第54話 強者には強者あり
【巻ノ一・残頁伍拾肆:『大荒異聞録・残巻』】
「太歳とは、地の肉なり。妖にあらず鬼にあらず、乃ち上古の混沌の穢物なり。極陰に生じ、之を食せば寿命を延ばすが、必ずその反噬を受く。若し大荒の上古の遺巻に遇わば、その気は相沖し、太歳は必ず本相を現し、天敵に遇うが如く、倉皇として遁走す」――『司天監・妖部档案』
【司天監内部メモ】
役所を何十年も牛耳り、朝野の権力を握る刀槍不入の老汚職官僚に直面した時。刀を持って強引に押し入るなど最も愚かな行為である。
埃を被った倉庫の最下層から、カビが生え、彼の出世の黒歴史が記された初代の帳簿を探し出さねばならない。その腐った帳簿を顔に叩きつければ、無数の人の血で積み上げられた緋色の官服など、瞬時に剥ぎ取ることができるのだ。
†
太極殿内。高温と腐臭の血気が濃く、今にも水が滴り落ちそうだ。
「死ね!」
仏門の業火の抑圧を失った国師李泌が、人ならざる嘶きを上げた。老人の嗄れ声ではない。老若男女数十人の声が一つの喉管で揉みくちゃにされ、重なり合った混濁の共鳴だ。
枯れ細っていた躯体が、太歳肉芝の逆襲を受ける。皮下の血管が太い黒蛇のように暴起した。紫袍が瞬時に引き裂かれ、無数の破片となる。
李泌の半身は、すでに畸形な肉の塔へと膨張していた。暗赤色の脂肪瘤の上に、まだ開いていない無数の盲眼が生えている。
「ニャオオォォォーーッ!!」
耳を劈く咆哮が大殿に轟いた。獅子の吼え声、あるいは龍の嘶き。百獣を震え上がらせる無上の威勢だ。
普段は食い意地が張って怠惰な銜蝉が、事態の異常さに気づき、ついに本来の凶威を現したのだ。
肥えた身体が空中で激しく震え、体内で雷のような骨の爆裂音が響く。風を孕んで膨張する。
瞬く間に、体長一丈余りの巨型の凶獣と化した。目は銅鈴のごとく見開き、首周りには黄金の螺旋状のたてがみが密集している。全身に符文が絡みつき、暗金の光沢が流れる。真金で鋳造されたように、堅不可摧だ。
金公法相。
巨大化した銜蝉は制御を失った攻城戦車のごとく、血盆の口を開けて国師へ突進し、李泌の膨張した右腕に激しく噛み付いた。生鉄をも噛み砕く咬合力。だが国師の太歳肉芝に触れた瞬間、泥牛が海に入るように跡形もなく消え去った。
李泌は躱さない。銜蝉の巨歯が皮肉を噛むに任せる。暗赤色の肉糸が強酸性の粘液を急速に分泌した。ジューッという腐食音。銜蝉の数本の牙が、生きたまま溶け落ちた。
「たかが食い意地の張った畜生が。図に乗るな」
国師の歪んだ人面に暴虐が過る。象の脚のように太い左腕を猛然と振り上げ、山をひっくり返すような重い風圧を伴い、銜蝉の腰腹へ真っ直ぐに叩き込んだ。
ドゴォォン!
