第56話 蘇小小《スー・シャオシャオ》
【巻ノ一・残頁伍拾陸:『大魏方薬考・麻沸散』・残巻】
「漢末、華佗が麻沸散を創り、腹を割いて腸を洗い、骨を削って毒を療した。然れども華佗の死後、此の処方は緑林や暗娼へと流れ出た。奇女子あり。曼陀羅、生烏頭に妖祟の毒を佐え、神魂を麻痺させるを得る。刀でその肉を割くも痛まず、その骨を剔るも覚える所なし」――『司天監・医部档案』
【司天監内部メモ】
暗い路地裏の地下室で目を覚まし、主治医が兼業の遊女であり、まな板の上に錆びた屠殺包丁が置かれているのを発見した時。絶対に慌てて無実を叫んではならない。
この人が人を食う大魏の地において、彼女が切断されたあなたの腕に素性不明の犬の骨を縫い付けてくれるだけでも、常連客の顔に免じた最大の恩寵なのだ。命を長らえたいなら、口を閉じ、成分不明の麻沸散の碗を大人しく飲み干す術を学ぶことだ。
†
忘憂閣の天字号の部屋。
錯金の博山炉の龍涎香はとうに燃え尽きている。空気中には、水銀機関が作動した後の鼻を突く毒の瘴気が残留していた。微かな金属の甘腥さを帯び、息苦しく胸を圧迫する。
蘇小小は青銅の菱花鏡の前に立っていた。
すでに曼珠沙華が刺繍された大紅のシルクの上着を脱ぎ捨て、粗末な青衣の下働きの服に着替えている。粗悪な麻布で織られており、生地の縁の毛羽立ちが柔らかい肌をこすり、微かな刺痛をもたらす。だがそれは同時に、歓楽街から遠ざかったという確かな現実感を彼女に与えていた。
手際よく、大魏銭荘の暗紋が刻まれた数枚の金の葉と、極めて丸く磨かれた東海の真珠の小袋を、灰色の布包みに一緒に押し込んだ。胸の前に固く結びつける。動くたびに包みの中で金の葉がぶつかり合い、カサカサと微かな音を立てる。
だが、普通の民が一生浪費しても使い切れないほどのこの財富も、彼女の荷物の中では最も取るに足らない品に過ぎない。
蘇小小はしゃがみ込み、鏡台の最下層の隠し引き出しを開けた。細い指が器用に、埃を被った可動式の木の板を弾き開ける。
隠し引き出しの奥。なめした羊の皮で包まれた細長い皮袋が、静かに横たわっていた。皮袋の表面は脂ぎった光沢を放ち、防腐香料と血が混ざった淡い匂いが漂っている。
皮の紐を解いた。
中には、長さの異なる、蝉の羽のように薄く透明に磨き上げられた柳葉刀が七本、整然と収まっている。柄は滑り止めの粗い麻糸で固く巻かれ、刃は薄暗い蝋燭の火の下で冷たい青い光を反射している。傍らには骨を挽き切るための細かい歯の銅鋸が二本。そして死体油に漬け込まれた数十本の金糸。
皮袋の最も奥底には、黄蝋で固く封じられた青磁の小さな薬瓶がいくつか詰め込まれていた。
これらの薬瓶に入っているのは、美容のための真珠の粉などではない。
江湖の一流の高手でさえ一瞬で神経を麻痺させる特製の麻沸散。そして、人間の最後の一息を強引に繋ぎ止める、百年の蟾酥と生烏頭だ。
歓楽街にあっては、千金でも買えない優しさの郷。
だが、建康城の日の目を見ない地下の闇市においては。活人の皮を剥ぎ骨を解体し、逃亡者の切断された手足を縫合する、金繕いの鈴医(闇医者)なのだ。
つい先ほど、錯金の反噬で腐りかけていた謝必安の右腕を、これらの柳葉刀を用い、壊死した腐肉を一寸一寸削ぎ落とし、剔り出したのは彼女である。
「この世の中。男は頼りにならない。手の中の刀と金繕いの手技だけが、私を騙さない」
蘇小小は低く呟いた。皮袋を丁寧に丸め、肌着の内側に固く縛り付ける。冷たい柳葉刀が薄い布越しに温かい肌に密着する。この安心感が、彼女の意識を今この瞬間、極めて清明に保たせていた。
†
部屋の外の廊下では、大魏の国師が敷いた魂を抜く大陣がすでに轟然と作動していた。
