第26話 脂粉の湯池
【巻ノ一・残頁廿陸:『忘憂閣・迎客規矩』残編】
「凡そ閣に入る者。衣冠不整の者は拒む。満身血汚れの者は拒む。身に邪祟を帯びし者は……追加料金を徴収す。
若しドブから這い出たような命知らずに遇わば。先ず底層の湯池へ放り込み、熱湯で皮を一枚剥がせ。あの屍臭が楼の絨毯を汚さぬためなり」――『忘憂閣・後院管事の手記』
【司天監内部メモ】
現代の職場は公衆衛生とオフィス環境を重視する。大魏の銷金窟において、これは「客を見て料理を出す(人によって態度を変える)」と呼ばれる。
だが、うつむいて自分の身にこびりついた泥の塊の匂いを嗅げば、某社畜も仕方なく認めざるを得ない。風呂に入らなければ、確かに動く疫病の発生源として扱われるだろう。
†
古い石段の突き当たりは。そのまま人間の優しい郷へ通じているわけではない。
行く手を阻むのは、暗赤色の鉄サビと青緑色の水垢に覆われた重い鉄格子だ。
沈無が一歩進み出る。半乾きの黒血まみれの右手で錆びた鉄の棒を死に物狂いで掴んだ。ギィィという金属の摩擦音の後、鉄格子は強引に押し開けられた。
大きく剥がれ落ちた鉄サビが暗赤色の雪の結晶のように、泥だらけの青石板にバラバラと落ちる。
二人と二匹の猫が暗渠を抜け出す。
秦淮河の底の鬼市が、余すところなく彼らの眼前に広がった。
謝必安は鼻を突く屍臭を放つ暗渠の出口を振り返り、青白い口角に血走った冷笑を浮かべた。
普通の活人が鬼市へ入るには。秦淮河畔の特定の水域に青緑色を帯びた銅銭を一枚投げ入れ、水面の倒影を借りて陰陽の境界を越えねばならない。それが掟であり、正門を通るための通行料だ。
だが、彼らが今転がり出てきたこの暗渠は。
国師が「天を窃み柱を換う」大陣の極陰の煞気を排出するため、極めて暴力的な風水の凶陣を用いて、物理世界と陰影空間の壁に強引に引き裂いた血の裂け目なのだ。
例えるなら、酒楼へ飯を食いに行くのに正門を通らず、酸えた洗い水として扱われ、裏庭のドブに沿って、腐った残飯の山と一緒に日の目を見ない泥沼へ直接ぶちまけられたようなものだ。
「この腹黒い大魏の朝廷め。合法的な従業員用通路すら用意せず、人を穢物扱いして下水道へ流し込みやがって」
謝必安は心の中でどうしようもなく毒づいた。
ここは建康城の数百年の貪・瞋・癡・怨が積み重なって形成された、巨大な暗黒の集落だ。
日照はない。微風もない。
通りの両側には、青白い獣の骨と破れた油布で組まれた低い屋台が点在している。屋台には病的な凄惨な緑の光を放つ燐火の紗の提灯が灯され、混濁した水瓶に浸された奇形の眼球や、緑青が生えて人の顔も映らない残破した法器を照らし出している。
謝必安はこの一年中日の目を見ない暗い路地をよろめきながら歩く。
その青色の官服はとうに本来の色を失っている。布地は下水道の黒泥と盲目の怪物の生臭い汚血を吸い込み、身体にぴったりと張り付いている。
沈無はさらに恐ろしい。玄色の武術着はすでにボロボロに破れ、骨が見えるほどの刀傷がめくれ返り、さながら修羅場から這い出たばかりの殺伐たる凶神のようだ。
本来は混み合っているはずの鬼市の暗い路地が。彼らが足を踏み入れた瞬間、死寂に陥った。
