第47話 骨拾い
【巻ノ一・残頁肆拾柒:『司天監・雑項科作業守則』残巻】
「凡そ妖骸に遇わば、盲目に毀棄すべからず。須らく其の質地を弁ずべし。
煞気を蘊含し、之を焚かば藍焔を生ずる者、これ『可燃』と為す。多く内丹を結び、上品と為す。
質地枯朽し、刀剣傷つけ難き者、これ『回収不可』と為す。その場にて掩埋す。
若し骨格清奇にして、生機を残存する者に遇わば、これ『回収可』と為す。当に秘法を以て封存し、庫房の減価償却資産に充つべし」――『雑項科・入職手冊』
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忘憂閣の外、雨勢は滝の如し。
謝必安は掌ごと、あの極寒の死気を放つ金泥の漆塗りの箱を。暗赤色の肉膜で徹底的に封死された銅張りの大門に死に物狂いで押し当てようとしていた。
門板の内部から伝わる温度は、生鉄すら柔らかくするほどだ。掌が近づいただけで、皮肉に陣々たる灼熱の刺痛が走る。だがその深邃な眼眸に半点の退縮はない。ただ毫釐(ミリ単位)まで精確な計算があるのみ。
「阿奴、解凍だ。このクソ門に風穴を開けろ」
空中で旋回していた銀色の女王が怠惰な猫撫で声を発した。オッドアイの瞳に目を刺す冷光が爆発する。
刹那、漆塗りの箱の表面の複雑な玄氷の符文が、層を成して次第に砕け散る。三魂七魄を凍結するほどの極寒の死気が、決壊した洪流のごとく。謝必安の左腕に沿い、滾々と煮え立つ大門の中へ狂ったように注ぎ込まれた。
どれほど硬いモノでも、冷熱を同時に注ぎ込まれれば、必ず裂ける。謝必安にとっては常識だ。
材料の極限がこの刻、粗暴に引き裂かれた。
厚さ三寸の銅張りの大門の内部が、歯の浮くような悲鳴を上げる。本来堅硬な百年の陰沈木の木質繊維が、巨大な温度差の拉扯(引っ張り合い)の下で狂ったように扭曲し、断裂する。
門の隙間を封じていた高温の肉膜が瞬時に脆く硬い氷の屑へと凍結され。直後、後方から湧き寄せる沸血の蒸気の衝撃を受け、今にも破裂しそうな血色の気球へと膨張した。
「退け」謝必安が低く喝する。足元で泥沼を猛然と踏み砕き、身のこなしは即座に後方へ三丈滑り出た。
沈無が百辟刀を倒引きし、生鉄の浮屠塔の如く謝必安の前に立ち塞がる。
「轟隆――!!」
驚天動地の気爆が、悍然と平康坊の雨の夜を引き裂いた。
忘憂閣の正門は、内部の高圧鍋のような沸血蒸気と外部の極寒の気圧差に全く耐えきれず。外へ向かって直接爆け飛んだ。
数百斤の重さがある銅張りの門板が四分五裂し。砕けた銅の皮、燃える木屑が、一大蓬の粘りつく暗赤色の血肉組織と混ざり合い。散弾のごとく扇状に噴射された。
掌ほどの大きさの鋭利な銅片が沈無の頬を掠め。後方の残破した鉄浮屠の屍骸の兜の半分を生身のまま削り飛ばした。
門が、開いた。
製鋼炉のような暗赤色の熱波が。吐き気を催す茹で肉の臭いと名貴な脂粉の燃える焦げ臭さを交え。門の穴から狂い湧き出した。
この熱波は空中に肉眼で見える扭曲した波紋すら形成し。満天に降り注ぐ秋雨を瞬時に大面積の白茫々たる白霧へと蒸発させた。
彼らの背後に付き従い、清掃を担当していた何十体もの陰兵の老鬼が。門の内の濃厚な血気を嗅ぎつけ、貪婪な低い嘶きを発し、本能的に大堂へ突入しようとした。
だが。奴らの百年の墳墓の土の陰気で凝結された躯体が、敷居から溢れ出た紅光に触れた、その時。
「ジューッ――」
微塵の足掻きの余地もない。
何十体の鎧を被った陰兵は、煮え滾る油に落ちた残雪のごとく。惨叫の一声すら上げる暇もなく、耳を刺す蒸発音の中で幾筋かの惨白の青煙と化し。天地の間に徹底的に消散した。
多くの生霊の陽気を吸納したこの聚陽大陣は。いかなる陰穢なモノにとっても、絶対の禁区なのだ。
沈無は眉を顰め、鉄の鎖が巻かれた刀の柄を握りしめた。「この温度は異常だ。活人が入れば半柱香も保たない。血気が直接皮肉を茹で上げるぞ」
「俺たちは尋常の活人じゃない。俺たちは冷却法器を持参している」
謝必安は肩を叩いた。阿奴が優雅に彼の左肩に降り立ち、全身から肉眼で見える銀白色の霊気の層を放つ。
