第39話 寒陰散《かんいんさん》
【巻ノ一・残頁卅玖:『大魏本草・寒食散』残巻】
「士族は多く寒食散を服し、以て飄飄として仙にならんとする境地を求む。然れども偏門の医者あり。薬理を逆転させ、玄氷、蟾酥を合わせて『陰散』と煉り成す。
創口に敷けば、瞬時に血脈を凍結し、痛覚尽く失す。然れども薬効退かば、肌骨寸断す。将に死なんとする士に非ざれば用うべからず」――『司天監・医部档』
【司天監内部メモ】
末端の従業員が長期間の残業で臓器不全になるまで熬らされ、それでもデッドラインの前に最後のプレゼンを終わらせなければならない時。彼に必要なのはベッドでの静養ではない。すべての中枢神経の痛覚を一時的に切断できる違法薬物の注射一本だ。
たとえプレゼン終了後にその場で急死しようとも。今夜の結案報告さえ乗り切れれば、この商売は割に合う。
†
平康坊の外郭、とうに廃棄された城隍廟。
連綿と続く秋雨が、陥没した屋根の破れ穴に沿って注ぎ込む。暗緑色の青苔が生えた泥の地面を打ち、ネチャッ、ネチャッという泥濘の音を立てる。
城隍神の像は半截の泥人形の残躯を残すのみ。斑の金箔は剥がれ落ち、カビの酸腐な匂いを透かせている。
謝必安は神台の縁に寄りかかり、大口で粗く喘いでいる。
その右腕は泥水の中に力なく垂れ下がっている。皮下に暴起した血管は不気味な暗金色を呈し、雨水を瞬時に蒸発させるほどの恐怖の高温を発している。水滴が皮膚に落ちると、ジューッという沸騰音を立て、一筋の白煙と化す。
「錯金琉璃」を強引に催動した窯の温度の反噬が。神経の末端に沿って彼の理智を狂ったように引き裂いている。心臓が鼓動するたび、錆びた鉄釘を生身のまま骨髄へ打ち込まれるような鈍痛が伴う。
『ニャオオ――親父。お前のこの腕、豚バラ肉を炙ったような焦げた匂いがするぜ。俺様がこの火が通りかけた肉を噛みちぎってやろうか? 痛くねえようにさ』
銜蝉が神台にうずくまっている。二つの前足が不安げに破れた帷帳を引っ掻く。この金黄色の太猫は、謝必安のその煙を上げる右腕を見つめ、口角から晶瑩なよだれの糸を垂らしている。琥珀色の縦長の瞳に純粋な食欲が閃いた。
「遠くへ失せろ。もし俺に一回でも触ったら。明日の夜のキャットフードは太歳肉芝の切れ端だけにしてやるからな」
謝必安は歯を食いしばり、血の混じった唾を吐き捨てる。左手で氷霜が張ったあの金泥の漆塗りの箱を死に物狂いで抱え込んでいる。
阿奴は漆塗りの箱の上方に優雅に端座している。
この高冷な銀色の女王は。この破れ廟に対する極致の嫌悪を透かせている。
彼女の周囲には純粋な浄化の霊気が漂っている。漆塗りの箱の中のあの「生煮えの毒薬」の狂躁を鎮圧するだけでなく、一筋の寒気を分け与え、謝必安の右腕の上方を正確に覆わねばならない。その高温が彼の血管を徹底的に焼き切るのを辛うじて防いでいるのだ。
突然、阿奴の耳が微かに動いた。
微細だが極めて規則正しいコツッ、コツッという音が、廟の外の雨の幕を貫いた。
それは何かの硬い木の杖が青石板を叩く摩擦音だ。
謝必安の目が凛と冷える。左手で猛然と腰の、鉄浮屠の死体から拾った残破した短剣を握りしめた。
足音が破れた廟の門の前で止まる。
一筋の繊細な人影が。墨竹が描かれた油紙の傘を差し、尿の匂いと泥濘に満ちたこの廃墟へゆっくりと足を踏み入れた。
月白色の交領の襦裙を着た少女だ。衣料は建康城最高級の雲錦だが。スカートの裾はとうに泥水に浸かり、ずっしりと足首に張り付いている。
頬は透明に近いほど白く、半分の血の気もない。両目の位置は、淡い藍色の曼珠沙華が刺繍された絹の帯で固く覆い隠されている。
