第38話 百辟の喪門刀
【巻ノ一・残頁卅捌:『大魏兵考・百辟刀』残巻】
「魏の武帝、嘗て良匠に命じて宝刀五口を鍛えしむ。百辟の利器、邪を辟け煞を斬る。
後世の模造する者、多く死囚の怨血を添えて焼き入れす。刀成れば重きこと枷鎖の如く、煞気の重き者に非ざれば御すべからず。凡そ刀が鞘を出ずれば、必ず血を見て還る」――『司天監・兵部档』
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鬼市のあの粘りつく秦淮河底の淤泥を離れる。
建康城の初秋の冷たい雨が顔を打つ。だが、謝必安の右腕の骨髄を焼き尽くさんばかりの恐怖の窯の温度を消し去ることはできない。
二人と二匹の猫は、平康坊の外郭にある、尿と餿水(残飯水)の匂いが充満する行き止まりの路地へ逃げ込んだ。
謝必安は暗緑色の青苔が生えたレンガの壁に寄りかかり、大口で粗く喘ぐ。左手であの氷霜が張った金泥の漆塗りの箱を死に物狂いで抱えている。右腕は力なく垂れ下がり、皮下の血管が人を心悸させる暗金色の光を透かせている。
心臓が鼓動するたび、右腕の筋膜が錆びた歯車を強引に回すような微細な引き裂き音を立てた。
「この屑鉄では。国師の歩人甲は斬り開けねえ」
沈無はうつむき。手の中の刃こぼれし、いくつもの欠け口ができた制式の秋水の直刀を見る。
大魏軍方の重歩兵の鎧は厚さ数分に達する。こんな残破した兵刃で陣に突撃すれば、刀が折れて人が死ぬ末路を辿るだけだ。
鏡妖司の千戸は廃刀を無造作に水たまりの泥穴へ投げ捨てた。混濁した泥漿が飛び散る。
「鎮撫衙門はすでに封鎖された。だが俺には一つ、日の目を見ない暗柱(隠し拠点)がある」沈無は顔を上げ、空の暗紫と猩紅に次第に飲み込まれていく雲の層を見る。「半時辰くれ。鉄の甲冑を引き裂ける凶器を取ってくる」
「行け。ついでに外郭を巡回している目玉どもを引き付けてくれ」謝必安は喉の血生臭さを飲み込み、口角に虚弱な冷笑を引き攣らせる。「俺も、この煮え切りそうな腕を『氷結』させる場所を探さなきゃならん。逢魔の刻、忘憂閣の正門で会おう」
沈無は多くを語らない。玄色の武術着が影に溶け込む黒豹のごとく。数回の跳躍で迷宮のようなスラム街の路地の奥深くへ消え去った。
半炷香の後。建康城の西市、濃厚な豚の血と内臓の生臭さを放つ地下の屠殺場。
沈無は湿って滑りやすい石段に沿って地下室へ降りた。
ここに陽光はない。明滅する鯨油のランプが数個あるだけだ。空中に腹を裂かれた豚の枝肉が何列も吊るされており、脂ぎった油脂が鉄のフックを伝って血垢だらけの地レンガに落ち、ピチャッ、ピチャッという粘りつく音を立てている。
猫背で片目しかない年老いた屠殺人が。脂ぎった木の切り株の前に座り、錆びた骨抜き包丁で豚の皮の硬い毛を削り落としている。サササという摩擦音が空曠な地下室でことさら耳障りだ。
「千戸大人。鎮撫衙門の姚指揮使はすでに絶対の命令を下されました。九門を固く閉ざし、何人たりとも外出を禁ずると」老屠殺人は顔を上げない。声は二枚の紙やすりを擦り合わせたように嗄れている。「あなたは今、命令に抗う死罪の身ですぞ」
「俺はもう千戸ではない。今夜を過ぎれば、大魏に鏡妖司が残っているかどうかも怪しいものだ」沈無は木の切り株の前へ歩み寄る。豚の血がついた麻布を無造作に引きちぎり、両手を拭いた。「あの刀をよこせ」
老屠殺人は手元の動作を止めた。残された片目に駭然たる色が閃く。
足を引きずりながら地下室の最深部へ歩き。悪臭を放つ豚の内臓の山の下から。長さ五尺に達し、太い生鉄の鎖で死に物狂いで縛られた重い黒木の箱を引きずり出した。木箱が地に落ちた瞬間。地面の血水が層を成して波紋を広げた。
「百辟の喪門刀。前朝から流伝する凶物。百三十人の死囚の首の血で焼き入れをしたモノ」老屠殺人は枯れ細った両手を震わせながら鉄の鎖を解く。鈍い金属の衝突音を伴い、木箱がゆっくりと開かれた。「重すぎる。煞気が強すぎるのです。普段は汚らしい豚の血の下に沈めて鎮めるしかありませぬ。沈千戸、もし抜けなければ、無理はなさらぬよう」
