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世説新鬼 —神のゴミを拾う男—  作者: 仔猫(コネコ)
第二巻:乱法と残骨
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第64話 タダより高いものはない



【巻ノ二・残頁陸拾肆:『司天監(してんかん)・武備档』残巻】


「樸拙なる短棍、名を『驚蟄(きょうちつ)』と曰う。雷木に髄を淬ぎ、暗紋に鋒を斂む。


大妖の血に非ざれば祭るべからず。暴虐の骨に非ざれば馭すべからず。棍出づれば春雷の如く、聞く者は皆伏す。


然れども此の物を保たん欲する者、必ず先ず其の内の霊を降伏させ、之をして主を認めしめて方に可なり」


司天監(してんかん)内部メモ】


頼むから。同門や先輩が屠龍の宝刀だの防弾神甲だのを押し付けてきたからといって。慌てて痛哭流涕して頭をぶつけ感謝するのはやめておけ。


すぐに手をズボンのポケットに突っ込み、自分のヘソクリがこれからの強制的消費を支払うのに十分かどうか確認しろ。このご時世。外でよだれを垂らしながらお前を囓ろうとしている妖魔鬼怪どもより。この笑みを浮かべた知人たちの方が、遥かに戦闘力が高いのだから。



蔵霜院。


姐弟子は謝必安(シャ・ビアン)の愚痴には充耳不聞だ。身を翻して傍らの黄花梨木の戸棚の前へ歩み寄る。


扉を開け。中から古びた黒布に包まれた長状の物件一つと、几帳面に畳まれた黒色の衣衫を一揃い取り出し。玉の榻の上に重く投げ落とした。


「あの偏心な女。良いモノはいつもお前ばかりに残すのね」


姐弟子は幽幽と語る。口調には隠しきれない嫉妬がある。


「この『玄鱗暗紋衫』は、あの老人が独門の絶刺繍で自ら縫い上げた法衣よ。私があの老人に長年侍奉してきても。衣の切れ端一切れすら掠め取れなかったのに」


彼女は地面のあの襤褸の司天監(してんかん)の官服の山を指差し。鳳眼を微かに細めた。


「お前のその司天監(してんかん)のボロ服。裏には朱砂で鎮邪の符文が刺してあるけれど、大妖は防げないわ。これからは師父がくれたこれを肌着にして、外にお前のその犬の皮を被りなさい。防護を一層増やして。その苦労して拾い戻した小命を保つことね。この数日は紅綃(ホンシャオ)に旧い官服を綺麗に洗わせて、少し縫い補わせておくわ。まだ辛うじて使えるでしょう。建康(けんこう)城へ戻ったら、忘れずに新しいのを補発してもらいなさい」


「それじゃあ紅綃(ホンシャオ)お姉様に労をおかけするね」謝必安(シャ・ビアン)は厚顔無恥に一揖した。


「ウフフ、お構いなく。私はこの数日、ちょうど暇を持て余しておりましたの」珠簾の奥から紅綃(ホンシャオ)の銀鈴のような笑い声が伝わってきた。


姐弟子が黒布を解く。


露出したのは毛を吹き飛ばし髪を断つような神兵利器などではなく。一根の通体幽黒たる短棍であった。


この雷撃棍の長さは約二尺三寸。正に平日腰の後に軽便に懸けられる寸法だ。


棍の身は一整截の、斧も鑿も入れられていない天然の千年の雷木だ。内に天地の霊が居す故か。表面に目を刺す寒光はなく。逆に水波のような暗沈たる紋路がびっしりと走っている。


定睛して細観すれば。その幽黒の木質の表面に、なんと細砕な光点が幾つも持続的に泛び上がっている。微弱な蛍火のように忽明忽滅し。生生不息の霊性を恍惚と透かせている。彷彿、目前の姿が其の真実の面貌ではないかのようだ。