この極寒の気は半径三尺の無形の保護ドームの如く。外界の脂肪すら融かす高温を死に物狂いで押し退ける。彼らの周囲に近づく沸血蒸気は、皆細かな赤い氷の結晶へと凝結し、パラパラと地に落ちた。
一方、あの肥満した金猫・銜蝉は。親も親戚も知らぬ(傲慢な)足取りで、最前列を歩いている。
その黄金を流し込んだような皮毛は、この高温に対して排斥するどころか、逆に気持ちよさそうにゴロゴロと鳴っている。大口を開け、空気中に漂う散発的な火毒を、細切れの肉でも食うように腹の中へ吸い込み、クチャクチャと口を鳴らした。
二人と二匹の猫は。満地の粘りつく砕肉を踏みしめ。正式に忘憂閣の第一層の大堂へ跨ぎ入った。
ここはとうに無間煉獄へと淪落していた。
本来奢華だった金糸楠木の床には、半寸の厚さに達する血肉の泥沼が敷き詰められている。
逃げ遅れた富商、護衛、底辺の老婆たち。脂肪が高温で融化し、名貴なシルクの衣類と死に物狂いで熔合している。
大堂の周囲の柱には、一本一本の太い暗赤色の血管が生長し。陣法の稼働に合わせて、心臓の鼓動のような沈重な拍動音を発している。
空気には濃厚な銅の臭いが瀰漫している。地に散らばった数万枚の銅銭が高温の下で銅水へと融化し、焦黒の血肉と混ざり合った臭いだ。
謝必安は無表情のまま血肉の泥沼を踏む。官靴が半ば融けた脂肪を踏みつけ、ネチャッ、ネチャッという粘りつく音を立てる。
彼は英雄ぶるために来たのではない。公務を執行しに来たのだ。
彼の視線は鋭利な鷹の目のごとく、満地の残骸の中から二種類のモノを捜索している。まだ呼吸のある活人と、価値のある妖骸だ。
「助け……助けて……」
倒壊した八仙卓の下から、微弱な呻き声が伝わってきた。
謝必安が歩み寄り、燃える卓の板を蹴り飛ばす。
蜀錦を着た、肉玉のように肥満した富商が。半身をすでに陣法が催生した血管の肉膜の中に沈み込ませていた。富商の皮膚は火傷で水ぶくれだらけとなり、華麗な蜀錦と彼の融けた腹の皮が死に物狂いで癒着し。どこが布地でどこが爛れ肉か見分けがつかない。
彼は謝必安を見ると活神仙でも見たように。焼け焦げた指を伸ばし、謝必安のズボンの裾を死に物狂いで掴んだ。
「好漢……助けてくれ! 私は江南の塩商だ……金塊がある……」
謝必安はしゃがみ込む。奴の腰のパンパンに膨らんだ銭袋を見ようともせず、二本の氷のように冷たい指を富商の頸動脈に当てた。
「脈拍は虚浮。三魂はすでに二つが散っている。最も致命的なのは、高温蒸気がお前の気管全体と肺胞を茹で肉に変えてしまったことだ」謝必安の口調は、製品の廃棄を宣告する冷酷な品質検査員のようだ。半分の憐憫もない。「まだ人型を維持して喋れるのが奇跡だが。残念ながら……二度とこの門は出られない」
彼は腰からあの刃こぼれした短剣を引き抜き、一寸の狂いもなく富商の眉間へ刺し込んだ。
刀の鋒が脆弱な頭蓋骨を切り開く、軽微な骨が裂ける音が鳴り。相手の最後の一筋の苦痛の神経接続を切断した。
直後、謝必安は遠慮なく富商の腰の銭袋を引きちぎり。そのずっしりとした黄金の重量を手に取り、自らの懐へ押し込んだ。
「この金は、司天監がお前を超度してやった手数料として計上しておく」
その時。富商の死体の背後の血管肉膜が劇烈に波打った。
すでに高温で両目を融かされ、全身から暗赤色の岩漿を滴らせる青楼の護衛二人が。人体構造に反する姿態で立ち上がった。
彼らの関節はカキッ、カキッという澄んだ音を立てる。手中の生鉄の長刀はとうに融化した掌と鎔鋳されている。瞳孔のない眼窩が活人の気息をロックし。野獣のような低い嘶きを発し、謝必安へ向かって猛然と飛びかかってきた。
「仕事が舞い込んできた。大陣の陽気を強行灌入された異変屍骸だ」
謝必安は後退せず、逆に極端な専注の仕事モードに入った。冷酷にプロとしての評価を下す。
「脂肪は充分に燃焼。煞気は内に斂まり、体内にエネルギーが鬱積している。これは『可燃ゴミ』に属する」
彼の言葉が落ちるや否や。沈無が動いた。
