第61話 世間を騒がせる
【巻ノ二・残頁陸拾壱:『大魏刑律・海捕』残巻】
「凡そ大逆不道なる者、郡国に下して捕らう。然れども建康は奢靡にして、捕役の多くは逢場作戯なり。唯だ万金を懸賞するの際、皇城の兵馬は方に餓狼の柙を出づるが如し。
此の間、単に官差の横行するのみならず、更に世家の豪右暗に千金を擲ち、緑林の草莽、江湖の死士を招募し暗中搜捕す。過ぐる所の処、鶏犬も寧からず。名は賊を緝むると為すも、実は搜刮と為す。
是の夜、建康に眠り無し。緹騎と遊侠四出し、坊市皆鉄甲の血に泣く声を聞く」――『司隷校尉・刑獄档』
【司天監内部メモ】
お前が官差、世家、そして妖魔から同時に死に物狂いで狙われている時。それは一つの事実を意味する。お前はもはや人間ではなく、分配を待つ一つの「財産」だということだ。
財産である以上、それが死んでいようが生き残っていようが関係ない。口が利けるか? 自分の意志があるか? この世の中、そんなことは誰も気にしない。
†
建康城の秋雨は。まるで永遠に果てがないかのようだ。
太極殿の異変と謝太公が発した海捕文書は。わずか半時辰の内に、何千何百という駅馬と化し、建康城百八坊の寂静を粗暴に突き破った。
暴雨の中。一騎絶塵の駅卒がずぶ濡れの黒頭巾を被っている。蓑を羽織っていても、内側の短衫はとうに雨水でずぶ濡れだ。
彼は左手で手綱を死に物狂いで抑え、右手で暗赤色の血紋が刻まれた「棨伝」を高く掲げ、馬を鞭打って狂奔する。
大雨が顔面を無情に打つのに任せ。この一道また一道の影は雷霆の勢いを巻き込み、四面八方へ向かって疾馳していった。
重い蹄鉄が水たまりを踏み砕き、耳を聾する轟鳴を発する。
「録尚書事の手諭を奉ず! 司天監の叛臣、謝必安を捕らえよ! 諸門を封鎖し、坊市を宵禁とす!」
玄鉄の重甲を被った金吾衛の隊伍が廷尉の捕役と結託し、防風罩に護られた松明を掲げ、外郭の貧民窟と平康坊へ強引に雪れ込んだ。
普段、薄給を取るだけの底辺の捕役たちは。望族権貴の絡む事件に遭遇すれば、いつも足取りが重く責任を推し付け合う。
だが今夜は違う。海捕文書にある「賞格万金」の四文字が、すべての兵卒の目を赤く焼いた。
平康坊の内で。腐朽した木の扉が、一人の金吾衛校尉によって粗暴に蹴り開けられた。
門軸が断裂する澄んだ音を立て、木屑が横飛する。
屋内で一家老若がガタガタと震えながら一団となって抱き合っている。
校尉の手には、雨水に打たれて墨跡が微かに滲んだ似顔絵が握りしめられており、そこには謝必安のやや痩せた顔が描かれている。
彼は一歩進み出、分厚い鉄の籠手で男主人の襟首を鷲掴みにし、地面から生身のまま持ち上げた。
「探せ! 人が隠れられそうな地下室、中二階、便器に至るまで長槍で三回突き刺せ!」
校尉は声を低く押し殺し、唾を男主人の顔に噴き散らす。
「大魏の律、保伍連座! 若し謝必安を匿わば、満門抄斬とす!」
兵士たちが狭い屋内へ雪れ込む。箱をひっくり返し棚を倒す砕裂音、女の悲鳴と子供の泣き声が、瞬時に一片に交織する。
数名の捕役が捜査の名を借り、遠慮なく卓上の数枚の銅銭と半袋の玄米を自分の腰袋へ掃き入れた。彼らはこの九品の小役人が一体どんな謀逆の大罪を犯したかなど根本から気にしていない。
海捕文書の男を見つけさえすれば、一躍大魏の新貴になれるのだから。
然れども。朝廷の鷹犬は表舞台で狂吠することしかできない。