隠約の間に。握り柄に近い処に、古樸な二つの小字が刻まれているのが見える。


「この棍の名は『驚蟄(きょうちつ)』。これも彼女がお前に残したものよ」


謝必安(シャ・ビアン)は榻の前へ戻る。


まずあの黒衫を撫でた。手に触れると氷のように冷たく、軽薄だが極めて強靭だ。


続いて手を伸ばし棍の身を握る。重量はずっしりと手を沈ませる。表面に泛ぶ光点が木目に沿って掌と摩擦し。陣々と痺れるような阻力感を伝えてきた。


「サンキュー、姐弟子」謝必安(シャ・ビアン)は平日のふざけた態度を収め。軽く二度重さを量った。「やはり師父は俺を分かってるな。俺のこの三脚猫の功夫じゃ刀剣は使えないって知ってるんだ。でも、俺が前に図面に描いたあの火を噴く連射できるヤツは。師父、作ってくれなかったのか?」


姐弟子は冷嗤を一声発した。「師父はこう言っていたわ。お前が描いたあの屑鉄は危険すぎる。自分勝手に弄り回すのは厳禁だと。お前にこの霊を帯びた天然の雷撃木を探し出すためだけでも。お前の兄弟子は極大な功夫を費やし、あやうく南荒で命を半分落とすところだったのよ。彼が発つ前に伝言を残していったわ。遅かれ早かれ、自ら建康(けんこう)城へこの借金の取り立てに行くからなと」


微かに一頓し。彼女は口調を少し和らげた。


「この木には霊がある。もしこれを使いたいなら。先ず其を降伏させ、主と認めさせねばならない。今後は、お前がこれとよくすり合わせることね」


謝必安(シャ・ビアン)は口角を引き攣らせ。きまり悪そうに乾いた笑いを二度漏らした。「そういえば、師父は……元気にしてるのか?」


「相変わらずのあの老いぼれ具合よ。一日中神神秘秘として」姐弟子は首を横へ向ける。「お前は少しはあの老人に心配をかけないようにしなさい。彼女がお前のためにどれほど……まあいいわ。師尊は私がこの手の事を多嘴するのを好まないから」


閑話休題。姐弟子は彼を見る。顔の笑みとあの嫉妬が此の刻ゆっくりと収斂していった。


彼女は謝必安(シャ・ビアン)の右腕を見据える。眼差しは殊にあの妖骨と肩の血肉が接する隙間に長く停留した。そこは妖骨と凡人の経脈が繋がる命門だ。


屋内の気雰が忽然と氷点まで降下した。


姐弟子のあの常に慵懶と悪趣味を透かせていた絶美の顔立ちに。なんと罕見にも凝重な神色が浮現したのだ。


彼女の眉頭は固く鎖され。眼底の深処に、彼女自身すら承認証したくない一絲の忌憚が閃き過ぎた。


「先ず座りなさい。上半身の服を脱いで」姐弟子の口調が冷えへ転じる。顎を微かに上げ、屋内の残りの者どもを一瞥した。「閑雑の人等は。暫且回避せよ」


沈無(シェン・ウー)は半点の無駄口もなく。膝の上の百辟喪門刀を一掴みにし、起身して門外へ向かって歩き去った。


阿奴(アヌ)は足先を軽く点じ。音もなく部屋の梁へ躍り上がり。一道の銀色の残影と化して換気窓から遁走した。


ただ銜蝉(シェンチャン)だけが謝必安(シャ・ビアン)の懐に居座って餌をねだろうとしたが。折返してきた沈無(シェン・ウー)に片手で首の後ろの皮を捏ねられ。生身のまま暖屋から引きずり出された。


