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世説新鬼 —神のゴミを拾う男—  作者: 仔猫(コネコ)
第一巻:秦淮夜雨・期限切れの長生
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第23話 すべてを覚えている池

 


【巻ノ一・残頁弐拾参:『秦淮水志(しんわいすいし)・陰巻』佚名批註】


「水至って清ければ即ち魚無し、水至って濁れば即ち(ばけもの)を生ず。秦淮河(しんわいガワ)の底の沈殿した死水は、建康(けんこう)城百年の貪瞋痴(とんじんち)と怨念を匯聚かいじゅす。切に記すべし、もし水底の淤泥おでいが翻るを見ば、決して魚蝦の祟りにあらず、乃ちそれら忘れ去られし残渣が、身代わりの鬼を探し求めているなり。」


傍らに黒泥で塗りつぶされた歪な筆跡あり:『奴らは肉を喰わない、奴らは骨の中の怨気だけを噛み砕く。』



謝必安(シャ・ビアン)は、腐臭を放つ淤泥、砕けた陶片、そして未知の生物の骨格が混ざり合った浅瀬の上に頽然たいぜん癱軟たんなんしていた。


この鬼市(きいち)の最底層に位置する「沈殿池」の周縁には、一絲の流動する新鮮な微風すら存在しないばかりか、逆に実質を伴うかのように濃稠のうちょうな恐怖の瘴気が充満していた。その瘴気の中では、極致の屍臭と玉心(ぎょくしん)毒気特有の腐った林檎の甘い生臭さが完璧に交織し、無数の見えない極小のヤスリと化して、呼吸のたびに彼の気管と肺胞を惨忍に削り取っていた。


アルコールの抑圧を失い、謝必安(シャ・ビアン)の体内にある「酒狂(しゅきょう)」に属する覇道な気息は急速に退潮しつつあった。


それに伴ってやってきたのは、右腕の制御を失った「窯温(かまおん)」のいかなる節制もない狂ったような反撃だった。


あの粗雑な麻布で死に物狂いに包み込まれた硬直した右腕は、今や制御不能なまま「ジジッ、ジジッ」という微細な沸騰音を発していた。それは骨髄の奥深くに残留した錯金琉璃(さっきんルリ)の高温が、この地下の鍾乳洞の極致の陰寒の気と、最も原始的で最も惨烈な対抗を繰り広げている音だった。


冷熱が交替する極端な衝突は、謝必安(シャ・ビアン)の右半身を名状し難い劇痛の中へと陥らせた。彼の額には大豆ほどの大きさの冷や汗がびっしりと浮かび、汗水は惨白な頬を伝って滑り落ち、粘稠な黒泥の中に滴り落ちて、瞬時に跡形もなく呑み込まれた。


「悲惨だな、酒が切れちまった……」


謝必安(シャ・ビアン)は完好な左手で身の下の腐り果てた泥を死に物狂いで掻き毟り、爪をそれら嘔吐を催すような腐敗物の中に深く食い込ませ、この指先の刺痛を用いて右腕の引き裂かれる感覚を逸らそうと試みた。


専門にゴミを回収する雑項科(ざっこうか)拾遺(しゅうい)として、彼は誰よりも今の危険な状況を熟知していた。中和剤としての烈酒がなければ、彼のこの右腕は安全ピンを抜かれカウントダウンが始まっている高性能爆弾と同じだ。骨髄の中の温度が肉体凡胎の臨界点を突破すれば、腕全体が「ドカン」という巨音と共に漫天に舞い散る琉璃(ルリ)の砕屑へと爆発し、ついでに彼の半分の命をも奪い去るだろう。


彼は頭を巡らせ、充血した双眼で、傍らの無名の浮き死体と惨緑色の燐火が漂う黒い死水を死の如く見据えた。


この水の中には建康(けんこう)城の最も陰毒な煞気(さっき)匯聚かいじゅしている。風水玄学においては至陰の物であるが、謝必安(シャ・ビアン)の認識においては、これが現在「物理的降温クーリング」を行うために使用できる唯一の劣悪な冷却水であった。


いかなる躊躇もなく、謝必安(シャ・ビアン)は奥歯をきつく噛み締め、左手で猛然と自らのあの硬直した右腕を掴み、沈悶な「バシャッ」という水花を上げる音を伴って、腕全体をあの氷のように刺骨で悪臭を放つ黒い死水の中へと容赦なく突っ込んだ。


