第2話 初期化草原
右腕を失った。
左脚は潰されて。
これまで研鑽を積んで手に入れた力も無くなった。
でも、そんな事はどうでもいい。
俺が所属していたクラン『フレア』に、臨時パーティーとして加入してくれていた宵宮カレンさん。
彼女の安否が一番心配なんだ。
彼女はただ、俺たちクランのいざこざに巻き込まれた被害者なんだ。
だから、彼女だけでも無事にダンジョンから脱出させてあげないといけない――――
「…………ここは?…………目の前に宵宮さんの寝顔?」
「ん………ふぇ!?…………天照さん?」
「う、うん。天照……陽光です。宵宮さん」
俺が言葉を発すると、それに反応して宵宮さんも、瞑った両目を開けて目を覚ました。
「…………天照さん」
「はい」
「ご無事で良かったですわあぁぁ!!」
「うわぁ!? 宵宮さん! 何を!?」
ま、まずい。
A級探索者の宵宮さんに、両手で頭なんて強くおさえられたら潰れ……ていない?
「あれ? 宵宮さん。なんか、か弱くなってない? 常時発動の「剛力」は?」
「全て失いましたわ。それよりも天照さんがご無事でよかったですの。よかったですの〜!」
「わっぷぅ!? よ、宵宮さん。息、息できないから……放してっ!」
「ふわぁ!? ご、ごめんなさいですわ。天照さん」
「う、うん。ありがとう…………ここは?……」
なんともオーバーリアクションな宵宮さん。
俺は周囲を見渡し、自身の身体の現状を確認し始めた。
周囲は草木が生い茂り、岩場の丘が点在している場所だった。
「ここは、渋谷ダンジョンの最初のエリア「ショキカ草原」か? なんで、ダンジョン階層一階に戻ってるんだ?……それと俺の身体……右腕がない。服装も初心者用に変わってる?」
「……えっと……その……対価らしいですの」
「対価?」
「は、はい。私の全ての力と……私たちの着ていた装備を対価に、天照さんの命と左脚を再生してもらいました」
「……左……脚?」
俺は恐る恐る自身の左脚を見つめた。
あった。
左脚が、アキラに踏みつけられてグシャグシャになったはずの左脚が、綺麗に結合して動くようになっている。
「対価って……それで宵宮さんがダンジョン内に取り残されて、全ての力を失うなんて……そんなの許されるわけない! そんな! どうして、そんなことをしたのさ? こんな俺なんかのためにそこまでするのさ?……たかだか臨時パーティーで一緒になった俺なんかのためにっ!」
俺は宵宮さんの両肩を強く掴むと、怒鳴るようにそう告げてしまった。
「死んでほしくないからですっ! 貴方を私の目の前で死なせるわけにはいかないっ! あんな自分勝手な人たちが原因で死んでほしくないからですっ! そこに損得感情なんて一切ありません! 私は貴方に生き残ってほしかったから、私の力の全てをダンジョンに捧げただけですわ!」
彼女は強い眼差しで、俺の両目を見つめて説明してくれた。
「人を助けたいという気持ちに疑問を抱かないで下さい、天照さん。私は貴方を救いたかった。それだけの理由があれば十分じゃないですか。今の私は、貴方を救うことができて良かったと。幸せだと思っているのですから」
そして、優しく微笑み。俺を優しく抱きしめた。
「…………宵宮さん。………そうなんだ。ありがとう」
「…………はい」
俺は静かに感謝の言葉を伝えた。
それは彼女の本音を聞いたから。優し過ぎる本音を。
あぁ、俺はこの娘に一生感謝しよう。感謝しながら、この大恩に必ず報いると約束する。
………《《どんな手を使ってでも彼女を五体満足の無事の状態でダンジョンから帰還させると、心から誓いを立てた。》》
俺はそう静かに決意し、両足で強く立ち上がったんだ。
◇◇◇
「なるほど、つまりダンジョン反転が行われて、ダンジョン内があべこべになったってことなんだね」
「はい、再試練だそうです。ダンジョンが変異する前に、不死鳥さんがおっしゃっておりましたわ」
「不死鳥が……」
パーティーメンバーの1人が全ての力を対価に 、『太陽宝玉』を手に入れた後にも、そんな試練があるなんて知らなかった。
恐らくは、パーティーの結束力を試すために行う試練なんだろうけど。
渋谷ダンジョンの最深部まで到達したパーティーなら、反転した後のダンジョンも踏破できるとは思う。