部屋の扉がガァガァと音を立て。ゆっくりと合攏される。


屋内には香炉の内で漂散する迷迭香の気だけが残された。


謝必安(シャ・ビアン)は上衣を褪ぎ。あの青紫の瘀痕がびっしりと走る躯体を微涼の空気の中へ暴露した。


姐弟子は緩歩して前へ進み。俯いた。


氷のように冷たい指先が彼の右肩のあの複雑な紋理を滑り過ぎる。字に似て、画に似て、また扭曲した符文のごとし。


謝必安(シャ・ビアン)の目には。その処の皮膚には一圏の漆黒で妖異な刺青が多く走っているようで。花紋は繁複にして詭譎だ。


縫合の痕跡はない。全憑姐弟子の本事で、凡人の血肉と冷白の妖骨を強行に粘着させたのだ。


「嘶……」謝必安(シャ・ビアン)は冷気を一口吸い込んだ。


骨髄を刺す一道の鈍痛感が脊椎に沿って這い上がる。


姐弟子の指先の施圧に随い。右腕の皮下のあの暗金色の経脈が猛然と鼓脹し。極微細なジージーという悲鳴を発した。彷彿、沉睡する活物が外界の霊気に激怒させられたかのようだ。


姐弟子の指の腹が、あの接合の縫い目に沿って寸寸と遊走する。


忽ち。彼女の眼底に嫵媚と癲狂の交織する異色が泛び上がった。眸光は正に、炉から出たばかりの絶世の珍饈を盯めつけたかのごとく。


彼女はゆっくりと俯き。鼻先をあの妖骨にぴったりと擦り付け、深く嗅ぎ匂いだ。


謝必安(シャ・ビアン)はその飢餓の神情に見られて頭皮が痺れ。下意識に後へ半寸縮んだ。


「姐弟子。俺の身体は弱くて、折騰には耐えられないんだ。どうか克制してくれよ。本当に俺を一口で呑み込んだりしないでくれ」


「馬鹿なこと言わないで。私が忙しくしてるのが見えないの?」


謝必安(シャ・ビアン)がどうして敢えて再び彼女の専注を打擾できようか。


だが二人は極めて近接し。彼は姐弟子が探り出した霊巧な舌の先が。凡肉と妖骨の交接する、あの繁複な刺青の処に沿ってゆっくりと舔舐しているのすら見える。


温軟な触感が女子独有の甜香を伴って顔を打ち。謝必安(シャ・ビアン)を瞬時に渾身僵硬させ。心底に言い表し難い異様と不安を生じさせた。


尋常の医者の看診は望聞問切だ。この狂った女は間違いなく望聞触舔だ。


「姐弟子。一体どうしたんだ?」謝必安(シャ・ビアン)はあの生理上の顫慄を強忍し。声を沈めて口を開いた。


姐弟子はここに至り、ようやく名残惜しそうに舌の先を収めた。唇角に一絲の粘りつく水光が勾き上がる。


下方へ探査を進めるほど。彼女の眼底の疑慮はますます濃重になっていった。


あの妖骨の裡——あるいは今の謝必安(シャ・ビアン)の右腕の中に。なんと隠隠として、尋常の妖祟には属さない古の脈動が些か伝わってくるのだ。


このモノは。一体どこから来たのか? 彼女は当初取得した際、仔細に探察し。分明に毫無異様であったと明白に記憶している。


だが此の時あの震顫感は極めて微弱ではあるが。もし彼女が今回大半の機縁の心血を耗費し、親手彼のために接肢を行っていなければ。恐らく根本から察覚する術は無かっただろう。


「奇怪だわ……有り得ない……」姐弟子は低声で呢喃する。声は彼女自身にしか聞こえないほど軽い。


謝必安(シャ・ビアン)は敏鋭にこの点の異常を捕捉した。『驚蟄(きょうちつ)』の棍の身を握る左手が微かに締まる。「何が奇怪なんだ?」


姐弟子は回答しない。彼女はゆっくりと転身し。謝必安(シャ・ビアン)に背を向け。窓の外の茂密な紫竹林を望みながら。足足十数息沈黙した。


「小七」


彼女の声は平静を恢復した。だが口調の中には、前所未有の厳粛さが一分加わっていた。


「もし以後、誰かがお前の右手について尋ねてきても。絶対に彼に触れさせてはならないわ」


「誰が?」


「私にも分からないわ」姐弟子は微かに頭を側け。眼角の余光で彼を一瞥した。「あの骨の中には。どうやら別のモノが帯びられているようよ。私の見間違いだと良いのだけれど」