この鏡妖司の千戸が両手で刀の柄を握り、腰と腹を発力させる。百辟喪門刀が雷霆万鈞の鈍器の動能を帯びて横なぎに薙ぎ払われ。重い刀の峰が高温の空気を切り裂き、鈍い気爆音を発する。
「ドォォン! ドォォン!」破れ太鼓を打つような二声の鈍い音。
二体の異化護衛の躯体が、重い刀の峰で胴体を真っ二つに叩き割られた。
冷間鍛造の生鉄の甲片が瞬時に凹み変形し。中の脊椎骨ごと生身のまま叩き折られる。だが彼らは陣法の陽気に護持されており、即座には死なない。断裂した上半身が依然として血だまりの中で狂ったように這い進み、歯で沈無の革靴を噛みちぎろうとする。
「銜蝉、飯の時間だ。ゴミを回収しろ」謝必安が指を鳴らした。
『ニャオオ!』金猫が興奮の咆哮を発し、金色の稲妻と化して飛びかかった。
奴はあの滾々と煮え立つ岩漿の血肉など全く恐れない。肥満した猫の爪がその中の一体の半身の屍骸を押さえつけ。牙がびっしりと並んだ大口を開け、護衛の堅硬な胸腔を一口で噛み砕く。
筋肉の引き裂かれる音と咀嚼音が混ざり合う。銜蝉は生身のままあの爛れ肉の山の中から。幽藍色の光沢を放つ二顆の結晶体を咥え出した。大陣の陽気が催生した劣悪な内丹だ。
銜蝉は内丹を腹の中へ飲み込み。嫌悪感たっぷりに鉄サビの匂いがする黒煙を二口吐き出す。直後に沈無の肩に飛び乗り、爪で歯の隙間の砕け肉をほじくった。
「行くぞ。清掃を継続だ。法陣がまだ作用しているうちに、最上階へ行ってこの極上の生煮え豪華弁当を出前してやるんだ」
沈無は銜蝉をちらりと見やり。さらに謝必安の際限のない怪話を聞いた。何か言おうとしたが、何から口を開けばいいのか分からず、いっそ黙ったままにした。
謝必安は鼻を擦り。護衛の残骸を大股で踏み越え、隊列を率いて第二層へ通じる階段へと向かった。
階段の木の板はすでに陣法の太い血管に徹底的に覆われている。上に乗るとまるで巨大生物の腸管を踏んでいるようで。柔らかく下へ凹む。
二階の「銷金廻廊」へ足を踏み入れた途端。
極めて尖鋭な。錆びた鋼のノコギリで狂ったようにガラスを切るような胡琴の音が。驟然と高温の空気を貫通し、鼓膜を直刺した。
「ギィィィン――!」極めて高い周波数の音波の震動が襲い来る。
沈無は眉を深くひそめる。刀を握る虎口がこの音波に震動されて痺れ、刀の柄の鉄の鎖が微弱な共鳴の嗡鳴を発する。
謝必安は自らの鼓膜が無形の気圧に死に物狂いで押し付けられ、血管の血液がまるで一緒に沸騰しそうになるのを感じた。
廻廊の尽頭。本来敷かれていた孔雀絨毯は、とうに蠕動する血肉の温床と化している。
皮膚がなく、全身の鮮紅色の筋肉繊維が露出した怪物が。彼らに背を向けて胡座をかいて座っている。彼女は本来、忘憂閣で最も寵愛を受けた紅牌の優伶(芸妓)だった。だが今や、大陣によって無情にも画皮を剥ぎ取られてしまった。
彼女の両手は、自らの肋骨で作った琴の弓を握っている。そして琴の弦は。赫然たるかな、彼女自身から強行に引き抜かれ、ピンと張られた太ももの筋腱であった。
琴の弓を引くたびに。あの鮮血にまみれた筋腱が凄惨な物理震鳴を発する。
周囲の数本の太い金糸楠木の柱が。なんとこの音波の共振の下で、木質の紋理が層を成して剥落し、パチパチという開裂音を立てている。
怪物がゆっくりと顔を回す。まぶたのない眼球が闖入者を死に物狂いで見据え。口角を大きく裂いて血肉模糊の惨笑を浮かべた。
「音波攻撃。骨格硬化。可燃性の脂肪なし」謝必安は目を細める。腕が不由自主に微かに抽搐し始めた。能力の過度使用の警告だ。
彼はあの悲惨かつ致命的な皮剥ぎの伶人を見つめ。この清運作業における二つ目の分類タグを下した。
「この代物は燃やしても内丹は出ない。『回収不可』の危険廃棄物に属する」
謝必安は血生臭さを帯びた熱気を深く一つ吸い込む。左手をゆっくりと、傍らの今にも音波で震い砕かれそうな木の柱に押し当てた。口調は極点まで冷酷だ。
「火力で制圧するしかない。沈無、自分と猫の耳を塞げ。あいつにガラスのコーティングをしてやる」




