第67話 策士、策に溺れる
【巻ノ二・残頁陸拾柒:『司天監・星暦档』残巻】
「凡そ卜筮の道は、大衍の数五十、其の用四十有九なり。
若し蓍草が中ばにて断ち、卦象が虚無とならば、乃ち天機が蒙蔽されたか、或いは大妖が隻手にて天を遮りしなり。強求を忌むべし。天道に反噬されるを免れんがためなり」
【司天監内部メモ】
世間の奴らは皆、占卜の道などと有り難がるが。俺に言わせりゃ、あんなものは関わった途端にドツボに嵌る呪いだ。
占い師ストリートの連中が好んで口にする「天機は漏らすべからず」なんて台詞は、激しい同業者の潰し合いを経験したことがない奴の世迷い言に過ぎない。
だが、もし大魏司天監の監正と世家の老太公が手を組んでなお、白紙の卦しか引けなかったとしたら?
俺の忠告を聞け。すぐに何事もなかったかのように振る舞い、見て見ぬふりを決め込むのが正解だ。お前が本当に命知らずで、残って深掘りしたいというのなら俺も止めはしない。どのみち、しんがりを務める生贄が一人足りなかったところだ。
†
建康城、謝府、密室。
青銅の瑞獣を象った地龍が密室を暖かく保っているが、空気には古びた銅錆と腐った血の匂いが漂っていた。
大魏録尚書事・謝淵は蒲団の上に胡座をかく。眼前の机には、伝家の殷商古銅亀甲と、幽暗な光沢を帯びた五十本の蓍草が供えられている。
これらの蓍草は、歴代謝家の占星術師の墓に生えた草を刈り取った呪物であり、表面には人体の経脈のような暗赤色の筋が浮き出ている。
司天監監正たる袁の爺さんは、片時も手放さない油紙傘を杖代わりにつき、そばで静かに様子を窺っている。揺らぐ灯火が二人の輪郭を鋭く照らし出し、明滅を繰り返した。
「どうした、天下の袁監正。この部屋に座る場所がないわけでもあるまいに」謝淵が彼を横目で睨む。
「ただの老骨ですのでな。謝大人のように精壮ではありません。足が痺れやすく、立って見物した方が見晴らしが良いのですよ」袁の爺さんは相変わらず笑みを張り付けた狐の顔だ。
「私が貴様の腹を探れないとでも思うな」謝淵は冷ややかに遮る。枯れ枝のように痩せ細った指が一本の銀針を摘み、ためらいもなく指先を刺し破って、数滴の血を枯れ草の山へ落とした。
大衍の数五十、其の用四十有九。
謝淵の精血を吸収した四十九本の蓍草は、日照り続きに甘雨を受けた生き物のようにジージーと細かな吸音を立て、なんと机の上で自ら蠢き始めた。
草の根から暗赤色の肉の髭が生え、古銅亀甲のひび割れへと無理やり入り込む。それらは軋むような摩擦音を立てながら空中で絡み合い、辛うじて四肢の判別がつく模糊とした草の人形を編み上げた。
謝淵は目を細め、口の中で呪文をつぶやく。
この混乱した国喪の夜に、あの伝国の遺詔を帯びて逃亡した不肖の孫の方位を、強引に捉えようと試みているのだ。
見る間に、草編みの人形が亀甲の上で苦しげに身体をよじり、三本の蓍草で束ねられた右腕をゆっくりと持ち上げ、まさに東南の方向を指し示そうとした。
しかし。最後の一爻が形を成し、方位が暴かれようとした、その時。
密室の燭火が突如として高く燃え上がり、不気味な紫緑色へと変わる。草の人形は名状しがたい恐怖を見たかのように激しく震え、赤子が泣き叫ぶような甲高い悲鳴を上げた。
パァァン!
