『遠海探偵事務所』
昼。東京都中野区上高田某所。遠海探偵事務所。二階建て雑居ビル。二階。十二時過ぎ。
新井薬師前駅周辺にある遠海探偵事務所は四人で切り盛りしている。人探し、浮気、身辺調査などを受けており、殺人事件などに関わるような小説やテレビなどの探偵事務所ではない普通の探偵事務所である。
たった四人だけで迅速かつ確実な調査をまともに熟している。彼らはどんな依頼でも解決してきており、小さな探偵事務所としては繁盛している。インターネットでも大手の探偵事務所と同じ一ページ目に出てくる程だ。
中はこぢんまりとしていて、所長デスクの前に四つのデスクが横に二つずつ並んでいる。一つは空席で今のところ募集しているが来ない。
遠海日向は後頭部に両手を組んでデスクに両足を乗っけていた。彼はこの一時の休息に何をするか考えていた。
「昼どうすっかなー? 飯でも食おうかなー? ねぇ? どうしようか? 何かある?」
黒髪パーマの清水大和はコンビニ弁当をペットボトルのお茶と一緒に食べていた。他の二人の女性陣は、日向の言葉に反応していないで手作り弁当と水筒で昼食を取っていた。平穏な沈黙が事務所を包み込んでいた。
「だ、誰も喋らねぇーのかよ!? えっとーあのー日向さん? は、腹をごしらえが一番ですよ。ここ最近忙しくてろくにご飯食べてないじゃないですか? 栄養が必要ですよ」
「栄養ねぇ。コンビニ弁当食ってる奴に言われたくないわ!」
「日向さん酷い! 折角返事したのにー!」
大和の斜め右の席に座っているベビーピンク色でショートヘアの今泉皐月は黙々と食事を食べていた。
「ふん。くだらないですね。答えが分かりきっていることを聞くのに意味がありますか? 人の『心が読める』のに。大和君、別に気を使って話さなくても良いんですよ」
「え? でも皐月さん、それはちょっと……」
大和が皐月の言葉に狼狽えていると同時に、日向は心無い言葉に傷ついた素振りを見せる。足はデスクの上に乗せたまま、両手を心臓に当て苦しみに歪んだ顔をした。
「酷い皐月さん! 俺はそんな力を乱用したりし、ま、せ、ん! あぁぁー! 皐月さんに信用がないのが俺は悲しい!」
皐月の右隣で大和の正面に座っているミントアッシュの三つ編みお団子頭の古川瑞穂は瞳の色が紫色になった。
「ふふん。もうすぐある人物から電話が来るよ日向君。そしたら暇じゃなくなる。安心して良いよー」
日向は右眉だけを眉間に寄せて瑞穂に視線を向けた。
「おい瑞穂! 力使ったな? 起きてる間に五回しか使えないのに無駄にするなよー」
そんな言葉はお構いなしに弁当を頬張る瑞穂は聞き流そうとしていた。皐月は食事を止めて隣に座っている瑞穂を見た。
「瑞穂さん。こんなところで『予知』の力を無駄遣いしてはいけませんよ。依頼で使うことになる可能性がありますよ」
「ふふん。皐月さん大丈夫ですよー。その電話は所長と私じゃないある人を現場に呼ぶだけですから」
「はぁ? 俺とある人を現場に呼ぶ?」
「ふふん。あと五秒、四、三、二、一――」
デスクに置いていた日向のスマホが鳴った。日向は足を降ろしてすぐに手に取る。表示してある名前は『木村陽菜』だった。
「なんだ陽菜かよー。はい? もしもし? 陽菜?」
『もしもし日向君? 久しぶり』
日向は革ジャンの胸ポケットに入れいてたタバコの箱に手を伸ばした。
「あぁ、で? 何処で会うんだ?」
『ははぁーん。電話があるのを知ってたのね。場所は渋谷。それと単刀直入に言うとこれは依頼』
