第16話 高すぎる代償
【巻ノ一・残頁拾陸:工部・下水道補修指南・破棄済】
「皇室専用配管の漏れに遭遇した際、決して刀斧で斬りつけてはならない。高圧により内部の『福澤・毒液』が顔面に噴出し、その場で羽化することになる。
正しい対処法:現地調達で、十分に硬い栓を探すこと。栓が見つからなければ、付近で見物している貧民を細切れにして詰め込むこと。
備考:死人より活人の方が使い勝手が良い。活人の怨念が粘着度を高めるためである」――『司天監・雑項科・左官操作手引・残巻』
【司天監内部メモ】
「水漏れを塞ぐ」――文字通りの意味だ。だが漏れ出しているのが大魏皇帝の寿命であるなら、自分の命がその配管よりも硬いことを祈るしかない。
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灰色の霧が渦巻く城北の廃井戸。
腐ったリンゴと鉄サビが混ざった甘腥い匂いが、粘りつく海綿のように鼻腔に詰め込まれる。肺葉が痛むほど息苦しい。
井戸の底から顔を出した半透明の玉の「毛細血管」。
地下深くのリズムに合わせ、ドン、ドンと鈍く鼓動している。鼓動のたび、半透明の玉の紋理に吐き気を催す灰色の光が走る。シューッという空気の漏れる音。さらに濃い毒霧が宙に吐き出された。
沈無の目が鋭くなる。腰の漆黒の環首直刀が抜かれた。
澄んだ金属音。細くまっすぐな刀身に冷たい光が走る。柄の先の銅環が微かに震えた。うねる根に向かって斬りかかる。
「動くな!」
謝必安が沈無の刀の峰を押さえ込んだ。凄まじい力だ。沈無の虎口が痺れる。
「殺す気か?」謝必安は声を殺した。危険な工具を弄る見習いを叱る老職人の怒りだ。「この中身は高圧状態の『玉心の毒液』だ。斬りつければ頸動脈と同じだ。噴き出した毒の汁で、俺たち二人は瞬時に粗悪な陶器の人形にされるぞ!」
「斬れないならどうする?」沈無は歯を食いしばる。「毒気を漏らし続けている。城北が満たされれば、建康城の人間すべてが皇帝の道連れだ」
「どうするだと? 俺は下水道の修理屋だ。当然、『塞いで』押し戻す」
沈無は周囲の、すでに灰白色の土鍋と化した貧民の屍骨を見た。刀を握る手の甲に冷や汗が滲む。濃い灰色の霧の中から、カシャカシャという密集した摩擦音が響いた。
通りの両側に倒れていた灰白色の粗陶の破片が、玉心の毒気に触媒され、不気味に蠢き、組み合わさっていく。
腐ったリンゴの甘腥さを放つ数十体の「土鍋の活屍」が、ふらふらと立ち上がった。空洞の眼窩が、目の前の新鮮な活人を見据える。喉からシューシューと空気が漏れる音。泥沼から這い出した奇形の悪鬼の群れが、二人を包囲し始めた。
沈無の目が沈む。腰の直刀を握り直し迎撃しようとした時、謝必安の脳の奥底で、宦官のような甲高い悲鳴が上がった。
『親父! 凍え死ぬ! この城北の風には刃物でも混ざってんのか?!』
脳内の騒音とともに、毛が膨れ上がった金色の長毛の太った猫が、残雪をつけながら濃霧から転がり出てきた。雑項科で留守番をしていた怠け者の銜蝉だ。
銜蝉は凍った泥水に尻餅をつく。周囲の活屍に牙を剥きながら、謝必安の脳内で狂ったようにぼやいた。
『この極上の皇室の残飯の匂いがしなきゃ、死んでも外になんて出なかったぜ! 親父、待遇が悪すぎるぞ。これっぽっちじゃ腹の足しにもならねえ!』
『黙れ。バイキングの時間だ。もう一言余計なことを言えば、あのガス漏れ井戸に叩き込むぞ』
謝必安は顔色を変えず、脳内で冷たく言い返した。
