447食目 秘めたる力を解き放て
勢いに乗った我ら『モモガーディアンズ』は地下四十七階を突破し、現在は地下五十九階まで到達していた。あと一つ、下に降りれば目的の大樹が存在しているという地下六十階である。
だが、ここで行く手を阻む難敵が俺たちの快進撃を食い止めてしまっていたのだ。
「ここが引き際か……皆、撤退だ!! 逃げろ~!!」
「「「ひゃあ! たまんねぇっ!!」」」
本当に堪んない。乱れ飛ぶ岩石、回避不能な広範囲の灼熱のブレス、その身を覆うのはドロドロに溶けた溶岩。この難敵の名は『マグマスラッグ』。溶岩の巨大ナメクジである。
その巨体ゆえに、マグマスラッグはこの先にあるであろう地下六十階に続く通路を完全に塞いでしまっていた。
回り道があれば迂回してでも戦闘は避けたい相手であるのだがそれもない。倒さない限り先には進めない状態であるのだ。
赤々と煮え滾るおぞましい身体から、にょきっと伸びる、つぶらな瞳が憎らしい。ふぁっきゅん。
「ありゃあ、一筋縄ではいかねぇぜぇ? フォクよぉ」
「そのようですね。正攻法では無理でしょう」
「おいぃ……! この階はセーフティー・ポイントがないってよ! 一から作るから手伝ってくれい!」
「ふえぇ、流石にこの階まで来れる冒険者は、そうそういないってことですね」
地下五十九のセーフティー・ポイントを自作するところから始め、休憩に入ったのは不名誉な撤退から一時間後のことであった。
軽い食事として『ぶっといウィンナーのホットドッグ』をちゃちゃっと作り、食べ終えてからのミーティングとなる。
しかしながら、ホットドッグが大好物のヒュリティアが感動のあまり舞を披露してしまっため、少しばかりミーティングは遅れてしまった。
だが許容範囲であろう。寧ろ、彼女の舞で皆が元気づいたので、よかったくらいだ。
「さて、問題は『マグマスラッグ』が纏う高熱の溶岩だ。あれでは物理攻撃をおこなうことができない」
「かといって、〈アイスボルト〉じゃ、あの高温には太刀打ちできないもんね」
リンダの言うとおり、〈アイスボルト〉の連射であってもたちまちの内に蒸発してしまい、マグマスラッグにダメージを与えることは叶わなかった。それ以上の威力の上級魔法であれば、もしかするとあの装甲を突破できるかもしれないが……生憎と、その上級魔法をまともに発動できる者がいないのが現状だ。
「ブルトンの〈アシュラ・インパクト〉はダメなのかよ?」
「……マフティ、それは俺も考えた。だが、その衝撃で飛び散る溶岩に当たれば、ただではすむまい」
「うへっ、考えただけでも嫌になるぜ」
そう、あのドロドロとした溶岩が大問題なのだ。加えてナメクジであるから本体はぶよぶよしている。衝撃で溶岩が飛び散ってしまうことは明白であった。
「やはり、溶岩を固めるしかないのか。でも、どうすれば……」
そこで皆は良い答えが出ずに沈黙してしまった。一応、俺にも案がないわけではないが……ことごとく却下されるのは目に見えていた。
何故なら、その全てが俺による単機特攻であるからだ。
ここで、その沈黙を破る者が現れた。その者とは心優しき赤いゴーレム、チゲである。
「ふきゅん? チゲに何か良い考えがあるのか? でも凄く危険だぞ」
だが彼は『大丈夫、任せて』といわんばかりに胸を拳でポンと叩いた。何も言い考えが浮かばない俺たちは、取り敢えずチゲに任せて、ダメだったらもう一度考えようという結論に至ったのである。
そして、再戦の時は思ったよりも短い時間でやってきた。早い段階で見切りをつけて撤退したため、体力の方には余裕が残っている。あとはチゲの作戦が上手くいくかどうかだ。
前方より溶岩を垂れ流しながら巨大なナメクジが接近してきた。ヤツの後ろに地下六十階へと下る階段があるはずだ。そのナメクジの前に歩み出るのはホビーゴーレムのチゲだ。
「ふきゅん、大丈夫かな、チゲ」
俺はチゲから雪希を預かり、魔法障壁を展開させている。ブレス程度ならどうとでもなるが、溶岩の塊が飛んで来たら白目痙攣してしまうことになる。あんなの防ぎきれねぇよ!