この都市の陰の奥深くでは、世家望族の裏取引が正に開局したばかりだった。
烏衣巷の外、残破した酒の幟が掛かる地下の暗窯。
屋内に灯りはなく、ただ一盆の炭火が明滅する紅光を発しているのみ。
灰布の長衫を着て、親指に極上の翡翠の親指輪を嵌めた中年の男が、脂ぎった木の卓の前に端座している。この人物こそ王家の大管事だ。
彼の向かいには。体格が魁梧で、顔の半分に刺青がびっしりと入った江湖の刀客が座っている。
刀客の足元には一把の九環の大環刀が立てかけられ、刀の環が微弱な呼吸の間で細かな金属の衝突音を発している。
大管事は袖口からずっしりと重い紫檀の木箱を取り出し、卓の上をゆっくりと押しやった。木箱が卓と摩擦し、粘りつく痕跡を残す。
「朝廷の海捕文書、懸賞万金。だがその金、お前たち江湖の人間が持つには少々熱すぎるやもしれん」大管事は平緩な口調で、指で木箱の上を軽く二度叩く。「我が主が言うには。この箱の中は三百両の黄金の前金だ。お前が廷尉や鏡妖司より先に、あの謝必安という司天監の小役人を見つけ、連れ帰ってくることができれば。事成るの後、城外五百畝の水田の権利書、それに加えて千両の黄金を、即座に奉呈しよう」
刺青の刀客はタコだらけの大きな手を伸ばし、木箱を開いた。
目を刺す金光が瞬時に彼の貪婪な顔を照らし出した。彼は無造作に金塊を一本つまみ上げ、口に入れて力強く一口噛み。そこについた歯型を見て、満足げに口を裂いて笑った。
「大管事は痛快な御仁だ」刀客は金塊を箱へ投げ戻し、粗糙な指で刀の柄の麻縄を撫でる。「だが、聞くところによれば、あの小僧の側には鏡妖司の千戸、沈無がついてるそうだ。あれは手を出せば面倒な殺神だぜ」
「沈無が反抗するなら、殺せばよい。一人の職務怠慢の武夫、死して惜しむに足らず」
大管事は欠けた茶碗を持ち上げ、浮き泡を吹いたが、飲まなかった。
「主が求めているのは、謝必安の懐にあるあの品だ。生死は問わん、だが品は完好無欠でなければならん」
刀客は立ち上がり、木箱を鷲掴みにして懐へ押し込み、片手で九環大環刀を提げた。
「人の金を受け取り、人の災いを消す。大管事は佳音を静かに待っていればいい」
刀客が扉を推して出るに随い。建康城の地下の幫派、刺客組織、そして江湖の門派に隠匿していた無数の亡命の徒が、皆各路の世家望族からの巨額の懸賞を受け取った。
朝廷は律法に按じて事を進めねばならないが、門閥は結果だけを求める。彼らは金の山銀の海を叩きつけ、この緝捕を生身のまま底線のない狩猟へと変えたのだ。
太極殿が傾き倒れ、大魏の気運の金龍の哀号声が千里に響き渡る。
刹那の間。乱葬崗、地下水路、深山老林に蟄伏していたあの古の存在たちが。次々と暗黒の中で貪婪な目を開いた。
凡俗の官僚にとり、謝必安の価値はあの伝位の遺詔にある。
だが天下の妖祟にとり。この太極殿の内で国師を戲弄し、親手皇帝を封禁し、満身に龍の気を染め付けた男は。彼自身が一つの歩く無価の宝なのだ。
ましてや伝聞の中では、彼の身には妖魔鬼怪が皆垂涎する「太歳核」と「業火琉璃」まで隠されているというではないか。
此の時、建康城の北。後湖の畔の一片の荒廃した葦の群生する沼沢地でも。もう一つの人ならざる追跡が幕を開けた。
泥濘の黄土が突然外へ波打つ。
数頭の、体型が龐大で全身無毛、膿疱がびっしりと生えた媪妖が。彼らが奔り過ぎる処、葦の沼沢の屍の墳墓が次々と掘り返される。