許可を得た銜蝉の琥珀色の目が瞬時に輝く。口では文句を言いながらも、身体は正直だ。飢えた虎のように飛びかかり、金色の毛玉は嫌がる様子もなく土鍋の活屍の太ももに抱きついた。逆棘の生えた口を開け、クチャクチャと貪欲な吸啜音を立てる。猛毒の黒い粘液を大口で飲み込み、脳内で食レポまで始めた。
『くぅーっ、この味! 純陽の玉心に極陰の屍気がブレンドされて、最高だぜ!』
床一面の「餌」を品のない金色の太猫に独占され、汚いと謝必安の狐の毛皮に縮こまっていた銀猫の阿奴も、ついに我慢の限界を迎えた。
だが気高い阿奴が、泥にまみれた粗陶の外殻を齧るわけがない。
オッドアイの瞳が、土鍋の活屍の胸腔に正確に照準を合わせた。毒気が高度に濃縮されて結実した「灰黒色の晶核」だ。
宙に銀色の稲妻が閃く。阿奴が狐の毛皮から軽やかに跳躍した。
空中で飛び散る毒液を完璧に避け、前足をパシッと落とす。食事中の銜蝉の毛むくじゃらの大きな頭を、地面に触れないための専用のクッションとして踏みつけた。
『痛えなクソッ!』
銜蝉の身体が沈み込み、甲高い声が脳内で炸裂した。
『親父! この狂ったアマ、また俺様の頭を踏みやがった! 何様のつもりだ! 今夜絶対にこいつのベッドに小便してやる! 枕をびしょびしょにしてやるからな!』
謝必安は聞こえないふりをして顔を背けた。脳内で響く汚い罵倒を放置する。
阿奴は銜蝉の頭を足場に、優雅に前足を伸ばした。銀色の鋭い爪が、スッと活屍の胸を刺し貫く。最も綺麗な灰黒色の晶核を抉り出し、気高く頭を上げて飲み込んだ。
食後。阿奴はごく自然に、銜蝉の綺麗な金色の長毛で爪を二度強くこすり、存在しない汚れを拭き取った。そして背中を踏み台にして、再び謝必安の肩へ跳ね戻る。
『親父! 見たか! 俺様を雑巾にしやがった! 止めるなよ、絶対にぶっ飛ばしてやる!』
脳内では激怒しているが、現実では阿奴の背中に向かって弱々しくニャオと抗議するだけだ。すぐにまた頭を下げ、次の活屍の毒液を啜り始めた。
沈無は環首直刀を握ったまま硬直していた。
脳内放送は聞こえない。彼に見えるのは、泥水の中で奇妙な呻き声を上げながら狂食する金色の太猫と、仲間の頭を踏み台にして「極上の内丹」を食らう冷淡な銀猫だけだ。ここが命懸けの戦場だと言われなければ、二匹の異猫の貸し切りバイキング会場にしか見えない。
「あの太った金毛は放っておけ。皿洗いに残しておく」
双猫が場を支配している隙に、謝必安はしゃがみ込み、金糸だらけの右手で粗陶の破片を鷲掴みにした。
「沈大人、三歩下がれ。『セメント』を練る」
謝必安は息を吐き、白狐の毛皮を脱いで沈無へ投げた。右手の包帯を解き始める。
「直したばかりの工具が使えないだと? なら何のために直した。金繕いは仕事に使うためのもので、飾っておくものじゃない」
一時辰前に蘇小小が巻いたばかりの包帯。内側には濃厚な薬の匂いを放つ黄金の軟膏が塗られている。
包帯が剥がれるたび、ビリビリと布が裂ける音がした。死の灰色をした右手が、再び冷たい空気に晒される。金糸で縫合された細かい縫い目は、死肉に張り付く金色の百足のようだ。不気味な精緻さを放つ。
「何の材料がいる?」沈無は奇妙な縫い目のある右手を見て眉をひそめた。「手に入れたばかりの『火精』か? それとも『鮫人の涙』か?」
「夢を見るな」
謝必安は呆れた。硬直した五指を動かすと、関節がパキパキと鳴る。