背筋が凍る骨の砕ける音。銜蝉は巨大な身体を持ちながら凄惨な悲鳴を上げ、数千斤の肉体がこの一拳で吹き飛ばされた。破れた布袋のごとく二本の青銅の燭台をへし折り、積水に重く叩きつけられ、立ち上がれない。
「死ね――!」
国師が拳を振るった隙を突き、沈無が狂飈の突進。百辟喪門刀が凄まじい風圧を伴い、国師の首筋に轟然と叩き込まれた。
空中に甲高い爆音が響く。だが、無往不利の刃は一寸ほど食い込んだだけで、それ以上は進まない。鉄のように強靭な無数の太歳肉糸が傷口から狂ったように湧き出し、活き物のように刀身を死に物狂いで食い止めたのだ。
「邪魔だ!」
李泌の脇下の皮肉が両側にめくれ返る。子供の腕ほどもある肉の触手が体を突き破って現れた。逆棘の生えた長鞭のごとく、沈無の胸を激しく打つ。
沈無の胸の内側の犀の革鎧が寸々に砕け散った。身体が吹き飛ばされ、金糸楠木の蟠龍柱に重く激突し、大口の鮮血を吐いた。
わずか二合の短兵急接。銜蝉と沈無は徹底的に蹂躙された。ここまで来て初めて、大魏の権力の頂点に立つ怪物が、本来の獰猛な牙を剥き出しにしたのだ。
李泌が首を回す。視線は、その場で身動きできない謝必安を死に物狂いで捉えた。十指の骨の刺がゆっくりと伸び、この底辺の小役人を青銅の残骸に釘付けにしようとする。
その時。
フゥゥ……。
太極殿の息が詰まる高温が、前触れもなく氷点下にまで急降下した。床を流れる血水が瞬間に青白い氷霜に凝結する。
空中で冷ややかに傍観していた阿奴のオッドアイの瞳が、突然、青と黄の刺すような寒芒を爆発させた。小柄な猫の身体が、氷霧の中で急速に引き伸ばされ、ねじれる。
澄んだ氷の結晶が砕ける音とともに、氷霧が散る。
姿が美しく、肌が雪のように白い少女が、李泌の前の空中に浮かんでいた。氷霜で凝結された秘製の広袖の流仙裙をまとい、頭いっぱいの銀髪が冷風に狂乱して舞う。最も目を引くのは、頭頂の毛むくじゃらの銀色の猫耳と、目に宿る、俗塵に染まらぬ、極めて暴虐な傲慢さだ。神情は骨を刺すほど冷たく、月の光のような眼差しには温度がない。全身からミスリルのような微光を放っている。
銀母法相。
「汚らしい腐肉が。妾の視界に入る資格があるとでも?」
猫耳の少女から空霊で清冷な声が発せられた。細い両腕をゆっくりと上げ、十指で虚空を握りしめる。
刹那、大殿の丸天井から滴る秋の雨が強引に凍結された。長さ一丈余り、不気味な青い死気を放つ巨大な氷の槍が、成百上千本、空中に忽然と成形される。
阿奴の右手首が下がる。満天の氷の槍が破滅的な流星雨のごとく、耳を劈く音爆を伴い、国師の巨大な肉身へ向かって一斉射撃された。
左手首が返る。水銀のように溢れる秘銀の微光が、瞬時に千万の氷霜の月刃と化し、骨を刺す寒気が空を覆い尽くして吹き荒れた。
ドォォォォン!!
氷の槍が密集して李泌の躯体を貫き、白大理石の床板に釘付けにする。極寒の浄化の霊気が傷口に沿って急速に蔓延し、国師の不気味な太歳肉芝を月華の中に一気に凍結しようとする。
しかし、大魏国の妖孽の生命力は、とうに五行の常理を超越していた。
「ハハハハハ! 児戯に等しいわ!」
針鼠のように釘付けにされた李泌が狂暴な大笑いを上げる。体内の太歳の血液が燃焼を加速し、金石をも溶かす高温を生み出す。堅不可摧の氷の槍は、この粘液に触れた瞬間、ジューッという音を立て、急速に熱い蒸気へと溶け去った。
「破ぁっ!」
李泌が両腕を猛然と振るう。津波のような実体のある気波が、血肉の腐臭を伴い、轟然と爆発した。
この理不尽な衝撃波が、空中の阿奴を飲み込む。猫耳の少女が短い呻きを上げ、氷霜で凝結された広袖の流仙裙が寸々に砕け散った。法相を維持できなくなり、再び銀色の小猫の姿に戻り、糸の切れた凧のように吹き飛ばされる。