この要領を得ない警告は。簡直に一記の不意打ちが謝必安(シャ・ビアン)の後頭部を叩いたかのようだ。


彼はこの女の秉性を知りすぎている。人命を草芥と視るこの邪修に、これほどの凝重な神情を露出させるとは。謝必安(シャ・ビアン)はただ背筋が微かに寒くなるのを感じた。


「いや、ちょっと待ってくれよ姐弟子。半句だけ言って、言い終わらないうちに逃げるなんて無しだぜ! それじゃ故意に人の気を引いてるだけじゃないか! このままじゃ、遅かれ早かれ闇討ちされるぜ」謝必安(シャ・ビアン)は急いでわめき立てた。


「何? 本事がついて、偉くなったってわけ?」


姐弟子は歩みを停め。眉を挑ね上げ冷笑を一声発した。


「良い小僧ね。なんと姐弟子に説教しようとするなんて。私、突然お前のその腕はまだ完治してないんじゃないかって気がしてきたわ。私がもう一度、深刻な治療をしてあげる必要が十分にあるようね」


謝必安(シャ・ビアン)は首をすくめ、泣き言を連発して言う。「姐弟子、まともに話をしてくれないか? どうしてみんな師父みたいに、神神秘秘な真似ばかりするんだ」


姐弟子は頓とし。眼波が流転し、謝必安(シャ・ビアン)を上から下まで打量した。


「そういえば。師父の老人も私に聞いてこいと言っていたわ。お前があの得体の知れない司天監(してんかん)で、一体どう混じり合っているのかと。お前が居るあの何とかいう雑項科。どうしてお前が同僚のことを口にするのを聞いたことがないのかしら? その代わりに、一日中鏡妖司(きょうようし)のむっつり屋を引き連れているじゃない」


謝必安(シャ・ビアン)は無奈に嘆息を一口。姐弟子が先の話を続けたくないのを見て取り。仕方なく隠隠と痛む太陽穴を揉んだ。


「その話はやめてくれ。雑項科なんてのは、ボロを回収するだけのクソ溜めだ。死傷率は奇高く。俸禄は可憐なほど少なく。労膳司は一日中予算を削り。根本から人が集まらない。この年頭、真に本事がある奴が、どうして朝廷に良い顔を見せる? 科の裡には元々数人しかいないのに。偏偏として破事は牛の毛のように多いんだ」


謝必安(シャ・ビアン)は肩をすくめる。口調には大魏(たいぎ)社畜の悲涼が透けている。


「俺はその裡で一番の下っ端だ。だから建康(けんこう)城の裡に残されて雑用をこなし、誰も手を出さない腐った案件ばかりを専ら処理させられてる。他の何人かの先輩たちはとうに京の裡にはいない。全貝が外地へ派遣されて、棘手の妖祟の処理に当たっている。もしかしたら一陣過ぎて用事が済めば、彼らも自然に帰ってくるさ」


「あの穀潰しどもの群れに命を売るなんて。正にお前みたいなバカにしかできない事ね」姐弟子は冷嗤を一発し、不置可否だ。


謝必安(シャ・ビアン)は笑意を収めた。頭を下げて手中の雷撃棍を見つめ。左手の親指で軽く木紋を摩挲し、あの微弱に跳動する光点を感じ取る。


建康(けんこう)城がどれだけ腐っていても。俺は知微(チーウェイ)から遠く離れるわけにはいかない」彼は口調は平静だが、執拗さを透かせている。「これは俺が彼女に借りがあるんだ。俺はなんとしても多少の成果を混じり出し、籌碼を十分に貯め込まなければ。そうしてようやく、彼女を(シャ)家のあの人を喰う鬼の場所から連れ出せるんだ」