一年中死体や穢物を扱っている食屍鬼、盲目の占い師、闇市の商人どもが。二人から漂う濃厚な匂いを嗅ぎ取った刹那、次々と恐怖に駆られて三舎の距離を退いた。
高純度の玉心の毒気の腐ったリンゴの匂いに、霊力の暴走で吹き飛ばされた古い屍の煞気が混ざったものなど、誰一人として触れたくない。
群衆は無形の利刃で切り開かれた死水のように、狭い通りに強引に広い通路を空け渡した。
「ゴミの山で糊口を凌ぐ底辺の廃品回収業者にまで、俺たちの毒気汚染は嫌われるか」謝必安は左手で眉毛についた腐った水草を拭い、口角に疲労困憊の社畜の苦笑を浮かべる。「大魏の職場環境は、末端の従業員に対する容姿差別で満ち溢れているな」
誰も阻もうとはしない。空気を読まない邪祟が品物を売りつけに来ることもない。
銜蝉は黒泥まみれの四本の短い脚で、淤泥の中にペチャッ、ペチャッという音を立てて歩く。この貪欲な太猫は道すがらキョロキョロと見回し、琥珀色の猫の目で両側の屋台に並べられた様々な切断された手足や内丹を値踏みしている。
『親父。左の屋台の干からびた眼球は酸っぱい匂いがするし、右の塩漬けのネズミの足は土の匂いしかしないぜ。この通りの飲食のレベルはバラツキが酷すぎる。俺様の歯の隙間に挟まる資格もねえな』
銜蝉は謝必安の脳内で、微塵の恐れもない嫌悪の念を送る。
そしてその金色の背中の上では、銀猫の阿奴が四つの爪で軽やかに踏みしめている。彼女の周囲には微弱だが純粋な霊気の輪が漂い、近づこうとするすべての瘴気と覗き見の視線をことごとく駆逐している。両側の屋台を見るのも面倒くさがり、高々と頭を上げ、スラム街を無理やり巡視させられている高慢な女王のようだ。
三本の死寂の路地を抜けると、前方がぱっと開けた。
鬼市の陰寒にして賑やかな尽きるところ。そこに目を刺すような紅光を放つ巨大な楼閣がそびえ立っている。暗闇に陣取る赤い凶獣のように、人間の最も熾烈な欲望を絶え間なく呑み吐きしている。
忘憂閣。
謝必安は重い真鍮の鉄皮で覆われた厚い木扉の前で立ち止まる。掌を木目に当てると、粘りつく温熱感が掌を伝わってくる。前へ向かって強く押し込む。
鈍い木軸の回転音を伴い、木扉が隙間を開けた。
極度に濃厚な脂粉の香りが、沸き立つ熱波と混ざり合い、門の隙間から顔を打った。
この匂いはあまりに甘ったるい。劣悪な反魂香、胭脂の白粉、そして無数の温かい肉体が密閉空間で放つ汗の匂いが揉み合わされている。氷のように冷たい腐臭に慣れたばかりの二人にとって、この熱香は強烈な生理的嘔吐感を引き起こした。
扉の裏は忘憂閣の最底層、裏庭の雑用区だ。
清潔な青レンガが敷かれた細長い通路が、両側の赤い紗の提灯に照らされ、薄暗く曖昧だ。
謝必安が半歩踏み出しただけで、足元の黒靴が青レンガの上に悪臭を放つ黒い泥の足跡を残した。
「止まりな。どこの孤魂野鬼だい、忘憂閣の裏口へ押し入ろうとするのは?」
鋭く、嫌悪感を透かせた冷喝が通路の前方で響いた。
粗布の短い作業着を着て、太い木棍を持った屈強な護衛が四、五人立ち塞がる。その後ろに、紫絳色の羅裙を着た遣手婆の花ママが立っていた。
この管事の女は今、交尾する鴛鴦が刺繍された絹のハンカチで死に物狂いで口と鼻を覆っている。細長い柳葉の眉を描いた目には、肥溜めの汚物を見るような深い嫌悪が満ちていた。