彼らは埋葬されたばかりの棺を刨り開けたが、棺の中の新鮮な死体を啃食しには行かず。逆に一斉にあの五官がなく、血の池のような大口だけが生えた頭顱を上げ。秦淮の地界の方向へ向かって狂ったように嗅探した。
雨霧の中に、微弱だが其の靈魂すらも戦慄させる甘腥い匂いが瀰漫している。
それは抗拒しようのない致命の誘惑だ。彼らは霊智は未だ開かず、それが究竟如何なる神物かを知らぬ。ただ一切の上に凌駕する極致の渇望であることだけを知っている。
媪妖たちの喉から粘稠な低い唸りが発せられる。
四肢を併用し、積水と泥漿を踏み砕き、あの気味の源頭へ向かって狂奔していく。奔行の際、彼らは順道に沿途を過ぎる野犬や流民を口中へ引きずり込み、生きたまま噛み砕いた。
あの護国大陣の抑圧を失った底層の妖魔たちは皆、この行を因果の必然と視ていた。
この一刻。無数の悪意に満ちた目光と貪婪な殺機が。州県と荒野を跨越し、一枚の見えない死の網へと交織し。同じ方向へ向かって悄然と収攏しつつあった。
一方、この嵐の正中心にある紫竹幽苑は。世と隔絶した桃花源のごとく静かだ。
別苑の偏院の廂房の内。
沈無は上半身裸で、粗糙な木の榻の上に胡座をかいて座っている。その花崗岩のように堅硬な筋肉の上には、新旧の交錯する猙獰たる傷跡がびっしりと走っている。
緑襖の丫鬟・紅綃はすでに退き。屋内に残されているのは、次第に冷えていく血水の盆一つと、鼻を刺す薬の匂いを放つ「生肌膏」の一缶だけだ。
沈無は歯を食いしばり。指で黒々とした薬膏を大きく一塊抉り出し、胸のあの命にも関わりそうなほど深邃な鞭の痕の中へ容赦なく押し込んだ。
薬膏が血肉に触れた瞬間。沈無の全身の筋肉が劇烈に痙攣し、冷や汗が瞬時に谷川となって匯聚し、その堅実な脊椎骨に沿って滑り落ちた。
だが彼は強引に一回の痛呼も発さず。ただ呼吸が異常に粗重になったのみ。彼は傍らの清潔な粗麻布を一把で掴み取り、胸膛に力強く纏繞し、傷口を死に物狂いで勒め付けた。
すべてを終えると。彼は片手で膝の上に置かれた百辟喪門刀を掴み上げ。沈重な刀身を身の前に立てた。
刀の鋒は薄暗い燭火の下で、人を心悸させる暗紅の血サビを泛べている。
油尽灯枯の疲憊感が潮水のごとく一波一波と襲い来る。まぶたが鉛や鉄を流し込まれたように重い。
沈無の刀の柄を握る指がゆっくりと締まり。最後の清明を保つよう自らに強要する。
「謝拾遺……」彼は頭を下げ、刀の刃に映る自分の憔悴した顔を見て、声は沙嗄している。「この命は暫時お前に預けた。あの妖女の手にかかって死ぬなよ」
言い終えるや。沈無は気を屏め神を凝らし、眸を合わせ念を斂め。無辺の秋雨の音の中で、決然と功を運び自療を始めた。
蔵霜院。あの寒玉の榻が置かれ、降真香と毒草の煙霧に籠罩された暖屋の内で。
謝必安は無知覚のまま巨大な寒玉の榻の上に平らに横たわっている。
あの死気を放つ右腕は。今や完全に紫黒色へと変じ、部分の表面にすら灰白色の斑点が幾つも生え始め、朽ち木に似た気息を透かせている。
妖魅な女が玉榻の傍に立ち、この瀕死の躯体に対し絲毫の憐憫も持たない。
彼女はゆっくりと首を回す。この時屋内の地龍は極めて盛んに焚かれ、熱気が香料の匂いと混ざり合い、麗人は少し息が詰まりそうに薫られている。
彼女は微かに眉を顰める。身のこの繁複な暗絳色の広袖の大袍に対し、些かの束縛を感じているようだ。
素手を軽く上げる。猩紅の丹蔻を塗った指先が、慢条斯理に腰の絹の帯を解く。
