446食目 司令塔
美味しい食事を堪能し十分な睡眠を取った俺たちは、再び獄炎の迷宮地下四十七階の攻略に挑んだ。
前回の反省を踏まえて、しっかりとした陣形を維持しながらの進軍となる。
「よし、前衛はしっかりと護りを固めて前進! 中衛は攻撃タイミングを知らせるまで攻撃は控えるように! 後衛は各々の役割をよく理解して行動! それでは進軍開始!」
前回は自分達の能力の高さを過信してバラバラに行動したため、陣形もなんもあったものではなかった。そのため、だらしなく伸びた戦線の脇腹を火ウサギたちに突かれる形となり、防戦一方になってしまったのである。
仮に俺たち全員がユウユウ閣下やブルトンみたいなガチ戦士であれば、このでたらめな進軍であっても、まったく問題は起こらなかっただろう。個々で撃破すればいいだけなのだから。
だが、俺たち『モモガーディアンズ』はそれぞれに個性があり、戦闘向きの者とそうじゃない者が集まってできた集団なのである。よって、力技だけではどうにもならないこともあるのだ。
それにユウユウ閣下やブルトンにも得手不得手がある。彼らは魔法、特に攻撃魔法が不得手であり、一対一の勝負であれば圧倒的優位であるが、多数を相手にする場合はやや不利な状況に陥るのだ。
逆に肉体的に劣るメルシェ委員長やクリューテルは広範囲攻撃魔法が得意のため、殲滅戦にめっぽう強い。
このように、互いの不足している部分を補いながら勝利に向かうことができる、それが我ら『モモガーディアンズ』の強みであると俺は確信していた。
あとは互いの連携が上手くいけばいいのだが……これが相当に難しい。
「……ききき……火ウサギ接近……数……二十……」
目の良いララァは敵の存在にいち早く察知し、司令塔に報告する役目を持っている。そのため〈サーチ〉といった索敵特殊魔法を習得していた。その他にも超長距離の連絡が可能になる〈ロングテレパス〉も習得している。
〈テレパス〉は使用者の魔力や素質によって大きく範囲が変化するのだが、この〈ロングテレパス〉は最低連絡距離約三千キロメートルが保証されているのだ。そのため、国家間での連絡のやり取りに使用されることが多い。
また、習得が困難であるため、この魔法が使える者は国家やそれに相当する組織に引っ張りだこである。そのため、習得しようとする者はかなりの数に及ぶが、年に二~三人習得者が出れば大豊作というのだから驚きである。
つまり、この魔法を習得したララァは国家公務員の道が確約されているも同然なのだ。
ちなみに、俺達のクラス全員も〈ロングテレパス〉習得に挑戦したが、ことごとく失敗に終わった。もちろん俺も習得できなかった。特殊魔法に自信があった俺は少しばかりショックを受けることになる。
この事にむしゃくしゃした俺は、腹いせにラングステン王国の裏に位置するという、トッチリ王国の誰かに〈悪戯テレパス〉を試みた。
ちなみにラングステン王国とトッチリ王国との距離はおよそ三万キロメートルだという。地球でいうところの日本とブラジルといったところだ。少しばかり距離が長いが誤差とする。
あまりに遠いので、たぶん繋がらないだろうな、と思っていたのだが……。
『へろぅ? まいねーむ、いずいず、ふきゅん』
『んぽぽ? らめっさ、らろらろ? まな、まりっさ』
結果は見事に繋がった。つまり、俺に〈ロングテレパス〉は……不要らっ! という事なのだ。
これは俺のトチ狂った魔力による力技なので、決してマネしないように願いたい。まぁ、できないとは思うが。
ちなみに、〈悪戯テレパス〉で知り合ったマリッサちゃんとは、今も〈力技テレパス〉で交友している。いつか巡礼でトッチリ王国に行った際は会いに行く約束をしているのだ。会うのがとても楽しみでならない。
「迎撃用意! 前衛は防御に徹して、火ウサギを食い止めて! 中衛は火ウサギの動きが止まったら各自攻撃開始! 確実に仕留めろ! 後衛はバックアップ! 魔法使いはボルト系の攻撃魔法を単発で撃って援護に徹するように!」
「きやがったぞぉっ!!」
「戦闘開始っ! 歯向かう者は全てすり潰せっ!!」
うん? なんか凄く連携が取れているぞ。
昨日の指揮を執っていたのはエドワードなのだが、今一つ指示の伝わりが遅かったように感じた。
これはエドワードが悪いわけではなく、クラスの皆の理解速度が遅いために起きる現象である。普段、よく訓練された兵を指揮するエドワードは、理解してもらえて当然という前提の下で指揮をおこなっていたのである。
だが、ここにいるのは能力こそ兵士を圧倒するものの、練度があまりにも足りない我儘チャイルドたちなのだ。まともに指揮しても動いてくれるわけがなかった。
そして、今日の『モモガーディアンズ』の指揮を執っているのは眼鏡少年、フォクベルトである。彼もまた、俺達ヤンチャボーイ、ガールの面倒を見る者の一人であった。
「ガンズロック! 火ウサギを数匹、壁際へふっとばして! 後衛は〈アイスボルト〉連射で止めを!」
「おぉう! ぬぅんりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
「〈アイスボルト〉ですっ!」
「いくよっ! それそれそれっ!!」