姐弟子は之を聞き、微かに一怔した。


彼女は謝必安(シャ・ビアン)のあのどうにでもなれという皮嚢の下に隠された固執を見て。軽く嘆息を一口した。


「お前のあの盲目の妹ね……」姐弟子は首を横へ振り。口調には罕見な理解が加わった。「ええ。お前のこの命は、確かに彼女からの借りだわ。でも。(シャ)家のあの老狐狸の群れは、彼女を業障を鎮圧する活菩薩として扱っている。お前が奴らの手から人を奪い取ろうとするなら。情況は少し厄介なことになりそうね」


姐弟子はこの話題の上で糾纏を続けなかった。


彼女は寛大な広袖を理め。袖口の暗袋から四四方方に畳まれた桑皮紙を一枚抽き出し。軽飄々と卓案の上に置いた。


「とにかくこの数日。お前は私の所でしっかりと身体を養いなさい。外で匂いを嗅ぎつけて押し寄せてきた雑砕どもは。門番の重楼に陣法を利用して防がせておくわ。一切無礙よ」


彼女は衣の裾を払い。身を翻して部屋の扉へ向かって歩いていく。


「数日過ぎたら。私が車馬を手配して、お前たちを建康(けんこう)城へ送り届けてあげる。その後、私は一度遠門を出るわ。一つ陳年の旧事を調べに行かなくてはならないの。ここは封鎖するから、短時間内には戻らないわ」


姐弟子の手が雕花の木門に按てられ。頓とした。


「この数日は用事もないのに私の煩いをかけに来ないで。飲み食いや、薬の交換など。用事があれば紅綃(ホンシャオ)に吩咐てやらせればいいわ。お前は自重しなさいね」


暗絳色の大袍が門外の冷雨の中へ消失した。


謝必安(シャ・ビアン)は空蕩々となった入り口を見つめ、眉頭を深く鎖す。


彼は起身して卓案の前に歩み寄り。あの残香の残る桑皮紙を取り上げ、ゆっくりと展開した。


本来は妖骨を圧制する符籙か、さもなくば師門の秘薬の処方箋だと思っていた。


然れども。彼が紙上の墨跡を清く看た時。たった今圧し下ろしたばかりの火気が瞬時に脳天を直衝し。顔全体が鍋の底のように黒く沈んだ。


紙には筆鋒鋭利な小楷で斯く書かれている。


紫竹幽苑医療費核算:


・大妖脊骨接駁:三万両


・寒玉榻租金、三日:五千両


・続命安神耗材:八百両


・本命涎水抜毒:不計価、お前は私に命を一つ借りたと算定する。


・医者精神損失費:三百両


・猫に威嚇された費:二百両


・本源心血加重剤量費:五百両


・深夜加班費:一千両


合計:白銀三万七千八百両。なお、これは身内価格である。


備考: ツケは一切不可。金が足りなければ、身体で払うこと。あるいは猫を売って現金化してもよい。


「……この値段。姐弟子の奴、まったく好き放題な言い値だな。あのぼったくりの悪徳店すら、彼女と比べりゃ慈善団体に思えてくるぜ」


謝必安(シャ・ビアン)は直接この帳単を粉々に捏ね砕いた。


手の甲の、たった今平息したばかりの暗金色の経脈が。隠隠としてまた暴起し発作を起こしそうな迹象を見せている。


外の荒野の裡では。無数の妖祟の低い嘶きが正に夜風に沿って隠隠と伝わり。建康(けんこう)城の内の皇権と世家も正に一場の天地を覆すような勢力図の塗り替えを迎えている。


だがこの鬼門関から這い戻ったばかりの底層の司吏に言わせれば。すべての宏大な叙事も生死の危機も。此の一刻においては。全貝この、僥倖にも逃れられたとばかり思っていた巨債によって。粉々に碾き砕かれてしまったのである。






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