右手には。極めて滑らかに研磨された紫竹の盲杖が握られていた。
謝必安の張り詰めた神経は。雨水と淡い薬の香りが混ざった匂いを嗅ぎ取った時、瞬時に弛緩した。
短剣が力なく滑り落ち、泥の穴へ落ちた。
「謝知微。お前という盲が、烏衣巷の暖閣で手あぶりを抱えて曲でも聴いていずに。いつ人が死ぬか分からないこの平康坊へ何をしに来た?」
謝必安は嗄れた声で口を開く。口調には隠そうともしない疲労と責備が透けている。
謝家において。天賦が尊卑を決定する。
謝知微と謝必安のこの兄妹。一人は雲の上の家族の希望、一人は泥沼の凡庸な輩だ。共に謝家の血が流れているとはいえ、二人の衣食住は雲泥の差だ。
皮肉なことに、廃棄物と見なされたこの兄は。妹の羽翼の下でこそ、謝家で辛うじて生き延びることができたのだ。逆転すべきこの保護関係は、謝家における最も深く、最も口に出せない異端となっていた。
「フン。宗祠から除名された素晴らしい兄の骨が、何色に焼けたかを見に来たのよ」
謝知微の声は清冷な砕玉のようだ。微塵の慌てた様子もない。紫竹の盲杖で泥の地面を軽く二度叩く。倒壊した梁と水たまりを一寸の狂いもなく避け、真っ直ぐに謝必安の前へ歩み寄った。
両目は失明しているが。常人を超えたその鋭敏な嗅覚と触覚は。この破れ廟のすべての細部をとうに底まで見通している。
彼女は濃厚な血生臭さ、胃酸の酸臭、そして謝必安の右腕から放たれる極度に不安定な焦げ臭さを嗅ぎ取った。
「太公が半時辰前に宗祠を開いたわ。朱筆で除名。玉牒から抹消。あなたはもう、謝家の人間ではないわよ」
謝知微は手探りで袖から清潔な絹のハンカチを取り出す。自分の顔の雨水を拭こうとはせず、謝必安へ差し出した。
「予想通りだ。大魏の門閥が一番得意なのは、問題が爆発する前に臨時工をクビにすることだからな」
謝必安はハンカチを受け取らず、ただ口角を引き上げて冷笑を一つ漏らした。
「俺が捨て駒になったと知っているなら、遠ざかるべきだ。国師の鉄浮屠がお前が俺とここにいると見つけたら。お前のその小さな命も、この泥沼に置いていくことになるぞ」
謝知微は彼の警告を無視した。
少女はゆっくりと油紙の傘を閉じる。紫竹の盲杖は無造作に溜まり水の中へ捨てられた。
彼女はその価値のつけられない月白色の雲錦のスカートの裾を提げ。なんと微塵の躊躇いもなく、尿と血生臭さを放つこの泥濘の中へ両膝をついてひざまずいたのだ。
布地が泥水を吸い、鈍いネチャッという音を立てた。
「狂ったのか? お前のその服があれば、俺が三年間食うに困らないんだぞ」謝必安は無意識に後ろへ逃げようとしたが。少女に襟首を鷲掴みにされた。
謝知微は何も言わない。氷のように冷たく、微かに震える両手を伸ばし。手探りで、黒泥と血の瘡蓋まみれの謝必安の顔に触れる。
指の腹が、ひび割れた唇、高く腫れ上がった頬骨を軽く撫でる。
続いて。全く意に介さず、自分の清潔なシルクの袖口を使い、謝必安の顎の粘りつく血汚れを少しずつ拭き取っていった。
謝必安は硬直した。
この身体に転生して以来。打算のない妹からの接触を感じたのは何度目だろうか。
彼の焼け落ちそうな右腕は、全身を痙攣させるほどの痛みを放っている。だが彼はこの氷のように冷たい小さな手の前で。歯を食いしばり、強引に一筋の呻きも発さなかった。
少女の手が肩に沿って下へ向かい。あの恐怖の高温を放つ暗金色の右腕の上方へ止まった。
皮膚を焦がしそうな熱波を感じ取り。謝知微の唇が微かに震え、少女の眉が顰められた。
彼女はシルクのスカートの裾が汚い泥水に引きずられ、鈍い吸水音を立てるに任せた。氷のように冷たい指を伸ばし、謝必安の熱く燃える右腕の半寸上に正確に止めた。