その時のことだった、先制したのはマグマスラッグの方であったのだ。ヤツはチゲに対し広範囲の灼熱のブレスを吹きかけてきた。
俺の知る限り、チゲには有効な防御手段がなかったはず。それにあの溶岩のような赤い装甲はただの見せかけに過ぎず簡単に熱で溶けてしまう。このままでは彼が危ない。
「うっきー!」
だが、彼には協力者がいたのである。それは彼の胸の中にいたイフリートの幼体、炎楽だ。
マグマスラッグの放った高熱のブレスは瞬く間に炎楽によって吸い付くされ消滅してしまった。これには俺もビックリである。
「うおっ!? スゲェ! チゲの秘策って、これのことか?」
見事な防御にライオットが思わず感嘆を漏らした。そう言えば炎楽は俺が〈イフリートボム〉を発動した時も爆炎を吸い取って俺を護ってくれたんだったな。思い出したぜ。
「あれだけではマグマスラッグには勝てませんよ。まだ何か手段があるのかもしれません。各員はいつでも攻撃できる準備を」
マグマスラッグのブレス攻撃を見事にしのいだチゲと炎楽のコンビ。するとチゲはおもむろに俺たちの方を向き自身の尻を溶岩ナメクジに突き出した。
「何をする気でしょうか? お兄様」
「私にもわからないよ、ランフェイ」
僅かな時間であってもイチャイチャすることを止めない双子の兄妹も、彼の挙動を固唾を飲んで見守っている。俺もチゲのやろうとしていることが分からない。いったい、何をしようと……?
ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
「「「オナラしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
ぷるぷるとその身を震わせた後、チゲは赤いおケツから大量のガスを放出したのである。
まさかの展開に、俺たちは揃いも揃って白目痙攣を極めることとなった。
これにはマグマスラッグもビックリであろう。だが、驚くことはこの後のことであった。
チゲが放ったオナラは真っ白であり、普通のオナラとは一線を画していたのである。そもそも、ホビーゴーレムなのだからオナラなんてしない。
例外として『てっちゃ』ことテスタロッサがいるが……あの子はもうホビーゴーレムを超えた何かだから多少はね?
「ちょっ!? 何あれ!? 溶岩が固まってゆくわ!」
アマンダが指摘するように、どんどんマグマスラッグの身体を包み込んでいる溶岩が固まってゆくではないか。あのオナラはいったい!?
やがてカチコチに固まった岩石ナメクジが誕生した。そのつぶらな瞳は悲し気にうるうるしている。
そして、オナラを出し終えたチゲはスッ……と姿勢を正し、奇妙なポーズを決めた。
「ふきゅん! クール! 最っ高にクールだぜ! チゲ!!」
恐らくだが、チゲのオナラは液体窒素だ。ドクター・モモが液体窒素を放出する装置を彼に組み込んだのだろうと推測する。溶岩なんて物を凍らせることができるのはそれくらいなものだしな。
それにしても少量で溶岩を凍らせることができるとは、とんでもない技術だ。霧状にして放出することに秘密があるのかもしれない。
でも、よりにもよって発射口をおケツにするなよな。明らかに悪意があるだろうが。
「おまえ……調子に乗った結果だよ?」
俺はカチコチに固まって動けなくなったマグマスラッグに対し勝者の余裕を見せ付けた。するとマグマスラッグは『ごめんなしあ、もうしません』と謝ってきたので、俺は……。
「許す」
『えっ?』
「許すと言ったんだぁ……ナメェ」
寛大な俺は僅か二秒でマグマスラッグを許してやった。これが大人というものだ。するとマグマスラッグはつぶらな瞳から熱い涙を流して感謝したではないか。
『もう許された! 流石、謙虚な冒険者は格が違った!』
「それほどでもない」
『すごいなぁ、憧れちゃうなぁ』
マグマスラッグの流した涙はたちまちの内に冷やされ固まったマグマを溶かしていったではないか。なるほど、液体窒素の霧を強化していた物の正体とは『桃力』であったのだ。
マグマスラッグの謝罪の気持ちと感謝の気持ちが涙に含まれた結果、桃力は冷え固まった溶岩を元の姿へと戻してあげたのである。素直な謝罪の気持ちは桃力の気持ちを動かすに十分な力となるのだ。
ペコペコと頭を何度も下げながら、マグマスラッグはボコボコと音を立てて地面の中に滲みこむように姿を消していった。
すると彼がいたであろう場所に一振りの剣が落ちていたではないか。
「エルは相変わらず優しいな。普通なら止めを刺すところなんだよ?」