鈍い破裂音が響く。命柱となっていた三本の蓍草が何の前触れもなく弾け飛び、悪臭を放つ黒い膿血を噴き出した。その瞬間、草の人形は全身を腐らせて崩れ落ち、ただの汚泥と化した。
「不味い!」謝太公の両手が素早く印を結び、反噬を抑え込もうとする。
袁の爺さんは形勢不利と見るや顔色を変え、手首を翻してバサッと油紙傘を頭上に開いた。
見えない巨大な槌のような反発の波が、謝太公の胸を容赦なく打ち据える。
謝淵は込み上げる血を強引に飲み込んだが、それでも一筋の暗赤色が口の端を伝い、顎の白髭を濡らした。
死のような静寂に包まれた密室。彼はうつむき、散らばった腐れ草と悪臭を放つ黒血を見つめたまま、泥人形のようにその場で固まっていた。
シュッ――油紙傘がゆっくりと閉じられる。
袁の爺さんは痺れた手首を揉みながら、自分がさきほど椅子に座らなくてよかったと密かに安堵していた。
「あり得ん! 絶対にあり得ん!」謝淵が勢いよく顔を上げる。目には血走った筋が浮かび、普段の沈着さはすっかり失われていた。
「読み取れん」謝淵の嗄れた声が苦しげに絞り出される。「あの小僧の星回りが特殊なのは構わん。だが、奴の周囲の人間や物の因果の軌跡が……まるで誰かにハサミで無理やり断ち切られたかのようだ。この建康城の方円百里、いかなる痕跡も探し出すことはできん」
それを聞き、袁の爺さんの灰色の瞳が揺れる灯火の下で狂ったように跳ねた。
顔の笑みはすでに消え失せ、右手が油紙傘を強く握りしめる。傘の石突きが青レンガの床をこすり、微かな音を立てた。
「紫の霧に覆われ、因果がことごとく断ち切られる……」袁の爺さんのひからびた唇が微かに震える。記憶の底に封じられていた過去を思い出したかのようだ。無意識に唾を飲み込み、声を極限まで押し殺した。「まさか……あの御方が来られたとでも?」
「袁の爺さん。事ここに至って、貴様はまだ白を切る気か?」謝淵が眉を吊り上げて鋭く問い詰める。「貴様の言う相手とは、一体何者なのだ!」
袁の爺さんは答えず、悠然と構える謝太公へと視線を移し、低い声で尋ねた。
「太公。あなた様は、謝必安の小僧が何か細工をして、我々に足跡を追わせないようにしている可能性はあると思われますかな?」
謝太公は枯れた指で机を軽く叩いていたが、それを聞いて鼻で笑った。
「あの小僧にそんな芸当ができるなら、司天監でしがない拾遺などやっているものか。老夫なら指一本で捻り潰せるわ」
「なればこそ。太公は博識であらせられるが、謝必安のあの『錯金琉璃』の手口、いささか出処が奇妙過ぎるとはお感じになられませぬか?」袁の爺さんは身を低くし、もったいぶって付け加えた。「ましてや、奴のそばには出処不明の二匹の猫がついておりますからな」
「フンッ」謝淵が勢いよく袖を払う。顔色は水が滴りそうなほど暗い。「あの小僧は狐のように狡猾だ。己の流派の伝承については常に深く隠蔽しており、我が配下が数年探っても何の手がかりも得られなかった」
謝淵と袁の爺さんが視線を交えさせた。
大魏の風雲を操るこの二匹の老狐は、互いの目の奥に隠しきれない警戒心をはっきりと見て取った。
「今日、老朽は別の急用があり、謝氏の屋敷を訪れたことなどありませぬぞ」袁の爺さんは油紙傘を懐に抱え込み、真顔で言った。
「老夫もあいにく風邪気味で、早々に休んでおった。来客など一人も見ておらん」謝淵は空咳を一つし、口元の血を拭い去って顔色一つ変えずに答えた。
言葉が終わるや否や、袁の爺さんは会釈すら面倒がり、油紙傘を杖にして脱兎のごとく密室を抜け出し、あっという間に跡形もなく消え去った。
†
紫竹幽苑。
日は高く昇り、秋雨の後の陽光が少しばかり目を刺す。
出かける時は清潔な麻の単衣だった謝必安だが、今は生臭い黒泥まみれで見る影もない。
腰に下げたあの『驚蟄』は、ただの無骨な薪かき棒のように足取りに合わせて揺れ、彼の尻を容赦なく叩いている。
午前中ずっと荒野で特訓したが、何の進展もない。
彼は連続で十数回も棍を振るったが、妖骨の中に渦巻く強烈な蛮力は、いまだに彼のもろい下半身の踏ん張りと反発し合っている。