極めて濃烈な灰白色の水蒸気が、水面と右腕が交わる場所から瞬時に狂ったように立ち昇った。


極致の高温と極致の陰寒が水下で轟然と激突する。その感覚は、まるで誰かが真っ赤に焼けた鉄の棒を、氷の欠片がびっしりと詰まった傷口の中に強引に突き立てたかのようだった。謝必安(シャ・ビアン)の喉の奥から、強引に抑え込まれた野獣の瀕死のような嗄れた低い呻き声が爆発した。彼の身体は劇烈に痙攣し、左手は岸辺の尖った砕石を死に物狂いで握り締め、鋭利な石の角が彼の手のひらを切り裂き、殷紅の鮮血が指の隙間から流れ出たが、それも直ちに寒気によって凍結された。


『オヤジ! 狂ったのか! この水ん中は死人の臭いばっかだぞ、手を臭豆腐に腌(漬け)込む気かよ!』


少し離れた相対的に乾燥した暗礁の背後に隠れ、身体を狂ったように震わせて水を振り払っていた銜蝉(シェンチャン)が、脳内で鋭い叫び声を上げた。


この元々は高貴でフワフワだった金色の長毛猫は、今や毛髪がすべて黒水で滑稽な紐状に粘り付き、まるで下水道から這い出してきたばかりの巨大な濡れ鼠のさながらであった。彼は二つの前足で必死に顔の汚泥を掻き落としながら、脳内で泣き声混じりにブツブツと呟いた。


『本(ニャン)の絶世の美貌が台無しだ! このクソみたいな場所、城北(じょうほく)のあのガス漏れしてるボロ井戸より一万倍も恐ろしいじゃねえか! オヤジ、早く手を抜けよ、あの水ん中から何かがお前を見てるぞ!』


謝必安(シャ・ビアン)にはこの多弁なデブ猫の警告に構う余分な精力など微塵もなかった。彼は死の如く水面を見つめ、右腕の中の狂躁の熱力が氷のように刺骨の陰水によって少しずつ強引に圧し伏せられていくのを感じていた。意識を失いそうなほど痛んだが、あのいつでも爆発しかねない危機感は辛うじて一時的に解除された。


一方、彼からさほど離れていない別の暗礁の上で、鏡妖司(きょうようし)千戸(せんこ)である沈無(シェン・ウー)は、もう一つの人を胆寒かんかんさせるほどの堅忍さを見せつけていた。


この鉄骨錚錚たる特務頭目は、あの形影不離の環首直刀(かんしゅちょくとう)を膝の上に平らに置いた。彼は無表情で自身の玄色の武官服の下裾を引き裂き、胸郭と腕にある、鉄浮屠(てきふと)の重弩の擦過傷や刀剣によって切り裂かれた深邃しんすいな傷口を露出させた。


それらの傷口は、排汚の暗渠のあの細菌と毒素に満ちた黒水に浸透された後、縁がすでに病的な灰白色を帯び始め、あまつさえ糸を引くような粘稠で淡黄色の膿液すら滲み出していた。


沈無(シェン・ウー)金瘡薬(きんそうやく)を携帯しておらず、太医院(たいいん)のあの温和な薬草など、このような地下の死水による感染には何の役にも立たないことを知っていた。彼はいささかの躊躇もなく手を懐へ差し入れ、烈性の火薬が詰まった竹筒を取り出した。これは鏡妖司(きょうようし)が信号の伝達や緊急時の発火に用いる軍事物資である。


彼は歯で竹筒の栓を噛み開け、それらの粗雑な黒い火薬の粉末を、均一に、あまつさえ一絲の吝嗇りんしょくもなく、自身のあの翻捲ほんけんした傷口の上へと傾け注いだ。


火薬の粉末と膿血が混合し、鼻を刺す硝石の匂いを放つ。


直後、沈無(シェン・ウー)は傍らの縁が鋭利な燧石(火打ち石)を取り上げ、環首直刀(かんしゅちょくとう)の峰に向かって容赦なく叩きつけた。


「キン」という清澄な音に伴い、一叢の微弱な火星が精準に彼の胸口の火薬の上へと落ちた。


一団の短促でありながら極度に至烈な青黄色の火焔が、沈無(シェン・ウー)の皮肉の上で瞬時に炸裂した。火焔は無情にもそれらの感染した腐肉と毒素を呑み込み、身の毛のよだつ「ピキッ、パキッ」という焦げる音を発した。皮肉が徹底的に黒焦げになった鼻を刺す焦臭が、瞬時に空気中に蔓延する。


