『安藤みゆき』
朝。東京都世田谷区某所。西城大学。キャンパス内。校門付近。九時前後。
安藤みゆきは自主制作の映画の撮り直しをしていた。新歓での公開まで明日と迫った。心の準備はできているつもりではあるが、本番の緊張感が心を脅かせていた。しかし、撮影はいつも楽しいし、彼女は映画制作に携わる事ができるこの環境が好きだった。高校時代でも映画制作をしていた時は楽しくて、出来上がる作品が誰かの心に残って欲しいと思っていた。自分達が作った作品がスクリーンに映し出されて色んな人に見てもらえる瞬間は言葉にできない感動だ。
「じゃあ一旦休憩挟もう! 次は本番やるから!」
演出をする四年生の監督兼部長がみんなに声を掛けた。照明、音声など裏方のサークル部員全員がその言葉に一息つく。それぞれが持ち場から荷物場所に集まり、飲み物だけを口にする人に軽食を食べる人もいた。
みゆきは買っておいたスポーツドリンクをごくごくと飲み始めた。地面に座っている同学年の小室雄介とその隣にいる一つ上の先輩、宮崎俊はみゆきのその姿を見て笑った。
「ははは。みゆきちゃん、がぶ飲みとは豪快だね。雄介もそう思うだろ?」
俊はいつも見る度に笑顔で、今撮っている映画でもその笑顔のまま出演している。
「俊さん。ただ豪快なだけじゃないですよ。こいつは酒豪ですからビールだと思ってるんですよ」
今時なかなかいないドレッドヘアーでかなりお調子者の雄介は、みゆきとは学部が違うがサークル仲間だ。すぐに軽く口を開くので誰とでも仲が良く交友関係はかなり幅広いようだ。たまにしかサークルに参加しない俊は、参加した時はいつも雄介とずっと一緒にいて傍から見れば兄弟の様に仲睦まじく見える。
「ぷはー! へへ。ほんとにこれがビールだったら良いのになぁー。雄介と俊さんは良いよね。脇役で出番少ないし、セリフはあってもほとんどないに等しいし」
肩まである少し長い茶髪の俊は満面の笑顔のまま答えた。
「そんなことないよ。僕は役もらって嬉しいしセリフも一応ある。これで満足。ほぼ幽霊部員に近い僕に役がもらえるなんてさ」
雄介はドレッドヘアーを左手で触りながら右手で炭酸ジュースを飲んでいた。
「プハー! みゆきちゃんは手厳しいねぇー。本音をズバズバ言う女だもんな。それが可憐なヒロインだなんて笑ってしまうわ! 役に入ると……どうして? どうしてなの? だって! そんなこと言う女じゃありませんってね!」
みゆきはペットボトルをショルダーバックに入れてから雄介に冷たい視線を向けた。
「はぁ? 雄介! 何か言った?」
「おぉー。怖い怖い――」
雄介は身体全身をわざとらしく大きく震わせ、それを見ている俊は変わらない優しい笑顔のままだった。
「ははは。二人共面白いね。僕は見ているだけで笑顔になるよ。みゆきちゃんとあまり交流する機会がないから新鮮だよ」
俊はほぼ来てないのもあるが、会うのもレアキャラ状態。大学には真面目に来ていると本人は言うがみゆきは二年通っても見かけたことがなかった。俊が役をもらって共演シーンがあるからここにいるのだった。
最後に会話したのは、この撮り直し前の同じシーンの現場で一か月も前の話にだった。俊はいつもサークルに参加しても打ち上げに来ることは滅多にない。みゆきはさり気なく誘ってみることを考えた。
「それはそうですけど、打ち上げくらいには顔を出してくださいよ。いつもいなくて帰るばっかなんだし、たまには交流をしないと一人になりますよ」
「まぁ、そこは僕にも色々用事があるから仕方ない。行けたら行く気持ちではいるよ」
「じゃあ今回の打ち上げは来てくれますか?」
「それは当日にならないと何とも言えないかな?」
曖昧な返事で誤魔化された気がしたが、それでも優しい人であることに変わりはない。みゆきはさらに説得してみようと思ったが、俊は一度決めたことを曲げたりはしない。二年ほどのサークルの少ない会話で身に染みている。ただ本当にサークルに顔を出さない。やたらと仲が良い雄介は毎回やってくるのにとみゆきは心の中で思った。
「誤魔化すのが本当に下手ですね。俊さんは」
雄介はさりげなく右隣りにいる俊の肩に腕を回した。
「俊さんは俊さんだから仕方ない。諦めな、みゆきちゃん。ねー俊さん?」
「気持ち悪いな……雄介……」
みゆきは笑顔が消えた俊の顔を初めて見た。それに完全に茫然とした顔になった雄介は一瞬遅れてやっと声を出した。
「うわえぇえー!? 俊しゃん!?」
雄介はすぐに腕を退かした。俊は怪訝な顔だったが、徐々に顔の口角が緩み始めた。
「ぷ、あははは。冗談だよ雄介。その顔なんだよ。あははは」
「俊さーん!」
こんな良い人にならもっと周りが集まってくれるとみゆきは思った――その才能を活かせる飲み会という場所があるのに――。
「仲がよろしいですね。こんなにユーモアがあるのにもったいないですよ俊さん。みんなもっと慕ってくれますよ」
みゆきの言葉に何故か雄介が解答してきた。
「それは俊さんの自由だから仕方ない。どんなに口説き落とそうとしても俺の物! 無、駄、よ!」
俊の右頬に雄介がキスした。みゆきはすぐに、
「キモ!」
と言って一歩引いてしまった。俊はそんな小学生なような行動をする雄介の頭を撫で始めた。
「はいはい。分かった分かった。本当はあいつに会いたくて仕方ないんだよな?」
俊の言葉に雄介の大げさなリアクションと声が返ってきた。
「だってあいつ最近マジ遊んでくれないですよ俊さん! 忙しいだの! バイトだのって! 俺という男がありながら酷い!」
顔を両手で覆った雄介をみゆきは呆れた顔で見たがあいつって誰のことだろうと思った。俊も知っている人物のようだが見当も付かない。二人の共通の友人とはどんな人物かと少し興味が湧いてきた。
「それって――」
「本番行きまーす。準備お願いしまーす!」
みゆきが質問しようとした時にその声が聞こえてきた。俊は立ち上がりながら、
「みゆきちゃん頑張ろうね」
と言った。
「あ、はい」
どっこいしょっと言って雄介も立ち上がってそのまま俊と持ち場へと向かって行った。
「まぁいっか。良し!」
みゆきは今の自分ができるありったけを出し切ろうと心に決めていた。少しでも誰かの心に残るような作品になって欲しいと思うのだった――。