棍の中の霊を屈服させるどころか、今はただ右腕を少し上げるだけで、腰椎から骨を刺すような激痛が走り、その場でへし折られそうになる始末だ。
よりによって手負いの山魈と猲狙の群れは、突然死ぬほど悪知恵を働かせ始めた。攻撃すらろくにせず、ただ身を躱すことだけに専念し、謝必安の空振りの勢いを利用して、彼を三つの異なる泥沼へ次々と突っ込ませたのだ。
蔵霜院の裏庭の井戸端に辿り着き、謝必安は『驚蟄』を外して青石板の上に放り投げた。鈍い衝突音が響く。
彼は重い井戸の轆轤を回し、骨まで冷えるような井戸水を一桶引き揚げた。
氷のように冷たい水がザァッと頭から降り注ぎ、顔中の泥汚れを洗い流す。
水滴が右腕を伝い落ちるが、暴れ回ったばかりの妖骨は、この不意の冷たさに対しても全く反応を示さない。
謝必安は水桶をそばの沈無に手渡すと、自分の右腕を見つめて鼻で笑った。
「死んだフリか? いいぜ。いつか必ずお前を屈服させる方法を見つけてやる」
銜蝉は涼みに行く騒ぎには加わらず、中庭に入るなりドロドロの泥のように軒下へ寝転がった。
虫の息でフンフンと鳴く。「俺様もうダメだ……今日の運動量は明らかに多すぎる。餓死しそうだぜ」
紅綃は物音を聞きつけ、早々に東の部屋に昼食の準備を整えていた。
八仙卓の上には、この時代で最も洗練されたご馳走が並べられている。
外はサクサクで中は柔らかく焼かれたニンニク風味の炙り豚が一皿。豚の皮は食欲をそそる脂の照りを帯びている。
マコモ米の飯が一碗。米粒は細長く、草木の清らかな香りを透かせている。
それに加えて、ジュンサイとスズキを使ってミルクのように白く濃厚に煮込まれた熱いスープが一鉢。
一行は部屋に入っても多くを語らず、沈無は真っ先に座って黙々と白身魚を噛み締めている。
銜蝉は机の下で、床に落ちた炙り豚の骨に貪りつき、ガリガリと骨を砕く音を立てていた。
阿奴は高い紫檀の棚の上に鎮座し、目の前の御馳走など見向きもしない。
紅綃はふんわりと微笑み、小さな玩具を持って近づくと、優しく言った。「阿奴、これ貴女に」
阿奴の丸い瞳が微かに開き、銀の牙で一口に咥え取ると、くるりと身を翻して梁の上へと飛び移った。
謝必安はとうに背中と腹がくっつくほど飢えており、濡れた服を着替えるのも後回しにして椅子にどっかりと座り込み、匙を取って勢いよく食べ始めた。
熱いスープが腹の底へ流れ込み、温かさが全身に広がる。井戸水を被って冷え切った身体がようやく人心地ついた。
彼は口元を拭いながら大声で言った。「マジで美味えな! ほんと納得いかねえよ。同じ姉ってつくのに、どうして料理の腕がこれほどまでに違うんだ?」
「公子。あなたはいつも奴婢をからかってばかりいらっしゃいます」
紅綃は頬を赤らめ、三日月のように目を細めて笑い、慌てて袖で口元を隠した。
突然。遠くの部屋から、何の前触れもなくポキッという乾いた音が響いた。どこかの罪のない筆の軸が、真っ二つにへし折られた音だった。
あっという間に平らげた。
食後。紅綃が冷泉を注いだ上品な茶碗を二つ運んでくる。
碗の底には少量のネギ、生姜の薄切り、陳皮が沈み、水面には灰色に縮れた枯れ葉がいくつか浮かんでいる。その姿はまるで干からびた虫の死骸のようだ。
紅綃は微笑みながら茶碗を窓辺へと押しやる。秋の陽光がちょうど碗の中に降り注ぎ、その死んだような枯れ葉が光に触れた途端、ビクッと痙攣したように跳ねた。
葉が冷水の中で少しずつ開き、ジージーと細かな裂け音を立てながら、鉄錆のような暗赤色を滲み出させる。
わずか三呼吸の間に、氷のように冷たかった泉水が枯れ葉の高熱で煮沸され、ゴロゴロと白煙を吐き出し始めたのだ。
陽光の力を借りて自ら沸騰するこの茶は、底に沈む香辛料を一気に煮立たせ、鼻を突く薬効の香りを放った後、すぐに静まり返った。
謝必安は少し待ってから、熱を帯びた茶碗を手に取り一口飲み下す。
辛味のある熱流が胃の腑へ真っ直ぐに落ち、全身の毛穴が一気に開き、瞬く間に心地よい汗が吹き出した。
「感謝する」沈無が軽く頷いた。彼はもう慣れきっている。この数日間、この茶を何度も飲まされているが、これが一体何なのか問い詰めたことは一度もない。
