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この年まで生きると、接した作曲家は10000人を超えてるから

一日一人やったってなんの問題もない、ということに気が付いたけど、やっぱ複数回に割って紹介したい人だっているよねって思ったせみころーんさんです。


これをね、スマートフォンで読んでる人がいてうれしいですね。わたしは目が悪くてこういうのはつかえないんですが、身近に私の技術が継承されるのはうれしいです。


この前のはSvenssonさんか、、今日はちょっと振り子を戻してAlexander Schubertさんの話でもやってみよう。フランツ・シューベルトさんとは何の関係もありません。


今の日本列島に住む高校生(以下の年齢の方々)にこれを教えたい。現代音楽の今は、ポスト前衛が一掃されたあとにダルムシュタットで新四天王が現れた。その四名とは、ヨハネス・クライドラーさん、アレクサンダー・シューベルトさん、シモン・ステン=アナーセンさん、シュテファン・プリンスさんである(ここテストに出るよー)。


で、プリンスやクライドラーさんの紹介はありました。ステン=アナーセンさんもNHKのラジオでかかった。でもね、アレクサンダー・シューベルトさんだけいつまでたっても後回しなんだよね。


でもシューベルトさんだってアンサンブル・アンテルコンテンポランで演奏されてるからもう中堅なんだよねー。まずyoutubeでSugar, Maths, and Whipsっての検索して。


でた?じゃ再生おして。


どうですか?


これってさ、なろう的でしょ。


クライドラーですら「なろう系」だとは思えなかった。


現代音楽とはとても思えないほど四つ割りで、ぶつ切りの音がだらだら並んで、てきとーにぶったたいて、終わりはまぁしおらしくなったとは言え、、


どうです?よくなろう系ってのは正規の文学でも何でもないと、くさすのがいっぱいいるわけでしょ。


海を離れた遠いヨーロッパでも、このように「正規の現代音楽」でもなんでもない音を詰め合わせて、適当にディストーションをかけ、日常的な音色しかない、こんなのがあるんだよね。


こういうのもヨーロッパの現代音楽を真剣に勉強するほど、腹が立つでしょ。


「なろう系的な感性はもう全世界のどこにでも散らばっている。なろうで文学を執筆するすべてのユーザーは胸を張ってもよい」って言いたいわけです。


なろうが文学のアウトサイダーだというのなら、このシューベルトさんのこれはなんなのか?「現代音楽のアウトサイダー」なのか?そんなことはないなと思ってます。Georg HajduさんとManfred Stahnkeさんに勉強の面倒を見てもらったのは、やや意外に映りましたが。


だから、なろうで文章を執筆する人は、ここ見て私の取り上げる作曲家に耳を傾けてほしいと思ってるわけですよ。


まだ字数余ってるからアンサンブル・アンテルコンテンポランで初演されたSerious Smileの話もしてみよう。はい、youtubeだしてー。


どう思います?これ?


これってさ、もうさ、やってることが黙れドン太郎でしょ。黙れドン太郎。


やってることが「黙れドン太郎」レヴェルじゃなくて「スマホ太郎」レヴェルの作曲家っていないのかなー?あ、わたしだ。ごめん。


この演奏家連中の「イキリ」具合なんなんだよ、、、見ててちょっと心配になってくるわー。クライドラーさんの曲は見てて腹抱えて笑えるシーンもあるけど、これはなあ、、、


また展開される音響もさ、これ新しいとか古いとか断定が不可能なほどの日常性。よく作曲の授業で「日常的な音を使っちゃいけません」とか中学生の時から指導されると思うんだけど、真逆でしょ。


ラストのジャズピアノらしきものも、その傍らにいるドラムスも同様で、こんなに空虚に聞こえるってのはすっごいわー。ほんっといみねーよ。なんじゃこりゃ。意図してやってんだからねこれを。


どこにでもある音を、こうやってまき散らして、話題になればいいんだってのは、きわめてなろう系的である。世界全体の芸術家が、やはり年寄りの世代に反抗してるのはどこの国でも同じなんですよね。


Sensate Focusは周りの空気を読んだのか、きわめて正当な現代音楽らしく聞こえるとはいえ、シューベルトの本質がよく出たのはSerious Smileのほうだと考えてます。


Decorder Ensembleが演奏してるF1ってのは、被り物まで出しちゃってる。芸術を日常に叩き落した彼の活動は、日本にいる若い人にも教訓になるでしょう。


ポスト前衛に若い作曲家や演奏家が牙を剥き出しにしてきた。その答えが日常性だったというのなら、もう現代音楽のピアニストはいらなくなるのかもしれない。もうプロの作家という職業がいらなくなるのかも、、といった危惧と同根のようにも感じます。

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