床暖房が放っていた暖気は、腐った墓土の匂いを混じらせた陰寒に強引に取って代わられた。周囲の空気が死水のように凝固し、一回呼吸するだけでも極めて大きな体力を消耗する。
蘇小小は躊躇しなかった。
包みを斜めに背負い、重厚な彫花の房門を押し開ける。身を翻し、下働きの女中が汚物樽を運ぶための狭く圧迫感のある隠し通路へと滑り込んだ。
隠し通路には年月が蓄積した尿の悪臭と青苔のカビの匂いが充満している。滑りやすい壁に手をつき、手探りで下へ向かう。
板の隙間から、明滅する光の暈が漏れてくる。廊下の両側にある羊角の宮灯が、ジューッと脂の沸騰する音を立てているが、燃え上がっているのは陽気を吸い取った後の不気味な緑色の火だ。
二階の曲がり角。蘇小小の足が止まった。
広い板の隙間から外を見る。
普段は金を湯水のように使い、腹を突き出していた江南の塩商人が、外の廊下にへたり込んでいた。彼の周囲には数十枚の銅銭と砕けた銀が転がっている。普段なら命のように執着する黄白の物も、今は見向きもされない。
この富商は危険の到来に気づいていなかった。ただ異常な火照りと疲労を感じ、両手で無意識に自分の首筋を掻きむしっている。
贅沢に手入れされ、翡翠の親指輪をはめた手が。高価な蜀錦のシルクを容易く引き裂き、ついでに灰白色の皮肉を大きく引きちぎった。
皮下から一滴の鮮血も流れない。本来なら殷紅であるはずの血管から、暗赤色の粘液がゆっくりと滲み出していた。
大陣が、これら活人の陽気と血肉を、地底の妖祟の養分へと強引に転化させているのだ。
「寒い……翠児……炭を足せ……」
塩商人の喉から、破れふいごのような粘りつく譫言が漏れる。濁った眼球が次第に死の灰色の膜に覆われる。
直後。太い暗赤色の肉の髭が彼の眼窩を突き破って飛び出した。貪欲な毒蛇のごとく、空中で狂ったように身を捩る。塩商人の躯体は瞬時に干からび、華麗なシルクに包まれた骨と皮だけの塊へと化した。
蘇小小は下唇を強く噛んだ。
音一つ立てない。愚かに扉を押し開けて助けに行こうともしない。
この人命を草芥とする銷金窟で、余計な悲憫は、自分が次の乾屍になる確率を上げるだけだ。
彼女は胃で激しく波打つ酸水を強引に押し殺し、悪臭を放つ残骸を踏みつけながら、裏庭の最下層へと手探りで進み続けた。
†
腐朽した雑物が積まれた薪小屋を抜け、泥濘みきった裏庭へ踏み出す。
前庭の方角から、鉄浮屠が重弩を発射する鈍い空気を裂く音と、建物の倒壊する轟音が絶え間なく響いてくる。国師の私兵は前庭で死に物狂いで足止めされており、大雨に洗い流されるこの裏庭を気にかける者はいない。
秋の雨が骨を刺すように冷たい。頬を打つ。
黒い泥を踏みしめ、一歩進むごとにバシャッという重い音がする。泥の中には正体不明の砕けた骨や腐葉が混ざり、生臭い匂いを放っている。
庭の最も奥。曲がった古い槐の木の下。
黒緑色の青苔が生い茂る枯れ井戸が、天に向かって開かれた巨獣の独眼のごとく、雨の夜に静かに潜んでいる。
蘇小小は井戸の縁に立ち、懐から謝必安の鮮血が染み込んだ木製の腰牌を取り出し、井戸の口へ探り入れた。
しばらくして、井戸の底の暗闇から引魂蛾が羽ばたいて現れた。全身から不気味な緑色の微弱な燐光を放ち、井戸の上空でゆっくりと旋回する。
蘇小小はそれを見て重荷を下ろしたように息を吐き、無意識に口角に笑みを浮かべ、ツバを吐き捨てるように言った。
「ふん。あのバカ男も少しは良心が残っていたようね……長年の腐れ縁も無駄ではなかったわ」
彼女は二言目もなく、滑りやすい青石の井戸の縁を両手で掴んだ。錆びついた轆轤はとうの昔に腐ってボロ木の塊と化している。
