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155キロ投げれても、死球じゃなぁ、、

早くも遅くもない音の連続でしかない、と言われてぷくーと口の膨れちゃったララモエラーです。


ララモエラーのテーブルにはいつもベーグルとケーキ。安らぎます。あと紅茶。


そもそも「遅い」と「停滞している」の違いは何でしょうか?


未だに停滞しているという音楽観は一般人にまだまだ定着していません、


停滞しているだと、スポーツにならないからってのがあるんじゃないでしょうか?


世のスポーツで、停滞しているってのは、ゼロではないんですよ。そういうのもある。でも世の一般人が圧倒的に支持するのは野球やサッカーみたいに、動きがあるでしょ?


日常的に運動が娯楽として定着してしまってるので、音楽もそれにつられるというのがララモエラーの考え方です。


せみころーんさんは音楽を運動と一緒にするなとか言ってる。でも、ピアノ演奏って運動でしょ。


19世紀から。


18世紀まではそうでもなかったらしい。


でもね、19世紀からとてつもない練習曲がいっぱい出てくる。その練習曲はほとんどがピアノでしたが、それにヴァイオリンやチェロも加わりましたん。


で、そういう常に音の動く音楽ってのが200年も幅を利かしちゃってるのでー、なかなか音楽観が変化できないってのがあるんですよ。


コンサートホールがショスタコーヴィチどまり?そりゃ一理あるわん。ショスタコーヴィチはサッカーオタクでしたから。


常に音が動かないという状態は音楽として定着するでしょうか?


ララモエラーは定着すると思ってますよ。数百年後には。


でも、今では難しい。そう思うっちゃうんですよねー。んがんがんぐ。ずず。


マーラーやブルックナーもその「魂の静止した状態」ってのを音楽で描写しようとしているのはよくわかります。でもその静止している瞬間はすぐに破られて、必ず動き出すのが19世紀末の価値観でした。


でもですね、音が止まった状態というのには、アプローチをかけてた作曲家がいるんですよね。


C.V.Alkanの3 Scherzi di bravoure, Op. 16-1の中間部見てみてくだーさい。


そうです。ピアノの左手は常にオスティナートでずっと一緒。そのうえペダルは踏みっぱなしで、夢幻的な印象があるシーンです。ここだけならショパンやリストを凌ぐ出来ですね。(にこ)


この、止まった印象のあるシーン。これ、この前の世代のジョン・フィールドってのも時計の音が夜想曲 第18番(正午のロンド)で鳴るとかやってますね。


でも西洋音楽は音を止めるということは伝統的にできませんでした。


インド音楽にはあったらしい、んですが、結局音楽文化が発展すると名人芸にとってかわられるようになり、北インドから動き出すと、意外にも静止系のすきな南インドも動き出しちゃいました。


止まったままの音楽ってのに、人々は関心を寄せるんですが、どうしても止まれないってのがネックだったようです。


もちろん無限長の音は電子音楽で可能になりました。


これで一安心?


実はそうではありませんでした。人々は「これコンピュータだろ」と身もふたもないことを言ってしまうのです。


後日。日本やアメリカなどでも静止した瞬間を実にうまく描く素晴らしい作曲家は出ましたが、それがなかなか一般の人に受け入れられない。。。


ガムランも規則的に音が動く、インドネシアですら最古のガムランはほんとに音が動いていませんでした。それが何百年もたつと動き出してしまうんですね。


どこの人類も、音が動き出すんですよねー。で、競争って概念まで出てくる。


止まりようがないってやつかな?


でも、将来人類は止まった音ってのも表現の駒に入れると思ってます。ララモエラーは難解な現代音楽には否定的ですが、簡明な現代音楽の枠内で、「止まった音」ってのは利用されると思っています。この前のホヴァネスおじいさんも、止まった瞬間にザトウクジラのテープを使っていて(Op. 229-1)面白かったでしょ。


こういう簡明な現代音楽の枠内ってのがね、ララモエラーはいいとおもっています。せみころーんさんは悪習だって言ってます。


ころーんさんは「まぁそういうひともいる」と澄ました顔でした。


ララモエラーは簡明な現代音楽が進化すると思ってまーす。


当初Carl Vineさんのピアノソナタ第一番は日本で弾く人も一人いるかどうかだったのが21年前でしたが、今は10人ではきかないでしょう、もっといますよ。


さいしょ、これ、「産業ピアノ音楽」「音の浪費」「課題曲受け」などとひどい批判を受けてきた作曲家でした。しかし、音楽学者や作曲家がいくら批判してもピアニストがついてきたという事実がございます。


医者がいくら批判したって、患者は信じちゃう療法があるというのに実に似ている。


音楽の世界では医学と違って、間違っている思想ってのはありませんのでー、Carl Vineさんみたいな作風の進展もあるんですよー。


そのVineさんもフルオーケストラ単体ではあまりキレてないような気も致しましたが、、ピアノ協奏曲とかピアノソロでは、業界受けという点において、絶大な威力を発揮いたしました。

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