445食目 獄炎の迷宮、再び
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
燃え盛る炎、踊り狂う溶岩。無駄に数の多い、炎に包まれたビッグサイズのウサギたち。
吐き出す息はたちまちの内に灼熱の吐息と化し、流れ落ちる汗は熱湯へと変わり果てる。
ここは獄炎の迷宮地下四十七階。通称『火兎の庭』と呼ばれている場所だ。
「ふきゅん、このウサギ……そのまま食べられないかな?」
「食えるわけないだろっ!? あちちっ! 火傷するわっ!!」
俺の呟きにダナンが激しいツッコミをかましてきた。彼は今尚、飛び交う火ウサギを奇妙なポーズでもって回避している。なかなかに面白いポージングだ。
この火兎の庭を支配しているのが、炎に包まれたウサギこと『フレイムイアー」である。繁殖力が旺盛でマザークラスがいなくても自力で大繁殖する、というのだからいい迷惑である。
「食ったけど、肉は生のまんまだったぞ」
「食ったんかい」
だが、豪の者はすぐ傍にいた。獅子の獣人ライオット少年である。
おまえは本当に肉なら、なんでも口にするヤツだな。
そんな彼に呆れつつも、愛用のミニフライパンで火ウサギの吐き出す火炎攻撃を防御する。この攻防一体の超兵器の前では、火ウサギの必殺技であろうとも無力である。
しかも、ティアリ王国から頂いたライトフェザー鉱石によって進化を遂げているのだ。
軽くて丈夫で火に強いという、まさにフライパンのためにあるような鉱石で作られた画期的なフライパンである。力がショボい俺でもぶんぶん振り回せるのがナイスだ。
「ぎゃぁぁぁぁっ!? なんで俺ばかりに群がってくるんだよ! あっちにいけ!」
「ケケケ、マフティ、大人気だな」
火ウサギが殺到しているのは兎獣人の少女、マフティだ。
どう見ても火ウサギは発情しているようにしか見えない。あれ絶対に全部、雄だろ。
「……マフティ!」
「うおっ!?」
彼女が逃げる先には構えを見せるオークの少年ブルトンの姿。その姿を見たマフティは軽やかに横跳びをした。
その直後に超威力の衝撃波〈アシュラ・インパクト〉が通過し、火ウサギ達をことごとく飲み込み粉砕せしめた。相変わらず、恐ろしい威力である。
「セーフティー・ポイントまで、後どれくらいさね!?」
「きゅおん! あと距離にして一キロメートルだってよ!」
獄炎の迷宮に潜って四時間は経過している。
そして迷宮の挑戦に当たってはクラスの全員が参加となった。ただし、プルルを除いてであるが。
「うおっ!? 追加入ったぞ! 数は二十!」
「マジかよ、スラック!? 美女ならともかく、うさ公はもういらねぇよ!」
この階層はとにかくモンスターが多かった。個々の能力はたいしたものではないが、数で圧されると対処に困る。
こちらも三十九名+αで押し入っているので人数的には勝っているのだが、連戦に継ぐ連戦で消耗しているので、まともに戦えるのは既に数名に過ぎなかった。
「適当にあしらって、セーフティー・ポイントまで駆け抜けるんだ!」
「エドワード殿下! 拙者が殿を! 御屋形様をお頼み申す!」
「わかった! 戦闘可能な者は前に! 後方には魔法が使える者を! 退避しつつ援護開始!」
◆◆◆
セーフティー・ポイントとは一種の安全地帯のことであり、先人たちが遺したベースキャンプの役目も果たしている。そして、そこを利用する者たちは結界の修繕と強化を義務付けられていた。後に続く冒険者たちのために。
「ぶはぁっ! 俺も少しは強くなったと思ってたんだが……まだまだ、だなぁ」
「クラークは、その鎧のせいで動き難そうだもんな」
「ははは……鎧いらずのリックが羨ましいよ」
「ふひー、ふひー……もう、くたくたですぅ。ランニングを続けていて、よかったぁ……」
俺達は無事に地下四十七階のセーフティー・ポイントに到達した。暫くして殿を務めたザインとフォルテが合流して一名を除く全員が無事に安全地帯へと避難できたのである。
ちなみに一名とはユウユウ閣下のことだ。
彼女は現在、単独で地下八十階に挑戦中である。どうせならスパイスを採ってきてくれればいいのだが、『うふふ、横着しないで自分で採ってきなさい。その方が、あなた達のためになるはずよ?』というありがたいお言葉を賜わってしまったら、そんなことは口が裂けても言うことはできない。じーざす。