深呼吸をし、身を翻して井戸の中へ飛び降りた。井戸の壁に残るわずかなレンガの隙間だけを頼りに、底なしの陰曹へと素手で滑り降りていく。
井戸の壁には滑りつく暗い苔がびっしりと生え、死人の肌を撫でるように冷たい。つま先をレンガの隙間にねじ込むたび、深淵へ引き摺り込もうとする重力に抗うため、全身の力を使い果たす。
粗いレンガの石が容赦なく指の腹をすりむく。殷紅の鮮血が雨水と混ざり、白く美しい手首を伝って蛇行し、果てしない暗闇へと滴り落ちた。
痛みの声一つ上げない。引魂蛾が前方で旋回して道を案内するに任せる。五指も見えないこの暗黒の通路で、時間は意味を失ったかのようだった。ただ耳元で、自らの荒い息遣いと、レンガと擦れるカサカサという微音だけが響き続ける。
ガリッ。
足元のとうに緩んでいた青レンガが、重量に耐えきれずに突然砕けた。
蘇小小の身体が猛然と下へ落ちる。
無重力感が瞬時に心臓を鷲掴みにした。両手の十指を鷹の爪のように下の階層のレンガの隙間に死に物狂いで食い込ませる。爪がひっくり返りそうになる。劇痛が脳天を突き抜け、冷や汗が瞬時に薄い青衣を濡らした。
歯を食いしばり、身体を冷たい井戸の壁にぴったりと密着させる。激しい心拍が少し落ち着くまで待ち、ようやく引魂蛾を追って再び動き始めた。
引魂蛾の飛行軌道は定まらず、時に上へ舞い上がり、時に唐突に左右へ折れ曲がる。だが大半の時間は、暗闇の深淵へ向かって降下し続けている。
どれほど登り、進んだか分からない。井戸の口からの暴雨の音はすでに遠く鈍くなり、最後には死のような静寂に飲み込まれた。
ビチャッ。
蘇小小の黒靴がついに実体を踏んだ。
足元の感触はもはや硬いレンガではなく、粘りつき、冷たく、抵抗力に満ちた泥だ。空気には百年堆積した強烈な悪臭が充満し、目を開けていられないほど燻される。
大口で荒い息を吐き、井戸の底の石壁にもたれてしばらく休む。その後、血肉が混ざり合った両手を上げ、懐から再び謝必安の血がついた腰牌を取り出した。
暗闇の中、引魂蛾が馴染みのある血の気配を嗅ぎ取り、猛然と羽ばたいた。巨大な鍾乳石が逆さにぶら下がる石林の方向へ飛んでいく。
蘇小小は鉛を流し込んだような両足を引きずり、黒い泥の中を深みに足を取られながらも跋渉する。薄暗い鍾乳洞内は万籟が静まり返っている。不意に足が深く沈み込み、埋もれていた骨を数体生身のまま踏み砕き、泥濘の中で乾いた寒響を数回弾けさせた。
悪鬼の牙のような石林を抜けると、前方に黒い河水が流れる地下の暗河が現れた。
河の水は溶けたアスファルトのように粘りつく。表面には無数の破れた紙銭と、青白く腫れ上がった水死体が浮かんでいる。水死体の顔はとうに崩れ、水流のうねりに合わせて、ゴボゴボという不気味な音を立てていた。
岸辺に、沈水烏木で作られたボロボロの渡し船が静かに停泊している。
五感がなく、ボロボロの蓑衣で全身を覆った渡し守が、船首に立っている。手には無数の人間の大腿骨を繋ぎ合わせて作られた白骨の長い竿を持っている。
蘇小小は後退しなかった。信物の象徴である木牌を掌に死に物狂いで握りしめ、大股で烏木船に乗り込んだ。
重い身体が圧しかかり、渡し船がギシッという悲鳴を上げる。今にもバラバラになりそうだ。
渡し守は銅銭を要求しなかった。白骨の長い竿を黒い水の中で軽く突く。渡し船は粘りつく河水を押し退け、音もなく、五指が見えない陰河の深淵へと滑り出していった。
河面には青白い霧が立ち込め、水流が船体を叩き、骨を刺す陰風を運んでくる。蘇小小は薄い青衣をきつく引き寄せ、静かな眼差しで前方の未知の暗闇を注視した。
†
暗闇の中をどれほど漂流したか。前方にようやく点々とした不気味な緑の燐火が現れた。