阿奴は空中で無理やり身をよじり、四つの足で石板に深い爪痕を数本残して、ようやく止まった。高慢に顎を上げ、最後の体面を保とうとするが、一筋の殷紅の冷たい鮮血が、雪のように白い口角からゆっくりと滴り落ちた。
謝必安はその場で呆然とし、呟いた。「これでも無傷か? 今、『さっきのは誤解だ、部屋を間違えた』と言ったらどうなる……?」
これが大魏の頂点に立つ力だ。凡人の兵刃も、祥瑞の異獣も、どれほどの生霊の気血を呑み込んだか知れないこの怪物の前では、蟷螂の斧に過ぎない。
李泌の巨大な躯体が、息の詰まる圧迫感を伴い、一歩一歩謝必安の前に歩み寄る。右腕が凍りつき、左手を負傷した雑役を高みから見下ろす。眼底には猫が鼠を弄ぶ残忍さが透けていた。
「手札は尽きたな。さあ、老夫に一寸一寸噛み砕かれる覚悟はできたか?」
謝必安は国師の山をひっくり返すような威圧に強引に耐え、目を血走らせ、歯を食いしばり、顔を歪めた。
息が詰まる短い死寂の中。
懐が、前触れもなく不気味に熱くなった。
三伏の正午の炎天下に晒されたような焦熱だ。その熱とともに、古い墓の土の強烈な臭いが、年代物の竹簡がカビた酸腐な匂いと混ざり、瞬時に殿内の吐き気を催す血の匂いを覆い隠した。
それは彼が秦淮の鬼市の古本屋からこっそりくすねてきた、カビの生えた古書だ。ページはとうに欠け、表紙には虫食いの痕で五つの古字が綴られている。『大荒異聞録』。
謝必安が就寝前の睡眠薬代わりにしていたボロ本が。今、遠古の宿敵の気配を嗅ぎつけたように、懐の中で激しく震え出した。目覚めつつある古の心臓のようだ。
ドン!
鈍い音。カビの生えた古書が、謝必安の血にまみれた襟元から自ら飛び出し、空中でゆっくりと静止した。
薄暗かった太極殿内で、光線が極度に歪む。
青カビの生えた破れたページが風もないのにめくれ、パラパラと狂ったような音を立てる。ページをめくるたび、鈍い雷鳴の微音が伴う。巨大な物が歴史の長河を越えて歩み寄ってくるようだ。
続いて。ページ上のぼやけて見えなくなっていた墨跡が、突然生命を得た。ねじ曲がり、難解な上古の大篆と化し、黄ばんだ紙面から剥がれ落ち、空中で薄暗く幽々とした微光を放つ。
伝説によれば、殷商の時代、巫祝が亀甲や獣骨に文字を刻んだのは、記録のためではない。鬼神と契約を結び、邪祟を鎮めるためだった。この『大荒異聞録』から漂い出た上古の大篆。その一つ一つが、天地開闢の最も原始的な本源の規則を内包している。
鋭利な物理的殺傷力はない。だがその存在自体が、どこまでも連なる無形の百名山のように、天地の間に重く横たわっているのだ。
数十の薄暗い古字が空中で旋回して交錯し、虚幻の照妖の古鏡を形成した。その薄暗い光が、李泌の巨大な肉身を真っ直ぐに照らし出す。
「ギャァァァーーッ!! こ、これは何の妖術だ?!」
李泌はここで初めて、恐怖に近い凄惨な悲鳴を上げた。
その薄暗い文字の光は、正常な人間にとっては微弱な照明に過ぎない。だが李泌の体内の太歳肉芝にとっては、煮え滾る強酸を浴びせられたに等しい。彼の仙風道骨の偽装を容赦なく焼き尽くす。
李泌の左半分の、「国師」の皮膚が、激しいジューッという腐食音を立てる。皮下の脂肪が急速に沸騰し、泡立つ。血色の良かった肌が、溶けた蝋燭のように流れ落ちる。皮肉が大きな塊となって剥がれ落ち、下で狂ったように蠢き、光の照射から逃れようとする暗赤色の脂肪と肉芽が露わになった。
太歳は上古の大荒が孕んだ穢物。本源の気による照覧を最も恐れる。この『大荒異聞録』こそが、上古の妖祟の化けの皮を剥ぎ、その根源を封印する専門の照妖経なのだ。