……まぁ、今となっては彼らがちゃんとダンジョンの外まで辿り着いているのかも分からないけど。
「……そんなことよりも、今は自分たちのことか」
「……ですわね。強さも全て初期化されてしまいましたわ」
「はぁ……」
俺は、互いのステータス画面を見て溜め息をついた。
ステータスオープンと言えば、現れる画面には………全オールレベル1の表記。
これまで積み上げてきた“力”が全て失われている。
「おまけに……右腕もアキラに切られて欠損中と……治せるかな?」
「レベル1ではどうにもできませんわね。ダンジョンから脱出して、専門の医師に見せる、「命の実」を手に入れて食べる、究極スキルの「再生」を取得するかしかありませんわ」
「まぁ、そうなるか」
「えぇ、残念ですが」
流石は人気配信者であり、A級探索者の宵宮さん。質問したら正確な答えを教えてくれる。
……宵宮さんには、助けられてばっかりだな。
「……? どうされましたか? 天照さん」
「い、いや、宵宮さん。には助けられてばっかりだなと思ってね。命まで救ってくれたし。……こりゃあ、一生かけて宵宮さんに恩返ししないといけないかなと思ってさ」
「天照さんが……一生ですの?…………ご、ご冗談はやめて下さい! わ、私は貴方を心から救いたいと思ったから、救っただけです。人命救助なんて当たり前ですわ」
「そ、そう。ごめん」
「わ、分かればよろしいんですの!」
なんか知らないけど怒られてしまった。
「とりあえず。まずはレベル上げかな?」
「……そう……ですわね。この「模倣」と「福音」という謎スキルを発動したくても、魔力が全然足りませんし。全ての力を失って、新たなレベルアップができるかも実証しないといけませんわ」
「だね」
俺たちが現在着ている服は、探索の初心者が着る「探索者の服」、武器は何も持っていない。
全ての力は失ったけど、俺たちにはこれまで培った知識がある。
今回は、その知識を存分に使ってレベルアップをしようと、宵宮さんとの話し合いで決まった。
◇◇◇
実証試験スタート。
渋谷ダンジョン1階(反転効果により現在、地下500階)。『ショキカ草原』
出現モンスター。
「ベビースライム」
「ゴブリン」
【ピキュ! ピキュ! ピキュ〜!】
【ピキュイイ!!】
現在俺は、ベビースライム2体に追いかけ回されている。
「ハァ……ハァ……体力まで、初期化されてるなんて……宵宮さ〜ん! 誘導してきたよ!」
「了解しましたわ。穴に落としたら、ボコボコに致しましょう」
「……ハァ……ハァ……良いとこのお嬢様がボコボコ……って……」
岩場の丘の下、そこに深さ2メートル位の落とし穴を開けた。
開けた穴の上に草木を敷いて見えないように隠し、丁度ベビースライムがその草木の上に乗ったら落ちるようにするための簡易的な罠を作ったんだ。
【ピキュ!ピキュ!……ピギィ!?】
【ピピイィ!?】
「良し。まんまんと落とし穴にハマってくれた。宵宮さん! 上から岩を落としていいよ!」
「分かりましたわ〜! えいっ!」
ベビースライムはダンジョン内で産まれたばかりのモンスターで、知能はそれほど高くない。ダンジョンを探索する初心者のレベル上げには丁度良いモンスターなんだ。
そして、まんまと分かりやすい罠にハマり、俺たちの経験値になる。
岩場の上から、次々に人間の頭くらいの大きさがある岩が容赦なく落ちてくる。
【ピピイィ!? ピギャアアア!!】
【ピュギラアアアアア!!】
そして、落とし穴の中からは、ベビースライムの断末魔が聞こえてきて、数秒後に何も聞こえなくなった。
〖ピコンッ! タラタタッタタッタラ〜!〗
レベルアップの音が脳内に響き渡りレベルが上がった。
「……良かった。強さがリセットしてもちゃんとレベルは上がるんだ……ステータスはと」
◇
天照陽光
レベル3
スキル 模倣
火魔法(初級)
◇
「は?……ベビースライムを2体倒しただけで、レベルが一気に2も上がって、初級とはいえ、火魔法も覚えた? レベル3?………あり得ない。そんな初期での成長速度聞いたことないんだけど。いったいどうなっているんだ?」
俺は、レベルアップしたステータス画面を見て戦慄していた。




