番外編一 暗殺者
日はもう沈んでいた。窓の外を見る。遠くで、いくつものヘッドライトが揺れていた。どれも、離れの迎賓館へ向かっている。
今夜は両親が、内輪の晩餐会を開いていた。聞いたところでは、招かれたのはそれぞれの分野で第一線に立つ人たちで、その中には同じ学校に通う生徒の親も何人かいるらしい。
私が顔を出す必要はないので、自室の前の廊下をあてもなく歩いていた。
どうして勉強に身が入らないのか。
理由は分かっている。あの子が、頭の隅から出ていってくれないからだ。追い出そうとしても、そこに居座ったまま動こうとしない。
まあいい。宿題はもう終わらせてある。少しくらい歩き回ってもいいだろう。この落ち着かない気分を、いくらか発散させておきたい。
復習はあとで済ませればいい。
護衛の「B」が、私の隣に立っていた。来客のある日は、いつもこうだ。招待客が母屋に立ち入ることはないけれど、私と兄には必ず誰かがつく。
兄は友人たちと夕食に出かけていて、この広い家にいるのは私だけだ。
もっとも、招待客の誰かが席を外してこちらへ来ることも、絶対にないとは言えない。この家は部屋が多い。あちこち探し回った末にようやく私を見つけ出し、冷酷に手にかけるわけだ。まず起こらない。けれど、起こり得ないわけでもない。
気がつくとまた、彼女のことを考えていた。
こういう話は、彼女なら面白がってくれそうだ。いや、どうだろう。私が本当にそんな目に遭ったとして、彼女は面白がるのだろうか。考えすぎかもしれないけれど、私をからかうときの彼女には、どこか嗜虐的なところがある。
……恐ろしい。
ともかく、私の身は「B」が守ってくれる。そこは全面的に頼りにしている。
せっかくだから、この人のことを少し知っておこう。警備の人たちがいてくれるから、我が家は安心して暮らせているのだし。
「あの……ずいぶん長く一緒にいるのに、まだ訊いていないことがあったわ。ごめんなさいね」
「何でしょうか、殿下」
どこまでも折り目正しい。
「あなたの名前を教えてくれるかしら」
「塚本寿々歩と申します。お仕えできて光栄です」
彼女は小さく頭を下げて、控えめな笑みを見せた。私も笑みを返す。
「塚本さん、暗殺者が出てきたら頼りにしているわね!」
「……それは、いったいどこから出てきたお話でしょうか、殿下」