沈無が一歩前へ出る。
箱の中には、極めて粗野な造りで、鉄のシャベルのように分厚く重い長柄の大刀が横たわっていた。
刀の峰は半寸の厚さがある。刃には華麗な紋様など何一つなく、暗赤色の長年の血サビと氷のように冷たい冷間鍛造鋼が交織しているだけだ。
沈無は粗末な麻縄がびっしりと巻かれた刀の柄を片手で握る。腰と腹が猛然と発力した。
「ブォォォン――」
低く沈んだ鋼の龍の嘶きを伴い。百辟刀は生身のまま木箱から引き抜かれた。
重い刀身が空気を切り裂き、人の気血を逆流させるような呼嘯音を上げる。刀身の煞気と屠殺場の血生臭さが瞬時に共鳴を引き起こし。刃はなんと人の魂を奪うような暗紅色を微かに透かせた。
沈無は振り回さず。ただその恐怖の重量が自らの腕の筋肉を引き伸ばすに任せた。刀の柄から伝わる、実体を持つかのような氷冷な阻力を感じる。
これは武術を競うための兵器ではない。鋼鉄と血肉の泥沼の中で、すべてを強引に絞り砕くための挽肉機だ。
「良い刀だ」沈無の眼差しは冷厲だ。
沈無が兵刃を取り替えたのと同時刻。建康城地底の気圧は、すでに崩壊の縁まで押し上げられていた。
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建康城の外郭。玄武湖の底の暗河の水路。
ここは一年中、数十万人が排泄した汚物が堆積している。淤泥は数尺の深さに達し、発酵した酸臭を放っている。城に住む達官貴人にとっては見えない糞溜めだが。陰暗な場所に蟄伏する底辺の妖魔どもにとっては避難の温床だ。
全身に緑の毛を生やし、成年の水牛ほどの体格を持つ食屍水猿が。狂ったように淤泥の中を前へ前へと掻き掘っている。
血を嗜む本能に満ちた混濁した眼球には、今や純粋な恐怖しか残っていない。
昨日の深夜から。建康城地底のあの陰冷な煞気が、突然無比に燥熱となった。周囲の水温が異常な速度で上昇している。まるで何者かが都市全体の真下に目に見えない巨大な鉄鍋を架け、すべての生霊をとろ火で煮込んでいるかのようだ。
水猿は黒い水かきのある両腕を振り回す。暗河で腹をひっくり返して浮いている死魚を粗暴に押し退け、城外へ通じる排水水門へ向かって死に物狂いで泳ぐ。
生鉄の鉄格子はすでに目と鼻の先だ。あそこを潜り抜ければ、広大な長江の水系へ入れる。
水猿は悲鳴を上げる。太い後ろ足で淤泥を猛然と蹴り、巨大な身躯が大砲から放たれた弾丸のごとく鉄格子へ激突した。
「ドォォン――ジューーーッ!」
暗河の水底で目を刺す暗赤色の火光が爆発した。
水猿の身体は鉄格子を通り抜けることなく、真っ赤に焼けた鋼鉄の城壁に激突したのだ。
排水水門の生鉄の鉄格子に。いつの間にかびっしりと、血管のように暴起した暗赤色の陣紋が這い回っていた。これらの陣紋は周囲の陰気を貪欲に吸い尽くし、覇道無比な極陽の火へと転化させている。
水猿の、鉄格子に触れた皮肉は瞬時に高温で炭化した。
凄惨な惨叫を上げる。水流の中に濃厚な焦げ肉の悪臭が瀰漫する。狂ったように後方へ退縮し、森森たる白骨だけが残るまで焼き尽くされた自らの両前足を見て、淤泥の中で苦痛にのたうち回った。
逃げられない。
この暗河だけではない。建康城の九つの城門、すべての地下道が。同時刻にこの見えない血色の屏障に激突していた。
国師の「天を窃み柱を換う」大陣は。すでに音もなく、この都城の外界へ通じるすべての活路を切断していたのだ。建康城全体が、絶え間なく圧力を上げ続ける風水の圧力鍋と化していた。
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未央宮。太極殿前の広場。
底層の暗河の汚らしさと混乱とは全く対照的に。ここは息が詰まるほど静寂だ。
