『争い』
東京都世田谷区北烏山某所。安藤家。夜十時半頃。
お風呂から上がって寝間着に着替えているめぐみは、テレビを付けながら翌日の予習をしていた。テレビの時事ニュースを耳に入れながらであったが勉強は順調に進んでいた。テレビでは千倉アナがニュースを読み上げている。
「ニューヨーク、マンハッタンで火災が発生したアパートに取り残された母親と四歳の子供を一人の女性が救出しました。警察や消防が到着する前には女性の姿がなかったということです。また、アパートの火災は消防が到着する前には鎮火されており、救出された母親は、炎の中から現れた女性は光で包まれており、その光が自分達を炎から守ってくれた。女性が不思議な力を使って炎を消していたと話していたということです。母親は救出しれた女性は聖母マリアか使いの天使だったのではと――」
本日の安藤家恒例の映画鑑賞が終わってから勉強を始めていたが、辞書を引く回数も少ないのでそれほど遅くならない時間には終わるだろうと見積もっていた。英語の科目が別段好きと言う訳ではないが、教科書を進めば進むほどに紐解かれる物語に惹かれていたのだ。
「頻発する中規模地震が関東地方に集中しています。ここ数年のうちに巨大地震が関東を襲うのでしょうか? 過去の経験から私達にできる対策とは何なのでしょうか? 続いては特集です。戦争や紛争で犠牲になる子供達。孤児となった子供達にカメラが密着しました」
千倉アナの言葉に自然と手を止めてテレビの方に振り向いた。テレビに映し出されているのは、路上に座り込んだ二人の男の子の姿だった。足元にカメラが向けられると彼らは裸足で路上には瓦礫が散らばっている。
「五歳から十四歳までで働いている児童は世界におよそ二億五千万人いると言われている。世界ではまだまだ紛争が多く、そのためにたくさんの人が命を落としている。その紛争で生き延びても家族を失い、孤児になって食べ物も住むところもなく難民となったりストリートチルドレンになる子供がいる。彼らも――」
女性ナレーションは淡々と語りかけてくる。世界のどこかで人と人とが争い合っている現実がある。どんな食い違い起こって争いが始まってしまうのかめぐみには理解できない。その時、部屋のドアが三回ノックされた。
「めぐー。ちょっと良い?」
みゆきの声が聞こえると集中していたテレビから目を離して返事をした。
「はーい? 開けて大丈夫だよ」
ドアがゆっくりと開いて、みゆきの顔がひょこり顔を出した。
「ちょっとめぐのコレクションの中から何かないかなーって思ってさ。見せて欲しいんだけど、良い?」
「うん。大丈夫」
「サンキュ」
みゆきはめぐみが好きな笑顔で部屋の中に入ってすぐにめぐみのコレクションの棚を物色し始めた。姉妹で共通の趣味であるが、見ている作品、また買っている作品が被ることがないのでお互いに貸し借りしている。
「みゆき姉、戦争ってどうして起こるのかな?」
「ん?」
みゆきはめぐみの方に顔を向けてから、テレビに目をやりナレーションに耳を傾けた。
「――国が何もしていないわけではありません。ストリートチルドレンの数が多すぎて手が回らないが現状です。施設に保護される子供がいる中で、紛争が続く地域では生活が苦しくなり学校に行けなくなった子供は徴兵に売られていくのです。また、家族を殺された子供は報復のために自ら志願し兵士になる場合もあるのです」
めぐみは一呼吸おいてからまた声に出した。
「めぐみ、戦争は悲しいとか空しいって思うの。それでも何で人は争いをやめることはないの?」
「うーん。えっと、どんな争いにも理由がある。それが納得のいく答えではなくてもね。市民の不満が権力に向かないように敵を作って求心力を得ようとしたりー。あとは、外交の手段。例えば石油を持ってる国から石油を奪うとか。国土を増やしたいなんかもそうかも。宗教が絡むことだってある。価値観の違いだって戦争の原因になる。それでも争いはね、何処までも続く負のスパイラルだよ。人に愛って感情があるからなくならないと私は思う」
「何で愛が原因になるの? みゆき姉、それはおかしいんじゃないの? 愛だけが世界を救うとか映画で良くあるじゃない。憎しみが憎しみを生んで、それが負のスパイラルになるんじゃないの?」
「そうだね。確かに憎しみもあるね。それでも憎しみはやがて虚しさに変わっていく物だよ。そして、憎しみの根底にあるのは愛だと思う。何かを、愛する何か、誰かを傷つけられることで憎しむと思わない? 映画だと愛だけが世界を救うけど、過剰な愛が争いを生む。人ってどんな動物よりも過剰な愛を持っている生き物だと思う。もし、愛する人が殺されたらその人の心には悲しみと同時に復讐って感情が芽生える。それって当然じゃない? 人はね、どんなに愚かなことだと解っていても自分の命と引き換えになっても復讐を成し遂げようとする」
みゆきの言葉にただめぐみは茫然と聞きながら、頭の中でぐるぐると想像が膨らんでいった。
「家族が殺された。復讐する。復讐された人の家族がまた復讐する。血が流れるのは止まらない。その悪循環のスパイラルがテロとか戦争とかがこれだと思う。これが繰り返されて続いていくのが争いだと思うよ。言葉では簡単にやめろと言えるし、復讐なんてバカバカしいって言うけど難しい事だと思う。子供ですら親を殺されたら相手を殺すかもしれない。さっきも言ったけど、憎しみの根底にあるのは愛だと思うよ。目の前に武器があるのなら、それを手に取ってしまうよ。戦争映画でもあるでしょ? だって愛する誰かが殺されたら、人は混乱の中で正常な判断もできないし、感情も正常ではないだろうね。もしもだよ。めぐは戦争で、目の前で家族の誰かが殺されたら……私が殺されたらどう思う? どうする? 目の前に武器があるのだとしたら、それを手に取る?」
「めぐは……めぐは……解んない……ごめん……」
「謝る必要なんてないよ、めぐ。気にしない気にしない」
そう言ってみゆきはめぐみに近づいて頭を撫でた。
「めぐは何も悪くない。ちょっと変な話になったね。ほとんど講義の受け売りだけど私は愛が争いの原因だって思った。愛ってもしかしたら世界で一番恐ろしいものかもしれないって」
「みゆき姉。難しいね。人が争いをやめるって……」
「うん。そうだね。さてさて、何を見ようかなー?」
みゆきはめぐみのコレクションの物色を再開した。頭の中でぐるぐると回っている考えや妄想は止まることはなかったが、今こうして何気ない日常を送っている自分がなんて幸せなんだろうとめぐみは思った。整理出来ないことを考えているよりも明日の予習を終わらせようと机に向き直ったが、それでも気を紛らわすことが出来ない程、彼女は純粋だった――。