「宗祠の玉牒は抹消されたわ。太公は、お前のような孽障(業を背負った子)は生まれなかったことにすると」謝知微の声はもはや清冷ではなく、極力抑圧された嗄れを帯びている。「痛いの?」
「まあな。豚バラ肉の炙り焼きみたいな匂いがするだろ」謝必安は口角を引き攣らせ、極めて不格好な笑顔を作った。
「黙りなさい。歯を食いしばって」
「経脈が逆乱し、血は沸き立つ湯のよう。今薬を使わなければ。この腕は半炷香の後、内側から完全に火が通り、一灘の肉泥と化すわ」
彼女は逆手で腰の匂い袋から、極めて精緻な羊脂玉の磁器の瓶を取り出した。
親指で瓶の栓を跳ね開ける。骨を刺す氷寒の気が瞬時に噴出し、空中で肉眼で見える白霜に凝結した。
「玄氷、蟾酥、そして百年の雪蓮を使って。この『陰散』を新たに煉り直してきたわ」
謝知微は感情を和らげ、口調を今夜のおかずについて語るかのように平穏に変えた。
「薬性は極寒。敷いた瞬間。あなたの右腕のすべての血肉を、痛覚ごと凍らせて殺すわ。これで三時辰は刀を振るって無理が利く。三時辰後。薬効が退けば、あなたの筋骨は寸寸に断裂し、大羅金仙でさえ繋ぎ合わせることはできなくなる」
謝必安はその磁器の瓶を見る。眼底に博徒の決絶が閃いた。「三時辰。あの出前を国師の口の中に突っ込むには十分だ。かけろ」
躊躇はない。感傷的な辞退もない。
謝知微は磁器の瓶を傾けた。
淡い藍色の薬の粉が、氷のように冷たい滝のごとく。謝必安の暴起した暗金色の血管の上へハラハラと落ちた。
「ジューッ――」
劇烈な化学反応が瞬時に爆発した。
薬の粉が極致の高温の血肉に触れ、歯の浮くような急激な焼き入れの音を立てる。
謝必安の全身が猛然と硬直する。両目が暴突する。
その感覚は。万年の玄氷で打たれた鋼の釘を、大鎚で骨髄の奥底へ粗暴に叩き込まれたかのようだ。
氷霜が肉眼で見える速度で彼の右腕に蔓延していく。
本来は熱く燃え、赤みを帯びていた肌が、急速に血の気を失う。人を心悸させる灰白色に変わり、表面には細かい氷の柱の層すら結成された。
血管の中で沸騰していた血液が強引に凍結され、微弱なピキピキという音を立てた。
謝必安は血が滲むほど死に物狂いで唇を噛み締め。ようやく口を突いて出そうになった惨叫を腹の中へ飲み込んだ。
十数息の後。痛覚が消えた。
取って代わったのは。この腕が根本から存在しないかのような極致の麻木だ。
彼は右手の指を少し動かしてみた。関節から生硬な氷塊の摩擦音が鳴る。遅鈍ではあるが、少なくとも。再び刀の柄を固く握れるようになった。
「ありがとな。この実家からの慰問品は、実に実用的だ」謝必安は神台に寄りかかる。冷や汗ですでに背中はびっしょりだ。
謝知微は立ち上がる。空になった磁器の瓶を無造作に泥の穴へ投げ捨てた。地面の盲杖を拾おうとはしない。
彼女は顔を横に向ける。視力を失った両目が神台の縁へ向けられ、耳介が微かに動いた。
『ニャオオ――小娘。さっきお前が投げた薬瓶、俺様の尻尾に当たりそうだったぞ! 詫びのしるしに実家のサンマの干物くらい持ってこなかったのか?』
銜蝉が謝必安の懐から頭を出す。金黄色の太った身体をブルブルと振るい、琥珀色の縦長の瞳で謝知微の泥水まみれのスカートの裾を嫌悪感たっぷりに睨む。
謝知微は音を頼りに、泥汚れと血水がついた手を伸ばす。銜蝉の肉付きの良い首の後ろの皮を一寸の狂いもなく摘み上げた。
「相変わらず食い意地が張っているのね」少女は猫の首を軽く揉みほぐす。指先の黒泥を遠慮なく銜蝉の華麗な金毛に擦り付け。太猫から罵詈雑言交じりのゴロゴロ音を引き出した。「今夜、建康城が本当に煉獄になれば。満地に火が通った死肉が転がって、あなたが三年間食べるには十分でしょうよ」