ガンズロックの巨大な両手斧によって、四匹ほどの火ウサギが壁に叩き付けられた。
それぞれがかなりの大きさのウサギだというのに易々と壁まで吹き飛ばすとは。彼の筋力の成長は留まることを知らないようである。
そして、ドンピシャのタイミングでメルシェ委員長とリンダが〈アイスボルト〉を発動させ、無数の氷の矢を火ウサギたちに叩き込んだ。氷の矢が火ウサギに命中すると、その部分から氷が広がって行き、やがて火ウサギを包み込んで巨大な氷の塊へと変貌させてしまった。
あとで回収しておこう。ウサギ肉は美味しいからな。
「火ウサギ、残り……十三! 前衛は戦線を広げすぎるな! 後衛は牽制の手を緩めないように! 中衛は……暴れてよし!」
「皆~! あばれろ~!!」
「「「わぁい!」」」
フォクベルトの指揮は絶妙に適当であった。特に中衛の指示などはあって無いに等しい。完全に指示を出すことを諦めている節がある。いや、これはあえて切り捨てているのか?
指揮を担当するエドワードとフォクベルトとで、前衛、中衛、後衛のメンバーが違う。
エドワードは本当にバランス重視の編成となっていた。
前衛には攻撃力と突貫力の高いブルトン、ユウユウ、ライオット、を中心に据え、中衛に防御力の高いクラークやリック、ウルジェたちを配置していた。
この配置は指揮がきちんと決まれば、圧倒的な攻撃力と突破力でもって敵の陣営をズタズタに食い散らかすことも容易だ。
しかし、ひとたび指揮が乱れれば立て直しが困難な上に、そのままひっそりと、この世を去ってしまう可能性もある。
ただ言わせてもらえば、エドワードは何も悪くない。悪いのは、あそこでハッスルしているおバカにゃんこ率いる中衛軍団なのである。
とにかく、あいつは言うことを聞かない。いや、理解していない。元気良く返事をしてもやることはただ一つ。敵に突っ込む、である。
これではエドワードのような緻密な指揮の下で活躍するのは難しいだろう。
ところが、これがフォクベルトの指揮となると、ライオットは自由に動ける存在となってしまうのだ。
まず、フォクベルトは前衛を体力と防御力、そしてタフネスが高い者たちで固めた。彼のもっとも信頼するガンズロックを前衛のリーダーとして、指揮の負担を減らしたのである。
敵の進行を食い止めることに重きを置いた前衛は、クラーク、リック、ブランナ、ブルトン、ウルジェ、シーマ、ルーフェイ、ランフェイといった、指揮を理解できる者で固めているのが特徴だ。
逆に中衛はライオット、ガイリンクード、オフォール、ロフト、アカネ、景虎、咲爛といった、指揮を理解できない者、および個人行動が得意な者たちで固めている。
残りは後衛と言うことになるが、ザイン、フォルテ副委員長、ヒュリティアは前衛を突破してきた敵の排除役のために後衛に位置していた。
エドワードはフォクベルトに何かあった際に代理を務めるために、副指揮官という形で配置されているが、フォクベルトとしては相談できる相手がいるので大変に助かるらしい。
「残敵……残り二! 皆! ボコれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「「「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」
うん、なんだろう。ものすっごく雑な指揮なのに、極めて的確に、そして超効率の良い戦闘で終了してしまった。これにはエドワードも苦笑いである。
「戦闘終了! 治療を済ませて前進しましょう。前衛は装備のチェックを忘れないように」
そして、フォクベルトはいつもの彼に戻った。モモガーディアンズを指揮している彼と、普段の彼はまったく別人のように感じる。これはきっと、彼が変わる必要性を感じた結果だと思う。
とにかく我がクラスの連中は個性的であり、かつ能力が突出した者ばかりであるので、纏めるのに一苦労であろう。
しかしながら、そんな彼らを簡単にまとめる方法がある。それが『ノリ』と『勢い』である。
これは俺がよく使う手段であるが、フォクベルトはそれを理解していたようで『モモガーディアンズ』の指揮を受け持った初期にもノリと勢いでもって皆を導こうとしていたが、彼の性格には向かない方法であったためか、フォクベルトの指示に皆が従うことが少なかった。
俺的に言わせれば、彼には『熱』が足りなかったのである。ノリと勢いには膨大な『熱』が必要になるのだ。
そこで、彼はある人物に協力を仰いだ。その人物とは……我がヒーラー協会の超危険人物、ディレジュ・ゴウムである。よりにもよって彼女であったのだ。
その情報をキャッチした俺は、ムセルとビースト達を引き連れて決死の救出を敢行しようと、ディレ姉の禍々しい部屋の入口まで押し寄せたが、時すでに時間切れ。
魂が抜けたような間抜けな顔をしたフォクベルトが、ビクンビクンと身体を痙攣させながらフラフラと部屋から出てきたではないか。
『わんわんっ! くぅ~ん……』
『とんぺー、俺たちは彼を護れなかった。喰われちまったんだよ』
彼の首筋に大量のキスマークを確認した俺は、フォクベルトが彼女に食われてしまったことを察した。
流石はディレ姉だ、子供相手でも一切の容赦がない。震えてきやがったぜ……!