「むむっ、結界がだいぶ傷んでいるなぁ」
「直せるかい、エル」
「もちろんだぜ、エド」
地下四十七階のセーフティー・ポイントは利用する者が少ないのか、少しばかり結界の老朽化が著しかった。まずは結界の修繕からおこなわなくてはならない。
よって、ここは俺の出番である。特別に桃結界陣を応用した強力なヤツを張っておくことにしよう。
治療の方はマフティやシーマたちがおこなってくれている。殆どの者が軽傷で済んでいるので、俺が出張る必要はないものと判断した。
ふきゅん……これでよしっと。このセーフティー・ポイントはあと十年は戦える! というわけで皆の下へと戻ろう。
「とにかく、火ウサギの数が多過ぎる。これは少し対策を練った方がいいね。でなければ滞在時間も大幅に増えてしまいそう。エル、グーヤの実は十分にあるかい?」
「なければ作ればいいだけさ。何も問題ない」
とはいえ、グーヤの実の効果もどの階層まで通用するか分からない。
そうなると更に上位に位置するアスラムの実に頼らなければならないのであるが、この人数をカバーするとなると手持ちが心許ないのは否めない。
ここ最近、暑いからと言って食い過ぎてしまった結果である。じーざす。
「う~ん……これは一度、地上に帰還してメンバーを厳選する、という手も選択に入れないとダメかな?」
「ここまできて、もどるの? えどわーどくん」
「うん、その選択肢もあるってことだよ、プリエナ」
「そうなると、精神的なダメージがでけぇなぁ。再挑戦に何日か必要になるぞぉ?」
「しかし、無理をして取り返しがつかないことになっては、本末転倒ですよ。ガンズロック」
セーフティー・ポイントに到着した場合、円になってミーティングをおこなう決まりとなっていた。反省点を活かし次に繋げるためであるが、同時に自分達の現状を把握する為でもある。
戦闘が得意ではない者達もこの迷宮に挑んだのは、自分達が戦闘に巻き込まれた際にどのような行動を取ればいいか見極めさせるためであった。
その成果は目に見えており、戦闘のサポートをも、しっかりとこなせるようになっている。
「私はともかく……グリシーヌさんたちは体力的に今日はもう無理なんじゃない?」
赤毛の狼獣人アマンダの指摘は的確であった。
非戦闘員であるグリシーヌとプリエナは体力的に辛いだろう。ダナンも非戦闘員ではあるが男に情けは……無用らっ!!
ちなみに非戦闘員ではあるが、モルティーナは体力だけは抜きんでているので心配はない。
というか、そのぶっとい腕に殴られたモンスターがバラバラになったのを見て、実は戦闘型なんじゃね? と誰しもが思ったことだろう。
しかし、あくまでその腕は土を掘るためにある物だ、と彼女は譲らなかった。もったいない。
「うっきー!」「ひゃんひゃん!」「ちゅんちゅん!」
「これこれ、喧嘩するんじゃない」
この獄炎の迷宮に来たのはクラスの皆だけではなかった。フェンリルの雪希、イフリートの炎楽、そしてすずめのうずめに、いつもどおり白蛇のさぬきが同行していた。
俺は危険なので待機していてほしかったのだが、どういうわけか雪希が付いて行くと駄々をこねてしまったのである。それはきっと、炎楽の存在があったからだろう。
基本的にうずめとさぬきはいつも俺と一緒なので気にしていなかったようだが、炎楽はつい最近生まれたばかりの新顔だ。そんな彼が俺に連れて行かれるのを見て心配したのかもしれない。
「……」
常に首に巻き付いている、さぬきはともかく、流石に三匹同時に面倒を見ることはできない。そこで俺は獄炎の迷宮の出身であるホビーゴーレムのチゲに三匹の面倒をお願いしたのである。
基本的に雪希と炎楽はチゲの胸部内に入ってもらっている。うずめはいつもどおり俺の帽子の上で周囲に目を光らせていた。
うずめとさぬきは戦闘経験者であるが雪希はいまだ戦闘を経験していないので観戦のみだ。また、生まれたての炎楽も同じ理由で観戦のみとしている。
この二匹はまだ幼いにもかかわらず、やたらと戦いたがる。きっと血の気が多いのだろう。訓練すれば並みの戦士では手が付けられないような存在になるに違いなかった。なんせ、二匹とも上位精霊だからだ。
「しっかし、よく喧嘩するなぁ。流石は犬猿の仲ってか?」