沈重な外袍が束縛を失い。彼女の円潤な肩に沿って滑り落ち。足元の青石板の上に堆畳され、シルクが摩擦するサササという音を発した。
彼女は単薄な月白色の絹糸の中衣を一件着ているのみ。隠約として曼妙な肌理が透け、周身からはさらに濃烈で慵懶な迷迭香の気が縈り開いていく。
「ふぅ……これで随分と舒爽になったわ。さっきは本当に息が詰まりそうだったもの」
外袍を褪いだ後。彼女はようやく眼差しを再び謝必安の身へ戻した。
彼女は腰を屈め。手を伸ばして、血水と泥漿に浸透され、とうに鉄殻のように硬化した謝必安の官服の襟を摘んだ。
絲毫の遅疑もなく。両手で発力し、直接謝必安の上着を引き裂いた。赫然として、彼のあの蒼白で冷や汗にまみれた胸膛が露出した。
女の指先が彼の鎖骨に沿って一路滑り落ち。軽く彼の肋骨と経脈を押圧する。
指の腹から伝わる触感は氷のように冷たく滞渋している。彼女には、この男の体内の、高温の反噬を受けて枯渇に瀕している臓器が清晰に感じ取れる。
彼女の指が、あの黒ずんだ右腕に触れた時。一陣の強烈な排斥感が突然死肉の深処から伝わってきた。
「ふん。もしこの姐弟子に出くわさなければ。お前のこの腕、もう片刻遅れれば。知覚のない一截の廃磁器と化し、少し触れただけで地に砕け散っていたでしょうね」
女は手を収めることなく。逆に力道を強め、爪を黒ずんだ柔らかな泥爛れの肉の中へ深く掐り込んだ。
昏迷中の謝必安は劇痛を感じたのか、眉が立時に一団となって顰められた。
「ミャオォォォ――!!」
敵意と警告に満ちた凄厲な嘶鳴が。驟然と屋内の寂静を引き裂いた。
それと同時に。阿奴がとうに半空へ躍り上がり。鋭い爪を微かに開き、空間に数道の浅い白痕を引き裂いている。
この高慢な銀色の女王は全身の毛髪を逆立て、脊背を蓄勢待発の満弓のように弓なりにさせている。彼女の面目は猙獰で、目には不満の色が満ち。その実質に凝り固まったような極寒の殺意は、空気をほとんど凍結させそうだった。
彼女は絶対に許さない。この不安份で危険な女が、再び謝必安に対し、致命となり得るいかなる挙動を為すことも。
女は手中の動作を停め。ゆっくりと腰を直した。
顔を横に向ける。桃花のように人を勾引く眼眸が、笑っているようで笑っていないように、阿奴のあの敵意に満ちた両眼と対峙した。
一人と一匹の猫が。このように寒玉の榻の両端で、声なき互いに譲らぬ対峙を展開した。
屋内は死寂無声。香炉の内の香料が燃焼する時に発するピチピチという微音と。阿奴の喉の奥から発せられる、ますます低く押し殺された脅威の嘶吼だけがあるのみ。
女が突然口角を引き攣らせ。一抹の詭譎で狂熱的な微笑みを露わにした。
「あらら! これで怒ったのね」彼女は軽く声を潜めて呟き、指先をゆっくりと謝必安の右腕から移動させた。「でもね。もし彼をこの部屋から生きて出したいなら。お前は今からそこで大人しくしていることね。私の邪魔をしないで」
彼女は背を向け。傍らの、白絹が敷かれた黄花梨木の机へ歩いていく。
机の上には。一截の暗金色の、彷彿まだ微かに蠕動しているような脊椎骨が、静かに横たわっている。
女は雪白の柔荑を伸ばし。無価の芸術品を握るような優雅な姿態で。あの恐怖の気息を散発する妖骨を、軽く握った。
「小七」
女の指先が細密に摩挲する。口角に柔軟で奇怪なほどの笑みが漾り上がった。
「今回は、前回よりは気持ちいいはずよ」
「だから、もうむやみに動かないでね」




