最年少優勝だろうが最年長優勝だろうが、良いものはよい。
今日はしゅっせきのおそーいせみころーんさんですどーもぉーーーとてとてとてとてとて。
たまには高校生以下の人にもききやすーい作曲家を紹介しようってことで、
なろう系の読者にとっても最適のポーランドの作曲家、Agata Zubelさんを紹介しま~す。
Agata Zubelさんは1978年生まれ。第一回パヌフニク国際作曲コンクール1998を最年少優勝し、次世代ポーランドのスターとして売り出されました。
当時、ころーんさんは「ずるーい!めっちゃめっちゃずるーい!」の連続で、Zubelさんのことを言うと一言も口をきいてくれませんでした。(横で笑うころーんさん)
何がどうしてずるいのでしょうか?
もちろんZubelさんもパヌフニクの審査員も悪いわけじゃありません。
20歳という年齢で彗星のようにデビューしたのをですね
「芥川賞か群像の新人賞かなにかにまで墜ちた!!」「ヨーロッパ人ですらこのモラル!」
と
ころーんさんは顔をララモエラーのように真っ赤にし、ララモエラーと二人で腐女子イベントに行ってうさばらしをしていました。
しかしですね、、
せみころーんさんは冷静でした。
すらあっーしゅさんは「何分の一の確率で、この人はポーランドの水準を超える。超えないと断言できる要素が少ない」
だって。
その後Zubelさんは名作や迷作を連発。おまけにソプラノのソリストとして、ポーランドの現代音楽界を総なめにしていったのです。
Madrigals für 5 Stimmen(2017)でもどうですか??
ね、国際レヴェルでしょ?
この人の特徴は破綻が全くないことですね。初期から書き損じが少なかった。
書き損じは少なくとも、出てくるネタは凡庸で、その若さゆえの物足りなさはどうなるのだろうかという、疑いはありました。
この世代になるとですね、ポーランド1970年代生まれというあっついあっつい層になりまして、ポーランド楽壇はかつての勢いを取り戻してきました。
情報解禁が進み、多くの作曲コンクールを含めて、西側の情報もオープンに批判できるようになったことが大きいんじゃないでしょうか?
ワルシャワの秋でも、ポーランド人のレヴェルに準拠したマンネリぽいものに変わっていったのが1990年代です。
トマシュ・シコルスキがアルコール中毒で死んだのもまずかった。あの世代がしっかりしてくれなかった。
Bildbeschreibung (2016)も当然のごとく及第点、というかここまでくれば批判の余地は全くない。
さすがのころーんさんも黙りこくってしまいました。
この曲はダンナの内助が大きいねえ。この人の結婚相手はツェザリ・ドゥフノフスキで、
UNESCO国際電子音楽会議で第一位を受賞した才能で、副業がピアニストでした。あの一位の曲ひねくれてて面白かったよなあ。
振り返ってみると、Zubelさんの周りによい才能がいっぱいあったってことなんですよね。
いまのZubelさんを批判するのはもう不可能でしょう。ZubelさんがIMC国際作曲家会議で第一位を取ったのも、当然の結果でした。
ソプラノソロとして働いているので、声楽を使うと無敵のように強い。ここら辺、オペラ作曲家になるのにも適でしょう?
ポーランドの1920-30年代生まれはペンデレツキを含めて、オペラに才能のある人が少なかった。
ペンデレツキはオペラの委嘱がある日突然途絶え、ルトスワフスキもバイルトもバチェヴィツも国際水準のレパートリーに並んだオペラの演目が全くございません。
これはいったいどうしたことでしょうか???
ショパンの世代にもモニューシコがいましたが、国際水準で再演を重ねる出来ではない。
ポーランド人は舞台作品がロシアのように進出できなかったのです。
その代わり、声楽、器楽、電子、Audio-Artでは次々と問題作を次々と放ち、ポーランドは一時期現代音楽王国と呼ばれておりました。
ある何らかの分野に特化すると強烈に面白いが、複数の分野を組み合わせると印象が減じるのです。
ここらへん、日本と正反対で面白い!
日本は声楽、器楽、電子、Audio-Artの各独立分野は弱いが、複合させると見たことも聞いたものもないことを生み出します。ISCMで日本の作品の受けが良いのは、これに起因すると考えております。
それはもともと日本に声楽、器楽、電子、Audio-Artと独立させて分野を発展させる音楽文化がもともと存在していないということがあるでしょう。
Cascando(2007)でも、こういう方向性を20代で打ち出すあたり、オペラに進出したかったのは間違いがありません。
Chamber Piano Concerto (2018)程度のことを日常的に要求される業界の現在、アジア勢がこのレヴェルで迫るのはかなり難しいと考えております。