続いて。一筋の極寒の霊気が音もなく降臨した。
阿奴が虚空を踏んで歩み寄る。四つの爪に半点の泥濘も染めず、謝知微の前に優雅に浮かんで停止した。
銀色の女王は冷ややかに少女の顔と手の泥汚れを注視し、嫌悪感たっぷりにピンク色の鼻先を顰めた。
謝知微はこの銀猫の極度の潔癖症を深く知っている。手は伸ばさない。
懐から残り一つの清潔な絹のハンカチを取り出し、自分の左肩にそっと敷いた。
阿奴はそこでようやく渋々歩みを踏み出し、この清潔なハンカチの上に軽やかに降り立った。
頭を下げ、氷のように冷たい鼻先で謝知微の蒼白な頬に軽く触れる。
直後、口を開け、氷霜の混じった寒気を一口吐き出した。寒気がスカートの裾を舐める。少女の裾の、悪臭を放つ泥水が瞬時に灰白色の氷の屑へと凍結し、パラパラと剥がれ落ちた。
「阿奴、私の代わりにこの狂人を見張っていて」謝知微は頬の氷冷を感じ取り、口角にようやく極めて薄い笑みを浮かべた。「本当に自分の身体を灰になるまで焼かせないで。腕や脚が欠けた状態で戻ってきたら、私は養ってやらないわよ」
阿奴は高慢に顎を上げ、清冷な短い鳴き声を発した。この厄介な護衛の依頼を引き受けたという合図だ。
謝知微は再び謝必安へ向き直り、袖口からずっしりと重い馬蹄金を取り出した。
手探りで謝必安の無事な左手を掴み、金を掌へ強引にねじ込む。そして、両手で謝必安の指を死に物狂いで握り込んだ。
「これはあなたが私に借りている嫁入り道具の金よ。あなたがあちこちで作った酒のツケは、私が全部精算しておいたわ」
少女の両目を覆う絹の帯が微かに湿っている。だが彼女は意地でも頭を下げず、口調に大魏世家の女特有の狠戾と決絶を帯びた。
「この金を持って、国師の陣の目を叩き潰してきなさい。もし今夜あなたがその中で死んだなら。私が先に謝家宗祠に火を放ってから、下に降りてお供してあげるわ」
少女は墨竹が描かれた油紙の傘を開く。盲杖が青石板で再びコツッ、コツッという音を立てた。
彼女は振り返る。薄い背中が、次第に血色に覆われていく逢魔の雨の幕の中へ溶け込んでいく。
秋風に吹き散らされる冷たい言葉だけを残して。
「死ぬんじゃないわよ。謝家のクソみたいな後始末、私一人じゃ片付けきれないんだから」
謝必安は氷のように冷たい馬蹄金を握りしめ。口からどうしようもないため息を漏らした。
『ニャオオ! この小娘、昔から本当に気難しくて薄気味悪いぜ。その上、金くれるならもっと寄越せよ。これっぽっちじゃ足りねえ!』
銜蝉は文句を言いながらも。寒気を帯びたその金には大人しく触れようとしなかった。
その時。破れ廟の外の雨の幕が、狂暴な煞気によって強引に引き裂かれた。
沈無が戻ってきたのだ。
玄色の武術着は屠殺場の鼻を突く血生臭さにまみれている。
右手に、あの鉄の鎖が巻かれた百辟の喪門刀を引きずっている。重い刃が青石板の上を引きずられ、深く白い痕跡を刻み、耳障りな金属の摩擦音を立て、点々と火花を爆発させる。
この凶器から放たれる陰寒な殺意は。破れ廟の気温をさらに急降下させた。
「この刀、重さは十分だな。あの鉄の亀どもの甲羅を叩き割るには、有り余るほどだ」謝必安は氷のように凍りついた右腕で身体を支え起こし、左手で金泥の漆塗りの箱をしっかりと持ち上げた。
顔を上げる。遠くの空はすでに、暗紫と猩紅が交織する徹底的な血色へと変わっていた。
逢魔の刻の重苦しい鐘の音が。皇宮の方向からゆっくりと波及し、建康城全体の地面を微かに震わせる。
「行くぞ、沈千戸。国師の大門を叩き開けにいく」
謝必安はあの馬蹄金を懐にねじ込む。目に狂気の戦意が燃え上がった。