「ふきゅん、桃使いは奪う者ではない、護る者なんだ。食べること以外では、なるべく命を奪いたくはない」
そうエドワードに告げると、足元の剣を指でつんつんと触れてみた。どうやら熱は無いようだ。
「この剣は……おぉっ!? クッソ軽いぞ!」
その剣は赤い炎を模った見事な一振りであった。その美しさと軽さに思わず我が物にしたいという邪な気持ちが湧き出てくるが、その悪しき気持ちをチゲへの感謝の気持ちで退散せしめる。
「うん、この剣はチゲのものだ。俺たちは何もしていないからな」
「エルでも扱えるのにチゲにあげるのかい?」
「エド、俺たちは何もしていない。大活躍したチゲこそ手にするに相応しいじゃないか」
俺が差し出した炎の剣をチゲが受け取ると不思議なことが起こった。炎の剣が真っ赤に灼熱したかと思うと次の瞬間に消滅してしまったのだ。この現象に俺たちはもちろんのこと、チゲ本人も呆気に取られてしまった。
「消えちゃったんだぜ……いったい、なんだったんだろうか?」
「分からない、桃先輩がいたのなら分析してくれたんだろうけどね」
生憎と桃先輩は情報の処理に追われている毎日であった。トウミ少尉が協力してくれるはずであったのだが、いざ身魂融合をおこなうと……。
「よし、それじゃあ、身魂融合するんだぜ。よろしく、トウミ少尉」
『はいっ! えへへ、初めての身魂融合です。緊張するなぁ』
まるで若妻との結婚初夜のような感じで妙に照れ臭い。俺が手にしているのは小さく未熟な桃だ。きっと酸っぱいことだろう。不安なのか、その桃はぷるぷると震えていた。
「大丈夫、きっと上手くいくさ。身魂融合!」
ガシュガシュと未熟な桃をたいらげる。やはり青春の味がした。若過ぎるので甘みは殆どない。
『ソ、ソウル・フュージョン・リンクシステム起動! シンクロ率……に、二百五十六パーセント!? し、しししししスてむ、お、おおおおおおおおおおおおおおっる、ぐひゃあっ!?』
「な、何事なんだぜ!? トウミ少尉!」
『ら、らめぇっ!? 敏感っ! そこ敏感にゃのぉ! んほぉぉぉっ!!』
これはいったいどうしたことか? このようなケースは初めてだ。桃先輩との初身魂融合時には何も問題なく融合できたというのに。原因不明の出来事にトウミ少尉は悶絶しているではないか。
俺の必死の呼びかけにも意味不明な叫び声を発するばかりで解決する様子はない。とは言ったものの俺にできことは呼びかけることのみなので、無駄だと諦めつつも声を掛け続けた。
「大丈夫かぁ? しっかりしろぉ。正気に戻るんだぁ」
『ふぎゅぅぅぅぅっ!? も、桃力、入ってくりゅぅぅぅぅっ!』
トウミ少尉は完全に錯乱状態に陥っているようで、俺の声が届いているようには思えない。
『らめぇっ、そこはトウヤしゃんの……いくっいくっ、いっちゃう! あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
ガタガタっ! バタンっ!! ドシャァっ!!
本当に何が起こってるんだよ? これには俺も呆れ顔である。
先ほど何かが倒れる音がしてソウルリンクが途絶えたところを見ると、トウミ少尉は気を失ってしまったようだ。これでは身魂融合が使えないではないか。ふぁっきゅん。
後日、マトシャ大尉から連絡が入り、トウミ少尉がこうなってしまった経緯を教えてくれた。
どうやら、俺とトウミ少尉は身魂融合の相性が良過ぎた結果、桃力が『ピンク色ぱぅあー』を無尽蔵に放出してしまったのだそうだ。
『ピンク色ぱぅあー』とは快感神経にダイレクトアタックをかます『エロちから』のことであり、それが何故かトウミ少尉にだけ送られてしまったらしい。まっこと、桃力とは神秘に包まれたぱぅわーだぜ。
ちなみに、マトシャ大尉と俺では相性が悪過ぎてソウル・フュージョン・リンクシステムが起動しなかった。マトシャ大尉とムセルはできるのに……解せぬ。
「まぁ、チゲもなんともなさそうだし、調べるのは帰ってからでもいいだろ」
「うん、そうだね。今は目的地に急ごう」
俺が遠い目をしていたのを見て察してくれたのか、エドワードは背中を優しく擦ってくれた。その心遣いに俺は感謝感激雨あられちゃんになる。んちゃ。
エドワードは歳を重ねるごとに大人になってゆくなぁ。
マグマスラッグを退けた俺たちは、遂に地下六十階へと続く階段に到達した。目的地まで後少しだ、油断せずに進撃しよう。
階段から流れ込んでくる灼熱の空気を感じ、これまでにない緊張感を生み出す俺たちであった。