なんてことがあった後、フォクベルトは俺たちを指揮する際に、その性格が変貌するようになった。なんというか、熱血漢になったのである。だが、それでいて沈着冷静さは失われていない。
しかも、ディレ姉の影響からか戦術にえげつなさが加わり、ユウユウ閣下ですら必要であれば容赦なく投入する性格になっていた。
つまり、勝てばよかろうなのだぁぁぁぁぁぁぁぁっ! という考えを持つようになっていたのだ。なにそれこわい。
「いやはや、きみの指揮は見事だよ」
「何を仰いますか、殿下。僕の指揮は『モモガーディアンズ』以外では通用しません。彼らだけに特化した指揮なのです。殿下のように、あらゆる部隊を指揮することはできないんですよ」
「それでも、僕は率直にフォクベルトが凄いと感じたのさ」
「身に余る光栄です、殿下」
俺の良く知る奥ゆかしいフォクベルトを確認した俺は胸を撫で下ろした。熱血漢の彼も良いものだが、そこにはディレ姉ばりの狂気が混じっているので、安心して「ふきゅん、ふきゅん」と鳴いてもいられないのである。
火ウサギたちに完全勝利を収めた俺たちは、しっかりと状態を整えて進軍を開始した。
尚、ユウユウ閣下は既に単身地下八十階へと地面に穴を開けて向かってしまった。非常にはた迷惑な行為である。
穴は時間が経てば迷宮が修復するらしいが、いったいどれくらいかかるかは不明であるので、後から来た冒険者たちが落っこちなければいいのだが。
「なぁなぁ? 俺はいつになったら男に戻っていいんだ? 俺も前衛で戦いたい。なんだったら、女のままでもいいからさ」
銀色の毛並みを持つ狐獣人の美少女、キュウトちゃんがそのようにボヤいたのは、三度目の火ウサギの群れを完膚無き迄に叩きのめした後のことであった。
ふりふりと振れるもふもふ尻尾に飛びつきたいのはライオットだけではない、密かに景虎も狙っているようだ。まさに『にゃんこキラー』である。
「男にですか? う~ん、それは時間が掛かるので難しいでしょうね。それに女性の状態でも……難しいでしょう」
眼鏡の位置を人差し指で位置調整するフォクベルトは、最近、益々成長が著しいキュウトの体を見て、そう判断した。
もうなんというか、獣人たちの肉体の成長の速さは人間と次元が違った。ビーストたちには敵わないにしてもだ。
十五歳で成人という規定は人間が基準であるため、成長の早い獣人たちにとって法律上の成人でしかない。彼らにとっての成人とは肉体が成長しきった時点であるそうだ。
だいたい、平均的に十二~三歳前後で肉体は成長しきるらしい。ただし、食生活や鍛錬次第では更に成長してゆくらしいが大半はここで成長が止まるという。
「おいおい、何言ってんだよ。前衛に配置されて五秒で女になっちまったじゃねぇか。それに、女になったおまえは鈍くさいから邪魔だ」
キュウトの要求にツッコミを入れたのは、ふわりと彼女の肩に座ったフェアリーのケイオックだ。彼もまた一見すると女の子のように見えるが、れっきとした男性である。
剣のこだわりは依然として持っているようだが、戦闘においては自分の我を抑え込み魔法を使うようになっていた。彼なりに妥協点を設けることに成功したようである。たまに暴走しているようではあるが。
「うっ!? そ、それは……」
そう、彼……否、彼女は魔力に触れた時点で女性に転じてしまう先天性の病を抱えていた。
だがハッキリ言おう、キュウトの病は別に命に別状はないからどうでもいい。寧ろ、女でいてくれた方が色々と助かる。
確かに男でいる時のキュウトは戦士として優れた肉体能力を持っている。だが、それだけだ。
こう言っては悪いが、男のキュウトはライオットの劣化版という立ち位置にいる。全てにおいてライオットが勝ってしまっているのだ。唯一勝っている点は指示を理解できることくらいだろうか?