「おやおや、お前さんたち、城外の化屍池に落ちて三日三晩煮込まれてでもきたのかい?」花ママは顔を打つその匂いに燻されて後ずさる。ハンカチに遮られた声が歪む。「早く! 魔除けの石灰を持っておいで! この汚いモノどもを叩き出しておくれ!」
護衛たちが木棍を振り上げるが、誰一人として前へ出ようとはしない。沈無のその血に染まった武術着と、まだ血痕の残る刀の鞘が、本物の人を震え上がらせる殺気を放っているからだ。
「花ママ、俺だ」
謝必安が沈無の背後から歩み出る。砕けた陶片で切られ、半乾きの黒泥がこびりついた顔を上げる。
「蘇老闆に伝えてくれ。一万四千両の銀を借りている債権者が、地下から這い上がって精算に来たと」
花ママは目を細める。赤い紗の提灯の光を頼りに半日ほど注意深く確認し、ようやくこの司天監の謝拾遺を見分けた。
「謝大人?」花ママは冷気を吸い込み、すぐに巨大な白眼を剥いた。「たとえ金の山を持ってきたとしても。そんなご尊顔じゃ蘇老闆はお会いになりませんよ。あのお方がその匂いを嗅いだら、アタシの皮が剥がされちまう。誰か、お二方を底層の洗い場へご案内しな! これは普通の泥じゃない。薬を混ぜた熱湯で皮を一枚剥がすまで、誰一人として上に上げてはならないよ!」
これは交渉の余地のない強制的な洗浄だ。
謝必安は抵抗しなかった。この身体はすでに忍耐の限界に達している。
現代社会において、徹夜の残業の後に熱いシャワーを浴びることは、社畜にとって数少ない救済だ。そしてこのゴミ捨て場のような大魏において。身体の屍臭を洗い流せるということは、彼らがついに死の影から一時的に脱したことを意味する。
底層の洗い場は、本来は楼へ売られてきたばかりの下働きの少女たちの身体を洗うための場所だ。空間は狭く、彫花の木桶などない。粗悪な青石で組まれた巨大な水槽が三つあるだけだ。
口と鼻を覆った数人の下男が銅の壺を提げ、白煙を上げる熱湯をバシャバシャと石の槽に注ぎ込む。水面には汚れ落としの安価な皂莢が数切れ浮かび、鼻を刺す灰汁の匂いを放っていた。
「脱ぐぞ」沈無の声は冷硬だ。
この特務には微塵の躊躇いもない。手が届く青石板に配刀を置き、ゆっくりと腰帯と玄色の武術着を解き始める。
衣類が剥がれ落ちる。沈無の新旧の傷痕だらけの精悍な肉体が水蒸気の中に暴露される。鉄浮屠の重弩で擦過した皮肉は、黒水に浸された結果、縁が病的な灰白色を帯びていた。
沈無が熱湯の石槽へ跨ぎ入る。
手ぬぐいは使わない。水面の粗末な皂莢を直接掴み、あのめくれ返った傷口へ向かって容赦なく擦り付けた。
熱湯にアルカリ性の汁液が混ざり、露出した血肉を無情に刺激する。沈無は奥歯を死に物狂いで噛み締め、額に青筋を暴起させたが、強引に一筋の呻きも漏らさなかった。
石槽の澄んだ水は、肉眼で見える速度で混濁した暗赤色の血のスープへと変わっていく。
謝必安は隣の石槽の縁に寄りかかっている。左手で不器用に青色の官服の紐を解く。
粗末な麻布で包まれた右腕が露出した時。周囲の空気が高温で微かに歪んだかのように見えた。
右腕の皮膚は不気味な暗赤色を呈し、皮下の血管は今にも沸騰しそうなマグマのように、微弱な紅光を微かに透かせている。
謝必安は深呼吸をし、水槽へ踏み込む。
焼け焦げそうな右腕が熱湯に浸かった瞬間。