謝必安は茶碗を持ってフーフーと息を吹きかける。もう一口飲もうとしたその時、紅綃がにっこりと笑って袖の中から一枚の桑皮紙を取り出し、茶碗のそばにそっと置いた。ローズマリーの香りがほのかに漂っていた。
「公子。先ほど主が、あなたに必ずこれを『じっくり』目を通すようにと仰っておりました」
謝必安の眉がピクリと跳ね、胸の奥に嫌な予感がよぎった。
彼は茶碗を置き、左手の指でその紙切れをつまみ上げる。
目に飛び込んできたのは、達筆に殴り書きされた、紙越しでも濃密な怨念と脅迫の意図が伝わってくる督促状だった。
不思議なことに、その墨の跡は生き物のように紙の上をゆっくりと這い回り、はっきりとした文字を形作っていく。
「臭いガキ。あと二日だけ時間をやる。傷が治ったらさっさと出ていきな。前のツケとこの数日の雑費、私が親切に端数を切り上げて四万両にしておいてやったわ。ああ、忠告しておくけど、私は最近薬を練っていてね。ちょうど半妖半人の極上の霊薬の素材が欠けているところなのよ」
落款には、真っ赤な口紅の跡がくっきりと押されている。
謝必安の顔が引き攣り、表情が完全に崩れ落ちた。
彼はまだ、あの三万両余りの医療費は姐弟子がからかって書いた冗談だろうという淡い幻想を抱いていた。
だが今、悟った。この狂った女は本気なのだ。彼を生贄の羊として本気で料理するつもりであり、あの晩に引っ掻いて破った屏風の弁償すらも、一筆残らずきっちり清算するつもりなのだ。
机の下の銜蝉が顔を上げ、顔をひどく歪ませた謝必安を見るなり、魂が抜けそうになるほど驚いて彼を凝視した。
『親父! あんたこれ、中風にでもなったのか!?』
向かいに座る沈無はそれを見ると、余裕の態度で立ち上がって紙面を一瞥し、ピューッと口笛を吹いた。
再び座り直すと、自分の碗に浮かぶネギに息を吹きかけながら、顔も上げずに言い放った。
「四万両か。たいした金額だ。謝拾遺。お前が朝廷でどれだけ働こうと、よしんば一生涯身を粉にしても、到底返しきれない借金だな」
謝必安は桑皮紙を丸め、ギリギリと歯ぎしりをする。部屋中に飾られた贅沢な調度品を見回し、深いため息をついた。「マジでオカマ野郎になっちまった。とんでもない泥舟に乗せられたぜ……」
銜蝉がそばに座り、首を傾げて無邪気な顔で彼を見つめた。
『親父。あんたが気にしてたのって、そこだったのか?』
沈無は少し怪訝そうに眉を上げ、からかうように言った。
「その呼び名に何か不都合でもあるのか? もしかして謝拾遺は、『人妖』という言葉に何か誤解でも持っているのか?」
「なあ小七爺。人妖か妖人かはどうでもいい……」
しわがれた声が入り口から響いた。
重楼が火の消えた防風灯籠を提げ、青ざめた顔で敷居を跨いだ。彼の身体からはお札が燃えた灰の匂いが立ち上り、ひからびた両手にはべっとりと血がこびりついている。
「陣法の外で、少し妙なことが起きた」
重楼は余計な言葉は口にせず、身を翻して裏庭の方へ歩き出す。謝必安と沈無は視線を交わし、冗談めいた空気を引き締めてすぐに後を追った。
紫竹幽苑の境界を抜ける。足元はまだ乾いており、おかしなところは全く見当たらない。
だが、彼らが竹林の外の泥濘の荒地へやってきた時、眼前の死の静寂は背筋を凍らせるものだった。
数日前に『洛迦幻境』によってその場で絞殺され、山のように積み上げられていた数十体の妖魔の死骸が。
その瞬間、なんと跡形もなく消え去っていたのだ。
魑魅もいない。魍魎もいない。何も見当たらない。
それどころか、今日の午前中に沈無が一刀両断にしたあの巨大な猲狙の死体すら、羽が生えたように消えていた。
泥濘の中には、目を覆いたくなるような未だ固まらぬ黒血の海と、噛み砕かれて中の骨髄まですすり尽くされた太い骨の欠片がいくつか残されているだけだ。
沈無はしゃがみ込み、長い指で泥地に深く刻まれた溝の縁を撫でた。
それは幅数尺にも及ぶ引きずられた痕跡であり、竹林の奥深く、未知の荒野へと真っ直ぐに伸びている。
そしてその引きずり痕の終点には。
石臼ほどもある巨大な三本指の爪痕がくっきりと刻まれていた。