「あれは皇帝のジジイの『本日のメインディッシュ』だ。こんな端材の毛細血管に使うなんて、大砲で蚊を撃つようなもんだ。こんな小さな水漏れは、現地調達で十分だ」
振り返り、通りの両側で完全に砕け散り、灰白色の陶片と化した貧民の屍骨を見た。
「左官が壁を塗るには、粘土と砂がいる」
砕けた乞食の前に歩み寄り、身を屈める。金糸の右手で、黒い毒液のついた粗陶の破片を鷲掴みにした。破片が骨の灰のように指の隙間からこぼれ落ちる。破片の中には、まだ完全に陶器化していない肉片が混ざっていた。
「こいつらは玉心の毒気に強引に『容器化』された。骨も血も魂も毒気と同化し、同じ属性のカスに変わっている」
謝必安の目は恐ろしいほど冷たく、微塵の揺らぎもない。
「汚穢で汚穢を制し、廃カスで廃カスを鎮める。この世に、こいつら以上に完璧な『水漏れ防止セメント』はない」
沈無の胃が激しく波打った。
被害者の屍骨を建築材料として穴埋めに使う。その冷血な実用主義は、殺伐と決断を下してきた鏡妖司の千戸にすら抑えきれない生理的嫌悪を催させた。泥にまみれた錆びた銅銭を無理やり呑み込まされたような感覚。
だが、反論はできない。
「三歩下がれ。仕事を始める」
謝必安は深呼吸をした。腐ったリンゴの毒霧が肺に流れ込み、微かな刺痛をもたらす。
体内に残る霊力を回す。
死の灰色の右手が瞬時に光を放った。以前の純粋な瑠璃の金光ではない。神傷形労の暗紅色だ。皮下の「金繕い」の縫い目が、高温に催発されて焼け付くように熱くなる。焼きごてを当てるようなジューッという音がした。
謝必安は短い呻き声を上げ、喉仏を激しく動かした。額に冷や汗が滲むが、右手の高温ですぐに白い蒸気へと蒸発する。
手の粗陶の破片を強く握りつぶした。
パキパキという破砕音。黒い毒液のついた骨と血の陶片が、瑠璃の手の高温で急速に溶けて混ざり合う。鼻を突く焦臭を放つ、灰黒色の半流体の「セメント」へと変わった。
「とっとと……寝やがれ!」
謝必安が一喝し、一歩踏み込む。熱く煮えたぎる灰黒のセメントを、うねる玉の根の先端に正確に塗りつけた。
ドゴォォン! 大音響が轟く。
極限の高温と玉心の毒液の極寒が、接触した瞬間に激しく衝突する。井戸の口から白い蒸気が大量に吹き上がり、焦げた肉と腐ったリンゴの異臭を混ぜ合わせ、謝必安の全身を飲み込んだ。
「謝拾遺!」
沈無が叫び、飛び込もうとしたが、爆発的な気の波に半歩退かされた。
濃い蒸気の中で、玉の根が狂ったようにもがく。致命的な脅威を感じ取り、頭頂を覆う「セメント」を死に物狂いで突き破ろうとしている。地下からドンドンという鈍く急な心音が響く。水槽に押さえ込まれた野獣が、絶望して壁に頭をぶつけているかのようだ。
「押さえろ! 押さえ込まねえと!」
謝必安の声が蒸気の中から響く。引き裂かれたような嗄れ声だ。
全身の体重を右手に乗せ、無辜の死骸が混ざった「セメント」を根の開口部に押し込む。
瑠璃の手の高温が、セメントを完全に結晶化させた。
ジューッ。耳障りな冷却音が響く。
灰黒色のセメントは、井戸の口で気泡だらけの分厚い黒い瑠璃の封印と化した。この封印が根の出口を隙間なく塞ぎ、噴出しそうになっていた毒液を地下へと封じ込めた。
地下の心音が次第に鈍くなり、もがく力も弱まる。最後に、玉の毛細血管は不本意な悲鳴を上げ、漆黒の井戸の底へゆっくりと縮んでいった。
灰色の霧の噴出が止まる。
周囲の空気を圧迫していた息苦しさも一掃された。
「完了……仕事終わり……」