激しい白色の水蒸気が水面から狂ったように立ち昇り、シューッという音を立てる。石槽の本来は温かかった風呂水が、右腕に触れた瞬間にゴボゴボと沸騰音を上げた。
水面に大量の細かい水泡が波打ち、付着していた陰の穢れも即座に外へ押し出された。
謝必安は冷気を吸い込む。高温の反噬が骨の髄に達する灼痛をもたらす。
目を閉じ、沸騰する水が身体にこびりついた淤泥と冷や汗を洗い流すに任せた。この自傷行為の縁を歩くような物理的な洗浄が、疲労で麻痺していた大脳に一筋の清明さを取り戻させる。
洗い場のもう一つの隅では。全く異なる階級の茶番劇が上演されていた。
『ニャオオ! 無礼者! お前らみたいな粗鄙な凡人が、俺様の尊い毛皮にこんな安物の灰汁で触れるとは! 次触ったらぶっ飛ばすぞ! 親父ぃ、助けろ! 俺様は風呂なんか入りたくねえんだ!』
銜蝉が二人の屈強な下働きの婆さんに木盆に死に物狂いで押さえつけられている。この貪欲な太猫は今、熱湯をかけられて哀れなずぶ濡れの金色のネズミになっている。
婆さんたちは遠慮なく粗いヘチマでその分厚い脂肪をゴシゴシと擦り洗いし、吐き気を催す黒泥水を何杯も洗い出した。
銜蝉は脳内で狂ったように抗議の弾幕を発射する。だがその四本の短い脚は象徴的に何度かもがいただけで、情けなくも力を失った。
熱湯が毛皮に浸透してもたらす快適感が、この怠け猫の喉から無意識のゴロゴロ音を漏れさせたのだ。ついに抵抗を放棄し、丸々とした腹をさらけ出して洗われるに任せ、気持ちよさそうに目を細めている。
銜蝉の狼狽ぶりと鮮明な対比をなしているのが。洗い場の最も高い場所の乾燥した梁に陣取る銀猫の阿奴だ。
阿奴の表情から察するに、今、下方の混濁した風呂水に対する深い軽蔑に満ちている。彼女は凡俗の熱湯を自らの高貴な身体に触れさせるつもりは毛頭ない。
優雅に端座する。周囲に充満する白色の水蒸気は、彼女の身体から三寸近づいた場所で、無形の霊気によって強引に駆逐される。
微小な結晶が空中で凝結し、一滴一滴の純浄無瑕な朝露へと化す。
阿奴は頭を下げ、ピンク色の舌先で朝露を軽く舐め取る。純浄な露で濡らした両手で、微塵の汚れも染まっていない銀色の皮毛を悠然と梳理する。すべてのアクションが、冒涜を許さない仙気を透かせていた。
†
半時辰後。
全身の屍臭と汚泥を洗い流した二人は、忘憂閣が雑用に提供する清潔な灰色の布の長衣に着替えた。服は粗末で少し大きすぎるが、淡い皂角の香りが燻し込まれており、どうにか活人らしく見えるようになった。
銜蝉は婆さんたちに乾いた布で毛を拭き取られ、再びフワフワの金色の肉玉へと戻った。洗い立てで静電気が消えていないため、普段より一回り大きく見え、歩く金色のタンポポのようだ。
阿奴は相変わらず高冷に空から舞い降り、謝必安の左肩へ正確に停まった。
「行くぞ」
謝必安は左手でまだ水滴が滴る髪を撫でつける。同じく灰色の衣に着替え、配刀を再び腰に下げた沈無を一瞥する。
生死の逃亡を経験したその目には。今や交渉のテーブルの上の打算しか残っていない。
「これでもう、俺たちの身体は十分に綺麗だ。上の階へ行ってあの蘇老闆に。全城の民を薪にするあの腐った帳簿の精算を、きっちりつけてもらうとしよう」