爪痕のそばにある紫竹の幹は、鋭利な刃物で削ぎ落とされたかのように樹皮が大きく剥がれ落ちている。むき出しになった白い木質部には、太古の祭祀の記号のような歪で不気味な傷跡が残されていた。
「この足跡を見るに……」沈無が立ち上がる。眉間に鋭い色が浮かび、手が無意識に百辟喪門刀の柄に掛かった。「決して尋常の妖物ではない。この怪物は、同類を食い荒らしている」
謝必安はそばにしゃがみ、噛み砕かれてグチャグチャになった妖魔の頭蓋骨を見て舌打ちをした。
「どうやら、招かれざる大物が一匹、ここをビュッフェレストランだと勘違いしてるみたいだな」
再び東廂房に戻ってきた時、先ほどまでの肉を食いながら談笑する熱気は完全に消え去っていた。
謝必安は八仙卓のそばに座り、左手で痛むこめかみを揉んでいる。
皇権の交代、天文学的な請求書、そして外で妖怪を食い殺している捕食者……。山積みになった厄介事が、九品の拾遺に過ぎない彼の肩に重くのしかかり、息をつく暇も与えない。
銜蝉は空気を読まずに机の脚のそばに寝そべり、炙り豚の骨を舐め続けている。阿奴は紅綃からもらった内丹を口に含んだまま、静かに目を閉じて力を練っていた。
カサッ……カサッ……
静かな部屋の中に、紙が擦れるような微かな音が唐突に響いた。
最初は誰も気に留めなかった。謝必安は窓の隙間から吹き込んだ風だと思っていた。
カサッ……パタン。
また音がした。
謝必安が顔を上げる。音のした方を見ると、部屋の隅の荷物の山に無造作に放り投げられていたあの古い書物――『大荒異聞録』が、何の外力もないのにページを微かに浮かせ、自ら一枚めくったところだった。
沈無の刀を握る手が急激に強張り、刃のような視線を向ける。
謝必安は気にも留めず、ゆっくりと歩み寄る。右腕の経脈が何かの気配に感応したのか、制御を離れて微かに脈打ち始めた。
彼は頭を下げ、その欠損だらけの古文書を見下ろした。
ページの上で、古い墨の跡がまるで生命を得たかのようにザラザラした紙面を這い回り、はっきりとした真新しい文字へと集束していく。
左側のページに、短い暗赤色の小筆の文字が浮かび上がる。
「南荒。山魈、人を食らう。すでに排除」
そして右側の本来真っ白だったページの上に、墨が意思を持つ黒い虫のように這い上がり、生々しく獰猛な豚の頭と狼の身体を持つ図案を描き出した。その下にゆっくりと新しい文字が滲み出る。
「北号山。猲狙、現世す。未収録」
謝必安はこの一文を見て、目を限界まで見開いた。
「クソッ……このボロ本。勝手にアップデートしやがったぞ!?」
彼は左手で沈無の袖をガシリと掴む。
「おい、老沈。俺の目の錯覚じゃないよな。お前も見たか? こいつ生きてるぞ!」
そう言い終わるや否や、彼は前に出て手を伸ばし、激しく揺れ動く『大荒異聞録』のページを力強く押さえつけた。
目に飛び込んできたのは、一面黄ばんだ真っ白な桑皮紙だ。しかし次の瞬間、紙の中央に波紋が広がり、刃で刻むように鉄画銀鉤の鋭い墨の跡が滲み出た。
「現在の収録:七」
謝必安は眉をひそめ、そのまま後ろのページをめくった。
白紙。
もう一枚めくる。やはり白紙だ。
そのまま下へめくろうとした、その瞬間。
バサバサバサッ――ページが突然制御を失ったかのように自ら後ろへ向かって狂ったようにめくれた。風切り音が止んだ場所、最後のページでぴたりと止まる。
そこにははっきりとこう書かれていた。
「残り:一千と七十三」
この瞬間、部屋の中は水を打ったように静まり返る。
謝必安はその「一千と七十三」という数字をただじっと見つめていた。
彼はついに理解したのだ。司天監「雑項科」で何年も人が寄り付かない「拾遺」という役職が、一体何を意味しているのかを。
窓の外の秋風が竹の葉を巻き上げ、彫刻の施された窓枠を打ち据える。
謝必安は崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
建康城の玉座に誰が座ろうが知ったことか。この一千と八十の怪異が記された名簿に比べれば、権力争いに明け暮れる世家門閥など、泥沼の中で骨の欠片を奪い合う野良犬のように無邪気で滑稽なものだった。




