がんもどき、ならぬ、にくもどき。
冗談が本当になってしまってちょっと笑っちゃったころーんさんです。
せみころーんさんところーんさんはヴィーガンでもなければベジタリアンでもありません。
ララモエラーがベジタリアンに挑戦とか毎年のようにやってますけど、毎回三日でダウンします。
肉が嫌いとか言いながら肉を欲する人々がいるのです。
あれっ?と思っちゃったことなんですが、
具象を嫌いとか言いながら具象を欲する画家たち、そんなのいましたね。やがて、真正面から「好きだ!」って言ってしまうニュー・ペインティングが登場したのもはるか昔の話ですが。
調性が嫌いとか言いながら調性を欲する作曲家たち、そんなのもいましたね。ほとんどが、失敗例だったようですが。
つまり、このように公式化できます。
○○が嫌いとか言いながら○○を欲する××たち。
これ、電子音楽の作曲家の後藤英さんが著書エンプリズ内でも似たようなフレーズを提唱されておりました。著作権法上引用はできません。各自で調べてください。
しっかし、がんもどきは作るのにそんなに大量の資源を無駄にしている、とは言えないはずですが(実際にがんもどきを調理しておでんをつくってたので)、にくもどきは大量の資源が必要じゃないのか?と疑ってしまいました。
おそらくあと数十年後にはたいして必要ではなくなる、はずですが、現時点ではどうでしょう?
どっかのウェブサイトでは、なんと!!「偽肉」なんて言ってます。
「偽肉」
これ、、、バッハの偽作じゃあるまいし、もうちょっとなんとかならなかったんでしょうかねえ。。
「環境にやさしい肉の模造品」とか、これもダメですか?
「健康にやさしい肉の代替物」これでしょうね。
おそらくは「偽肉」ってのもサベツヨウゴダーとか変な人がいっぱい出てくる気がいたしました。
その辺だけ、英語圏はしっかりしておりまして「Beyond Meat」なる単語が誕生しています。
「どこがBeyondなんだよ!」ってせみころーんさんはわたしが調理した本物の肉を食べつつつっこみました。
「ふつうにNot Meatっていったらあかんのかい!」って、すらあっーしゅさんがつっこみそうです。
言葉狩りは怖いなあこわいこわい。
まぁ、これが日本に上陸したとしても全国を一周するほどの熱烈なファンは付きそうにないなあ、なんて思っちゃうんですよね。
日本人が保守的だから?いやそれとは別の問題ですよ。
代替なんとかってので人間の健康がほんとに維持できるのかってことです。
ピアノをデジタルピアノに置換しても、耳の健康は結局維持できませんでしたよね。置換するべきだって言ったのがシュトックハウゼンだったはずですが、結局彼についていく人はいませんでした。
ふつーに生のグランドピアノをえっちらおっちら運んで、そこのマイク突っ込んでなんてことをまだやってるんですよ。もう75年以上も。
これ、治りようがないでしょ。
だからぁ。
肉の代替物も、しょせんデジタルピアノと変わらんと思うんですよね。
でも代替物が消えるってことはなく、あと40年ほどしたら「代替バーガー一つ」なんて注文も日本で実現するのは間違いがないでしょう。おいしいとおもえないけどなあ。
よく考えてみれば
人間の発明は代替の歴史でもあります。オーケストラがないのでマンドリンオーケストラや吹奏楽にしました、というのはその典型例です。
西洋オーケストラができて250年たちますが、この完全な代替装置はまだないんです。
中国だろうがタイだろうがオーケストラを常備していた帝国はありますが、その完全な代替装置はどこにもありません。
変えられないんです。
それが変わる日は来るか、というのがきょうのお題です。
すらあっーしゅさんとララモエラーは「こない」って言ってるんですよ。せみころーんさんは「AIが可能にする」って言ってます。わたしはその中間ってとこかなー。可能にしてもオーケストラはなくなりそうにありません。
結局AIによるオーケストラの代替だって、それ、オーケストラもどき、ですよ。もどきじゃ人は来ませんってば。
LibreofficeをOfficeもどき、なんて言ってた人がいました。失礼ですねこれ。
このように「もどき」はどうやっても差別されるのです。しくしくしく。
しかし、「もどき」は限りなく本物に近くデザインすることは間違いなく可能でしょう。将来環境にやさしい資源を使ったオーケストラの楽器、なるものも誕生するかもしれません。
だいたい、元のフルートは「木」でした。あまりにも音の伸びがひどくオーボエに埋もれるのでやむを得ず銀にしたという歴史があります。この銀のフルートも「もどきだろ!」と突っ込まれていましたが100年以上たつといわなくなりました。
本家を喰らうもどき、がこれからも出てくるのは間違いがないでしょう。