沈無(シェン・ウー)の身体はただ極めて微細に二度震えただけで、彼は歯を死に物狂いで食いしばり、一絲一毫の音声すら強引に漏らさなかった。その冷峻な顔立ちは火光の映照の下で、まるで痛覚を持たない青銅の羅漢のようであった。彼はこの最も原始的で、最も残暴な「消毒法」を用いて、傷口の悪化を強引に封じ込めたのである。


(シェン)大人は真の狠人(容赦のない男)だな」謝必安(シャ・ビアン)はすでに大方冷却され、表面に薄っすらと白霜の層を結んだ右腕を黒水の中からゆっくりと抽き出し、虚弱ながらも一絲の心からの敬服を透かした語気で言った。「火薬で爛れた肉を焼くとは、こいつは一生消えない傷跡が残るぞ」


沈無(シェン・ウー)は残った清潔な布切れを取り上げ、手際よくその黒焦げになった傷口を死に物狂いで縛り上げて包帯を巻いた。彼は佩刀を再び腰の鞘へと差し戻し、声は一絲の波乱もないほど冷たかった。「傷跡は生きた人間だけが所有できる贅沢品だ。死人は、ただ名前すらない陶片の山に化けるだけだ」


沈無(シェン・ウー)は頭を上げ、血走った双眼で警戒しながら周囲の、惨緑色の燐火に籠罩ろうちょうされた広袤たる水域を掃視した。


(シャ)拾遺(しゅうい)、貴様は忘憂閣(ぼうゆうかく)がこの鬼市(きいち)の核心陣眼の上にあると言ったな。俺たちは今、どうやって進むべきだ? この泥濘の地には、道など全くない」


謝必安(シャ・ビアン)は左手で膝を支え、揺れながら立ち上がった。彼の黒靴が湿って柔らかい腐臭の淤泥を踏みしめ、「バシャッ、バシャッ」という粘り気のある音を発した。


彼は沈無(シェン・ウー)の目光に沿って望み見た。前方は、無数の巨大な腐朽した沈没船の残骸、山のように堆積した廃棄された青銅の法器、そして無辺無際たる黒い淤泥が共同で構成する膨大な廃墟であった。この廃墟の尽き当たりに、微弱な紅紗の提灯の光芒が幾点か、あの息詰まるような暗黒と瘴気の中で隠約いんやくと見え隠れしている。


「このような大陣の底において、道がないことこそが最良の道だ」謝必安(シャ・ビアン)の眼差しは極度に鋭利になり、彼のあの現代化に属する思維が再びこの詭異な空間の解析を始めた。「あのように堅固に見える沈没船の残骸を歩いてはならない。あそこには最も多くの地脈の煞気(さっき)が蓄積されている。俺たちはただ、これらの半乾半湿の淤泥を踏み、水際に沿って直線を歩くしかない」


まさにその時、ずっと遠くの最も高く、最も乾燥した青石の上に静かに端座していた銀猫の阿奴(アヌ)が、突然立ち上がった。


彼女のあの絹織物の光沢を流転させる銀色の皮毛は、惨緑色の燐火の下で、神聖にして不可侵の微光を折射させていた。彼女のあのオッドアイの瞳孔は瞬時に極細の危険な縦線へと収縮し、謝必安(シャ・ビアン)沈無(シェン・ウー)の前方およそ十数歩離れた一片の黒い泥沼を死の如く見据えた。


阿奴(アヌ)の喉の奥から、一連の極めて低沈で、極端な警告の意味に満ちた「グルル」という音が発せられた。


それと同時に、先ほどまで毛髪が汚れたと文句を言っていた銜蝉(シェンチャン)も、感電したかのように猛然と謝必安(シャ・ビアン)の足の甲へと竄り上がり、二つの前足で謝必安(シャ・ビアン)の黒靴を死に物狂いで抱きしめ、全身の肥肉を鍋から出たばかりの柔らかく煮込まれた脂肉のように震わせた。