日向はタバコにジッポライターで火を付けた。ジッポの音は良い。ハードボイルドな感じがする。使ってもう四年になる。父から譲り受けた大切な物だ。
「依頼? ふぅー。どんな内容?」
吐き出したタバコの煙が事務所をゆらゆらと漂う。それに食事している三人が怪訝な顔で日向を見た。
『とりあえず、まずは現場を見て欲しいの。渋谷のクラブ放火事件のことはテレビで見てるわよね?』
「渋谷のそれって……まさかヤバい話じゃないよな?」
『安心して。危険はない。それは保障する』
日向はタバコの灰を灰皿に落とした。
「本当か? 何か裏でもあるんじゃないのか? 引き受けるかは詳しい内容次第だ」
『もちろん。引き受けるかどうかはいつも通り日向君が決めて構わない』
「それで、もう一人って誰が必要なんだよ?」
『そこまで分かってるのね。必要なのはサイコメトリー。何とかできないかなー日向君? 同級生のよしみで』
「分かったよ。とりあえず出張費欲しいとこだけど、こないだの借りがあるしこれでチャラにしとくよ」
日向はタバコを深く吸って吐き出した。
『ありがと。ハチ公前で一時に。じゃあ後で』
日向は通話が終わるとタバコを消して皐月に向かって拝むように手を合わせる。
「皐月さん、仕事です。行きましょう。お願いします!」
皐月は食べ終わった弁当と水筒を鞄に入れている所だった。
「私が一緒に? 何故です?」
「皐月さんの力が必要らしいのでお願いします! これから正式に引き受けるは内容次第です。どうかお力をー!」
皐月は溜息をして瑞穂を見た。
「はぁー。ある人は私ですか瑞穂さん」
「ふふん。楽しみはとって置かないといけませんからねー」
「……何処に行くのですか日向君? 電話の内容から察するに渋谷ですか?」
日向は合掌した状態で皐月を右目だけで開けた。
「渋谷です。昨日からテレビでやってるクラブの事件です」
「え!? それはヤバくないですか?」
大和がご飯を口から飛ばして声に出した。日向は腕を組んで腰を椅子に預ける。
「どんなことになるか分からん。瑞穂、二時間くらいまでの未来分かるんだから何か見てないのか?」
「私は知らなーい。でも一応言っておくね。その依頼、日向君引き受けるから」
「見てんじゃないかよ――皐月さん行きましょう。渋谷に――」
「仕方ないですね――分かりました」
日向と皐月は立ち上がって事務所を出る準備をした。
「じゃあ大和と瑞穂は電話番と留守番頼むわ。行って来る」
「ふふん。行ってらっしゃーい!」
「行ってらっしゃい。二人共気を付けてください。俺ら待ってます」
日向と皐月はドアを出る直前に振り返り二人に声を掛けた。
「じゃあ後はよろしくな」
「瑞穂ちゃん、大和君、行ってきます。日向君。早く行きましょ?」
「えぇ。行きましょう皐月さん」
二人はドアを出た。階段を下りて駅に向かう。その間、事務所に残った瑞穂は弁当と水筒を鞄に片付け、大和はコンビニ弁当をゴミ箱に捨てた。
「大和君。これから面白いことになるよー」
「え!? 何か見てるんですか瑞穂さん?」
「ふふん。お楽しみはとって置かないとねー。ひ、み、つ」
「瑞穂さーん! そんなこと言わずに知ってるなら教えてくださいよー」
瑞穂は口角を上げ満面の笑顔のままだった。
「ふふん。さてさて掃除でもしようかなー? 皐月さんから電話が来るから大和君出てね。それまで暇だしねー」
「瑞穂さーん! ケチー!」
「ふふん」
瑞穂は掃除用具入れから箒と塵取りを取り出した。鼻歌を歌いながら大和を無視して掃除を始めた。彼女が見られる限界である二時間後までの未来を思いながら――。