「それは、ただの言い伝えさ。普段は仲良しさんだぞ」
ダナンが二匹のやり取りを見てそう呟くも、俺はそれを否定した。雪希と炎楽は仲が良い。生まれたての炎楽を初めて顔合わせしたにもかかわらず、彼を甲斐甲斐しくお世話していた点から弟のように想っている節が見られる。
もう少しで本物の弟か妹が誕生するので、この分であるのなら大丈夫であろう。
そんな彼女が本気で喧嘩をするはずもなく、炎楽のことが心配なので口やかましくなっているのだ。
「それにしても、火の精霊であるエンラクはともかく、ユキまでもが暑さに強いとはね」
「ふきゅん、そうだな、エド。雪希は自分の周囲の温度を冷気で調節しているんだよ。この歳でもう膨大な魔力を保持しているんだぜ」
「そうなんだ? 流石は上位精霊といったところだね」
エドワードの雪希を見る目が怪しい。彼は利用できるものは、なんだって使う性質だ。
結果的に、それが正しかったことなどざらなので、迂闊に文句を言うにも言えない。
確かに今の雪希は火ウサギどもを一網打尽にできるであろう『氷結の吐息』を放てるだろうが、放った後にどういう状態になるか想像もできない。
万が一の結果になったら、俺はルドルフさんとルリさんに顔向けできなくなってしまう。それだけは避けたいところであるのだが……。
「取り敢えず、腹ごしらえしようぜ。腹が減っては戦はできぬってな」
「うん、そうだね。それでシェフ、今日のメニューはなんだい?」
「ふきゅん、『冷やし茶漬け、熱々の野菜かき揚げ載せ』だ」
材料は桃先生の湧き水と抹茶、キララさんのお米、イシヅカ農園のハーブと野菜、天ぷら粉、そして天空御塩と吉幸の醤油だ。
要は冷たいお茶漬けの上に揚げたてのサクサク野菜かき揚げを載せて、しゃばしゃば、しゃくしゃくと食べてもらうって寸法である。
これであれば、暑さで減退している食欲でも食べることができよう。
清涼感のあるお茶漬けで熱を冷まし、続いてかき揚げの熱とコクを堪能する。それの繰り返しだ。
ポイントは一気に掻き込むこと。もたもたしているとかき揚げがふやけてしまう。
まぁ、それもまた、良い味になるのであるが、やはり俺のお勧めは一気に食べてしまうことである。
しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!
中華鍋になみなみとごま油を注ぎ、適温になった段階でどんどん野菜かき揚げを投入し揚げてゆく。
ヒュリティアやリンダといった、料理ができる女子には別の鍋で野菜かき揚げを揚げてもらっている。一人で作っていたら、いつになっても終わりはしないからだ。
うちには、やたらと食う大食らいが複数名いるからな。
プリエナやグリシーヌ、アマンダには、お茶漬けを作ってもらっている。タイミングが重要であるため一つの鍋に一人の割合で付いてもらっていた。
野菜かき揚げができあがるタイミングで、抹茶と塩をご飯にいい塩梅で振り掛け、冷た~い桃先生の湧き水を注ぐ。冷やされた米は歯応えバッチリになるので噛む楽しさも生まれよう。通はこれに氷を入れ、さらに冷やして楽しむ。
そこに間髪入れずに揚げたての野菜かき揚げを載せ、仕上げに吉幸の醤油を回し掛けする。
じゅおっ!
この音だ。この音もまたご馳走と言えよう。
これで、『冷やし茶漬け、熱々の野菜かき揚げ載せ』の完成だ。かき揚げが熱々の内に召し上がれ!
「しゃばしゃばしゃば……ずずず、しゃくしゃく……ぷはぁっ!」
次々と聞こえてくる威勢の良い食べる音に、俺たちは俄然に調理意欲が湧き出てくる。俺たち作る側にとっては、食べる連中の食べる音と笑顔が何よりの報酬だ。
「おかわりっ!」
「はいはい、ライオットは暑くても寒くても食欲だけは失せないな」
「へへっ! まぁな!!」
「褒めてねぇよ。ほい、できたぞ」
「サンキュー! がふがふがふ……!!」
さて、これでだいたいは行き渡ったな。それでは俺たち作る側の分も用意するとしよう。
だが、俺たちのは少しスペシャルなものとする。これは作る側の特権というヤツだ。
と言っても、かき揚げの材料に一品加えるだけだ。実験的な要素もあるので俺だけが食おうと思っていたのだが、それを加えると説明したところ全員が食べてみたいと言ったので、全員のかき揚げにそれを加えることとなった。
では……ユクゾッ!
しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……! じゅじゅっ!
「ほい、完成っと」
作る工程は同じであるので簡単に出来上がる。さてさて、どんな感じになったかな?
「ふあっ……お口の中がひんやりしてきたよっ!?」
「……うん、さっぱりするわね」
「すーすーするよぉ」
「こ、これって、あ、あれなんだなっ、だなっ!」
「意外といけるわね……クッキーにも使ってみようかしら。夏限定で」
食べた皆には概ね好評であったようだ。それでは俺も実食だ。
ずずず……しゃばばばばばばばっ! カリッ! シャクシャク、ボリボリ……。
うむっ、抹茶の渋み、そして天空御塩が桃先生の湧き水の僅かな甘みを引き立てる。かき揚げは少し揚げ過ぎた感が否めないが、その歯応えは噛む喜びを満喫できてよろしい。何よりもかき揚げのコクと醤油のコラボレーションが半端ない。お野菜もグッドだ。これならば、肉がなくても大満足できるだろう。
事実、肉がないと口うるさい肉食獣どもに文句を言わせていないのだから大勝利と言えるはずだ。
そして野菜に仕込んだ一品がいい塩梅で効果を発揮している。
かき揚げの中に仕込んだ物とは、かつてヒーラー協会の裏庭に無断で生えていた『ミント』だ。それをイシヅカ農園で栽培し、厳重に管理してもらっていた物を譲り受けてきたのである。
かき揚げが爽やかに感じるのはもちろんのこと、その口で冷たいお茶漬けを食べればどうなるか?
「ふっきゅぅぅぅぅん! これはクール! クールだぜぇ!!」
思ったとおり、相性はバツぎゅんだ! 今や口の中は南極と化している!! このむせかえるような暑さの中にあって、俺は今、南極の寒さを感じているのだ!!
これは寒い北国において、ガンガンと暖房を炊いて、冷たーいアイスクリームを食べるのと同じ感覚と言えよう。やはり、人はこのコラボには抗えないのである。
「あっ、エル。自分たちだけ特別製の料理にしたね? 悪い子だ、これは没収します」
「ふきゅん!? おいぃ……エドはもう散々食べただろうが」
いたずらっ子のような表情を浮かべて、エドワードは俺の食い賭けの野菜かき揚げを一口、その後にお茶漬けをひと啜りして、どんぶりを俺に返却した。どうやら味を知りたかっただけのようだ。
「やっぱり悪い子だね。特別製じゃないか。ミントが油を切るばかりか、お茶漬けの冷たさを増幅させる。見事としか言えないよ。暑さに辟易しているお爺様に作ってあげれば、きっと大喜びすると思うよ」
「出来たてを食べてもらわないと……あぁ、俺が直接出向けばいいのか」
「そうそう、世界最高峰のヒーラーが、その場で作るんだ。誰も文句なんて言えないよ」
実際問題、料理に毒が入っていようが、俺が〈クリアランス〉を使用して直ちに解毒すれば何も問題はない。デルケット爺さんも待機しているし体制は万全と言えよう。
後でデルケット爺さんにも、作ってくれと言われそうであるが。
それにミントの効果でより冷たく感じるが、温度的には通常の物と変わらないので、極端に体を冷やすこともない。お年寄りにも優しいはずだ。
なるほど、日頃がんばる王様には打って付けである。お野菜も取れて栄養的にもバッチリだ。それに気が付くエドワードは、やはりできるお子様であった。
雪希たちには鮮度抜群の桃先生を食べさせ、ひと息吐いたところで会議の再開となった。今日の所はここで一夜を明かすことになりそうだ。
テントを張り、寝ずの番を決める。セーフティー・ポイントとはいえ、ここは迷宮内だ。いつ何が起きてもおかしくはない。決して油断してはいけないのである。
暫くしてお腹を空かせたユウユウ閣下が合流した。調理器具は一式を残して片付けている。
「お腹が空いたわ、食事にしてちょうだい」
「作る間に身を清めるんだぜ」
「うふふ、そうね。レディがこんな状態で食事をするわけにはいかなかったわ」
全身を赤く染め上げた彼女はテント内へと姿を消した。相変わらずの豪傑振りに白目痙攣状態になる。
そして俺が作った、『冷やし茶漬け、熱々の野菜かき揚げ載せ』はユウユウにも好評であったとさ。