無常駅。
建康城から遠く離れたこの畸形の集落は、巨大な地下鍾乳洞の中に根を下ろしている。見渡す限り、白骨や破れた帆布、腐肉で組まれた粗末な露店が立ち並ぶ。青面獠牙の悪鬼、半人半妖の畸形の怪物。そして、寿命を延ばすために危険を冒す大魏の術士たちが、この泥濘の中で肩をぶつけ合い、それぞれが腹に一物抱えながら取引を行っている。
蘇小小が渡し船を降り、両足が泥に沈んだ瞬間。強烈な死体臭を放つ数匹の食屍鬼が、活人の気配を嗅ぎつけた。
干からびた腹がゴロゴロと轟音を立てる。口角から黄色い涎を流し、四肢を地につけ、野良犬のようにゆっくりと迫ってきた。
蘇小小に微塵の慌てた様子もない。
逆手で、肌着の内側の皮袋から、最も長く、最も鋭利な柳葉刀を抜き出した。
刃が、不気味な緑の燐火に照らされ、冷たく青い光を反射する。
「失せな」
蘇小小の声は大きくないが、狠戾と決絶を透かせていた。先頭の食屍鬼を冷ややかに睨みつける。
「私のこの刀には、百年の蟾酥と生烏頭で煮詰めた劇毒が塗ってある。皮肉が一瞬で一灘の膿水に変わる味を試したい奴は、一歩前へ出てみなさい」
無常駅の低級の妖祟に神智はさほどないが、劇毒と煞気に対する獣の本能的な恐怖は持っている。蝉の羽のように薄い刀の刃から伝わる致命的な脅威を感じ取り、数匹の食屍鬼は低く咆哮を上げ、不本意そうに悪臭を放つ影の中へと退いていった。
彼女は無表情で柳葉刀を袖口に収めた。入り組んだ泥濘の小道を辿り、明確な目的を持って無常駅の東側にある取引区画へ歩を進める。
そこは陰間の薬草と異獣の骨格を専門に売る「爛骨巷」だ。
逃亡と未知の生存危機に備えなければならない。鈴医として、大魏では絶対に買えない希少な縫合材料と猛烈な止血薬を補充する必要がある。
干からびた人間の皮が数枚掛けられ、露台に各類の獣骨が積まれた隅の露店で、蘇小小は立ち止まった。店主は顔の半分が黒焦げで、眼窩には二つの幽光しかない盲目の老女だ。
「一両の『陰河の黒蚌』が吐いた真珠の粉。それから半尺の三百年の『地蟒の筋』を縫合糸として」
蘇小小は声を殺した。懐の包みから蝉の羽のように薄い金の葉を一枚取り出し、老女の前にある人間の頭蓋骨で作られた盆へ無造作に放り投げた。
金の葉と頭骨がぶつかり、カランと唐突な澄んだ音が弾ける。
盲目の老女は枯れ枝のように痩せ細った指で、金の葉の表面にある大魏銭荘特有の暗紋を丁寧に撫でた。間違いがないと確認すると、風の漏れる口を大きく開け、夜梟のような耳障りな笑い声を上げる。
「娘さん、目利きだね。この地蟒の筋は極陰の地に育ち、靭性は最高だ。切れた筋脈や砕けた血肉を縫い合わせるには、お前さんたちの羊の腸の糸より百倍は使い勝手がいい。ただ、陰気が重すぎる。活人に縫い付ければ、雨降りの陰鬱な日には、万の蟻に骨を食い破られるような痛みが走る。並の人間には耐えられんよ」
老女は言いながら振り返り、腐臭を放つ数々の壺の中を手探りし始めた。しばらくして、微かな生臭さを放つ油紙の包みを一つ包み上げ、差し出した。
「大魏の活人は、命すら保てないのよ。誰がそんな痛みを気にするものですか」
蘇小小の口調は冷淡だ。
露店の前に立ち、冷たい指で胸元の柳葉刀の皮袋を軽く押し、武器がいつでも抜ける状態にあることを確認する。老女から油紙の包みを受け取り、丁寧に懐にしまい込んだ。
だが、彼女はすぐに背を向けて立ち去ろうとはしない。
再び手を灰色の布包みに探り入れ、細い二本の指で丸く磨き上げられた東海の真珠を一粒つまみ出した。真珠の表面が温潤な微光を放ち、この薄暗く汚濁した爛骨巷の中でひどく目立つ。
蘇小小は手首を微かに動かし、真珠で老女の前にある頭蓋骨の盆の縁を軽く二度叩いた。トントンと鈍い音が響く。