空の色が不気味な変化を起こしている。
本来は澄み切った秋日の黄昏が。今や濃厚な豚の血を一杯ぶちまけられたかのようだ。暗紫と猩紅が交織する雲の層が琉璃瓦の上に低く垂れ込め、皇宮全体を血水に浸したかのように照らし出している。
これこそが大魏の方士の口にする最も凶険な時辰。逢魔の刻。昼夜が交替し、陰陽が逆乱し、百鬼が夜行する。
広場の正中央には、すでに高さ九丈に達する八角の祭壇が組まれている。
祭壇は完全に純粋な白玉で築かれている。だが血色の残陽の下、白玉は人を心悸させるピンク色を屈折させている。祭壇の八つの方位には、それぞれ大人三人がかりで抱えるほどの太さの青銅蟠龍柱がそびえ立っている。
国師はあの、複雑な金糸の呪符がびっしりと刺繍されたゆったりとした紫の袍を羽織り。祭壇の最頂点に静かに立っている。
彼の顔容はフードの影に隠れている。何も語らず、余分な動作もない。
だが彼の手にあるあの白骨の払子が。高周波の嗡鳴を発している。紫袍の縁の陣紋は生き物のように蠕動し、血をたっぷり吸った暗い光を微かに透かせている。
周囲の空気に満ちる、活人の肺腑を押し潰さんばかりの沈重な霊圧が。この大魏第一の方士の恐怖の修為をはっきりと昭示していた。
皇宮の奥深くの皇帝の寝宮の方向から。虚弱だが凄惨な龍の嘶きが伝わってきた。
続いて。祭壇の周囲のあの八本の青銅蟠龍柱が。柱の青銅の龍鱗からガガガという金属の摩擦音を立てた。龍の口が大きく開き、肉眼で見える猩紅の気波を噴き出した。
祭壇の下。百名近い玄鉄の重甲を纏った金吾衛が。白玉の階段のすべての入り口を死守している。
「国師に稟ず!」
八卦の道袍を着た司天監の高階の弟子が。泥濘の石板を踏み、祭壇の下へ駆け寄った。顔を上げることもできず、片膝を重く地面につき、膝が石板に激突して鈍い音を立てた。
「九門はことごとく封鎖し、『天を窃み柱を換う』大陣の縁はすでに城壁の気脈と完全に嵌合いたしました。ただ……」弟子の声に一筋の震えが透ける。「地底の陰気の反噬が予想よりも劇烈で。玄武湖の暗渠のいくつかの陣の目に、妖祟が激突する兆候が微かに見られます」
国師は振り返らない。あの白骨の払子が空中でゆっくりと死の気息に満ちた弧を描く。
「構わん。ドブのネズミ数匹、波風は立てられん。大陣は間もなく龍脈の最後の一筋の真龍の気運を抽出する。陣の目に触れる活物はすべて、陣法を滋養する肥料と化す」
彼の嘶くような声は、錆びた二つの砥石を擦り合わせたように。この血色に覆われた広場に反響した。
「本座の法旨を伝えよ」国師は暗赤色の陣紋がびっしりと走る左手をゆっくりと上げた。
「ハッ!」
身長一丈近く、全身を重型板金鎧で隙間なく包み込んだ鉄浮屠の都指揮使が。重い金属の摩擦音を伴い轟然と列を出た。一歩歩くごとに、漢白玉の石板が微細な亀裂を踏み砕かれる。
「麾下の最も精鋭の重甲衛士を連れ、直ちに平康坊の忘憂閣へ向かえ」国師の口調に疑いを許さない陰寒が透ける。「そこは核心の陣の目だ。ハエ一匹入れるな。もし近づこうとする者がおらば……殺無赦(容赦なく殺せ)」
「末将、命を遵奉す!」鉄浮屠の頭目が両手で拳を抱える。鉄の籠手が胸当てに激突し、耳を聾する爆鳴を上げた。
「また。人を出して鏡妖司の姚指揮使、ならびに司天監のあの神を装い鬼を弄る袁の老いぼれに知らせよ」
国師の口角がフードの影の下で残忍な弧を描く。
「今夜、建康城内で。もし衙署(役所)から半歩でも踏み出そうとする者がおらば、それは妖邪と結託し謀反を企てた死罪である。本座自ら奴らの九族の魂を抽き魄を煉り、永遠に陣の目の下へ鎮圧してくれよう」
「ハッ!」
国師の命令が下るや。鉄の鎧を着せた戦馬が次々と未央宮の側門から狂奔して飛び出した。
錆びた蹄鉄が青石板の上に点々と火花を散らし。この血の雲に覆われた都城の各所へ向かって、死の禁令を狂ったように伝達していった。