『オヤジ! 泥が動いた! 泥ん中で何かが蠢いてる! あいつらすっげえ腹減らしてる……あいつらお前の腕の上の熱々の匂いを喰いたがってるぜ!』銜蝉(シェンチャン)の脳内での声はすでに徹底的に凄厲たる泣き叫びに変わっていた。


謝必安(シャ・ビアン)沈無(シェン・ウー)の眼差しが同時に凝り固まった。


阿奴(アヌ)の視線の方向に沿って、本来なら死寂一片であったあの黒い淤泥が、突如として極めて不自然な翻騰ほんとうを始めた。続いて「ボコッ、ボコッ」と泥漿の泡立つ音が鳴り、五、六個の奇形怪状たる膨大な黒影が、ゆっくりと、粘稠な黒胡麻ペーストのような淤泥の深処から極めて艱難に這い出してきた。


それらの黒影が微弱な燐火の下に徹底的に暴露された時、血生臭さと殺戮を見慣れた沈無(シェン・ウー)でさえも、堪えきれずに腐った林檎の匂いが混じった冷気を吸い込んだ。


あの代物は完全な人類とは呼べず、あまつさえ妖魔と称することすらできなかった。


奴らは建康(けんこう)城の地下陣法の中で最も残酷な派生物だった――玉心(ぎょくしん)毒気によって強制的に異化されたが、陣法の排汚の濁流の下で徹底的に齏粉せいふんと化すには至らず、この沈殿池へと押し流された『半製品の残渣』となったのだ。


これらの廃品回収者の身体は極度に畸形な臃腫ようしゅを呈していた。奴らの下半身はすでに徹底的に灰白色の粗雑な陶磁器へと化しており、表面には巨大な窯割れの紋様がびっしりと走り、関節部分は強引に曲げられることで「ガリッ、ガリッ」という耳障りな陶磁器の摩擦音を発していた。


しかし奴らの上半身は、依然として人類の血肉の特徴を留めていた。ただその皮肉はすでに黒水に浸けられて白く腫れ上がっている。奴らには目がなく、元々眼窩であった場所には、底見えぬ二つの黒い穴だけが残されており、その中からは粘稠な黒い泥水が外へと滲み流れていた。


最も身の毛のよだつのは、奴らの極限まで強引に引き伸ばされた口だった。奴らには歯がなく、ただ一列また一列の鋭利な砕磁器の破片が歯茎に死に物狂いで嵌め込まれており、下顎の開閉に伴って「カチッ、カチッ」という恐怖の咀嚼音を発している。


以前の十倍は濃烈な腐った林檎の甘い生臭さが、奴らの身体から放たれていた。


これは、沈殿池の中の極陰の煞気(さっき)と、たまに落ちてくる生霊の血肉を呑み込むことで苟延残喘こうえんざんぜんに命を維持している、盲目の廃品回収者の群れだった。


奴らに視力はない。だが奴らの温度に対する感知は極点に達するほど鋭敏だった。今、奴らの眼球のない黒い穴が、一斉に謝必安(シャ・ビアン)の方向へと向けられた。


正確に言えば、謝必安(シャ・ビアン)のあの氷水の中から抽き出されたばかりの、表面には霜が結んでいるものの、内部では依然として微弱な「窯温(かまおん)」の熱輻射を放っている右腕へと向けられていた。


「あの老いぼれペテン師の陣法の中に、あろうことかこんな残渣を掃除する廃品回収の生き物まで飼われていたとはな」


謝必安(シャ・ビアン)は自嘲し、ゆっくりと半歩後退した。彼の今の右腕は深度冷却による麻痺状態にあり、左手には手頃な武器もなく、引爆に用いる最後の烈酒すら使い果たしてしまっていた。この半肉半陶で、痛覚すら全く持たない畸形の怪物に直面しては、物理攻撃の効果は微乎其微(微々たるもの)である。


沈無(シェン・ウー)は無駄口を叩かなかった。彼のあの刀はすでに胸の前に横たえられ、刀のきっさきは幽暗な光線の下で氷のように冷たい殺意を閃かせていた。


「俺が道を切り開く。貴様は俺の後ろに付け」


沈無(シェン・ウー)の声音は鉄のように低く沈んでいた。彼は猛然と前方へ一歩踏み出した。泥水が飛散し、「シュッ」という一筋の凄厲たる刀光が、最前方にいるあの盲目の廃品回収者の臃腫した首筋を真っ直ぐに狙って斬り込んだ。






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