「いかん……本座の長生の道果が……本座の皮袋が! 老夫が長年修練した仙の骸が!」
李泌は溶けゆく顔を苦痛に顔を押さえた。巨大な肉身が制御を失い、崩壊し、液化し始める。生臭い黄色の膿水が大粒となって指の隙間から床板に流れ落ち、いくつもの深い穴を腐食していく。
体内の気機が大乱し、古書の圧制に全力で抗うこの瞬間。
李泌の心脈の最深部に潜んでいた、阿奴が業火を剥離した際に音もなく埋め込んだ「極寒の氷の針」。それがついに、何の障害もなく全面的な爆発を迎えた。
パキパキパキ……
緻密で背筋が凍るような結氷音が、李泌の胸腔の奥から鈍く響いた。
仏門の業火の火力の均衡を失い、古巻に強引に太歳の活性を抑え込まれた。銀色の女王の浄化の寒気が、瞬時に白い雪崩のように、李泌の五臓六腑を席巻した。
血管内の暗赤色の太歳の血液が、鋭い氷の破片へと強引に凍結される。これらの氷の破片が血流に乗って心室へ流れ込み、とうに妖化した心臓を容赦なく刺し貫いた。
「ブフゥッ!」
李泌は猛然と首を仰け反らせ、目を見開いた。細かい氷の欠片が混ざった黒い毒血を大量に噴き出す。
大魏を百年謀ってきた老妖。この瞬間、ついにはっきりと悟った。今夜、もうこれ以上この太極殿に留まることはできない。これ以上引き延ばせば、最後の一筋の太歳の本源すら、あのカビの生えたボロ本に徹底的に浄化されてしまう。
「謝家の雑役! この借りは、本座が必ず返すぞ!」
李泌は怨毒と不甘に満ちた咆哮を上げた。すでに千瘡百孔で、凍りつきつつある人型の躯殻を果断に捨てる。残存する太歳肉芝が白骨から狂ったように剥離し、水甕ほどの大きさの、血管が暴起した暗赤色の巨大な肉球へと猛然と収縮した。
肉球が青銅の祭壇に猛然と叩きつけられ、その反発で驚異的な跳躍力を爆発させる。逆行する隕石のごとく、血生臭い風を巻き起こし、太極殿のそびえ立つ丸天井へ激しく激突した。
ドゴォォォォン!!
耳を劈く大音響。数人で抱える百年の金糸楠木の梁が生身のままへし折られ、木屑が横飛する。何千枚という黄色の瑠璃瓦が暴雨のように墜落し、大殿内は瓦礫の山となった。
国師の化けた肉球が屋根を突き破り、冷たい秋の雨が降る夜空へ躍り出る。空中で肉の髭をよじらせ、夜の闇に紛れて遠方へ逃れようとする。
しかし。上空へ逃れ、これで助かったと思ったその刹那。
皇城の上空の、墨のように濃い烏雲。それが突然、極限まで理不尽な巨力によって強引に引き裂かれた。
幅十丈余り。全体から刺すような金光と純粋な暴戻の気を放つ黄金の髑髏の巨掌。天の果てから雲を突き破って現れた。
中指だけが欠け、周囲には無数の血紅色の梵文が絡みついている。天から降る黄金の四指山のごとく、あの暗赤色の肉球に照準を合わせ、激しく振り下ろされた。
「老いぼれの亀野郎! ずっと待ってたぜ! お前にもこんな日が来るとはな!」
狂僧普渡の狂笑と、酒の匂いと、果てしない怨毒が混じった梵音が、雷鳴のごとく建康城の夜空に大作し、耳を劈いた。
ドッゴォォォォォン――!!
黄金の巨掌が、暗赤色の太歳肉球のど真ん中に叩き込まれた。
三十里の距離を越えた平手打ち。距離が遠いため太歳を徹底的にすり潰すには至らない。だが積年の怨念が混ざったその打撃は、極致の屈辱と破壊力に満ちていた。
太歳の肉球が空中で凄惨な悲鳴を上げる。大きな暗赤色の肉瘤が生身のまま叩き落とされ、生臭い血の雨となって、皇城の破れた瓦や宮壁の上に容赦なく降り注いだ。
国師はこの叩き飛ばされた巨大な衝力を利用し、弾き飛ばされた馬球のように、狼狽の極みで薄暗く絶え間なく血を滴らせる赤い光と化し、遠い夜の帳の奥深くへと消え去っていった。




