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内声のうまい人?そりゃいますよ。

どこの日本のオーケストラもやらないだけですよ。と代替案をすぐ出したころーんさんです。


今日紹介するのは意外に内声うまかったよなあ、ってアメリカ合衆国の作曲家、アラン・ホヴァネスさんです。


こういう作曲家をせみころーんさんやすらあっーしゅさんは一切タッチしておりません。アメリカにはもっといいやつがいるっていうんですよ。それってたんに「変」なだけだろうよ、、と元腐女子のわたしはつっこんでしまいました。


ホヴァネスさんの音楽はララモエラーもOKでした。ほらね?こういう人も必要なんですよ!


交響曲を67曲も書いた人ですよ。


この記録をレイフ・セーゲルスタムは破っていますが、セーゲルスタムさんはほぼ全編がオープンスコアです。これは片手落ちですよねえ。しかし、ホヴァネスさんは完全に確定した交響曲が67曲です。


ミャスコフスキーの倍以上ある、これだけでも並外れた体力があるということは伝わるでしょう。実際彼はよく離婚しました。


ホヴァネスさんの生涯は事典にあるので勝手に調べてください。


今日お伝えするのはそんなことではありません。


このですね、ホヴァネスさんはアルメニア人なのに、対位法オタクだったのです。


これだけでも、なんでこうなる??って思っちゃうんですけど、そのあとがすごい。


彼はボイス・オブ・アメリカで働いてたんですけど、多言語を処理する必要に追われたので世界各地の旋法を収集し、それを独自の対位法で出す、というアメリカ的な発想の持ち主でした。


かたい、とは思わないんだけど、妙な解決の連続(Op. 289)。ギター協奏曲第一番(Op. 325)でもギターが都節で入ってきて、、あーきれいだなーとおもっているとグロッケンが全く別の旋法でパラレルに入ってくるあの能天気さは彼にしかできませんよねー。


「シタールとオーケストラでインド音楽の真似」というのも普通(Op. 228)にやってしまうホヴァネスさん。この能天気さは批判の的だったようです。


なろう系がアニメになったらせめてこの程度のBGMが欲しいなって思っちゃうんですけど、まだまだ実現してないですー。


ホヴァネスが現代音楽の影響を受けたのはルトスワフスキのad-lib動律っぽい低弦のピッチカートかピアノの内部奏法程度で、あとはなーんもありません。普通に誰でも聞けます。


「竜笛と笙のためのソナタOp.121」でも、代替版のフルートとオルガンの演奏のほうが、わたしは好きだなあ。原理主義者のせみころーんさんは、いやだ竜笛と笙じゃなきゃいやだ、って言ってます。


正直使える曲が多いです。ふつーに「広重の猫Op. 366」でも子供にやらせてみればいいんじゃないかなって思っちゃう。交響曲もプロが必要とは思えないほどのやさしさ。この人ピアノ弾けたんだね。一定の密度だけを担保に高速で書きまくるホヴァネスおじいさん。旋法の使い方だけならケージやハリソンよりもうまかったんじゃないかな?


でー、それなら生きた時代は不幸だったか?


そういう人もいますが、わたしはホヴァネスおじいさんは20世紀に生きてよかったと思ってます。


題名の付け方なんですよね。注目しちゃうのは。


普通に山の名前とかだしちゃう。今こういう作曲家なんて誰もいなくなっちゃった。ツェランかリオタールかデリダか、どっかの哲学者か作家の引用が出てくる。そんなの普通の人知らんやんか。で、ホヴァネスおじいさんは「交響曲第16番コリアのカヤグム Op.202」ってつける。


誰でもわかるじゃないですか。


20世紀にこれだけ誰でもわかる題をつけちゃうという感性も、一聴の価値があると思っちゃうんですよね。


日本人が内声をつけると通り一遍にしか聞こえないのに、ホヴァネスおじいさんがつけると実に立派なのは、書きなれてるってのもおおきんだろうなあ。


あと、あまり演奏時間が長すぎないってのもある。吹奏楽にもぴったりで、事実吹奏楽も得意でした。


若いときは長かったみたいですが、徐々に大学オケの定期演奏会の前半の二分の一レヴェルになりました。ここらへんも現代音楽原理主義にとっては批判の的でしょう。安直すぎると。


指揮もできるピアノも弾ける作曲もできる、どれもノーマルにできる。こういうのがララモエラーが好きなんですよ。「こんなんでいいんや。こんなんでええのんのんのん」だって。


思い出してみれば、20世紀の音楽に「こんなんでいいんやで」ってのはなかったんですよね。


助川敏弥さんは1980年代に、確かに「こんなんでいいんやで」という環境音楽に全精力を傾けていた時代がありました。「なぜ20世紀の音楽に素直に聞けるものがないのか、振り返ってみればすごくばかばかしいのが多いのはなぜか」というのが課題だったそうです。


それは作曲家は若くしてデビューする際に「ふかし」が必要だからね。


ホヴァネスおじいさんは、若いときにかっこつけて「ふかし」ていた時代の音楽を自己批判して全部捨てたということです。


彼はアルメニア移民のために、アメリカ合衆国のピアニストからは、まとまった支援が全くなかったようでした。ピアノソナタ全集も、作ったのはNicola Giosminさん。


こういうの見ると、移民の音楽は強いなって思っちゃうんですよねー。いろんないみで。

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