてくる。


背中の曲がった老人が、使い古された竹籠を背負い、毛が半分抜け落ちた箒を手にして、地面の落ち葉と小石をゆっくりと掃き集めている。元の色がわからないほど汚れた粗末な麻の服を着ており、どこからどう見てもただの老人で、妖気など微塵も感じられない。


謝必安(シャ・ビアン)の心臓が跳ね上がり、警鐘が鳴り響いた。異常な出来事には必ず妖魔が潜んでいる。平凡に見えれば見えるほど、疑わしさは増す。この場所は長年放棄され、人影など全くないはずだ。こんな真夜中に、生きた人間がここで掃き掃除をしているわけがない。


「ご老人?」謝必安(シャ・ビアン)は探りを入れるように呼びかけ、左手でそっと『驚蟄(きょうちつ)』の柄頭を抑えつつ、声を張った。「俺は若輩者で本もろくに読んじゃいませんが、こんな真夜中に、月明かりだけを頼りに庭掃除をしている人なんて見たことがありませんよ」


老人は箒を動かす手を止め、ゆっくりと振り返った。それは深い皺と老人斑に覆われた顔で、濁った瞳には筆舌に尽くしがたい疲労の色が漂っていた。


「若いの。夜半三更に、お前さんはまた誰の道を急いでいるんだね?」老人の声は乾ききっていた。「ふう、仕方のないことだ。歳月は人を老いさせる。目を閉じれば、決着のつかない昔の出来事ばかりが浮かんできて、眠れやしないんだ……」


「ええ、建康(けんこう)まで向かってる最中でね」謝必安(シャ・ビアン)は二歩ほど近づき、この老人の体からきつい土埃の匂いしかせず、死人のような腐臭が全くしないことに気づいた。「ご老人、この村の人たちはどうしたんです? なぜあなた一人だけ残っているんですか?」


老人はため息をつき、枯れ木のような手で箒の柄に寄りかかりながら首を振った。


「みんな逃げちまったよ。元嘉三年の賦役が重すぎてな。朝廷はまた戦をするというし、山の中の妖魔どもは飢え狂って、毎晩のように村へ人間を攫らいに来る。こんな日々じゃあ、生きていけないさ」


謝必安(シャ・ビアン)はそれを聞き、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。


元嘉三年? それは前の王朝の年号だ。現在の大魏(たいぎ)からは、すでに丸三百年もの途方もない歳月が流れている!


彼は激しく波打つ感情を無理やり押し殺し、平静な声色を保った。


「ご老人、何か記憶違いをしていませんか? その元嘉の時代というのは、もう何百年も前のことですよ。それに……あなたのご家族やご親族は? どうしてあなたを見捨てて逃げたんですか?」


老人はゆっくりと首を振り、空洞のような瞳で虚無を見つめた。


「記憶違いなんかじゃない。死んだ。みんな、死に絶えたよ」


謝必安(シャ・ビアン)は背中にぞっとするような冷気を感じながらも、聞かずにはいられなかった。


「ご老人、それならどうしてあなたもここから離れないんです? もう誰もいない廃村で、普段はどうやって生活しているんですか?」


老人は足元の落ち葉を見下ろし、自嘲するようにため息をついた。


「去りたくても……もう去ることもできんのだ。いっそのこと残ることにしたのさ。それに……この家は、誰かが見守っていなけりゃならんからな」


謝必安(シャ・ビアン)は聞けば聞くほど違和感を覚えた。周囲の崩れ落ちた壁や砕けた瓦をぐるりと見渡し、心の中で密かに首を振る。この場所の、一体何を守るというのだ?


だが、袖振り合うも多生の縁だ。彼は考えを巡らせる。もしこの老人がここを離れる気があるのなら、自分たちの馬車は広いのだし、建康(けんこう)城まで乗せていってやるくらい、ついでにできることだ。大した手間ではない。そう心に決め、口を開こうとした。


老人の濁った視線が不意に動き、謝必安(シャ・ビアン)の右腕へと落ちた。そしてゆっくりと『驚蟄(きょうちつ)』へと視線を移す。あの沈んでいた瞳の中に、突如として複雑な感情が入り混じった。同情、悲哀、そして底知れぬ深い絶望。


「小兄弟……」老人は彼をじっと見つめ、声帯を微かに震わせた。「お前の身体の匂い、あまりにも強すぎる」


謝必安(シャ・ビアン)は眉をひそめ、警戒心を露わにして問い返した。「何の匂いだ?」


「血の匂いだ」


老人はその一言を吐き出すと、ピタリと口を閉ざした。辺りは一瞬にして死の静寂に包まれ、夜風が廃墟を通り抜けるヒューヒューという音だけが残った。


長い沈黙の後。老人は背筋の凍るような言葉を低く絞り出した。


「お前は……『拾遺(しゅうい)』だな?」


謝必安(シャ・ビアン)はその言葉に激しく驚愕し、全身の筋肉を瞬時に硬直させた。「何を言ってる?」


老人は答えず、ゆっくりと背を向け、再びあの禿げた箒を手に取った。そして、永遠に終わることのないような落ち葉掃きを一つ、また一つと再開した。竹の穂先が泥地をこすり、再び規則正しい沙沙という音を立てる。


拾遺(しゅうい)は因果なものだ……」月明かりに照らされた老人の背中は限りなく寂しげで、その声は遠い彼方から漂ってくるようだった。


「背負い込む業の借金は重くなるばかり。最後には、自分が人間なのか鬼なのかさえ分からなくなる。私は三百年この地を掃き続けた。この身体に染み付いた血の匂いを掃き清めようとな……だが、掃いても掃いても、綺麗にはならんのだ」


老人は手を止め、ゆっくりと顔を上げた。薄暗い月を見つめるその声には、底なしの疲労が滲んでいた。


「疲れたよ。もう、動けない」


謝必安(シャ・ビアン)は、全身の血が凍りつくのを感じながらその場に立ち尽くしていた。


彼の脳裏に、紫竹幽苑を去る際に重楼(チョンロウ)が口にした、あの抑揚のない言葉が突如として蘇った。


『俺が知っているのは、長年ここで庭掃除をしてきたが、無事に隠居して故郷へ帰れた拾遺(しゅうい)など、ただの一人も見たことがないということだけだ』


隠居した拾遺(しゅうい)が存在しないわけではない。


業債を背負い込んだ拾遺(しゅうい)たちは、たとえ肉体が死を迎えようとも、魂は永遠にその場に縛り付けられ、生前の執念に囚われたまま、終わりのない苦行を日々繰り返し続けるのだ。


陰冷な夜風が吹き抜け、防風提灯の炎が大きく揺らめいた。


謝必安(シャ・ビアン)は一度だけ瞬きをした。


目の前の空き地には、誰一人としていなかった。老人も、箒も。


ただ壁の隅に、とうの昔に風化して黒ずんだ枯れ骨が一体、静かに横たわっているだけだった。


その枯れ骨の指先には、緑色の錆に覆われた青銅の木札が死に物狂いで握りしめられている。微弱な提灯の明かりを頼りに、謝必安(シャ・ビアン)はその木札に刻まれた、二文字の不鮮明な古い篆書を読み取った。


それは、彼が嫌というほど見慣れた二文字。






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