謝必安が長く濁った息を吐いた。
だが、言葉が終わらぬうちに。
鮮明で背筋が凍るようなパキッ……パキッ……という破砕音が、右腕の奥深くから響いた。
沈無が目を見開く。
掌だけが瑠璃化していた右腕が、今や半透明の結晶の質感を持ち、目に見える速度で手首を越え、肘へ向かって広がっていた。
蘇小小が縫い付けた金糸は、限界を遥かに超えた霊力の奔流に耐えきれず、次々と崩れ去る。金属の糸が皮肉から弾け飛び、ブチブチと断裂音を立てた。死皮と結晶化した血肉が混ざり合い、ボロボロと崩れ落ちる。金光を放ちながらも無数の細かい亀裂が入った骨が露わになった。
筆舌に尽くしがたい劇痛が、瞬時に謝必安の神経を呑み込む。
刀の傷より痛い。骨髄を抜かれ、神経を熱湯に浸して揉みくちゃにされるような折檻。口の中に血の味が広がり、不気味な錆びた銅銭の味が混ざった。
「ウッ……」
謝必安は膝から崩れ落ち、すべての力を失った。底の抜けた小麦粉の袋のように真っ直ぐ後ろへ倒れ、骨を刺す冷たい雪と泥水の中に叩きつけられた。
「謝必安!」
沈無が飛び出し、泥水から彼を引き上げる。
触れた瞬間、活人を抱いている気がしなかった。急速に熱を失う氷の塊だ。謝必安の顔色は血の気がなく青白い。唇が微かに震え、右腕が力なく垂れ下がっている。腕の表面からは、絶望的なパキパキという破砕音が絶えず鳴っていた。
「おい! 起きろ! 腕の様子がおかしいぞ! 使い物にならなくなる!」
沈無の声に珍しく焦りが混じる。口からでまかせばかりのこのならず者が気に入らないとはいえ、建康城を救える唯一の男がこんな場所で死ぬのは御免だった。
謝必安のまぶたは生鉄をぶら下げたように重い。視界の縁は暗闇に呑まれ、中央の微弱な光の暈しか残っていない。
かろうじて口角を動かし、泣くより酷い嘲りの笑みを浮かべる。
「馬鹿野郎……俺の手だぞ……俺が分からないとでも……」
風前の灯火のように微弱で、途切れ途切れの声。
「沈大人……城へ戻るぞ……」
「雑項科へ戻るのか? それとも御医を呼ぶか?!」沈無は焦って尋ね、白狐の毛皮を彼に再び着せようとした。
「行くのは……忘憂閣だ……」
痛みに息を呑み、喉からヒューヒューと音が漏れたが、それでも自身の荒唐無稽な職人の論理を頑なに貫いた。
「蘇小小に伝えろ……あいつの『金繕い』の手技は……合格点に届いてないってな……一番大きなベッドと……一番きつい麻沸散を用意させろ……」
「今夜の勘定は……ツケにしとくようにな……」
最後の一字を言い終え、謝必安の頭が力なく沈無の肩に垂れた。深い昏睡に落ちた。
沈無は腕の中で息も絶え絶えになり、右腕から結晶の破片を落とし続けている男を見た。そして、黒い瑠璃で固く封じられた廃井戸を振り返る。
灰色の霧が夜風の中でゆっくりと散っていく。城北の死の静寂は相変わらず残酷だが、少なくとも蔓延の歩みは、命知らずのこの狂人によって押さえ込まれた。
「本当に救いようのないろくでなしだ」
沈無は歯を食いしばり、謝必安をしっかりと背負う。地面の毛皮を拾い上げ、彼を強く包み込んだ。
振り返り、床一面の灰白色の粗陶の破片を踏みしめる。足取りは重いが、揺るぎない確意をもって城南へ歩み出した。
あそこでは、忘憂閣の紅い提灯が暖かく、曖昧に灯っている。この腐敗した城において、生死を一時忘れさせてくれる唯一の優しい場所だ。
そこには天文学的な額の勘定書と、金のハサミを持った地下の女王が、この狂った下水修理屋を待っている。