「婆さん、長年この地で生業をしているのなら、ここの裏も表も熟知しているでしょう」蘇小小は声を潜めた。歓楽街の女特有の精明さと警戒心を透かせる。「身を隠せる暗い部屋が一つ欲しいわ。素性は問わず、通行証も調べない。一番重要なのは、上の朝廷の鷹犬の目を逃れられること。いくらかかるか、婆さん、道を指し示しなさい」
盲目の老女の半分黒焦げの顔の皮が引き攣った。空洞の眼窩の幽光が、蘇小小の手の真珠に死に物狂いで張り付く。喉の奥で粘痰が転がるようなゴロゴロという音が鳴った。
枯れ木のような指を伸ばし、真珠を鷲掴みにして掌に握り込む。風の漏れる歯に当てて強く噛んだ。出来を確認すると、老女は口を開け、夜梟のような耳障りな笑い声を上げる。
「上は腐肉を煮込む鍋のように大荒れだ。ここに難を逃れに来る活人も少なくない。娘さん、この地底の宿屋もピンキリでね」
老女は爪の黒ずんだ三本の指を伸ばし、空中で揺らした。
「一番下賤なのは、陰河の下流にある『逆さ吊り棺』だ。一晩三文。崖の腐った棺桶の板の中で眠る。夜中にはよく水猿が這い上がってきて、活人の足の指をかじるのさ。安いのは安いが、次の日の朝目が覚めたら、お前さんのその白く美しい肌が他人の衣になっているかもしれんよ」
「もう少し確実なのは、西へ行った所にある『皮剥ぎ娘』が営む『紅肉坊』だ。一晩砕銀一両。扉の板には魔除けの黒犬の血の札が掛かっていて、並の妖祟は近づけない。だがそこは一日中人間の脂を煮詰めていて匂いがキツい上に、寝る時は片目を開けておかないと、あの女に上等な薬の材料と見なされて生きたまま皮を剥がれるからね」
老女は一拍置き、その真珠を懐にねじ込んだ。口調に少し媚びが混じる。
「娘さんがこれほど気前がいいのなら、老身も出し惜しみはしないよ。この陰河の下流の黒泥の沼に、沈木の画舫が停泊している。あれは前朝の水軍提督の陪葬用の楼船を改築したものだ。お嬢さんの手にあるその大珠なら、最上階の秘字号の船室を貸し切りにして、数夜の安寧と交換できる」
老女の枯れ骨のような指が漆黒の河面を指差す。笑い声がますます粘りつき、耳障りになった。
「あの楼船の下の泥と水草の中には、錆びた鉄鎧を着た鎮河の死士が何十体も昼夜潜んでいる。珠を渡し、船室の扉の外に客札を掛ければ。船端に半歩でも近づく者は、水鬼どもに鉄の鎖で河底へ引きずり込まれ、生きたまま一灘の腐肉にすり潰される。あの船に一歩踏み入れれば、上の神経を尖らせている金吾衛どころか、十殿閻羅の魂の取り立て屋でさえ、お嬢さんの衣の切れ端一つ汚すことはできんよ」
蘇小小の眼底に、満足の冷光が閃いた。
陰河に浮かぶ腐朽した画舫。濃い水蒸気で活人の気配を遮断できる上に、これほど凶悪な死体が暗衛として護衛を務めている。このような日の目を見ない退廃的な庇護所は、消えることのない水草の生臭さを透かせているが、今の彼女が身を隠し、休養を取るには絶好の場所だ。
「ありがとう、婆さん」
彼女は頷き、それ以上は語らなかった。青衣の粗布のフードを引き上げ、傾国傾城の美貌を徹底的に影の中に隠す。
数歩歩いたところで、不意に身震いをした。「誰か陰で私の悪口を言っているのかしら……」疑惑の顔で暗闇の奥を振り返り、すぐに首を振って自嘲した。「フッ、どうしてまたあのバカ男のことを……」
精神を収め、振り返って粘りつく泥の中に足を踏み入れる。音もなく無常駅の奥深くへ歩を進めた。ただできるだけ建康城から遠ざかりたい。異臭と燐火と凄惨な緑の濃霧が立ち込めるこの地下の死の城において、彼女は生身の自分を暗闇に溶け込ませ、一抹の目立たない幽魂と化した。