それに比べて、女のキュウトの凄まじさといったら例をいくら上げてもきりがない。
超広範囲にボルトの雨を降らせても一発も味方に被弾させない管理能力。
俺に及ばないにしても、並みの者では持ちえないであろう膨大な魔力。
そして多彩な効果を発揮する妖術に、戦場を駆け回る戦闘型の式神の群れを操る能力。
極めつけは、瞬く間に負傷者を回復させる強力な治癒魔法の使い手であることだ。
キュウトは、もはや一人で戦場を支配できるほどの能力を持っていた。惜しむらくは、その肉体能力の低さか。
女になったキュウトは、とにかく鈍くさかった。走るにしてもそのデカいケツが邪魔をするのか、もっちゃらもっちゃらと走るし、ぷるんぷるんと揺れるおっぱいを気にして走ることに集中できないでいる。
しかも、腕力は皆無に等しく、貧弱一般市民であっても彼女に接近できれば押し倒すことも可能だろう。
そして、何をするにしても感度が良過ぎるのか、敏感な部分に物が触れる度に「あん」だの「きゃん」だのと喘ぎ声を上げて男子たちをムラムラさせてくるのだ。
意識してやってないところを見ると、天然の男たらしだと思われる。よって、彼女は基本的に棒立ちでいてくれた方が大助かりなのだ。
「キュウトさんは後方支援の方がよろしいかと。我々は魔法を使う者が多いですからね。ぷるぷる」
「ひゃんっ、急に出てこないでくれよ。胸の突起が擦れて変な気分になるから」
「これは失礼。ぷるぷる」
キュウトの懐からにょきっと顔を出したのはスライム族の王子、ゲルロイドだ。彼は女になってしまったキュウトの胸を固定する役目を請け負ってくれている。
それは暫くすると「肩が重い」と言って役に立たなくなってしまうキュウトのために設けられた役目であった。要は自由に身体を変形できる彼にお願いしてブラジャーになってもらっているのである。
緊急時には攻撃魔法を放って撃退してくれるのであるが、熱光線を放つ姿はまさに『ブレ〇ト・ファイアー』さながらであった。
キュウトは自前のブラを購入してもらいたいものであるのだが、以前、俺たちと共に勇気を出しておこなった買い物において不幸な事故が発生した。その際の出来事がトラウマになってしまっているのか、頑なに購入を拒んでいるのが現状だ。
あのカオスっぷりであれば、しょうがない、といえばしょうがない。まさか、あそこでユウユウ閣下がキュウトのいる試着室のカーテンを開けちまうとは……。
「いずれにしても、キュウトには、そのまま後方支援をおこなっていただきたいです。貴女ほどの人材はなかなかいませんからね。それに、そんなに綺麗な貴女が血で汚れるのは皆も良くは思わないないでしょうし」
「きゅおん、綺麗……そんなに褒められたら、こそばゆくなるぜ。えへへ」
顔を赤らめ、もじもじしながらの上目遣いは美少女の特権であり、まさに美少女であるキュウトがおこなえば、破壊力は計り知れないほど向上する。しかも、まんざらではない表情だ。
流石のフォクベルトも、これにはドキマギしてしまっている。
だが、この状態に黙っていない者がいた。以前からフォクベルトの恋人の座を狙っている、赤毛の狼獣人アマンダである。
「ちょっと、キュウト! フォクベルト君を困らせないでちょうだい!」
「きゅ、きゅおん!? 俺はそんなつもりは……」
「ア、アマンダさん!?」
「ふっきゅんきゅんきゅん……激しい恋のバトルだぁ」
まさに噛み付く勢いとはこのことだろう。どの世界においても女同士の男の取り合いとは激しいものであるようだ。まぁ、キュウトにはそんな気がさらさらないのは承知の上で揶揄しているのだが。
それでも、今後の三人の恋の行方には興味が尽きないのは確かなことであった。